八雲総合研究所

主宰者の所感日誌    塀の上の猫
~ 八雲総合研究所の主宰者はこんな人 が伝われば幸いです ~

久しぶりに所用で渋谷に出かけた。
出たついでに家人とランチのため店に入る。
今どきのスマホ注文で、テーブル上に小さな銀色の金属プレート。そこにQRコードが貼ってある。
たまたま座ったテーブルの反対側の端、しかも逆向きにQRコードがある。
しょうがないなと身を乗り出し、反対側にスマホを向けて、なんとかQRコードを読み取ろうとしたところ、家人がその金属プレートをひょいと持ち上げて、私の目の前に置いた。
あ、QRコードの金属プレートはテーブルに貼り付けてあったんじゃなくて、動かせたのね。

たったそれだけの出来事。
しかし、私にとっては結構ショッキングなエピソードであった。

自分にとってどんなに不便であっても、既に誰かによって設定された状況であれば、黙って、そしてしばしば多少の無理をしてでも、それに合わせようとするこの従順さ。
子どもの頃、親や大人たちに仕込まれた、相手や与えられた環境に無条件に合わせようとする奴隷根性が(もう完全に払拭したと思っていたのに)まだ私の中に残っていたのである。
出された靴になんとか足を合わせようとする習慣。自分の足に合った靴を要求するのではなくて。
あのとき、試しにその金属プレートに(動かないかな?と)触ってみるという発想が私にはなかったのである。

まだまだだな。
そしてこういうことは、次から気をつけてできるようになるのではなくて、考えなくてもパッと金属プレートに触り、自分の目の前にスッと置き直せるようになって初めて、自分以外の人間の奴隷でなくなったことがわかるのである。

忘れた頃に、こういう警告が与えられる。
精進、精進。

 

 

「私が…診療の模様を申し上げたのは、実は、その経験の中でのことが、親と子の関係を含めた対人関係の上に何かの御参考になるのではないかと思うからです。
この中で、第一に考えていただきたいことは、患者さんが言われること、いわば愚痴ですが、それを医師が共感を持ってじっと聞いてあげることです。実は、患者さん自身、自分が愚痴を言っていることはどこかでわかっているのです。我がままと言えば我がままかもしれません。しかし我がままだけれど聞いて下さいという気持も無理からぬことです。それを言ってしまうと、何となく胸が晴れて、気が軽くなるのです。…
途中で、批判したり、我がままだと怒鳴ったりしないことです。聞く方は、はじめはつらいかもしれませんが、最後まで聞いてあげれば、まず相手の気持が軽くなりサッパリします。
そうなりますと、聞いてくれた人に対して、たとえありがとうを言わなくとも、感謝の気持と信頼感を持つものです。それがまた互いの親密の度を増します。…
次に、御参考にしていただきたいのは、私が患者さんの混乱した気持を聞いた上で、その気持の整理に手を貸し、仕分けを手伝ったことです。これも、普通の人間関係で、少し努力すればできないことではありません。…
整理ができるにつれて、気持が落ち着いてきます。それだけでも、本人は助かるのです。その上、静かな気持になると、自分が何を願い、何を望み、何を問題にしているかがはっきりして、場合によると自分で納得できる結論を出すことも少なくありません。これだけでも本人に対する大変な助力です。
第三に御参考願いたいのは、医師の素直な態度です。素直というのは、相手に対して、先入見や偏見や、自分の私感情を押しつけない態度です。相手の言うことをそのままに、疑わず、盲信もせずに聞く態度です。こうした態度の利点は、相手の人が、不安や恐怖に陥らないことです。したがってその気持を、安心して素直に出せるものです。…
私のお願いしたいのは、お子さんと話される前に、親御さん御自身が、自分の心を静かに見つめていただきたいということです。…
すると、いままで気づかなかった自分のお子さんに対する気持、誤解、過度な期待とか要求、さらに自分の親としての正直な、ほんとうの気持などが、あらためてはっきりと認識されることと思います。…
そんなことでと言われますが、こうして自分自身を認識したあとで、お子さんの言われることをよく聞いてみて下さい。いままでと違って、お子さんの話が素直に、静かに聞けるばかりか、お子さん自身が、安心して心を打ち開いてくれるのを体験されるでしょう。
そして、親御さん自身が、自分の心の中を認識すればするほど、お子さんとの間に深い理解と信頼感が育っていくことになるばかりでなく、お子さんの中にある、成長を求めている生命の素直で真剣な叫びが、はっきりと聞こえてくるはずです。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

何度も申し下げて来たことですが、傾聴ぐらい誤解されていることはないと思っています。
傾聴は、ただ一所懸命に長々と相手の表面的な話を聴いていればよいというような形式の話ではありません。
愛をもって聴く、相手の存在に対する畏敬の念をもって聴く、そうでなければ傾聴ではありません。
そしてそれは相手に対してだけではありません。
自部自身に対してもまた傾聴する必要があるのです。
どちらも最初に出て来るのは泥水の話かもしれません。
しかし、段々と水が澄んで行き、やがて清水が出て来ます。
それが生命(いのち)の声です。
成長を求めて止まない、本来の自分の実現を求めて止まない、生命(いのち)の声です。
自分自身の生命(いのち)の声が聴こえないのに、相手の生命(いのち)の声が聴こえるわけはないですよね。
生命(いのち)の声を共に聴く。
それが傾聴の本質です。

 

 

今日は昨日の続編。

食事以外に2,000mL/日の水分摂取を三カ月間実行して来たが、実は、それに伴う副作用があった。
それがしし問題。
「しし」とは、早い話が「おしっこ」「小便」「尿」のことである。
たくさん飲んだら、たくさん(量×頻度)出るのだよ、これが。

それでも日中はまだいい。
いくら出てもトイレに行けばいいのだから。
問題は夜間である。
夜中に起きてトイレに行くようになった。
これまでそういう習慣のなかった私にとって、これがとても面倒臭い。

よってまた泌尿器科の文献を調べると、夜間尿を減らすいくつかの対策があるようだが、水分摂取量を減らすわけにはいかないので、午後9時以降の水分摂取を控える作戦に出た。
即ち、朝起きて午後9時までに、食事以外に2,000mL/日の水分摂取を行うのである。
よりタイトな飲水スケジュールになったが止むを得まい。
これでしばらくやってみる。

これがもう少し加齢が進むと、さらに尿失禁問題が出て来るかもしれない。
そう言えば、女性の方々は、子どもの頃おむつが取れて尿失禁から解放されたと思いきや、出産後にまたもや尿失禁に再会せざるえを得なくなる方が結構いらっしゃると聞く。
女性のことばかりを言ってはいられない。男もまた子どもの頃おむつが取れて尿失禁から解放されたと思いきや、早ければ40代頃から加齢と前立腺肥大などで尿失禁が始まる方が結構いらっしゃる。
男女ともに、尿失禁のない時間は、人生上、意外と短いのだ。
それでも、男女とも
骨盤底筋群体操が有効ということなので、是非、丹田呼吸(肛門を締める)をお勧めしたい。

以上、尾籠(びろう)な話で恐縮であるが、これも生身の人間の事実。
自力を尽くして他力におまかせするという生き方を体得して行く上でも、こういう具体的で卑近なことがとても役に立つのである。

 

 

昔から「三日、三週間、三カ月、三年、三十年」という。
なんのことかというと、新しい習慣を身につける、あるいは、今までの習慣を新しい習慣に変えるのには、それ相応の時間がかかるということが言いたいのだ。
かかる時間に五段階ある。

まず三日。これで途切れるのを三日坊主と言う。
そして三週間。ここまで続けば、出だしは上々。しかしまだ、いつ途切れるかわからない。
さらに三カ月。一日も途切れずにここまで来れたならば「習慣化し始めた」と言えるだろう。でもやはり「し始めた」段階。
そこから三年。こうなるとかなり習慣化は進んで来たと言える。しかしここまで来ても脱落する人はまだまだいる。
最後に三十年。ここで三十年というのは時間の長さではない。「永遠」という意味である。こうなって初めて、本当の意味で、習慣化した、身についた、と言えるだろう。

だけれども、皆さん、食習慣でも、運動習慣でも、お勧めしている丹田呼吸でも、精神科領域であれば、禁煙、断酒、断薬でも、続けるのがいかに難しいかは、よく御存知の通り、あるいは、御想像に難くないでしょう。
現実に習慣化するのは、なかなか大変なのよ、これが。

そして私の自験例。
持病の尿路結石については以前にも述べた。
しかし、
疝痛発作の再発に苦しみ続けるのもイヤなので、反撃に打って出ることにした。
『尿路結石症診療ガイドライン 第3版』を参考に再発予防対策に着手することにしたのである。

で、対策はいろいろあるけれども、今日取り上げるのは「水分摂取量」。
ガイドラインのよれば、食事以外に2,000mL/日の水分摂取を実行することが推奨されている。
2,000mL=2Lかぁ。

で、実際に今自分が(食事以外で)どれくらい水分を摂取しているかを測ってみたところ、私の場合、食事以外では700~800mL/日くらいしか水分を摂取していなかった!
水分摂取量が1,000mL/日未満の場合、尿路結石が形成されるリスクは逆に増加するという。
全然ダメじゃん!

それで、何を飲むか、どう飲むか、の研究と試行錯誤を続けること18日間、遂に19日目にして、2,000mL/日に到達したのである。
飲んでみたことがある人はわかるかもしれないが、2,000mL/日ってなかなか大変なのよ、これが。
しかも、アルコール飲料はカウントせず、また、(尿路結石の原因となる)シュウ酸を多く含む、コーヒー、紅茶、緑茶、ウーロン茶、ココアなどもカウントしない。
食事以外で、かつ、これら以外の水分摂取で 2,000mL/日達成を目指す。
やるからには、そこまで徹底しなければ意味がない。
その上で、これを習慣化しなければならないのだ

で、どうなったかというと、食事以外に2,000mL/日の水分摂取を続けに続けて、昨日ようやく三カ月を達成したのである。
よっしゃーっ!

しかしまだ思い切り自力・我力で頑張ってやっている状態であり、気を抜けばすぐに2,000mL未満となるのは必定。
さらにさらに続けてみて、どこかで成果をアセスメントしてみる予定である。

頑張れ、オレ。
能書きはいい、実践あるのみだっ!


 

「縄文人と方向、方角」の話。

群馬県のある縄文遺跡の中に多数の墓壙(ぼこう)が見つかった。
墓壙とは、遺体を埋葬するために掘った穴のことである。
既に遺骨は残っていなかったが、死者が身につけていた耳飾りが墓壙の同じ方向の端に片寄って残されていたことから、屈葬された遺体の頭の位置が同じ方向に揃えられていたことがわかった。
しかも、その先にはわざわざ細長い石が立てられ、さらに遠く浅間山(あさまやま)の方を向いていたのである。

明らかに縄文人は、特定の方向、方角ということに関心を持っている。
そして、その方向、方角には、重要な二つの特徴がある。

そのひとつが、この浅間山のような「山」の存在である。
しかし、「山」であれば何でもいいかというと、そういうわけではない。
それは「霊山」でなければならない。
専門家によっては、その「霊山」を、①神奈備(かんなび)式(神奈備については諸説あるが「神の隠れ住まう場所」という表現がしっくり来る)(=三輪山(みわやま)など集落に近い小型の山)と②浅間(あさま)式(=富士山などの高山大岳(たいがく))に分けるそうであるが、私はそういう形の上での分類は重要ではなく、その山の持つ霊的雰囲気が重要だと思っている。
実際、縄文人が好んで仰ぎ見て来た山が、そのまま
山岳信仰の対象となり、現在「霊山」と呼ばれている。
(後に成立した神道において、三輪山自体が大神(おおみわ)神社(大和國一之宮)の御神体とされており、富士山もまた富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)(駿河國一之宮)の御神体とされている)

そして縄文人は、『縄文夜話(1) 『炉』の話』で話した「炎」を見たがるように、そういう「霊山」を見たがる。
(「縄文人と山」については、もう一度別に取り上げる)

そしてもうひとつ、縄文人が見たがったのが「太陽」、それも「二至二分」(夏至・冬至+春分・秋分)の「太陽」である。
今日のテキストに出て来た青森県の三内丸山遺跡。
そこに3本柱が並行して2列に並んでいる6本柱跡が発見された。
そしてこの2列に並んだ柱の真ん中に夏至(1年で一番昼が長い日)の太陽が昇るのである。
ということは、この2列に並んだ柱の真ん中に冬至(1年で一番昼が短い日)の太陽が沈むとも言える。
そしてさらにこの6本柱の対角線の延長線上に、春分および秋分(昼と夜の長さが等しい日)の太陽が真東から昇り、真西に沈む。
また、縄文遺跡においては、このような「柱列」よりも多く見られるのが「ストーンサークル(環状列石)」である。
特に秋田県大湯のストーンサークルは有名で、ここでは万座と野中堂という二つのストーンサークルが並んでおり、いずれも中心に細長い石を立て、周囲に放射状に石を並べるという日時計のような構造をしている。そしてこの二つのストーンサークルの中心を結んだ線の延長線上に夏至の太陽が沈むのである。
(皆さんよく御存知のイギリスのストーンヘンジ(Stonehenge)では、ヒールストーン(Heel Stone)と呼ばれる石の方向から夏至の太陽が昇る)
縄文人は日中の日の長さを年間を通して感じながら、「二至二分」の「太陽」の日のあるいは日没を見たがるのである。

さらにこの「山(霊山)」と「二至二分」の「太陽」の両方を見たがるという欲張りな場合がある。
神奈川県の縄文時代の岡田遺跡に近接している寒川神社(
相模國一之宮)は、神社から大山(おおやま)を望む方向=つまり大山の山頂に夏至の太陽が沈み、神社から富士山を望む方向=富士山の山頂に春分および秋分の太陽が沈むのである(これを寒川レイライン(Leyline)というらしい)。
御存知の通り、富士山も大山も霊山である。
こういう「山(霊山)」と「二至二分」の「太陽」の両方を兼ねたような遺跡が、国内にいくつも存在し、太陽が山頂に沈むとき、条件が良ければ、ダイヤモンドフラッシュが見えるのである。

 

以上が今日の八雲勉強会で取り上げたお話である。
やっぱり面白いな、縄文人は、と思う。
これからも勉強会でお話した縄文文化に関する話題を本欄で取り上げて行こうと思っている。
前回は、4月12日(日)『縄文夜話(1) 『炉』の話』

次回の八雲勉強会は6月14日(日)。どうぞお楽しみに。

 

 

までの『兵法家伝書(1)』『兵法家伝書(2)』『兵法家伝書(3)』『兵法家伝書(4)』『兵法家伝書(5)』『兵法家伝書(6)』『兵法家伝書(7)』『兵法家伝書(8)』『兵法家伝書(9)』『兵法家伝書(10)』『兵法家伝書(11)』に続いて、『兵法家伝書(12)』をお届けする。

今回がいよいよ柳生宗矩『兵法家伝書』の最終回である。

「摩拏羅(まぬら)尊者の偈(げ)に云(いわ)く、心(しん)は万境(ばんきょう)に随(したが)って転ず、転処(てんじょ)実に能(よ)く幽なり…
万境とは、兵法ならば敵の数々のはたらき也(なり)。其(その)一つ一つのはたらきに、心がてんずる也。たとへば、敵が太刀(たち)をふりあぐれば、其太刀に心がてんじ、右へまはせば右へ心がてんじ、左へまはせば左へてんずる、是(これ)を万境に随って転ずと云ふ也。転処実に能く幽なりと云ふ所が兵法の眼(まなこ)也。其所に心があとを残さずして、こぎ行く舟のあとのしら波と云ふごとく、あとはきえてさきへ転じ、そっともとまらぬ処(ところ)を、転処実に能く幽なりと心得(こころう)べし。幽なりとは、かすかにて見えぬ事也。心をそこそこにとどめぬと云ふ儀(ぎ)也。」
摩拏羅尊者(禅の伝法祖師の一人でインドの僧)が作った偈(仏の教えを詩の形式で表したもの)に「こころはいろいろな状況に応じて動いて行く。その動いて行くところが実に奥深い」とある。…
いろいろな状況というのは。兵法でいえば、敵のさまざまな動きのことをいう。その一つひとつの働きに応じて心が動くのである。例えば、敵が刀を振り上げれば、その刀に心が動き、(刀を)右に回せば心も右に動き、(刀を)左に回せば心も左に動く、これをいろいろな状況に応じて動くというのである。その動いていくところが実に奥深い、というのが兵法の眼目である。そこに心が跡を残さないで、僧の満誓(まんせい)の歌に「世の中を 何に譬(たと)へむ 朝ぼらけ 漕ぎ行く船の 跡の白波」(世の中を何に譬えようか。明け方に漕いで行く船の残す跡の白波のよう。)とあるように、跡が消えては次に移り、少しもとどまらないところ、その動いていくところが実に奥深い、とわきまえるべきである。実に奥深いというのは、かすかで見えないことをいう。心をそこにとどめないという意味である。)

 

漕ぎ出て行く船が作る波が、できては消え、できては消えて行くように、人の心も状況に応じて動いては消え、動いては消えて行く。どんな状況になっても心が動かないとすればそれは異常であり、それと同様に、心がいつまでも動き続けるとすればそれもまた異常であろう。異常で悪ければ、不自然と言おうか。心が、思いが、感情が、動いては消え、起きては消えて行く。状況に反応はしても、とらわれずにさらさらと流転して行く。それが心の本来の姿なのである。
ちなみにこの摩拏羅尊者の偈は、森田療法の創始者・森田正馬(まさたけ)がよく引用したことでも知られる。そのときは「心は万境に随って転ず、転ずる処(ところ)実に能(よ)く幽なり」と読まれていた(この読みの方が一般的である
ちなみに個人的には、「転」を「まろばし」と読むと、一段と雰囲気が伝わって宜しいと思う。

 

以上、12回に渡って『兵法家伝書』を取り上げて来た。
通読して思うことは、柳生宗矩が
剣術家であるということである。
『葉隠』では、思想的にバチッと明快なところがあった。
それに比し、『兵法家伝書』は、やや思想的に明快さに欠けるところがあるように思う。
しかしそれは欠点ではなく、柳生宗矩が剣術家、実践家であることによると私は思っている。
あくまで剣の上で実際に体験し、現実にやって見せることのできることを土台に筆を進めて行く。
それが剣術家・柳生宗矩の基本姿勢であり、
『兵法家伝書』が、思想書ではなく、実践書たる所以なのである。

 

 

「それでは私たちの本来の自己を生かすための、生命の呼び声を聞くには、どうすればよいか。
私が、どなたにもお勧めしている方法は、『静かに、自分の心の中を見よう』ということです。功利的な欲望にまどわされず、素直に自分の心の声を聞いていこう、というのです。…
自分の心を見るためには、自分のイヤな点も見なければなりません。たしかに、苦痛なこともあります。しかし、一旦これができるようになると、不安、恐怖、憎悪などの苦しみから解放された、生き生きとした、本来の自分が次第に現れてくるのを感じ、認識することができるようになります。精神科の医師として、私が患者さんを治療するのも、患者さん自身が自分の心を見られるように、援助していることに他なりません。
ところで、いちばん基本的で根本的な不安の原因というものは…その人が自分の生命を生かしていないことからきています。自分の生命の呼び声をきき、正しくそれを生かしていれば不安はないのです。少なくとも根本的な不安はないわけです。…
神経症の方の不安は…どういう不安かというと、一見理由のない漠然とした不安なのです。この不安は漠然としているところが特徴です。何が不安だというのではなく、なんとなく不安なのです。
それは結局、自分の生命がいまの生き方ではだめだということを言っていることなのです。要するに、生命が充分に生かされていないことからくる不安です。
第二番目の不安は、自分が安心のもとだと思っている、つまり大脳皮質に植えこまれた価値観が揺るがされる時です。例えば金を非常に重要だと思っている人間が…金の値打が下がったら、それは大変な不安です。また、地位があれば、その地位を奪われないようにする不安とか、権力をもっている人は、その権力を失わないように守っていく不安とか、いろいろあるわけです。…
そこで、そういう不安を持っている人を、どのように助けていくかというと…最初は、その人がどんなふうに不安かということを、私も共感していこうとします。一緒にいろいろと話をよくきいて、その人の不安な状況に身を置いてみます。そうすると、その人は、自分と一緒に不安をわかってくれる人がいるという安心感が出てきます。すると、不安が少なくなってきます。
少なくとも、最初の訴えというのは、『私の気持をわかって』ということです。『わかって』というのは、『正しいとか、誤っているとかと言ってほしい』というのではない。『共感して下さい』ということです。医師であっても、なかなか難しいことですが、その人の細かい心の襞々(ひだひだ)にまで、自分自身の心の襞がスーッと入っていくことができればすばらしいことです。
それができない場合は少なくとも、軽はずみな粗雑な発言をしないことが大切です。自分がほんとうに納得した時だけにしか、ほんとうの意味の決定的な発言をしないことです。それまでは、『こうじゃないだろうか、ああじゃないだろうか』と、クエスチョン・マークをつけた聞き方をしていきます。そうすると、先方が、『そうかな…』といろいろ考えます。『ああ、こうだな』とその人自身が納得してわかる時に、はじめてその人は、一歩自分について理解し、それを重ねるにつれて『これはこうだ、あれはこうだ』と自分の内部がだんだんはっきりと整理されてきます。…
それがはっきりすると、『なるほど不安になるわけはこうだ』と自分の心がほんとうによくわかってきます。それまでは、心の中がゴタゴタ混乱して、なぜ不安なのかさえもわからなかったのですが、次第に整理されてくると、いつのまにか心が落ち着き、自分で自分の不安の原因がわかり、それから解放されるようになります。
そうして不安から解放されると、はじめて素直な実感が生まれてきます。こちらとしては相手の心を『ああでもない、こうでもない』とせんさくするのではなく、不安な気持をそのままに聞いて、できるだけ整理してあげることによって、相手の方も次第に自分自身の混乱に気づき、素直な静かな気持になれるでしょう。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

「いちばん基本的で根本的な不安の原因というものは…その人が自分の生命を生かしていないことからきています。
それは結局、自分の生命がいまの生き方ではだめだということを言っていることなのです。
ここに「
不安」の重要で積極的な意味があります。
「不安」はただイヤなもの、ダメなものではありません。
その「不安」の中に、あなたの生命(いのち)からのメッセージが含まれているのです。
「その生き方、やめましょ。」
「その考え方、間違ってますよ。」
そして、そういう「不安」に苦しんだことのある方ならおわかりでしょうが、「不安」はちょろまかしでは消えないんですよね。
そりゃあ、一時(いっとき)なら誤魔化せるかもしれません。
でもね、抗不安薬ですら、効果が切れれば、元の木阿弥なんです。
よって、「不安」の中には、さらに
「本来の自分を取り戻しましょう。」
「本当の自分を生きましょう。」
というメッセージも含まれているということをしっかりと認識する必要があります。
そして(一時的なちょろまかしではなく)、真の自己の実現という大テーマに向かって、敢然と取り組んで行く必要があるのです。

 

 

私は可能な限り、「いつでもどこでも誰の前でも本来の自分でいること」を奨励している。
(今回は昨日の「そのときその場でその人に」の姉妹編である)

しかし大抵の人は、気心が知れた相手、子ども、部下、後輩、利害や力関係上こちらが有利な相手、もっと言えば、舐めた相手、弱い相手などの前では、リラックスして本来の自分を出しているが、
緊張する相手、先生、上司、先輩、利害や力関係上こちらが不利な相手、もっと言えば、恐い相手、強い相手などの前では、急に本来の自分を出せなくなる人が多い。

これもね、我々は幼い頃、それ(いつでもどこでも誰の前でも本来の自分でいる)を当たり前のようにやっていたはずなである(←それしかできなかったから)。
しかし、その発言が必ずしも親や大人たちから歓迎されなかった、あるいは、攻撃されたために、その場の空気を読み、アンテナを張り、相手の気持ちを察して、(はっきり申し上げれば)保身のために、相手によって言動を変えることを覚えたのである。

小さくて弱く、親や大人たちに嫌われたくない/攻撃されたくない子どもとしては、それもまた仕方のないことであったと思う。

しかし、今は違う。
今やもう大の大人であるあなたは、やろうと思えば、それ(いつでもどこでも誰の前でも本来の自分でいること)ができるはずなのだ。

だが、これについてもまた、「いやぁ、世間って、人間関係って、そういうもんでしょ。」と嘯(うそぶ)く人たちがいる。
その言葉に騙されてはいけない。
そう言って来る人の大半は、「相手/周囲の反応が恐くて」、相手によって言動をコロコロと変えて来た人たちなのである。
しかし、「恐くて」と言ってしまっては、自分が「ヘタレ」で「ビビり」であることがバレてしまうので、その前に「そういうもんでしょ。」と世間の常識であるかのように正当化しているのである。

但し、私も絶対的に「いつでもどこでも誰の前でも本来の自分でい」なければならないと思っているわけではない。
相手の成長のために、敢えて「(一部または全部を)言わない」「言い方を変える」場合がある。
むしろ「相手への愛がある」場合は、嘘八百でも、演技でも、なんでもありだと私は思っている。

しかしこれは、相手が誰であろうと、どんなに恐い、おっかない相手であろうと、本来の自分でいられうようになってから行うことだと思っている。
やっぱりそっちが先。
少なくとも、まずそれ(いつでもどこでも誰の前でも本来の自分でいられること)を目指しませんか。

よってまず基本に戻り、丹田呼吸で「肚が据わる」ことから始めることをお勧めしている次第である。
我々の先人たち(戦国時代の武将たち、幕末の志士たち)もまたそうやって、
いつでもどこでも誰の前でも本来の自分でいられることを(たとえ殺されようとも)目指したのである。

 

 

私は可能な限り、「自分の本音を結論から、そのとき、その場で、その人に、伝えられるようになること」を奨励している。
後になって、別の場所で、別の人に、本音もどきのことを言うのではなくてね。
こんなことをわざわざここで申し上げなくても、我々は幼い頃、それ(そのとき、その場で、その人に、自分の本音を結論から伝える)を当たり前のようにやっていたはずだ(←それしかできなかったから)

しかし、その発言が必ずしも親や大人たちから歓迎されなかった、あるいは、攻撃されたために、その場の空気を読み、アンテナを張り、相手の気持ちを察して、(はっきり申し上げれば)保身のために、それを言わなくなったのである。
小さくて弱く、親や大人たちに愛されたい/受け入れられたい子どもとしては、それも仕方のないことであったと思う。

しかし、今は違う。
今やもう大の大人であるあなたは、やろうと思えば、そのとき、その場で、その人に、自分の本音を結論から伝えることができるはずだ。

そう言うと必ず、そういう(そのとき、その場で、その人に、自分の本音を結論から伝える)のは、未熟な人間がやることだと言って、非難して来る人がいる。
その言葉に騙されてはいけない。
そう言って来る人の大半は、「敢えて」
そのとき、その場で、その人に、自分の本音を結論から伝えない人なのではなく、「相手/周囲の反応が恐くて」そのとき、その場で、その人に、自分の本音を結論から伝えられない人たちである。
しかし、そう言ってしまっては、自分が「ヘタレ」であることがバレてしまうので、その前に相手を「未熟者」と攻撃し(攻撃は最大の防御である)、自らを正当化しているのだ。
しかも、「そのとき、その場で、その人に、自分の本音を結論から伝え」ないことは時に、相手を見殺しにする、非常に「冷たい」行為にもなる、と私は思っている。

但し、私も「そのとき、その場で、その人に、自分の本音を結論から伝える」ことを無条件によしとしているわけではない。
それは確かに「我(が)の垂れ流し」に陥ることがある。
よって、私は「
そのとき、その場で、その人に、自分の本音を結論から伝える」ときの条件として、「そこに相手への愛があるか」を付け加えたい。
但し、「愛がある」というのは、必ずしも相手の主観的満足に寄り添って、猫撫で声でよしよししてあげることではない。
場合によっては、叱咤激励する厳しい「愛」もある。
でもやっぱりそこに「愛」が、そして、「相手の存在への畏敬の念」があるのである。

だからせめて、パートナーとか、親友とか、あなたにとって大切な人との間においては、「愛をもって」「そのとき、その場で、その人に、自分の本音を結論から伝えられる」関係の構築をお勧めしたいと思う。
そうでないと、折角今生で逢えたのに、人と人とのこころの距離が、余りに冷たく、遠過ぎる、と私は思っている。

 

 

今までの『兵法家伝書(1)』『兵法家伝書(2)』『兵法家伝書(3)』『兵法家伝書(4)』『兵法家伝書(5)』『兵法家伝書(6)』『兵法家伝書(7)』『兵法家伝書(8)』『兵法家伝書(9)』『兵法家伝書(10)』に続いて、『兵法家伝書(11)』をお届けする。

今回は『兵法家伝書(10)』から発展した話。

「万(よろず)の道に心懸けがつもり功がかさなれば、機が熟して大用(だいゆう)がはつする也(なり)。…熟すれば、全身全体にのびひろごり、手にも足にも目にも耳にも、その所々にて大用がはつする也。此(この)大機大用(だいきだいゆう)の人にあふては、習(ならい)のたけをつかふ兵法は、手をあぐる事もならぬ物也。見づめなどと云ふ事もあるべき儀(ぎ)也。大機の人の目にて、一目にらみたらば、その眼(まな)ざしに心をとられて、太刀(たち)をぬく手もわすれて、ただあるべし。」
(いろいろな場面において、大機大用(
物の本体とそれから現れた働き)のことを心がけていれば、その積み重ねによって、機が熟して来ると、大用(大いなる働き)が発現して来るものである。…機が熟して来るにつれて、大用が全身全体に伸び広がり、手にも足にも目にも耳にも、その所々で大用が発現して来るものである。この大機大用に生きている人に出逢ったならば、習ったことだけを使う兵法では手を挙げることさえもできないものである。(そして)「見詰め」などということも起こって来るはずである。(それはどういうことかというと)大機の人の目でひと目睨(にら)んだならば、(睨まれた人は)その眼差しに心を奪われて、刀を抜くことも忘れて、そのままになってしまうのである。)

 

こういう話も新陰流という実践の剣法の場を踏まえて書かれているということが非常に重要である。
これを書いたからには、柳生宗矩は弟子たちの前で「見詰め」をやってみせなければならない。
でなければ、「見詰め」について書く資格がないし、口先野郎ということになってしまう。
これが実践剣法の厳しくも、良いところだと思う。
対人援助職も同じ。
我々は「見詰め」こそ行うことはないが、患者さん/利用者さん/メンバーさん/クライアントに対して、能書きだけでなく、ホンモノの支援を実践してみせなければならない。
いや、見せるも何も、その結果が
患者さん/利用者さん/メンバーさん/クライアントに如実に現れる。
これもまた対人援助職の厳しくも、良いところだと思う。
そしてそホンモノの支援は、あなたの自力、我力によってではなくて、大用、即ち、あなたを通して働く他力によって行われるのである。

 

 

「ところで、この無意識についての考え方について、東洋と西洋では大きな差があります。
フロイトは、こう考えました。われわれは、無意識に支配されたら、とんでもないことになる。『イド(無意識の貯蔵庫)あるところに自我あらしめよ』、意識の世界を次第に拡充して、無意識の世界を少なくしていこう。そうすれば私たちの心や行動は無意識に支配されないで、私たちの意識でコントロールできると考えたのでした。
このように無意識を、私たちを呑みこみ圧倒する邪悪なものと考える見方は、彼に続く学者たちによってだいぶ修正されてきていますが、もともと西洋人にとっては、無意識は人間の世界を支配する闇の王者というか、悪魔であるという考え方が強かったのです。しかし幸いなことに、東洋的な考え方には、仏教思想にしても日本人の昔からの考え方の中にも、無意識を恐れる気持は少ないようです。
西欧の無意識論も、フロイト以降さらに省察と研究を重ね、少しずつ変化してきました。表面的にみせている偽りの自己を打ち破って、無意識にある真実の自己(リアル・セルフ)に気づき、本来の生命である生き生きとした真実の自己を実現させていこうという、私がアメリカで直接に師事した、カレン・ホーナイ先生等の考え方も出てきました。ホーナイは、『人間の真の倫理は真実の自己の発見とその成長にある』と述べ、そこに人間の生命の尊厳性と生きがいがあると主張しました。
ここで、以上いろいろ述べましたことがらをまとめてみますと、鈴木先生の言われる宇宙的無意識は、阿頼耶識やそれに含まれる集合的無意識として私たちの中に現われるわけです。そして、それが私たちの生命と感じられるもののもととなっているわけですが、ふつう私たちはそれに気づかず、無意識でいます。それというのも、私たちの五感は外界に関連してのみ働き、その感覚に基づいて、私たちの大脳皮質が自我という意識を作っているものですから、私たちの意識は通常、内側に向かわないのです。そして、そのような小さな自我をほんとうの自分と思いこんで、それを中心にして、自我本位の生活をしているものです。その結果、物欲や功利や愛欲の対象に執らわれて自分の心身を苦しめ、不安や絶望感や病気に悩むことが多いのです。
しかし私たちが、たとえ気づかず、意識しない時でも、宇宙的無意識は阿頼耶識や集合的無意識を通じて、私たちの中でいつも力強く働き、私たちに呼びかけているのです。その呼びかけこそ、私たちの生命の呼びかけであり、ほんとうの自分に生きよとの促しであります。
そして、この深い無意識の生命の呼びかけを感得するのが、私の言う内部感覚であり、それを自覚するのが、本来の大脳皮質の働きであると思います。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

当初、精神分析と言えば、フロイトしか知りませんでしたので、私も最初はフロイトの著作を読んでいました。
それが、彼の無意識観やタナトスなどについて知るようになると、急速にフロイトへの関心を失って行きました。
余りにも彼の人間観が悲観的過ぎたでのです。
当時、生意気盛りの私は、「大前提となる人間観が間違っているヤツの理論を勉強してもしょうがないや。」と思い、完全に投げ出してしまいました。
それが後になって、近藤先生を通してホーナイの精神分析を知り、まさに「ホーナイは、『人間の真の倫理は真実の自己の発見とその成長にある』と述べ、そこに人間の生命の尊厳性と生きがいがあると主張しました」となれば、これなら学んでみたい、と思い、ホーナイ全集を通読し、『ホーナイの最終講義』を近藤先生と共に翻訳するに至ります。
しかし、私の精神世界への道程は、ホーナイからではなく、近藤章久から始まりましたので、精神分析の無意識よりもさらに深い宇宙的無意識の世界の方に最初から関心がありました。
関心があったというより、しっくり来たのです。
皆さんはいかがでしょうか?
宇宙的無意識は知的に理解するものではありません。
万物の存在、万人の成長をもたらす宇宙的無意識は、感得するものです、体験するものです。
有無を言わさず、「ああ、あるに決まってる。」と思えるものです。
上掲文を読んだとき、一人でもそう感じた方がいらしたら、とてもとても幸せに思います。

 

 

今までの『兵法家伝書(1)』『兵法家伝書(2)』『兵法家伝書(3)』『兵法家伝書(4)』『兵法家伝書(5)』『兵法家伝書(6)』『兵法家伝書(7)』『兵法家伝書(8)』『兵法家伝書(9)』に続いて、『兵法家伝書(10)』をお届けする。

「大機大用(だいきだいゆう)。用(よう)を用(ゆう)とよむべし。物の躰用(たいゆう)の時、用(ゆう)とよむべし。物ごとに躰用と云(い)ふ事あり。躰があれば、用がある物也(なり)。たとへば、弓は躰也、ひくぞ、いるぞ、あたるぞと云ふは弓の用也。燈(ともしび)は躰也、ひかりは用也。水は躰也、うるほひは水の用也。梅は躰也、香(か)ぞ、色ぞと云ふは用也。刀(かたな)は躰也、きる、つくは用也。然(しか)れば、機は躰也、機から外へあらはれて、様々のはたらきあるを用と云ふ也。…内にかまへたる機あるによりて、外へはたらきが出る、是(これ)を用と申す也。」
(物の本体とそれから現れた働き。用(よう)と書いて用(ゆう)とよむ。物の本体が動いて働くとき、その働きを用(ゆう)という。物一つひとつにその本体と働きがある。本体があれば、その働きがあるものである。例えば、弓が本体であって、弓を弾くとか、射るとか、当たるというのは弓の働きである。灯が本体であって、光は灯の働きである。水が本体であって、潤うのは水の働きである。梅が本体であって、香りだ、色だというのは梅の働きである。刀が本体であって、斬るとか、突くというのは刀の働きである。であるから、働きの大元が本体であって、大元から外に現われて、さまざまの働きがあるのを用(ゆう)というのである。内側に準備された働きの大元があることによって、外へ働きが出る、これを用(ゆう)というのである)

 

文献の注を見ても、どうもピンと来ないため、いつも以上に私訳を行った。
大機大用。人間を超えた働きを表わすときに仏教では「大」を付ける。
すべての存在に「躰(本体)」があって、その中に働きの大元である「機」が潜んでいる。というよりも、実は、躰(存在自体)が機(働きの大元)に他ならない。そしてそれが働きとして外に現れて来ると、それを「用(ゆう)」というのである。
そしてそれらはすべて人間を超えた次元の働きなのだ。
よって、あなたがあなたとして存在している(=躰)からには、あなたの中にあなたをあなたさせようとるする働きの大元(=機)が潜んでおり、それが外に言動となって現われたものが用(ゆう)なのである。

そして、そういう生き方、生かされた方をして初めて、本当の意味で、自分を生きる、ということができるのである。

 

 

「人間の心的な構造を説明する上で、無意識についての学説があります。
フロイトが、人間を基本的に動かしているのは、意識的な自我ではなく、リビドー、あるいはイドと呼ぶエネルギーの貯蔵庫、つまり自分自身でも気づかない深層の世界、無意識の世界であると唱えたのは、二十世紀初頭の大発見でした。…そしてその門下のユングは、個人的無意識のさらに深層に、われわれの祖先や人類としての経験の集積である集合的無意識を考えました。
一方、仏教の方には、すでに五世紀の頃から、唯識思想という無意識論があります。あらゆる事物は、識、つまり意識の働きに基づいて現れますが、これは仮りの表象にしかすぎません。その識の根源には、阿頼耶識(あらやしき)という無意識があります。識は、この根源から出るものですが、いろいろな感覚によって、自分を対象化してとらえます。つまり、ここで自我というものが出てくるのですが…仏教は、それに自分へのとらわれ、我見、我執、エゴイズムの起源をみるのです。
感覚には、五感といって、見たり、聞いたり、触れたり、味わったりする感覚がありますが、識は、それらを統合する働きをもちます。それで、自分はこのように聞いたとか、味わったとかという、自意識が生まれます。そしてその自意識を、あたかも実体として見、自分であるかのように感じてしまうのです。しかし、これは感覚の作用による結果であり、実体ではありません。ひとつの仮想であります。ですから、この我執、迷妄のもとである識を打破して、その底にある阿頼耶識を認識していかなければならないと考えます。自分、自我というものは識が作り出したもので、実体的にはないのだ。いうなれば無我であるわけです。この無我を自覚した時、そこに小さな我にとらわれない自由で広大な世界が開けてくる。ここに落ち着きを見出すことができます。
これが仏教の考えです。阿頼耶識、つまり無意識の底に、生命の根源があり、ここに生命の知恵が流れているのです。長い長い、生物としての、人類としての進化の過程で蓄積され、連綿として伝えられてきた、生命の知恵があるのです。その意味で生命は、私だけのものではなく、私を超えた民族や人類の、ひとつの集合された無意識に宿っているということになります。ユングはこれに注目して、コレクティブ・アンコンシャス、集合的無意識と呼びました。
ところで仏教では、阿頼耶識そのものに執らわれることも、また嫌います。もっと自由な世界、もっと広い世界を見ようとします。民族とか、人類だけではない、宇宙そのものを蔵している無意識を、鈴木大拙先生はコスミック・アンコンシャス、宇宙的無意識と呼ばれました。
いわゆる悟りの世界、大悟徹底するということは、文字通り、底が抜けることであって、自分とか、自分でないとか、小さな自我を中心とした我執の世界がぶち破られてしまって、万物と同根、天地と一体、つまり、宇宙と自分がぶっ続きになることですから、生命に生かされているということは、そういう宇宙的無意識の世界を自覚して、それと一体で生きるということになります。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

個人的無意識 < 集合的無意識 < 宇宙的無意識。
「天地と我と同根、万物と我と一体」(僧肇)
私の大好きな言葉です。
無生物にまで広がる無意識の世界。
そしてそれはただの、深さ、大きさの話ではありません。
そこに「働き」があることを忘れてはなりません。
無意識はただのブラックボックスではないのです
そこには「生かす」「育てる」「愛する」働きが満ちています。
よって唯識仏教でいう「阿頼耶識」も「阿頼耶識」のままではおられず、「大円鏡智」に転識得智すると言われているのです。
深さ、大きさだけでなく、そこにある働き、力。
是非それを感じさせていただきたいですね。

 

 

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「無刀は、とる用にてもなし、人をきらんにてもなし。敵から是非きらんとせば、取るべき也(なり)。取る事をはじめより本意とはせざる也。よくつもりを心得んが為(ため)也。敵とわが身の間(ま)何程(なにほど)あれば、太刀があたらぬと云(い)ふ事をしる也。あたらぬつもりをよくしれば、敵の打つ太刀におそれず、身にあたる時は、あたる分別のはたらきあり。無刀は、刀のわが身にあたらざる程にてはとる事ならぬ也。太刀のわが身にあたる座にて取る也。きられてとるべし。」
(無刀取りは、相手の太刀を取るためにするのでもないし、人を斬るためにするのでもない。敵が何としても斬ろうとしてくれば、その太刀を取るようになっているのである。相手の太刀を取ることを最初から目的としているのではない。よくその心持ちを体得するためである。敵と自分との間の距離がどれくらいあれば太刀が当たらないかということを知っておくことである。当たらないという感覚がよくわかっていれば、敵が打って来る太刀を恐れず、もしこちらの体に敵の太刀が当たるようなときは、当たるような分別の計算があるのである。無刀取りは、相手の太刀が我が身に当らないような距離では、太刀を取ることはできない。相手の太刀が我が身に当たる距離になって(初めて)その太刀を取るのである。斬られて取るのである。)

 

なかなかに込み入った文章である。
新陰流の「無刀取り」は、流祖・上泉伊勢守信綱(かみいずみ・いせのかみ・のぶつな)から柳生石舟斎宗厳(むねよし)が継承・完成させた、素手で相手の太刀を奪う奥義である。
その技術的な側面が注目されやすいが、無刀取りの真髄はそこにはない。
以前に「兵法家伝書(6)」において「水月」について触れた。
そこでは、遠くにあると思っていた月が、いきなり近くの水面に映るように、敵の太刀が届かないところにいたのが、スッと相手を斬ることのできる間合いに詰め入ることを述べていた。
しかもそれはあくまで覚悟を持って踏み込んで斬るという意図的なものであった。
しかし「無刀取り」は、「きられてとる」ところにまで踏み込みながらも、それが意図的に計算してはからったものではなく、自ずと行われるところにその奥義の真髄がある。
最早、斬られようと斬られまいとどうでもいいのである。
その超至近距離の状況下で、自ずと行われるのが「無刀取り」なのである。

 

 

 

継父逮捕の夜に思う。

私の実母は後妻であった。

前妻は、祖母の嫁いびりに耐え切れず、幼い娘を残して家を出たという。
若かった母に縁談の話があったとき、初めて会った姉のみすぼらしい格好を見て、「可哀想だと思ったのよ。」と言っていた。
そんな同情から始まった継母業は、簡単なものではなかった。
祖母からの嫁いびりは相変わらず相当なものだったし、
負い目があるためか、祖母も父も姉を過剰に庇(かば)い、母が口や手を出せる状態ではなかったらしい。
その後、母は男の子を四人産み、姉が嫁ぎ、祖母が他界した頃には、完全に松田家における立ち位置を確立していた。
しかし、まだ娘に負い目を感じている父親がいたため、姉との関係性はビミョーなままとなっていた。
幸い私と姉との関係は、ひとまわり以上の年齢差もあり、遊んでくれた記憶もあって、問題を感じたことは一度もなかった。

そんなある夜、当時の私は高校生くらいだったと思う。
母と二人になったときに(そう言えば、こういう話し相手もいつも私だった)、何かの話から、母が祖母と姉の悪口を始めると、いい加減聞き飽きた私は、業を煮やして訊いてみた。

「姉ちゃんを本当の娘のように愛そうとは思わんかったん?」

すると、母ははっきりと即答した。

「そんなことできるわけないじゃん。」

私は落胆した。
今、大人になってみて、そうして精神療法家になってみて、そういうことが簡単でないことは百も承知である。
自分が母親の立場であったとしても、それができたと言い切れる自信はない(実子でも思春期の生意気盛りの対応は大変である)
しかし、しかしである、せめて「ずっと愛そうとして来たのよ。」くらいのセリフは聞きたかったと思う。

できないのは問題ではない。
しようとしないことが問題なのである。

今までの経験から、いわゆる“生(な)さぬ仲”、連れ子、養子、里親であっても、愛されている人たちがいることも私は知っている。

そんなに深刻に考えないでいいんじゃないの、と思う人も多いかもしれないが、
少なくとも私は、継父・継母になるときには、パートナーだけでなく、子どもも愛そうとし続ける覚悟だけは持っていただきたいと願う。

 

 

「人間に発達した大脳の新皮質は、体の中、生命の奥深くからくる信号を翻訳して、生命の呼びかけに答えるというのが、本来の働きです。つまり大脳は、人間が、人間らしく生きるために働いてくれるものなのです。自分の生命を見つめて、自分を認識し、どうしたら生き生きとこの生命を伸ばすことができるか、その目的や方向を定め、そして努力する、そういう働きをするものです。
しかし、現代の社会では、営利が中心で、何でも利益があればよいと考え、利益を目的に追及し、その象徴であるお金が何よりも価値があると考えられています。そのために、私たちの大脳の新皮質は、いかにしてお金をもうけるかという方向に集中して、その目的に使われています。簡単に言えば、人間の特質である新皮質を、功利主義のために使用し、発達させていると言えます。そして、功利のための能率主義が強調されます。…
よって、人間に与えられた新皮質の発達は、方向を間違えると、人間の生命を破壊することになる場合あるのです。…
大脳の新皮質…が本来の働きを発揮するためには、内側に向けられなければなりません。内なる生命の呼び声を認識し、それを判断し、それを生かす方法を考え、企画し、新しい生き方を創造し、たくましい意欲をもって生きることです。そして、自分自身に与えられた生命の尊さに対して深い畏敬の愛情を感じることです。これが最も基本的で、自然な、本来の新皮質の働きです。したがって、教育は、根本的には、それぞれの子どもに宿る生命への畏敬、尊重を基礎として、こうした方向への新皮質の発達を促進することに、その本質があるわけです。
そして、このように新皮質が働くためには、内からの声、生命の呼ぶ声を感得することが必要です。これを感得する感覚を、私は“内部感覚”と呼んでおきます。…
内部感覚というと体験した人にはそのまま、ああそうかとわかるのですが、普通の人の場合、なかなかピンとこないようです。…
しかし、普通の日常生活でも、『こうしたら、とても、スッキリして、気持よくなった』ということがあります。それは自分の生命の促しを内部感覚が感じて、自然に応じた処置をとったからです。私たちは、自らの内部感覚によって、考えたり行動したりすると、何となく気持がよくなるものです。
また、それは体の内から湧き起こってくる感じ…その意味で、内部感覚は、やむにやまれない感じと言ったらよいかもしれません。
やむにやまれないということは、いわば必然ということになります。しかも、内部感覚に基づいて行動すると、気持よく自由な気持になります。そこで、必然と自由が一致するわけです。自分の内なる声の促しによって行動する時くらい、人間が自由を感じる時はありません。他人の意見や外部の評価などによって、乱されない落ち着いた自由を感じます。…
さて、これまで生命に関連して述べてまいりましたが、生命は自分一箇の個人に限られるものではありません。人間のそれぞれが生命を享(う)けているのですが、それらのすべてがたとえて言えば大きな自然の生命の流れの中に、生かされ、そこにそれぞれの生命の源をもっているのだと思います。
その大きな流れは、宇宙的な力と言ってもよいと思います。その力は、私たちそれぞれの生命として現われますが、私たちばかりでなく、すべての無生物・生物をひっくるめて、いろいろな存在の形として現われているわけです。石となり、水となり、あるいは、植物とか動物という生物の形をとったり、いろいろな形でこの世界に現われています。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)
 

最後のところで、近藤先生がここまで生命(いのち)について触れられるのは珍しいのですが、非常に重要なことを述べておられると思います。
生命(いのち)というのは、狭い意味での生物学的生命のことを言っているのではなく、全存在を存在させる「働き」のことを言っているのです。
そして、働きが時に花し、働きが時にあなたし、働きが時に私し、百花繚乱の世界が展開する
その働きを内部感覚でしっかりと感じ取り、その働きに催されるままに生きる。
それを「生かされる」といい、「生きる」というのです。
そのために、まずは内部感覚を磨いて行きましょう。
そしてその内部感覚を磨くために、内向きに感じる力を磨いて行きましょう。
毎日の生活の中で、あなたの心の奥の奥の奥で本当に何が起きているかを感じて感じて感じて行く(決して考えてはいけません)ことから始めましょう。

そしてそのガイド役は、もし宜しければ、どうぞ私におまかせ下さいな。

 

 

「縄文人と炉」の話。

縄文式住居には、原則として、床に炉が作られていた。
特に竪穴式住居では、炉の痕跡が後世に残りやすかったという。
それも今の囲炉裏と比べて、縄文の炉は小さいものであった。

また、炭化物の分析から、炉で燃やされていたものは圧倒的にクリが多かったらしい。
しかし、クリは火が着きにくく、着いたとしても火勢が弱いという特徴があり、逆に言えば、火持ちは良いことになる。
そうなると、ただでさえ小さな炉は、灯り取りには暗く、暖房には弱く、煮炊き用としとは火力が足りない(当時の食事用の煮炊きは屋外で行っていたらしい)。

そうすると、当然、疑問が湧いて来る。
この炉は一体何のために作ったのだろうか?

そう。
他の用途のためではない。
火を燃やし続けること自体が目的だったのである。
即ち、炎を見つめ続けるためだけにわざわざ住居の床に炉を作ったのだ。

炎を観ることによって、炎を炎させ続けているものを感じる。
刻々と燃えて尽きて、燃えて尽きて、燃えて尽きて、炎を炎させ続けるもの。
それはまたあなたをあなたさせ、この世界をこの世界させているものを感じることに他ならない。
それは「生命(いのち)」を感じることだと言っても良いだろう。

縄文人たちは炉の火に「聖性」を見い出していた、というある考古学者の見解に私は大賛成である。
私はそれを「霊性」と言いたい。
毎日の世俗的、現実的暮らしだけでは、縄文人はやっていられず、暮らしの中に「霊性」を、「生命(いのち)」を感じる場面を求めたのだ。
そうでなければ、生きてはいられぬ。

しかし、弥生時代になると、縄文の炉は消える。
実用のためだけの炉となる。
嗚呼

それでも絶望する必要はない。
今も
You Tube を見ると、延々と焚き火の炎を映し続けるだけの動画がある。
BS/CS放送でも、焚き火を眺めながら続ける対談番組などがあった。
いやいや、焚き火をずっと見つめていたいためにキャンプに行く人もいる。

「聖性」「霊性」「生命(いのち)」を感じたい。

我々の中に紛れもなく縄文人の伝統が息づいていた。

 

以上は今日の八雲勉強会で取り上げたお話である。
書いていて自分でも、実に面白いな、縄文人は、と思う。
これからも毎月、勉強会で披お話した縄文文化に関する話題をここで取り上げて行こうと思っている。
次回の八雲勉強会は5月10日(日)になる。どうぞお楽しみに。


 

今までの『兵法家伝書(1)』『兵法家伝書(2)』『兵法家伝書(3)』『兵法家伝書(4)』『兵法家伝書(5)』『兵法家伝書(6)』『兵法家伝書(7)』に続いて、『兵法家伝書(8)』をお届けする。

「心こそ 心まよはす 心なれ 心に心 心ゆるすな」(沢庵宗彭『不動智神妙録』からの引用)
(妄心こそ 本心を迷わす 妄心である 妄心に本心を 本心を許すな)
「右の歌、真(しん)[まこと]妄(もう)[みだり]をいふ也(なり)。心に本心、妄心とて二つあり。本心を得て、本心の様(よう)になせば、一切の事すぐ也。此(この)本心、妄心におほはれてまがりけがれぬれば、一切のしわざまがりけがれぬる也。本心、妄心とて、黒白(こくびゃく)なる物、二つならびて各々(おのおの)にあるべきにあらず。本心と云(い)ふは、本来の面目、父母未生(みしょう)以前よりそなはりて、かたちなければ、生ずると云ふ事なし、滅する事なし。形こそは父母もうみなせ、心かたちなければ、父母の生みなせりともいひがたし。人生(うま)るれば、そなはりて此(この)身にあり。」
(右の歌は、真と妄とのことを言っている。心に本心と妄心との二つがある。本心を得て本心のままに生きれば、すべてのことがなるようになって行く。この本心が妄心に覆われて、曲がって、汚れてしまったならば、すべての行為が曲がって汚れてしまう。本心と妄心は、白黒はっきりしたものが二つ並んでそれぞれに存在しているわけではない。本心というのは、本来の面目(本来備わっている真実の姿)のことであり、両親が生まれる前から備わっているもので、形がないので、(改めて)生じるものではないし、なくなることもない。形(ある身体)は両親が産んでくれても、心は形がないので、両親が産んでくれたとは言い難い。人が生まれれば、(最初から)備わってこの身にあるものである。)

 

この「本心」と「妄心」との関係を、ホーナイの「真の自己」と「仮幻の自己」に対比すると面白い。
生まれたときから備わっていた「真の自己」。
その「真の自己」が、後から付いた「仮幻の自己」の覆われて、曲がって、汚れてしまっている。
その「仮幻の自己」に「真の自己」を許すな、というのであり、ホーナイの精神療法に大いに通じるところがある。
そして彼女が自らの臨床体験から得た「真の自己」が、(両親が生まれる前から備わっていた)「本来の面目」の境地にまで深まる前に亡くなったことは返す返すも残念である。
柳生宗矩もまた、この境地をただの文字上の知識とせず、剣の上で実現しようとしたところに彼の真骨頂がある。

 

 

高校生の頃、夕方になると、犬の散歩を口実に、裏口を開けて、隣接する広い空き地に出て行っていた。
そこにいれば誰にも見つかることはなく、犬を放したまま、そこに積まれていた資材の上に横になって、ゆっくりと夕焼けを眺めることができた。
ようやく茜色に染まり始めた西の空が、次第に色の濃さを増し、なんとも言えない夕焼け空の移ろいを静かに見せてくれる。
何が観たかったのか、何を感じていたのか、何を求めていたのか、当時の自分にはわからなかったが、少なくともそうしないではいられない衝動があった。
さらに日が沈んで行くと、空は茜色から紺色に色調を変え、やがて濃紺の闇に沈んで行く。

「しょうがない。帰るか。」

離れ難い想いを引きずりながら、犬をつかまえて家に帰った。

今ならそのとき何が起きていたのかがわかる。
どうでもいいことに縛りつけられ、窒息しそうな日々の中で、
あの夕焼けを夕焼けさせているものを感じたかったのだ。
それはこの私を私させているものを感じることと同一の体験であった。

その働きを「命」という。

ゾンビのような日々の中で、私は自分が生きていることを感じたかったのである。

西行の

 命なりけり 小夜(さよ)の中山

の真意がようやくわかった気がした。

そして毎日の現実的な生活の中でも、その「命」を感じようとする伝統が、縄文時代からこの風土にあったことを、明後日の勉強会でお話しよう。

 

 

「私が学校の生徒たちを見ていて感じることは、一人ひとりが、みなそれぞれの能力、特徴を必ず持っているということです。…
たしか室町時代の禅僧、一休禅師と思いますが、『どのような材木にも釘を打つべき一点がある。無数の点があるように見えるが、真に打つべき一点がある』と言われました。…
親はわが子の一点、この一点を見つけるということが非常に大切だと思います。
一点というと、お父さんやお母さんが、自分たちの立場から考える一点と間違いやすいのですが、それでは真の一点にはなりません。その子に対しての、功利的ではない、静かに見通した観方、透徹した眼が必要です。透徹した眼というのは、深い実感と通じるものです。わが子の一点を実感する、その感じには混ざりものがありません。ですから直接に、的確に、わが子の釘を打つところ、わが子という材木の釘を打つところを感じるわけです。…
この一点に至るための具体的な親の態度について言えば、余り難しく考えないで、例えば子どものよいところを見つけることからはじめられたらどうでしょうか。それを見つけるのは何といっても親ですから、自然に愛情を通して感じ、子どものよいところが見つかります。よいところを見つけたら、案外いままで気にしていた悪いところが気にならなくなります。
そういうふうにしますと、次第に子どもを全体として認めることができ、その子に対する信頼の気持が出てきます。最初は意識的な努力でもかまいませんから失敗を恐れないで、このようにわが子のよい面に注意を向けてみるようにしたいものです。
そこで、失敗を恐れないということと、この一点しかないということとの関係ですが、失敗というのはこの一点に至るまでのプロセスです。失敗というのは、すぐにうまくいかなかったことが残念だというだけの話で、失敗はこの一点に到達する過程であると考えて下さい。その意味で、失敗を恐れるよりも失敗から学べ、といった方がいいでしょう。あるいは失敗によって伸びるということです。…
そうすれば、子どもが失敗した時に、『オレも失敗したよ』と子どもの経験に共感するだけのゆとりを親の方が持てることになります。その気持は『失敗しながら成長していくのだよ』という親の気持です。
私自身…どれくらい失敗によって教えられ救われたかわかりません。成功ばかりだったなどということはないのです。むしろ失敗の経験に満ちています。しかしそれによって、人生というものの深みを感じ取ることができました。人間というものはどういうものかも、しみじみ教わりました。
こうしたことはやはり、失敗の経験がないと感じられません。そういう経験が、自分の生命というものをほんとうに感じるために役立つのだと痛感させられました。
この痛感という言葉は、失敗の経験によって知る感情を示しています。成功した体験の場合は、なんとなくいい気になるところがあって、うれしいにしても感じが表面的でしかありません。痛感という言葉には、痛みという文字が使われているところが面白いと思います。痛みというのはいやなものです。しかし深く感じるものです。いやなことの方が、楽しいことより深く感じられるということは意味深いことと思います。失敗もいやなことです。しかしそれは、痛みとして深く感じるものです。私たちは深く感じるものからしか、どうも学べないようです。その意味で失敗は私たちに心の痛みを覚えさせ、それから学ばせてくれるものです。
心の痛みといえば、私自身にしましてもいろいろなプライドもあるし面子(めんつ)もあります。いろいろな虚栄心があります。そういうものが人様から、あるいは事に際して見事にはっきりと指摘され、露呈された時、『ああそうだ』と感じると同時に、心に痛みを感じます。しかし、深く感じるその痛みと同時に、なにか心の中に、爽快感がみなぎる体験として有難いと思うのです。自分ではぶちこわせなかったのもが、人によってパシッとこわされた時に、『あっ!』と思います。しかもそれでいて救われた気持です。自分の中の虚偽が否定されて、もう実に爽やかないい気持を与えられます。その瞬間は痛くてたまらないのですが、あとでいい気持になってきます。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

まず「一点」について、「その子に対しての、功利的ではない、静かに見通した観方、透徹した眼が必要です」という近藤先生の言葉が胸に響きます。
「君は算数はダメだけれど国語は良いね。」というような「功利的」な「一点」ではないのです。
本当の意味で、その子ならではのもの、それが「一点」です。
それを探すには、親自身もまた自分の「一点」に気づく必要があるかもしれません。
そして「失敗」から「痛感」すること。
これは八雲総合研究所だからこそ、ひしひしと思い当たるところがあります。
そう、「情けなさの自覚」と「成長への意欲」を持った方々だからこそ、自分の成長課題や問題についての「指摘」を受け入れる準備ができているのです。
これは当たり前のことではありません。
私も“通常の”人間関係では、まず「指摘」はしませんし、稀にすることがあったとしても、それが相手に受け容れられることは期待していません(大抵「指摘」された人は、怒るだけで成長しません)。
そのように、「失敗」から「痛感」することは、準備ができた人にだけ可能なことなのです。
そして、そういう本気の人たちの成長に関われることこそが、私にとってはこの上なく有り難く、やりがいのあるミッションなのです

 

 

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医療・福祉系国家資格者と一般市民を対象とした人間的成長のための精神療法の専門機関です。