2020(令和2)年3月1日(日)『利他の人』
マスクに続いて、トイレットペーパーやティッシュなどの紙製品が軒並み売り切れになっているという。
政府やメーカーが、紙製品の在庫は十分にある、デマに流されないように、とアナウンスしているにもかかわらず、である。
人間、不安になって利己的に走る姿を見ていると、なんだか悲しくなって来る。
それは東日本大震災直後のことであった。
八雲の近くのコンビニに入ると、棚に残された食品はほとんどなかった。
私の後に杖をつきながら店に入って来た高齢男性は(見るからに単身生活者である)、棚からパンをひとつだけ持って、レジに向かった。
顔見知りらしいレジの年輩女性が
「もっと買って帰ったら。」
と言うと、男性は
「他の人が困るだろう。」
とだけ言った。
今、書いていて思い出した。
酷い虐待の中で育った若い女性であった。
当時、大学病院の私の外来に来ていた。
診察の後の昼休み、学内の生協の売店で彼女の後ろ姿を見かけた。
書籍コーナーで彼女は一冊の雑誌を手に取って買い求めていた。
平積みの一番上の、一番ヨレヨレになったヤツを。
彼女を見ている人間は私以外にいない。
もちろん彼女は気づいていない。
次の外来のときにそのことを話すと
彼女は恥ずかしそうに下を向いているだけだった。
一番守られるべき人たちが一番他者に優しかったりする。
あなたもそうするべきだ、という気はさらさらない。
先日触れた通り、「〜すべきだ」「〜しなければならない」で頑張ってやることではない。
頑張ってやれば、それは却って偽善的な、いやらしいことになる。
我々はどこまでいっても自己中心的な凡夫だけれども
そうでないものも我々を通して働いている。
その力が自然に発現するといいなぁ。