八雲総合研究所

主宰者の所感日誌    塀の上の猫
~ 八雲総合研究所の主宰者はこんな人 が伝われば幸いです ~

今日は令和7年度4回目の「八雲勉強会」である。
近藤章久先生による「ホーナイ派の精神分析」の勉強も、1回目2回目3回目4回目5回目6回目7回目8回目9回目10回目11回目12回目13回目に続いて14回目となった。

今回も、以下に参加者と一緒に読み合わせた部分を挙げるので、関心のある方は共に学んでいただきたいと思う。
入門的、かつ、系統的に学んでみる良いチャンスになる。
(以下、原文の表記に多少古いものも含まれるが敢えてそのままに掲載した。また斜字は松田による加筆修正である)
※内容も「治療」に入り、終盤となってきた。折角読むからには、それが狭い「治療」の話に留まらない、人間の「成長」に関わる話であることを読み取っていただきたい。

 

A.Horney(ホーナイ)学派の精神分析

5.治療

b.神経症的諸傾向の観察と理解

患者の神経症的傾向は、先に述べた様に、最初の面会の時から、囚(とら)われない観察と理解の眼をもってする時は、色々な患者の表現を通じて明らかになって来る。このことは、いよいよ分析が始まってからでも同様である。
患者が自分の症状、その他の事を語る態度の若干の例について先に述べたが、その語り方の順序や、強調の仕方、感情をこめたり、また繰返して述べる表現など、治療家に教えるところが多い。雄弁に自己の知識や才能を強調したりするのは、自己拡大型を暗示するし、単純に何か機械的な感じで整然と準備した様に述べるものは、自己限定型を疑わさせられるし、自分の症状の状態を哀れっぽく繰返し述べるものには、自己縮小型を考えさせられる。
同様に、患者が臥床(がしょう)の位置をとることに反応する仕方も注意されてよいことである。
ある患者は、臥床を拒否して言う。「私は無力にされ、侮辱される気がする」と。他の患者は好んで臥床したがる。時間に関してもそうである。或る患者は時間前30分分位も早く来る。又或る患者は遅く来て治療者を待たしたがる。時間が終ってもグズグズする患者もあるし、時間一寸(ちょっと)でも過ぎると分析者に謝罪する患者もある。
この様な患者の様々な態度に、それぞれの性格の内的傾向を反映している。それが、どの様なものの表現であるか、患者の理解の為に治療家は慎重に考察すべきものであろう。
自由連想が行われる時にでも、連想に当って或る患者は饒舌(じょうぜつ)であり、休むことなく語る。しかし、その語ることが表面的なことであったり、余りにも整然として統制がとれている時、その様な連想の態度が患者にとって、どういう意味を持っているか考えねばねるまい。ひょっとすると自由連想が、患者の心的現実の率直な ー 勿論その時に於ける可能の限りではあるが ー 反映というようりも、その隠蔽(いんぺい)に役立っている場合もあるからである。
或は又、自由連想を嫌がったり、困難を示す患者もある。勿論、自由連想そのものが、感情や思想の自由な吐露と言う、日常的な表現と異る性質をもっているから、困難であることは当然であるが、それと別に、ここにもそれぞれの神経症的性格の shoulds とか claim が表現されてはいないだろうかと問う必要がある。
同様なことは夢に対する態度についても言える。夢なんか馬鹿らしいと一笑にふするものもあるし、一ぺんも夢なんか見たこともないと言うものもいるし、記憶していないと言うのもあるし、又夢ばかり語りたがるものもある。
これらは参考にあげた例であるが、自由連想や夢そのものの内容から得られる理解と共に、治療家が患者の神経症的性格の構造を理解する手引きとなるものは言語的のみならず非言語的な表現の中にも無数に存在する。

 

近藤先生が懇切丁寧に神経症的人格構造の三つの型 ー ①自己縮小的依存型、②自己拡大的支配型、③自己限定的断念型に即して例示して下さっていますが、そもそものホーナイにしても、本当はこんな分類は要らなかったのです。
ホーナイや近藤先生においては、そんな知識不要で、クライアントから瞬時にライヴで感じ取っていました。
そうなのです。クライアントの言動の背後に何かおかしなもの=神経症的なものが動いていることをその場で感じ取れるか否かが、実際的な勝負なのです。
これらの三つの型は、言わば、ホーナイが、当時の精神分析医や知識人たち、そしてアイビーリーグ出身の“エリート”弟子たち(頭は良いが、感性の鈍い人たち)への説明用に作った体系に過ぎません。
しかし、いくら知識があっても、鈍ければ、結局、観抜けません。
近藤先生をして「ホーナイの弟子たちはIQは高いんだけど、肚Qが低い。」と言わしめたものは、そんなところにありました。
頭で「考える」のではなく、肚で、体で、存在で「感じる」こと。
よって、後に近藤先生も『感じる力を育てる』という本を書くことになります。
従って、この『ホーナイの精神分析』の勉強も、まずは「感じる」ことから。
そうして、その「感じ」を後から整理するためにこの体系がある、という順番を忘れないでいただきたいと思います。
 

 

知っている人にとっては当たり前、
知らない人にとっては、え!そうだったの?
というのが「緩和ケア」の定義。

WHOによる「緩和ケア」の定義の中に以下の一文がある(全文に関心のある方はこちらをどうぞ)

「病の早い時期から化学療法や放射線療法などの生存期間の延長を意図して行われる治療と組み合わせて適応でき、つらい合併症をよりよく理解し対処するための精査も含む」

長々とした一文だが、ポイントは「病の早い時期から」というところにある。
即ち、「緩和ケア」が「ターミナルケア(終末期ケア)」に限定したものではない、ということである。

よって、ごく初期の癌が見つかった場合でも、治療によってほぼ100%完治する癌の場合でも、「緩和ケア」は利用できる。
特に、心理的・精神的苦痛を“緩和”するためにメンタルケアが必要と感じた場合、「緩和ケア」を利用することに遠慮は要らない、ということをお伝えしておきたい。

具体的には、病院内に「緩和ケア科(緩和医療科)」があれば、すぐに相談して良いのである。
(但し、病院によっては、まだそこまで手が回らず、「ターミナルケア(終末期ケア)」しかやっていない「緩和ケア」も多いので、まずは問い合わせを。)
そして、緩和ケア医の出身はさまざまであり、内科や外科、麻酔科、精神科などいろいろで、四つの苦痛「身体的苦痛」「心理的苦痛」「社会的苦痛」「スピリチュアルな苦痛」に応じて得意分野が分かれるが、もし本格的なサイコセラピーを望まれるのであれば、個人的には、精神科出身の医師か臨床心理士に相談するのが良いと思う。
(勿論、院内に「精神科」があれば、最初からそこに相談しても良い。また、「スピリチュアルな苦痛」については、申し上げたいことは山のようにあるが今回は触れないでおく)

しかし、精神科医でも精神療法が専門なのは実はごく一部であり、最後は何科出身だろうと、人間として相性が良く信頼できる専門家(医師、臨床心理士)を選ぶのが良いと思っている。

今日のこの話題を通して何が申し上げたいかというと、こうして当たり前に最初から「緩和ケア」を利用することを通じて、メンタルケアの利用が国民にとって一般的になってほしい、ということである。

国民の半分が一度は癌に罹患する時代。
癌をきっかけとした「緩和ケア」の利用もまた、メンタルケア利用の大切な端緒となり得る。

 

 

 

「私の田舎は、へんぴなところで、瀬戸内海の真ん中の孤島みたいなところで、水清く、まったくの白砂青松(はくさせいしょう)で、のんびりした漁村です。そんなところで暮らしていたのが、急に東京にパッと出されて、しかも小学校へ行ったら、まず方言でみんなからあざけられたり、からかわれたりしたわけです。あんな、いやな気持ちはないですね。子どもを転学させる場合は、よっぽど気をつけてくださいよ。
私は、故郷のことが非常になつかしくなったものですから、作文に書いた。そうしたら、先生がそれをすごく認めてくれて、もう少ししたらさみしくなくなるからと、はげましてくれた。それで、私は助かったんですよ。いろいろな理屈をいいますけれど、人間が弱ったり、くたびれたり、心細くなったり、悲しくなったり、苦しんでいたりするときは、どうか、慰めてあげてくださいよ。やっぱり、それが人間同士ということではないかと思います。いろんなことで苦労して、悲しんで、苦しんでいるときはには、親鸞さんがおやりになったようにひとつお酒でもあたためて、一緒に飲んであげることもいいと思う。念仏を称えよとも、何をしろともいわないんだなー。ただ、お酒を一緒に飲んでと、そういうことなのです。私はそういうものだと思う。むずかしいことはいわなくとも、人間の気持ちは、お互いにやっぱり感じる力を持っているのです。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

9月4日(木)付けの拙文を読んでいただければ、この近藤先生のコメントの位置付けが、よりはっきりされるでしょう。
子どもたちに寄り添うとき、
娑婆で精一杯生きているフツーの人たち(即ち、俗人、凡夫)に寄り添うときは、
こういきたいものです。
そんなときは「念仏しなさい」なんて言わなくて良い。
分析も説明も要らない。
しかも、
「さあ、飲みたまえ。」
ではなく
「さあ、一緒に飲もう。」
なのである。

 

 

「面談の進め方」というような「方」=“How to”な言い方は、死ぬほど嫌いであるが、
新しく面談に来られる方々のために
また
今、面談に来られている方々がそもそもの来談の原点を見直すために
今回、敢えて記しておこうと思った。
ご参考になれば幸いである。

まず何よりも、言わずと知れた当研究所の面談の基本姿勢は、「情けなさの自覚」と「成長への意欲」である。

よって面談は、クライアントが自分自身についてどこをどう情けないと思っているか、という「情けなさの自覚」の独白から始まる。
言わば、自分で自分の問題提起をしていただくことになる。
私に言われて、ではなく、まず自分から、自分の問題を取り上げることに大きな意義がある。
これがないことには面談が始まらない。
実際、ちゃんと自分を見つめれば、1週間の間でも、「できなかったこと」「やらかしたこと」の三つや四つはすぐに見つかるはずである。

そして私はその独白を伺いながら、それが問題の核心を突いているか否か、それが浅いか深いか、などを観通して、フィードバックして行くことになる。
そうやって二人で「何が本当に問題なのか」を明らかにして行くわけである。

それが明確になって来ると、次にその問題をどう解決して行くか、どう乗り越えて行くか、という話になる。
問題を見つけただけでは何にもならない。
そこで下を向いてお通夜のように過ごしても何も変わらない。
「で、どーする?」 
の段階に進んで行くわけだ。
その根底に「成長への意欲」が働いていることは言うまでもない。
それについても、まずご本人の解決策、突破策を伺う。
実際にこう言ってみました、こうやってみました、でも良い。
(思いつくところからで構わない。何よりも自分で考えてみるという姿勢が大事なのである)

そして私はそういった案を伺いながら、それが本当に問題解決につながるか否か、それが浅いか深いか、などを観通し、フィードバックして行くことになる。
そうやって二人で「どうやって解決し、成長して行くか」という道を見い出して行くわけである。

こういうことを毎回繰り返すことによって、何を目指しているかというと、
自分ひとりで、自分の問題の核心を掴み、
自分ひとりで、本当に有効な解決策を見い出せる
ようになっていただくことである。

かつてホーナイが唱えた「自己分析」の本質がここにある。
クライアントのセラピスト(精神分析家)による被分析体験が、クライアントが自己洞察し、自己成長して行く力をはぐくんでいくのである。

もちろん上記のことが最初からスムーズに進んで行くわけではない。
必要な試行錯誤を繰り返しながら進んで行く。
むしろその試行錯誤に意味がある。
また、「自己分析」する力を付けるには(面談頻度にもよるが)最低、年単位の時間がかかる。
可能な範囲で構わないので、必要な時間をかけ、肚を据えて、取り組んでいただきたいと思う。

それであなたの人生が変わるならば、
少しでもあなたが本当のあなたを生きることができるようになるのであれば、
本気になってやってみる価値があると思いませんか?

 


 

「いままでお話した、色々の欲望の挫折というものを、西洋ではフラストレーションといってそれを、苦しみと一応は考えています。欲求の不満が苦しみ、欲求の挫折が苦しみということであります。しかし、私は、自分自身でずっと考えてみて、苦しみや悩みというものの分析については、仏教の右に出るものは他にないと思うのです。たとえば欲求不満というものを、仏教ではとっくの昔にいっているわけです。
 求不得苦(ぐふとっく)
 五陰盛苦(ごおんじょうく)
 愛別離苦(あいべつりく)
 怨憎会苦(おんぞうえく)
四苦八苦という言葉があるのをご存知でしょう。たとえば欲求不満というのをどのようにいっているかというと、求めて得ざる苦しみ、欲求が満たされないことでしょう。この欲求不満ということを、フロイトがいろいろいう前に仏教では、そういう苦しみがあるということを教えているわけです。『求不得苦』というとわからないけれど、これは「求めて得ざる苦しみ」ということです。もう少し仏教の分析を話したいと思います。先ほど、私がいった欲望を追求していきますと、だいたい私たちの欲求は感覚的なものです。それをどのようにいっているかといいますと、『五陰盛苦』といいます。五陰とは、五感ということで私たちの感覚ということです。その感覚からくる欲望が盛んだと、苦しむというわけです。このことは、改めて認識してもらいたいことだと思います。
自分の好きな、愛しているものから別れて離れなくてはならない。どんなに好きでも思い切らなくてはならない、好きでも一緒になれない苦しみ、そういうものがありますね。『愛別離苦』ー これは異性の場合だけではない。自分の父や母や子ども、すべて自分が愛情をかけてるもの、愛情を感じているものから別れていく、離れていくこの悲しみ、苦しみ、そういうことをいっているわけです。
こういうことは我々にとってよくあるでしょう。執着するから、愛執とか、愛着とかいいますね。それをにぎりしめて、所有して、どうしてもそれを奪われたくないという気持ちですね。しかし、いろいろなことで奪われる。自分の非常に大事な子どもを病気によって奪われていくとか、自分の愛人を人にとられるとか。いずれにしても日常茶飯におきている出来事のなかに、愛を中心とした執着、愛するものをなくす、また愛するものと別れる悲しみ、これらは私たちの生活における重要な苦しみなんですね。
それからもうひとつ、自分がうらんだり、憎んだりしている、いやな人と会わなければいけない苦しみ ー 姑と嫁もそうですね。毎日毎日顔をつき合わせて、お互いにいやだなあーと思っている。いやだなあーと思ってお互いに憎みあい、苦しみあっている。どうして私は、こんなに憎むのだろう。どうして私は、こんなに憎まれるのだろう。お互いに、うらみ、憎んでいる人と暮らさなくてはいけない。こういう現状から、ほんとうは離れたいのです。けれど、こういうことをよく考えてみると、現在この世で生きている我々は、そういった苦しみをはっきり体験していると思います。
これは大変な仏教の心理分析だと思うのです。仏教というものは、我々の生活における苦しみ、悲しみ、悩み、そういったものを人間の生存に必然的にあるものとして、認識し、そのところから出発しているところに、大きな意味があるように思います。私は、もういっぺん、このあたりを振り返ってみたいと思うのです。私はここでは、けっして西洋の心理学における苦しみとか、悲しみとか、そういう定理をいいません。なぜかというと、いろいろと私は経験した結果、この仏教の分類くらいはっきりしたものはないと思うからです。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

フロイトによる無意識の発見が十九世紀末と言われますが、仏教においては既に4世紀に無意識について、しかも遥かに詳細に論じられています。
また、自我の思い通りにならないことに不満を感じることを西洋では当然のことと考えますが、仏教においては、思い通りにならないことに「苦」を感じる「自我」そのものをむしろ問題視していきます。

こういった事実について余り知られていないのは、非常に残念なことです。
かつて近藤先生の提案により、世親(せしん)による『阿毘達磨倶舎論(あびだるまくしゃろん)』の「隨眠品(ずいめんほん)」を読み進め、いわゆる“百八つの煩悩”を一緒に整理して行ったことを懐かしく思い出します。
例えば、我々の身に「愛別離苦」や「怨憎会苦」が起きたとき、悩み苦しんで、なんとか思い通りにしようかと悪戦苦闘して行くのか、思い通りにならないと気が済まない自分を超えて行こうとするのか、では決定的な差があることになります。
少なくとも欧米由来のほとんどのサイコセラピーが前者を前提に“治療”を考えているのに対し、仏教は後者に基づいて“救い”を考えていることを知っておいていただきたいと思います。

 

 

「私にとって煩悩という言葉は、少年期にはそんなになじみのある言葉ではありませんでしたが、私の祖父母は私に人間とは煩悩そのものなんだよと、よく話してくれました。しかし子どもには煩悩というのは、何のことかわかりません。わかりませんが、とにかく、そういうことをいってくれた祖父や祖母がいたわけです。…
いまごろの方々に煩悩といってもですね、ちょっとピンとこないところがあるのではないかと思いますので、私流に解釈させていただいて、できるだけわかるようにしたいと思います。
わかりやすくいいますと、私は煩悩というものは、人間のいろいろな欲望から出てくるのではないかと思います。欲望の結果が、いわゆるわずらいであり、悩みであり。それによって苦しみ、悩む。その苦しみ、悩む状態を煩悩と称するのではないかと思います。
一口に欲望といいましても、私たちは、つねにいろいろなことを考えます。たとえば、食欲、性欲、睡眠欲、それからはじまりまして、権力欲、獲得欲、所有欲、あるいは金銭欲、その他、いろいろな愛欲といったものが私たちの心のなかにあると思います。…
こういうようなことから考えますと欲望というのは、いろいろな種類があって、それが達せられないとき、それが得られないときに苦しみ、悩むのです。西洋の心理学は単純に、それをフラストレーションという言葉で片づけているわけです。欲求挫折ともいいますし、欲求不満ともいいます。…
日本は戦後何をやったかというと、とにかく生産を高めてその結果高度成長を成し遂げました。…いろんな欲望をどんどん加速度的に高めることによって、高度の成長を遂げたということになるわけですね。そこに流れているものは、欲望の肯定ということです。欲望というのは無限に大きくてよろしい。それに対して、その欲求を満足することこそ人間の幸福だというようなことが、おおっぴらにはいいませんが、少なくとも自然に私たちの気持ちとしてあるんですね。つまり、欲望の充足こそ最大の価値である、こういう考え方があると思うのです。
このように戦後の日本の社会は、欲望をあまりにも肯定して、少し以前の日本人はエコノミック・アニマルといわれたのに、最近はセクシャル・アニマルといわれています。そういう意味で、性的開放ということは、我々が現に直面している問題です。…
現代においては、むしろ性を謳歌し、肯定し、解放しているところがあります。はなはだ、どぎついようですが、私は性の事実は事実として正直にまっすぐに見たいのです。仏教でいう八正道(はっしょうどう)のなかの正見(しょうけん)ということは、とても大事なことですね。あるものをあるものとして見る、正しく見せる、その意味をはっきりさせる。やはり、これが出発点だと思うのです。その正見が、さらに発展して正思(しょうし)ということにいったとき、キリスト教徒にとっては、

 われキリストとともに十字架につけられたり
 もはやわれ生けるにあらず
 キリストわれに在りて生けるなり
 今われ肉体にありて生けるは
 われを愛してわがために己を捨てたまいし者すなわち神の子を信ずるによりて生けるなり
                                                                                                                   (ガラテヤ書 2・20)
の自覚になります。
いずれにしても人間の本質といいますか、本来の人間らしい人間、その上に人間関係を見るということを考えてみて、ほんとうの自分というものを考えることができます。
」(近藤章久『迷いのち晴れ』(春秋社)より)

 

我々の中にある欲望 ー それは我の思い通りにしたいということ。
よって、その欲望が文明を発展させて来たところもあるわけです。
しかし残念ながら、我々の欲望は無限ですので、常に思い通りにならないこともあることになります。
よって、苦しみ、悩む煩悩も尽きることがありません。
まずは自分に欲望があるという事実を正しく見ること(=正見)。
それがないことには始まりません。
そしてそれを正しく見た上で、正しく考えて行く(=正思)とき、その苦しみ、悩む煩悩を超えて行く道も示されて行くことになります。
われキリストとともに十字架につけられる、とは、仏教的に言うと、キリストの愛の贖罪によって、自分の我が死ぬこと。欲望、我欲の大元の我がなくなるということを意味しており、
そして我がなくなったときに現れるものがキリスト=神の子の働きということになります。
眼を逸らさず正面から見つめる=正見から始まり、正思へと展開して行く真実の世界がある、ということを改めて確認しておきたいと思います。

 

 

約三年の月日をかけて『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を読了した。
言わずと知れた道元の主著である。
しかし、これほど読者に“体験”を要求して来る著作も少ない。
いわゆる“体験”がないと何が書いてあるのかさっぱりわからないようにできているからである。

「あなたは『正法眼蔵』を読みましたか?」
と訊かれてなんと答えるか。
先ほど、「読了した」と書いたが、正確に言えば、
「字面(じづら)だけは。」
と付け加えざるを得ない。
何故ならば、道元と同等の“体験”がないと、本当の意味で「『正法眼蔵』を読んだ。」とは言えないからである。

いわゆる知識人たちによる『正法眼蔵』の現代語訳や解説、関連書籍などは無数に上梓されているが、「よく書けるな。」と思うことがほとんどである。
いや、むしろ自分がわかっていないことがわかっていないから書けるのであろう。
失礼を承知で申し上げれば、いわゆる知識人の方たちほど「霊的感性」の鈍い方が多い。
『正法眼蔵』は、理性や知性では読めないのである。
“体験”に基づいた「霊的感性」がないと読めないのが『正法眼蔵』である。

最近の方で、学者でありながら少しでも“体験”のある、珍しい方として、井筒俊彦氏と玉城康四郎氏が挙げられるが(残念ながら両氏とも他界された)、私は玉城氏の『正法眼蔵』全六巻(大蔵出版)を選んだ。

近藤先生は、戦後の書籍がない頃、『正法眼蔵』をむさぼるように読まれたという。
私なりに『正法眼蔵』の位置付けが感じられるようになって来た今、『正法眼蔵』についていろいろ伺いたかったなぁ、と思う。

師亡き今、それでも
「徧界(へんかい)、曾(かつ)て隠さず」
(この全宇宙には何物をも包みかくすことはない。真実はいたるところにありのままの姿を顕現している)
真実を感得できるか否かは、こちらにかかっているのである。

 

 

平安時代の天台宗の僧・源信(げんしん)は、日本浄土教の祖とも言われ、浄土真宗においては七高僧の第六祖とされている。

早くに父を亡くした源信は、母の勧めもあって九歳で比叡山に入って早くから学才を表わし、十五歳のときには、村上天皇による法華八講の講師に選ばれたという。
その際、下賜された褒美の品を故郷の母親の許に送ったところ、母は源信を諫める和歌を添えてその品物を送り返した。

 「後の世を 渡す橋とぞ 思ひしに 世渡る僧とぞ なるぞ悲しき」 まことの求道者となり給へ
(迷える人々を浄土に渡す橋となってほしいと願っていたのに、世渡りのうまい僧になってしまったのが悲しい。本当の求道者になって下さい)

その和歌を読んだ源信は、名利を捨てて横川にある恵心院に隠棲し、念仏の生活を送ったという(それ故、恵心僧都(えしんそうず)とも呼ばれる)。
このエピソードを読み返す度、母からの和歌を読んだときの源信の思いが胸に迫る。
父はおらず、九歳で家を出て、まだ十五歳。
愛しい母が喜んでくれると思って送ったんだろうなぁ。

今日はその源信による『横川法語(よかわほうご)』の一節をご紹介したい。

「妄念はもとより凡夫の地体(じたい)なり。妄念の外(ほか)に別に心はなきなり。臨終の時までは、一向妄念の凡夫にてあるべきぞとこゝろえて念仏すれば、来迎(らいごう)にあづかりて、蓮台(れんだい)に乗ずるときこそ、妄念をひるがへしてさとりの心とはなれ。」

ズバリと言われてしまいました。
「妄念はもとより凡夫の地体なり。妄念の外に別に心はなきなり。
そもそも凡夫の地は妄念なんだって。凡夫には妄念しかないんだって。
ここまで言われちゃあ、返す言葉がありません。
そしてその妄念の塊の凡夫が念仏によって、他力によって、救われるのです。

こんな言葉を残す源信さんは、間違いなく「まことの求道者」「念仏者」なのでありました。

 

 

「慙愧(ざんき)に耐えない」の「慙愧」という言葉がある。
また、「羞恥心(しゅうちしん)」の「羞恥」という言葉がある。
いずれも「はずかしい」気持ちを表す熟語であるが、「慙愧」の方が「羞恥」よりも深く「はじ入る」ニュアンスがある。

そしてその熟語を構成する四つの漢字、「慙」「愧」「羞」「恥」はいずれも「はずかしい」という意味であるが、これが二つのグループに分かれる(諸説あり)。

まず「慙」と「羞」。
これは自分で自分を省みて「はずかしい」と思う気持ちを指し、
それに対し、「愧」と「恥」は、
他人の眼から見て「はずかしい」と思う気持ちを指す。

となると、後者の「愧」「恥」は、いわゆる他人さま、世間さまから見てはずかしい、ということであり、厳密に言えば、「他者評価の奴隷」の域にある、ということになる。
さらに言えば、他人の眼がなければ何をやってもずかしくない、ということにもなり、他者から責めらる可能性がなければ、大災害のときに暴徒と化しても良いのであり、旅の恥はかきすて、でも良いというこことになる。
よって、私に言わせれば、「愧」「恥」の「はずかしさ」は底が浅く、あまり当てにならない。

それに対し、前者の「慙」「羞」は、自分で自分を省みて「はずかしい」と思う気持ちなので、他者不要というところからすると、こちらの方が「愧」「恥」よりも良さそうであるが、その意味はさらに二つに分かれる。

ひとつは幼少期から埋め込まれた「見張り番」=「~でなければならない」「~であるべきだ」から見て「はずかしい」と感じる気持ちである。
これは外から来たくせに、自分の価値観のような顔をして居ついているので要注意である。
それは決してあなたの価値観ではない。
そうではなくて、それらは親や大人たちから来たものであるから、実は「慙」「羞」のように見えて、限りなく「愧」「恥」に近い「はずかしさ」なのである。

従って、本当の「愧」「恥」とは、あなたがあなたとして生かされて生きて行く上で、その道を外れてた言動を取って生きているときに「はずかしい」と感じることを指しているのである。

逃げる、誤魔化す、ヘタレる、日和(ひよ)る、怯(ひる)む、媚(こ)びる、保身に走る、思い上がる、わかったような気になる、上から目線になる、威張る、エラソーになる、偽善者ぶる etc. etc.

あああああ、はずかしいっ!!!

ホンモノの「慙」「羞」でいきましょう。

それが「情けなさの自覚」の原点です。

 

 

大事な勘所を間違えないように。

当研究所の基本姿勢「情けなさの自覚」「成長への意欲」について、時々誤解がありますので、確認しておきましょう。

大前提として、我々は凡夫なので、問題山積みは最初から想定内です。
今さら隠したってしょうがない。
我々にはたくさんの神経症的問題があります。
それはまさしく“問題”ではあるけれど、事の本質から言えば、それは大した“問題”ではありません。

大切なのは、まずはそれをちゃんと見つめて、認められるか否か。
それがないことには話が始まりません。
それが「情けなさの自覚」です。

それなのに、散々やらかしておいて、それを認めない、隠蔽する、ちょろまかす、なかったことにしようとする御仁がいらっしゃる。
恐らく、子どもの頃から、やらかしたことを責められ、攻撃されて来た歴史があるのでしょう。
でも、それでは、少なくとも当研究所の対象ではありません。
やらかすのはしょうがない。
それを正面から認められるか否か。
そして、そのことを正面から話題にできるか否か。
どんなに恥ずかしい、なかったことにしたい内容でも。

私はやらかしたことは責めません、攻撃しません。
それを認めた上で、切実に超えて行こうとしようとする限り。
その姿勢を「成長への意欲」というのです。
それがあればなんとかなります。
必ず成長できます。

しかし、それをを認めない、隠蔽する、ちょろまかす、なかったことにしようとする、または、認めても、それを切実に超えて行こうとしないとき、私はそれを指摘します。
あるいは、面談をお断りします。
そんなことでは「情けなさの自覚」も「成長への意欲」もないわけですから、当研究所の対象外ということになります。

対象外なら、さようなら、です。それは致し方ない。
しかし、認めて超えて行こうとする人であれば、どこまでもどこまでも支え、応援して行きます。

それが八雲総合研究所の基本的スタンスです。
大事な勘所をどうぞ押さえておいて下さい。

 

 

「我々はいいとか、悪いとか、正しいとか、正しくないとか、人間のちっぽけな頭で考えたくだらない差別観で、お互いを見、自分のことを考えて、平気な顔をし、そして、他人のことをあげつらい、それが大事なことだと思ってるんですね。しかし一人ひとりのいのちが、一人ひとりの顔が違っているように、それぞれの意味を持ってこの世に生まれているということ、このいのちが与えられたたったひとつしかないいのちであるということを認識したとき、いったいこのいのちを我々は自己中心に生かしていいものかどうか。我々はいったい何のためにお互いにいのちを与えられたのか。この世界を支え、我々を動かし、我々を促しているものの、そういったものにおのずから、しからしめられる。そういうところに大きな生き方がある。そのときに、こだわりというものが我々から、はっきり離れていく。そして、いつかは知らないけれども、もっと大きな安定した、こだわろうとこだわるまいと、そこに安定した世界というものが開かれてくるのじゃないでしょうかね。…そこにはいろいろな自分の体験そのもの、人生の体験があります。そこに自分を超えた力、自分のはからいを超え、自分の計算を超え、自分の小知、そういったものを超えた力をあなた方は感じることが何度もあるだろうと思います。
それが、共感の世界です。共にそのなか生きる。共に同じようななかに生かされているということを感じ合う。これがほんとうの共感ということになります。人間対人間の共感であれば、そこには必ず打算があり、自己中心的なものがある。これをまず、はっきり認識することです。それを安易にいい加減に考え、感じたりすると、そこにいろんな問題が生じてくる。どのような人間の自己中心であろうと、自力主義であろうと、その最後において我々は行き詰る。そのなかにそれをも包含し、それさえも救ってくれるという大きな力があるということをお互いに知ること、そこにおいて大きな共感が成り立つことがはっきりわかる。…
すらりとして、安定して、こだわりというものに負けないというか、こだわらないで、こだわりにこだわらないで、さらさらと水のように流れて行くことができます。こだわってもいい。こだわってもいいのです。というのは、このね、大きな力を妨げるような、力強い、それほどの力強いこだわりはありません。そういうものに必ず乗っかる。ただ、それは、長い河のなかに、淵ができても、淀んだものは、必ず流れて行く。じっとそのなかで、その自分のこだわりを、じっと見つめ、はっきり認識するときに、おのずとそこで展開されるものが、おのずからしからしめられるものがあるというのです。そんなことを私は感じております。
」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

まず我々一人ひとりが何のために生命(いのち)を授かったのか、ということ。
その視点が持てただけでも、狭い私利私欲の視点から離れることができます。
そして、あなたもわたしも、それぞれに今回の人生において果たすべきミッションを与えられて、生かされているということ。
それを共に感じることを“共感”というのです。
失意の底にある人に向かって「お辛いですね。」などと言うのが“共感”ではないのです。
そんなペラッペラの情緒的同情ではなくて、あなたもわたしもそれぞれに与えらえたミッションを果たすために生かされているということを共に感じるのが“共感”なんです。
そうなれば、失意の底にある人を観ても、その人の存在の奥底に働いている生命(いのち)の力、そして自分の存在の奥底にも働いている生命(いのち)の力を感じることでしょう。
そして最後の「こだわらないで、こだわりにこだわらないでさらさらと水のように流れて行く」から「こだわってもいい。こだわってもいいのです。」というところは、まさに近藤先生の真骨頂でしょう。
それでも、おのずからしからしめられる力があるから心配するな、ということなのです。

「自然(じねん)」と書いて、「自(おの)ずから然(しか)らしめらるる」とよむ。

そのことに気がついて、近藤先生と歓談した日のことが、昨日のことのように思い出されます。

 

 

京都にある浄土宗のお寺、永観(えいかん)堂に「みかえり阿弥陀」という仏像があるのをご存知だろうか。

かつて寒さ厳しき2月、お堂の中で、僧・永観(ようかん:人名のときは「ようかん」、建物名のときは「えいかん」とよむそうです)が念仏しながら阿弥陀仏像のまわりをぐるぐると回る行道をしていたところ、突然、須弥壇(しゅみだん)に安置されていた阿弥陀仏像が壇を降り、永観を先導して、行道を始められたというのである。
呆気にとられていた永観に対し、阿弥陀仏が振り返って
「永観、遅し。(永観、遅いぞ)」
と声をかけられた。
そのお姿を現わしたのが「みかえり阿弥陀像」というわけで、これはなかなかユーモラスな仏像である。

しかし、私には些か異論がある。

阿弥陀さまが愚かな凡夫を一人残らず救い取って捨てない=「摂取不捨(せっしゅふしゃ)」のイメージとして、親鸞が「摂」に訓をつけて「もののにぐるをおわえとる」と記している。
これは「
逃げる者を後ろから追いかけて捕まえる」という意味である。
即ち、どんなアンポンタンで、ろくでもない凡夫であっても、こっちから追いかけ回して捕まえて救ってやろうというのだから、阿弥陀さんの大悲の徹底ぶりには畏(おそ)れ入るばかりである。
そうなると、先行する阿弥陀さんが永観を振り返って“前から”「永観、遅いぞ。」と言うよりは、阿弥陀さんが“後ろから”「ほーら、永観、つかまえるぞー。」と永観を追い回している図の方がしっくり来る気がする。
そうなると、ちょっとホラーチックな仏像になるかもしれない。

…とここまで書いて来て、ふと気がついた。

ひょっとするとお茶目な阿弥陀さんが、永観をわざと追い越して、周回遅れの永観を振り勝って、「永観、遅いぞ。」と言ったのかもしれない。
そして永観が「なんでやねん!」
←よしもと祇園花月かいっ!

しかし、どんな方法を使っても一人残らず凡夫を救おうという阿弥陀さんである。
ついつい視野狭窄になって悲愴な想いにとらわれがちな我々凡夫に対して、ちょっと肩の力の抜けるようなこともやって下さる阿弥陀さんに、改めて有り難いなぁ、と思うのでありました。

 

 

たまには、ぼーっとした時間を過ごしましょう。

そして、ただぼーっとするときに、お勧めなものがあります。
それは「火」と「水」。



まずは「火」。

焚き火の炎をずっと眺める。
キャンプで好きな方もいらっしゃるでしょう。
炎は常に燃えて燃えて燃えて、その構成要素=燃焼物質は一瞬たりとも留まっていないのに、炎は燃え続けている。

あなたの存在もそうなのです。
あなたを存在させている構成要素は刻々と入れ替わっているのだけれど、あなたという存在は継続して存在しているかのように見えている。
実は万物がそうなんです。
固定された存在なんてないんです。
それを感じること。

いくらでもぼーっとしていられます。

太い百目蝋燭の炎でもいいかもしれませんね。


次に「水」。

流れる川をずっと眺めている。
川もまた、その構成要素=水滴は刻々と入れ替わっているのに、ずっと川があるかのように見えている。
本質は「火」と同じ。

滝もいいかもしれません。 

寄せては返す海の波もいいでしょう。

ずっと眺めていると
その存在の中に動き続けるものがある。

それを感じる。

今の炎天下では勧めませんが、もう少し涼しくなった頃、是非是非「火」と「水」を感じてみて下さい。

それはとてもとても贅沢な時間になるでしょう。

 

 

ある人が父親の跡を継いで、家業の会社の社長になった。

やり手創業者の父親に比べ、「気ぃ遣いで気にしぃ」の息子は、古参の社員からも弱腰を批判されることが多かった。
彼としては面白くなかったが、どう頑張っても父親のようにグイグイと主導権を発揮することができるとは思えなかった。

そんな中で、幼馴染の親友一人だけは、彼を批判せず、
「それがおまえらしさなんだから、気ぃ遣いで気にしぃの社長でええやん。
と言ってくれた。
「流石、自分の理解者だ。」
と思い、
「ホッとした。」
という。

私はそうは思わない。

何故ならば、「気ぃ遣いで気にしぃ」の彼は、本当の彼ではないからである。
生まれつき「気ぃ遣いで気にしぃ」の子どもなんて存在しない。
恐らくは、会社でも家庭でも支配的な父親の下で、「気ぃ遣いで気にしぃ」の性格は後天的に作られたのであろう。
よって、これを引っぺがさなくては、本来の彼がどういう人なのか、わからないではないか。

かつて緩和ケアに関わっていた頃、「その人らしい最期を」ということがよく言われていた。
そこでも、ある配慮に富んだ高齢男性が緩和ケアを受けていた。
どっちがケアしてるんだかわからないくらい、その人は医師や看護師たちに対して行き届いた言動を繰り返し、スタッフたちも
「それが〇〇さんらしいよね~。」
と言っていた。
やがて病勢が進んで来ると、彼の言動は次第に喜怒哀楽に溢れ、いろんな要求もそのまま口にするようになった(念のために付け加えておくと、それは単なる脱抑制の反動ではない)。
いわゆる“良い患者”ではなくなったかももしれないが、そのままの“彼”になっていた。
とまどうスタッフに対し、
私は
「やっと〇〇さんが出ましたね。」
と言った。
こうなってこその「その人らしい最期」である。

人は自分自身を生きるために生れて来る。
後から身に付けたニセモノの自分のままでいいじゃないか、というわけにはいかない。
願わくば、死ぬまでに、できれば早いうちに、本来の自分で生きましょ。

 

 

「『こだわり』というテーマで話をすすめてきました。そこで何にこだわるかというと、男性も女性もそれぞれの価値があると思っている。価値は、自分自身を中心とする自己中心的なものです。その意味で、非常に傲慢なものです。傲慢なものであると同時に、傲慢に気づかない我々はおろか者であることもわかりますね。そうしたことを明確に認識することを私は自己認識と呼びたいんです。

それはどういうことかというと、我々は大部分の生活においていろんなものにこだわる。自分の価値に執着し、それを人に要求し、それがうまくいかなければ、恨み、憎む。そしてさらに自分の欲望の充足のためにすべての人がいるような感じを持ち、それを自分の知恵でもって、自分の頭でもってできるような妄想を抱く。そういう妄想だとか、その他もろもろの自分自身の僭越さに気がつかない、我々はそういう無知、おろかさというものを持っているということになります。
私は、いつも患者さんの訴えを聴いているときに、ちょうどそれは何か大きな音楽の流れを聴いてるような気がする。その人固有のシンフォニー。そこにはいろんな欲望の音がする。その音楽は必ずしも楽しく、美しいものではない。むしろ、どろんとした、ドロドロの泥のようなものを感じる。
そういうものをだれも持っている。もちろん私にもある。ああ人間なんて弱くておろかなのだ。そのおろかさをほんとうにわかったときに、お互いの共感の世界というものが開けてくる。人間が、きれいごとでお互いにわかりあうということは、僕には信じられないのです。

私に、昔、ひとりの少女がいいました。
『先生、私は十七のときに人工流産しました。これは、お父さんにも、お母さんにもいってないんです。彼はそのときに怖がっちゃって、どっかへ行ってしまいました。自分ひとりで私は産婦人科へ行きました。あのときの心細い思いはだれにもいえませんでした。子どもを堕ろしたあとで、こんなことですよ、と出されたものを見せられました。そのとき私は、なんという罪悪を犯したんだろうと思いました』きれいごとの告白ではありません。
けれどもそこには、ほんとうにひとりの少女が身をもってぶつかった悲しみと、苦しみと、苦悶と、はずかしさと、深い自分の罪の意識を、自分の汚さをそのまま出して、しかもはっきりそれに打ち勝っている少女の姿がありました。私はすばらしいと思います。十七歳の子どもがですよ。やったことはどうか、道義的になんとでも非難してよろしい。しかしその、起きたことをその子がひとりで背負ってるんです。人間が自分を、汚かろうが、どうであろうが、間違っていようが、悪であろうが、何であろうが、そのものをそのものとして見る勇気を持つとき、人間は気高い姿を見せます。そういうのを僕は、自分を見つめる、見るというんです。
私は、良かったね、いえて良かったね、といいました。その重荷はみんな僕がもらうよ、あなたはイヤなことはみんな忘れてね、と。たったひとりで彼女は耐えてきたんです。こういったことはね、男性にはわからないものなんです。男性にはわからないけど、しかし同じように、男にもだれにもいえないものがある。そうしたものをね、ほんとうに見つめて、そのまま聴く。正しく見る。その勇気、それが大事なんだな。
この少女の場合ね、私は勇気といいました。確かに勇気なんです。どうして与えられたのかというと、この少女は仕方がなかったんです。私が勇気といったのではじめて自分で、あっ、そうかと気がついたけれども、彼女はそのとき絶望の果て、やむをえないところにまで追いつめられていた。さっきいったように、自分の欲望は他の人がかなえてくれるんだとか、自分の頭でなんでもできるんだとか、そんな思いはどっかへ飛んじゃっていた。もう自分はほんとうに無力で、何にもできやしない、そういう状態で、心のやり場がなかったわけです。人間というものは、自分の知恵だとか、傲慢だとかが消え去ったときに、かえって強くなるんですね。そして、そのときの力は自分の力ではないんです。…
この少女は何もなくなったときに、自分自身の力がほんとうになくなったときに救われた。自分の力を捨てたときに、はじめて人間はほんとうに大きな力を感じることができる。これが私は一番大事だと思う。…

私たちが自分の悪智、悪いはからい、そういったいろんなおろかな考え方から抜けたときに、自分の無力さに気がついたときに、大きな力のなかに生かされている自分を発見することができると思うのです。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

「おろかさ」の自覚が、自分がどんなに愚かであるかということを認めることが、決して自己バッシングに終わらない、終わらないどころか、時に「気高く」さえあり、また、他の多くの人を救うことにさえなる、ということをこの文章から学ぶことができます。
というのは、この「ひとりの少女」のエピソードを読んだ何人もの女性から、辛い体験の告白を伺いました。
そして、この少女の告白のお蔭で、またこのエピソードを書かれた近藤先生のお蔭で、何人もの人間が救われました。
いや、そこに働いたのは、この少女の力でもなく、近藤先生の力でもありませんでした。
まさに「
そういったいろんなおろかな考え方から抜けたときに、自分の無力さに気がついたときに、大きな力のなかに生かされている自分を発見することができると思うのです。
その「大きな力」を感じたとき、我々の生きる悲しみを超えた、救いの涙がありました。
近藤先生の著作の中でも、(「情緒的」感動を超えた「霊的」感動をもたらすという意味で)名文中の名文のひとつだと思います。

尚、この「ひとりの少女」のエピソードは、当ホームページの「近藤章久先生のこと」に引用しています。

 

 

小学校低学年の頃、家の裏に古い長屋があった。
その長屋の入り口に、一本の無花果(いちじく)の木があった。
そしてその長屋には小学校の上級生の男の子が住んでいた。
その頃、学校の砂場で遊ぶ走高跳びが流行っていて、彼もまた一緒に遊ぶメンバーの一人だった。
器用にジャンプするその子の両手は、サリドマイド禍のために20cmほどしかなかった。
その後、その長屋は取り壊され、その無花果の木だけが残った。

家人が小学校低学年の頃、時々預けられていた家の裏に、同級生の女の子の家があった。
見るとはなしに見えるその子の家の中はいつも暗かった。
その子の両親は二人とも全盲であった。
その子の視力に問題はなかった。
その家の庭には大きな無花果の木があった。
その後のことはわからない。

以来、無花果の木を観ると、私も家人も(感情的にではなく)霊的にやるせない気持ちになる。

いちじくを漢字で書くと無花果(花のない果実)となるが、実際には実の中に隠れて花を咲かせている。

花は見えぬが、花はある。
花はあるが、花が見えぬ。 

聖書やいろいろな国の神話に無花果が取り上げられるのには訳があったのである。

 

 

今日は令和7年度3回目の「八雲勉強会」である。
近藤章久先生による「ホーナイ派の精神分析」の勉強も、1回目2回目3回目4回目5回目6回目7回目8回目9回目10回目11回目12回目に続いて13回目となった。

今回も、以下に参加者と一緒に読み合わせた部分を挙げるので、関心のある方は共に学んでいただきたいと思う。
入門的、かつ、系統的に学んでみる良いチャンスになる。
(以下、原文の表記に多少古いものも含まれるが敢えてそのままに掲載した。また斜字は松田による加筆修正箇所である)
※特に今回の「治療」についての内容は、人間の成長に関わる人すべてに読んでいただきたいと思う。やっぱり、この勉強会やってて良かったなぁ、としみじみ思いました。

 

A.Horney(ホーナイ)学派の精神分析

5.治療

a.治療のはじまり……患者と治療者の信頼関係の発足

「患者が訪れて来た時治療は始まっている」と Horney は言う。患者が治療者を訪れる時、彼は症状を訴えそれを治癒してもらう為に来るのである。症状の種類は多様である。症状が語られるうちに患者の既往病歴、生活歴び記録がとられ、家庭環境、教育程度、結婚の有無、友人関係、趣味等から現在の状態に関しての資料が得られる。
一般的医学及び精神医学診断によって鑑別を行うのは当然のことである。しかし、かくして神経症と鑑別された場合でも、患者は症状だけを持って来て物語るばかりでない。彼は症状と共に自分を ー 自分の性格を持ちこんで、治療者にそれを無言のうちに物語る。このことは、今迄私達が理解したように、神経症の症状は、神経症的性格のもたらす諸矛盾の必然的結果であり、また、神経症的葛藤の解決の形相(けいそう)であり、神経症防衛の表現でもあるのであるから極めて当然の事なのである。
例えば症状を語る態度を取上げて見ても、「自己縮小的依存型」の患者は、如何に自分が症状によって苦しみ悩んでいるかを強調し、印象づけ、理解と愛情を暗黙のうちに執拗に要求し、分析者が魔術的に自分を救ってくれると期待する。
「自己拡大的征服型」の患者は、 症状を不満げに、自分の恥辱かの如くに語り、その原因を他人のせいにして、怒りや憎しみの口吻(こうふん)を現わし、分析に対して強い不信を示す。「自己限定的断念型」は極めて客観的に、感情を伴わない調子で、恰(あたか)も他人の事であるかの様に語り、分析治療に関しても一見冷静な良き理解を示すかの様な印象を与える。
このことは、治療家を訪れる動機についても、自分の過去の歴史を語る時にでも、或は家族や友人を語る時にでも、個人によって、もとより差があるが、問わず語りに現れて来るのである。だから、一面記録される事実の意味と共にそれを語る態度にも、治療家は注意を払うことが必要である。
しかし、大切なことは、その様な、様々な態度や動機にもかかわらず、ともかく患者が治療を求めて来たそのことに、無意識ではあるが、患者が自分自身を救わんとする意欲が存在していることを理解し留意しなければならないことだろう。
この点が実は治療の基本的な手がかりであり、治療家が患者に対して持つ信頼の拠点である。治療家の持つこの様な信頼と理解こそ、神経症的歪曲のため、様々に受け取られようとも、患者にとって暗黙のうちに感じられる治療家に対する信頼感の基礎となり、所謂(いわゆる)rapport(ラポール)を形作る要因となるのである。
治療契約の締結も、また同じ様に理解される。料金や時間の取決めに関しても、そこに様々な神経症的反応を観察し得る機会が存在する。「自己拡大型」は料金や時間について言いがかりを付けたり、懸引(かけひき)をしたりするし、「自己縮小型」はそんな料金では先生に悪いとか、料金を余計に払おうとしたり、また逆に自分の窮状を強調して時間を多く要求したりする。「自己限定型」は、定められた通りをそのまま、何の反応も示さずに受取り、どちらでも良いと言う風な態度を示す。
しかし、何れにもせよ、患者がこの様な契約を通じて、自分の決意により一定の関係に入ると言う点に契約をする意味が存在する。
この決意によって、どの様な神経症的着色をうけていようとも、好むと好まざるにかかわらず彼は責任を取らざるを得ないと言う状況に自分を置くのである。置いてしまってからの彼の反応は、彼の神経症的傾向によって様々に展開するであろう。しかし、ここに治療者と患者との全治療過程を通じて、互いにそこで出会うことの出来る第2の拠点が存在するのである。
しかし、分析治療関係は患者の一方的交通の関係でない。それは患者と治療者との相互に関係し合い、参加し合う、患者の自己実現と言う目的への協同関係である。相互に関係し参加し合うと言うことは、相互に影響し合うことを不可避的に意味する。このことは私達の注意を、患者のみならず治療者の personality に向けるのである。
もし治療者の持つ神経症的傾向が明確にされていないと、彼の患者に対する反応は、言語的と非言語的とを問わず、無意識に神経症的な反応となる危険がある。例えば、彼が「自己拡大的征服型」の治療家であるとすれば、同じ「自己拡大型」の患者に当面する時、そう言う患者のよく示す治療に対する傲慢さ、治療家の解釈や態度に対する疑いや、質問や、軽蔑的な感情に対して、たちまち不快になったり、怒ったりすることになる。そして結局分析状況は相互に優越を誇示しあう戦場と化する。
これに反して、彼が「自己縮小的依存型」の患者を取扱えば、患者が惨めな苦しみや、不幸をかこてbかっこつほど、彼は自分が高く、強者の位置にあるのを感じ、優越感を持ち、患者の依存的態度を利用して彼の意志と力のままに操縦し、その生殺与奪(せいさつよだつ)の権を握ることに快感と満足を感じる。
かくて、患者の依存的傾向と治療家の制服的傾向とは、互にそれぞれの神経症的要求を満足し合うことによって益々増長し、所謂神経症的共生関係 neurotic symbiosis を生じ、分析状況はさながら神経症的傾向の培養基と化する。
もし又、「自己限定」的な患者に会えば、患者のもつ冷々(ひえびえ)とした無関心の態度は、彼には自己の権威と力とを認めない許すべからざる侮辱と感じられ、患者の進歩の緩慢さは自己の能力の無言の否定と受取られ、焦立(いらだ)ち怒り患者を責める。患者の沈黙の反抗を呼び起す。
これは一つの例であり、説明の為に単純化したが、この他、治療家の持つ「自己縮小型」「自己限定型」その他それぞれの神経症的傾向が、患者の持つ種々の種々の神経症的傾向と組合されることによって、分析治療関係は事実上神経症的関係に変質して行くのである。
更に、これと共に大切なのは、治療者自身が「真の自己」による成長を経験しているかどうかである。
単に神経症的傾向を自覚し認識したことだけでは、患者の神経症的傾向や患者への神経症的態度を認知し、理解することが出来ても、患者のもつ自己実現の傾向の徴候や萌(きざ)しを感じる感受性の鋭さが欠ける。自分自身が成長と変化を体験している場合には、そうでない場合に比べて、遥かに深く且つ敏感に患者の「真の自己」の表現を直感し、それを理解し解釈し明確化することが可能である。

身体的治療の場合に於いても、治療家は患者の健康な力の助力者である様、分析治療家も患者の健康な自己である「真の自己」の成長に助力するのである。そしてそれに助力出来るのは、分析者の中の神経症的な「仮幻の自己」ではなくて、分析者がそれによって根源的に生きている「真の自己」のみがなし得るところなのである。分析関係は相互的な関係と言ったが、根源的には患者の「真の自己」と分析者の「真の自己」との出会い ー 互いの呼びかけと応答の関係であると言える。
その意味で、分析関係の意味の真の実現のためにも治療関係に入る以前の段階に於ての、教育分析または自己分析その他による、治療家自身の神経症的傾向の分析と、「真の自己」の体験並に、それによる成長と変化の経験が望まれると共に、分析関係そのものに於いても、患者に対する自分の表現、態度を通じて絶えざる自己分析と成長が要請される訳である。この時、初めて分析関係が相互に参加し、互に呼びかけ応答し成長し合う自己実現の場となるのである。

 

この「ホーナイの精神分析」の勉強においては、毎回重要な内容を扱ってはいるが、今回はその中でも極めて重要な内容を含んでいる。
近藤先生がここまで明確に治療者/支援者に要求されることを述べられているのは珍しいことだ。
現に
「そこまでできないとやっちゃいけないんですか!」
という反発もあったそうであるが、私ならば、
「それでよくやってられるなぁ。」
と言いたいところである。
もちろんどこまで行っても、我々は凡夫。神経症的問題は数限りなくある。
それでもポンコツなりに、アンポンタンなりに、謙虚に、真摯に自分の問題を見つめて、一所懸命に乗り越えようとし続けることが、唯一の免罪符となって、治療者づら/支援者づらが許されるのである。
そして願わくば、凡夫の自覚だけでなく、自分を通して働く「真の自己」を実現させようとする力を体験することができれば、自分以外の人を通して働いている「真の自己」を実現させようとしている力も感じることができ、それが人間的成長への何よりの影響力を、相互影響力を発揮するに違いない。
そしてさらに、あなたとわたしの「真の自己」を実現させようとする力の出どころは、そもそもどこなのだろうか、というところにまで思いは深まっていくのでありました。
書きたいこと尽きないが、感想、所感のある方は是非、面談でお話しましょう。
 

 

 

昔、ある連続研修(私が講師)に参加していた中年女性Aが、研修最終日の懇親会(酒席)で話しかけて来た。
先日、自宅の庭の剪定を業者に頼んだところ、職人が見習いのような若い青年を連れて来ていて、どこかで見たことがある顔だなと思っていたら、この研修にも参加している別の中年女性B(私にもわかる人)の息子さんだったという。
Bさんの息子さんは中学生頃から不登校やひどい家庭内暴力があって、ずっと引きこもっていると聞いていたから、ああ、働きだしたんだと思った、というのだ。
訊いてもいないのに、そこまでの内情話をしておいて、Aは「これ、誰にも言わないでね、先生。Bさんにも。」と付け加えた。
一気に吐き気がした。
聞きたくもない他人の秘密を一方的に垂れ流しておいて=相手に無理矢理秘密を共有させておいて、それをしゃべらせないように「誰にも言わないでね。」と最後に付け加える。
パーソナリティに問題のある人間が行う巻き込みの常套手段のひとつである。
こんなところでお目にかかるとは。
しかも、私に仕掛けて来るとは良い度胸である。
即座に(←ここが大事。沈黙すると暗黙の同意ということに持ち込まれる)
「私が何をしゃべるかしゃべらないかは私が決める。
と言って正面から睨めば、退散して行くしかなかった。
こういう悪意の巻き込みは実によく練られていて、つい術中にはまりそうになるのだが、実は対策は難しくない。
「誰にも言わないでね。」と言われた瞬間に多くの人は嫌悪感を覚えるはずである。
そのときに黙らない。
そして整然とした文章で反撃しようとしなくていい。

ただ相手の眼を見て、嫌悪と軽蔑を込めて「ゲッ。」と言えばいいのである。
思いの強さが勝負を決める。

帰り際、別のテーブルに行ったAがまた別の研修担当者と話している声が聴こえて来た。
「同居している舅がわたしのことを時々色目で見るんですよ。これ、誰にも言わないでね。」

「ゲッ。

何しに来てんだ、おまえ。
ダークサイドの世界に巻き込みに来ているのである。

闇は斬るべし。


 

「それでは、そういうこだわりというものを少なくし、我々の心を解放するにはどうしたらいいだろうかということを考えてみましょう。
それには、まず自分の心のなかの声をよく聴いてみる。何かが聴こえてきますね。自分のこだわってる声が聴こえてくる。そしてその次に、そのこだわっているのは何かとはっきり見るわけです。こだわっている状況を正しく見る。ふつう私たちはこだわりのままに引きずり回されて、悶々として苦悩してるわけです。…そういうなかで転々として、泣いたりわめいたり気が狂ったようになっている自分の姿をよく見るのです。これには、練習ということが大切であると思います。
というのは、我々はあまりにも自分のありのままの声を聴いたり、ありのままの姿を見たりするということを避けている。ご婦人の方におうかがいしたいんですけれども、メーキャップをほどこして美しくなった自分の顔。それは自分でしょうか? それとも、化粧を全部取っちゃった後の顔が自分でしょうか。どっちが自分のほんとうの顔なんでしょうか。自分を見ることは、自分の素顔を見ることです。つらいことに違いないと思います。けれども自分の姿をありのままにじっと見つめるとそのなかに、あなた方の英智が光っていることを感じます。自分の心の姿を、静かに正しく見る、正しく聴くときに、あなた方に落ち着きがわいてきます。…
さらに進みます。ほんとうの自分の姿を見、自分の声を聴くときに、どれだけ自分が自分の欲望を中心とし、自分の執着を中心として感じ、行動しているかということがわかると思います。そして、じつはこだわりということが、自己中心的な動きだということがおわかりになると思います。…
まったくみなさん、僕の話を不快に思われるかもしれないけれども、そういったことが私たちの現実ではないかと思うんですよ。つまり、私たちは、人間関係を形成するとき、このようなお互いのおろかさのなかで形成してるってことです。お互い、こういうことについての検討を加えないですね、お互いにそれぞれ自分自身に関する認識を持たないで人間関係というものを形成しようとしている。お互いの愚かさの上に形成された人間関係 ー そこにはどんなことが起こるんでしょうね。それはおそらく、自己中心的な人間同士の集まりだから、お互いにこうすべきである、ああすべきであるという、要求し合うような、そういう人間関係になってくるんじゃないでしょうかね。そこには、我、尊し、我、正しとするような一方的な自己主張の姿が見られるだけであると思います。関係し助け合うのではなくて、お互いに衝突し、攻撃し合い、闘争し合うという人間関係になるのです」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

自分のありのままの姿をじっと見るということは、まず自分の欲望、執着、自己中心性、愚かさを観る、認めるということになりますから、それは愉快なことではありません。
だから、我々はそれを避けているのです。
しかし、自分を見つめるということの意味は、それだけではありません。
そういう心の闇を見つめる、認めた先に、それを超えた叡智の光が観えて来るのです。
光に至るために闇を観るのです。
そこが肝心。
実はその叡智の光が働いているからこそ、我々は、見たくもない、見るのもおぞましい、自分の心の闇を見つめ、認めることができるのです。
だから、自らの闇を観ることを恐れないで。
必ずその先に光がありますから。
これこそが「情けなさの自覚」と「成長への意欲」の本質ということができるでしょう。

 

 

「男性においてのこだわりは、権力、金力、力ですね。優越するというようなこと。女性においては、愛情とか、愛情ということを基本にしたこだわりですね。…
両方に共通しているのは、人間というのは自己の保全・安全というものがいつも重要な価値のひとつになっている。だれでも自己防衛というか人に対してなんとなく心にもないことをいったり、偽りの微笑を浮かべたりします。これはたいがいの人は経験があると思うんです。これは人間関係における自分の保全、自分の防衛のためということですね。
小さな子どもでも安全ということを考えます。とくに男性においては自分の地位の保全、それは権力を意味する地位の保全。女性においては、愛情的な意味における安全…愛情を確保する安全さです。そういった自己の安全のための防衛ということを人間は行うものです。ところが多くの人が残念なことにこの法則が自分のなかで、はっきりしていない。自覚していない。そして自分のこだわりに執着している。それをどうしてもこうでなきゃイヤだと思っている。執着とはそういうことです。そうして最後にはこうであらねばならないというふうに思いこんでしまう。
こうであらねばならないということになりますと、ちょっとでもそうでないと気になるわけです。もう一回いいますよ。ある価値があって、それに無意識に執着する。執着すると、どうしてもそうありたい。ほしい。おれは偉くなりたい、とね。それがもっと強くなると、偉くならなければイヤだ。その次は偉くならなければいけない。ならなきゃならない。ねばならぬ。…
こだわりの源ってなんだろうということをここでいえば、自分の執着しているものを完全に現実化してなくてはやまないというこの欲望、それが私は、こだわりの源だと思います。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

まず「こだわり」には、「自己の保全・安全」ということが絡んでいるということ。
特に、男性には「権力を意味する地位の保全」、女性には「愛情を確保する安全」。
そしてそこには「自分が執着しているものを手に入れなければならない」という強い「欲望」が働いており、それが「こだわり」の源となる。
そして最大の問題は、自分でその「こだわり」について自覚していないということ。
自覚がないことには解決のしようがない。
私の表現で言えば、「こだわり」に呑み込まれていては何も始まらない。
そこで少しでも「ちょっと待てよ。」「わたしは/おれはこれにこだわってるぞ。」という自覚が出て来ると、流れが大きく変わって来る。
それが「情けなさの自覚」。
そこからなのだ、成長の道が始まるのは。
まさにそのために、今この文章を読まれた方々は、どうぞご自分の中にある「こだわり」について内省してみていただきたい。
ゆっくりと、そして、事あるごとに、そして、徹底的に。

 

 

 

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