久しぶりに近藤先生をよく知る方とお逢いして、ゆっくり話す機会があった。
16歳から近藤家に住み込みとして働き、近藤先生が亡くなった後、家を出られてからも、奥さまが亡くなるまで計60年以上、近藤家に尽くして来た方である。
この方の波乱万丈の人生を記すだけでも本が書けそうだが、ここでは敢えて触れないでおく。
私にとっても旧知の方なので、気兼ねなく、近藤先生の昔話に花が咲いた。

通常、長年“偉い人”の身近にいた人の話となると、あんな立派そうに見える人も、実は裏ではこんなだった、というようなガッカリばらし話になることが多いが、
その人は、先生が亡くなって26年以上経つ今も、近藤先生を心から尊敬していた。

私は、セラピストとしての力量を知りたいと思ったならば、そのセラピストの身近な人に訊け、と言うことにしている。
家族や同居人など、その人の日常の言動、即ち、本音の人格を知っている人に訊けば、その人のセラピストとしての本当の力量がわかるのだ。
(世の中には、その人の本音の人格がたとえ劣悪であったとしても、専門的な知識と技術があればサイコセラピーはできる、と思っている人もいるが、私はそうは思わない)
身近に生活を共にしている人から見ても、尊敬と信頼が揺るがない。それでこそホンモノである。

かつて奥さまが亡くなられた後、慰労の想いもあって、その人に近藤先生の講演テープを何本かダビングしてプレゼントしたことがあったが、今も折に触れて、その録音テープを聴くと、近藤先生の言葉にこころが洗われて涙が出てくる、と言っておられた。
(本当は「言葉」でも「声」でもなく、そこにこめられたものが働いているのであろう)

そんな話を伺いながら、
「近藤先生、まだセラピーをしてらっしゃるのですね。」
と心中で思いながら、杯を重ねる良い時間であった。

よそ向きにカッコつけているときでなく、肩の力が抜けた日常の中に、その人の本当の力量が現れるのである。


 

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