2019(平成31)年4月30日(火)『面談への意欲』

面談頻度は月1回以上が必須であるが、その月1回にも温度差がある。

面談毎に、次回の面談の予約をされる方も多い。

それはそれで何も問題はない。

しかし、仕事の関係上(医療・福祉関係者では月末になって翌月のシフトが発表される場合も多い)、月末にならないと翌月の予定がわからない方もいらっしゃるが、そういう方はシフトがわかり次第、すぐに予約を申し込まれる。

月末にならないと翌月の予約申し込みができないというのは、些か不利であるが、たとえ希望日に予約が入っていたとしても、それでは何日はどうですか?と何度も熱心に申し込まれる。

それで予約が取れなかったことは今までにない。

これも何も問題はない。

また、シフト制でない方では、確実に予約を取るために、翌々月(次々回)の予約まで取られる方も珍しくない。

ここまでは、いずれも面談に意欲のある方では当然の予約の仕方である。

私自身でもそうすると思う(かつての私は曜日時間固定で予約していた)。

問題なのは、当月に入って日にちが経ってから(ひどい場合は下旬になってから)、いきなり何日はどうですか?と申し込んで来られる方がいることである。

それでは予約が取れない危険性が高い。

案の定、こちらが予約を取れない旨をお伝えすると、

「じゃあ、仕方ないですね。来月にします。」

とあっさりおっしゃる。

いやいや、そうはいかない。

こういう方は面談をお断りすることにしている。

「情けなさの自覚」と「成長への意欲」が切実でないんだもの。

また「どうしても予約を入れられない月がある場合には、前月か翌月に月2回以上の予約を入れて下さい」と記載しているが、借金の返済のように、また翌月、また翌月と、2回目の面談を延期される方がいる。

これもそうはいかない。

面談をお断りする。

振り替えは非常事態のための救済措置に過ぎない。

何度も申し上げるが、確実に月1回以上面談に通うことに熱心でない方、それを義務と感じる方は、当研究所のスーパーヴィジョンの対象ではない。

他を当たられよ。

但し、特別な事情があり、私と既に相談済みの方はそれぞれの予約の仕方がある。

誤解なきように。

 

 

2019(平成31)年4月17日(水)『質問に答えて』

新年度の八雲勉強会につき、何人かの方々から同様の質問をいただいたのでお答えします。

初年度の八雲勉強会は

春・秋の緑風苑ワークショップ 計2回

弦巻区民センターでの勉強会 計9回

の総計11回のうち、8回以上の参加となります。

緑風苑ワークショップは1泊2日で、移動も含めて時間も経費もかかるため、事情によりもし春・秋ともに参加されなくとも

弦巻区民センターの勉強会9回のうち8回に参加されれば、大丈夫なように組み合わせてあります。

あくまでどれに参加するかしないかを決める主人公は各人ですので、ご自由にお選び下さい。

やらされ感のある勉強会やワークショップからは何も生まれません。

私の務めは、主体的に参加される方々と一緒になって、楽しくも深い成長の場を創造して行くだけです。

良い会になると良いなぁ。

 

 

2019(平成31)年3月22日(金)『ホームページのこれから』

2月中旬〜3月中旬まで、文字通り“怒濤”の忙しさであった。

まだ二十代の頃のようにろくに眠らず働く無理がきくんだなと感じる半面、もういい加減、勘弁してくれ、とも実感した。

あともう少し忙しさが残るが、4月に入れば安定状態に落ち着く(と信じたい)。

と言いながら、自分でまた仕事を増やすようだが、このホームページも大幅な改訂を予定している。

まず八雲総合研究所のホームページというスタイルをやめる。

基本的にブログ『塀の上の猫』のホームページとする。

そしてそれを読んで、筆者がどういう人間かを感じ、この人に個人スーパーヴィジョンを受けてみたいと思った専門職の人がもしいらっしゃれば、八雲総合研究所について問い合わせる、という形にしたい。

実際、当ホームページの訪問者は『塀の上の猫』読者が大半なのである。

従って、研究所に関する情報は今より縮小し、結果的に八雲総合研究所の存在もオープンからセミクローズドなものに変わって行くことになる。

実際、精神分析系のオフィスでは、インターネット上に全く情報をアップしていないところも多い。

結論から言えば、今回の人生において私が出逢うべき方たちに来ていただければそれでいいのである。

対象の要件さえ満たせば、選ぶのは私ではない。

あなた方だ。

それで私は私の役目を果たせる。

4月中にかけて少しずつ改訂していく予定である。

どうぞご了解あれ。

 

 

2019(平成31)年3月15日(金)『送る日』

旅立ちの日である。

今日逢えた人・逢えなかった人、話せた人・話せなかった人もいるけれど、縁あって出逢って今日まで過ごした日々はかけがえのないものである。

折角覚えた一人ひとりの顔と名前といろいろなエピソードが浮かぶ。

それらが今日から過去のものになって行く。

いや、そうではない。

新たな日々が始まるのだ。

胸を張って前を向いて自分の人生を歩むのみ。

もしまた未来において縁があったらまた逢おう。

声をかけてくれる人も多かったが、当研究所のことはホームページに書いてある通り。

今さら宣伝するつもりはない。

天(あめ)の下、「先生」はあらゆるところにいる。

洋々たる前途が開けている。

各人の成長を祈る。

 

 

2019(平成31)年1月29日(火)『推薦図書』

以下に、お薦めの図書を挙げる。

これらは唯一の親友および近藤先生に教示していただいたものがほとんどである。

有り難いことだと思う。

お読みになって感想などあれば、面談のときにお話しいただきたい。

内容のかなり深いものもあるが、敢えてここで解説はしないでおこう。

字面だけ「読みました。」では意味がなく、どれだけ読めたか、がワークとなる。

他にも、面談時でないとお薦めできない図書が数えきれないほどある。

それはまたそれぞれの面談のときにお話することとしたい。

[1]司馬遼太郎 『竜馬がゆく』全8巻

         『世に棲む日々』全4巻

   ※この順番で読むことが望ましい。

[2]三島由紀夫 『豊饒の海』全4巻

[3]川端康成 『古都』

        『眠れる美女』

        『山の音』

   ※この順番で読むことが望ましい。

[4]パール・バック 『大地』全4巻

[5]深沢七郎 『楢山節考』

        『笛吹川』

   ※[4][5]は続けてこの順番で読むことが望ましい。

[6]隆慶一郎 『吉原御免状』

        『かくれざと苦界行』

[7]高山樗牛 『瀧口入道』

誤解のないように付け加えるならば、これらは決して必読図書ではない。

読んでみたいな、と思われたときに読まれればよい。

まず図書館などで借りて読み、気に入ったものがあれば購入されると良いと思う。

 

 

2019(平成31)年1月19日(土)『結婚式』

今日は、久しぶりに結婚式に出席した。

初めて乗る長野(北陸)新幹線は快適で、晴天に恵まれ、気温も思いの外、あったかかった。

それにしても、若い人たちの結婚式というのは良いもので、本人たちは自覚していないが、そこには生命(いのち)の勢いがある。

そして結婚式は、ちょっとばかり長く生きている者が、若い二人のこれからを応援する集いでもあると私は思っており、

やがて二人が人生の時を重ね、さらにまた後進、後輩(子どもたちも含む)を応援する存在となってほしいと願っている。

血縁、地縁といったものもあるけれど、私は、赤の他人が出逢い、互いに信頼し、相手のことを大切に思うようになることの奇跡を思う。

これからいろんなことがあるかもしれないが、是非、自分が自分であることを、伴侶が伴侶であることを互いに願い、助け、深めて行く日々を重ねて行っていただきたい。

「恋」の「華」も良いのだけれど、「愛」の「実」がならないと深みがないからね。

良い式でした。

何度も胸打たれました。

心からお二人の幸せを祈ります。

 

 

2018(平成30)年12月11日(火)『老いたピエロ』

落語会に行って来た。

入船亭扇遊と柳家小三治という奇跡の組み合わせで、根性でなんとかホール最後列のチケットを手に入れた。

で、会場のある新小岩の駅に初めて降りる。

駅前のそば屋で蕎麦をたぐり、ビールで勢いをつける。

せいろを運んで来たまだ若い大将の手の甲まで立派な利迦羅紋紋(くりからもんもん:刺青)が入っている。

新小岩である。

良いじゃないの。

そして日暮れの道を会場に向かう。

ホールは落語好きたちでいっぱいだ。

開口一番の後が、まず柳家一琴。

今日の高座はレベルが高い。

すぐに出て来るような噺家ではない。

いきなり笑いを持って行かれる。

続いては扇遊。

今の扇遊がトリでないこと自体が普通ではないのである。

経験、気力共に充実した扇遊の江戸前の味を堪能する。

そして仲入りの後が小三治。

えっ?

入って来た小三治を見て我が眼を疑う。

嗚呼、老いてしまった、衰えてしまった。

全ては術後の病み上がりのせいであると信じたい。

小三治の噺を聴きたい人は早くした方が良いと本気で思った。

それくらい、二年前の独演会のときの小三治とは別人であった。

それでも、短い噺の中に小三治ならではの味わいが光る。

しかし、私の心に残ったのはその前のマクラ噺である。

「話しているうちに、何処に行くかわかりません。」

と言いながら、何度か低い声で歌った旧友フランク永井の『公園の手品師』。

♪ 銀杏(いちょう)は手品師、老いたピエロ〜

 

「老いたビエロ」に胸を突かれる。

それは誰のことなのか。

 

やはりマクラの小三治であった。

帰りの夜道に回復を祈る。

 

 

2018(平成30)年12月9日(日)『魂の修行』

人間の一生は何のためにあるか。

それは魂の修行のためである、と言った人がいる。

本質的には同意する。

但し、そこから二つに分かれる。

言うだけの人と

実践する人と。

言うだけでは意味がない。

実践しなければ意味がない。

そして実践とは何か。

魂の修行とは、魂を磨くことにある。

魂を磨くとは何か。

魂それ自体には修行すべきものはない。

三位一体の聖霊からしても、大御霊-分御霊からしても、如来-如来蔵からしても、魂は大いなる働きそのものである。

そこに後から付いたものが問題なのだ。

則ち、魂を磨くとは、我々の魂の上に後天的に降り積もった塵や埃を払い去ることである。

そうなると、私が近藤先生から行っていただいたセラピーは、間違いなく魂の修行であり、

不肖の弟子たる私も同じところを目指している。

自分自身の成長においても、クライアントに対するセラピーにおいても、魂の修行がなければ意味がない。

例を挙げよう。

例えば、専制的で強烈なパーソナリティの親の下で育った人がいたとする。

そうすると起こりやすいのが、回避的なパーソナリティを持った子どもが作られることだ。

相手の主観的満足に沿わないようなことは恐くて言えなくなるし、できなくなる。

だから人生において、ちゃんと言わなければいけないことを回避し、やらなければいけないことを先送りする。

そして他のことに逃げる。

その結果、どうなるか。

もっとひどい、さらに厳しく攻撃され非難される結末が待っているのは必定である。

この場合の魂の修行の核心はどこにあるか。

臆(おく)さず、怯(ひる)まず

いや、臆しても、怯んでも良いから、震えながらでも言うこと言い、やることをやることである。

そうすると流れが変わる。

新たな経験智が生まれる。

体験で埋め込まれたものは体験で消すのが常道である。

他にも具体例はいくらでも挙げられる。

しかし共通して言えることは、実践した分だけ塵埃は払われ、あなたの中に今までと違った自信が培われて行くであろうということだ。

実践すべし。

流れを変えよ。

今まではしょうがない。

問題はこれからだ。

私は震えながら挑んで行く人を心の底から応援する。

 

 

2018(平成30)年12月2日(日)『初冬の緑風苑ワークショップ』

12月1日(土)2日(日)の1泊2日、福島県磐梯熱海にて「初冬の緑風苑ワークショップ」を開催して来た。

初日から雨(聞いてない)そして吹き荒(すさ)ぶ寒風(結構なものだった)にちょっと面喰らったが

ワークはそんなことではブレやしない。

これまでに“降臨”して来たアイデアに基づき、「三橋鷹女/時実新子と詠う」「笑ってこらえてプハーッ」「ムード歌謡 〜 バカ 〜」など、題だけ(実はこういう題だったのよ)見ると訳のわからんものが続くが(知りたい人は参加しなさい)

表面的テーマはどうでも宜しい。

全ては、あなたがニセモノのあなたを捨て、本当のあなたを取り戻すための道具立てに過ぎない。

私が用意したワークなど所詮、脇役なのだ。

現場の展開の中で、参加者の中で起きて来る予期せぬ相互作用がワークショップの真骨頂である。

歌がまた歌を呼ぶことがある。

その歌はただの歌ではない。

愛が項垂(うなだ)れた心を救うときもある。

あのとき沁みた感触を忘れてはならない。

無力感を排除せよ。

弱音を垂れ流すな。

周りを巻き込むな。

もう一歩半歩前へ出よ。

向き合うときは向き合い

笑うときは笑い飛ばせ。

そこに働く大きな力の実感こそが肝要なのだ。

尚、安田のおばちゃんからタクアンをもらったが(やっと顔を覚えてくれた)、店を閉める時間が段々早くなり、逢える時間が稀少となって来た。

次回も元気な姿を見せてくれよ、おばちゃん。

ではまた来年、新元号の5月に緑風苑でお逢いしましょう。

 

 

 

そして今回は私一人の弔いの旅でもあった。

2018(平成30)年11月22日(木)『なんくる再考』

「なんとかなる」という。

おまかせしているようで、まだどこかに、ひょっとしたら期待通りになるんじゃないか、期待通りになってほしい、という我欲が臭う。

まだ執着が切れていない。

今ひとつである。 

「なるようになる」という。

こちらの方がおまかせしている感じが強い。

しかし、なんとなく投げやりな感じがしないでもない。

どこかに諦念的な暗さがある。 

これも今ひとつである。

これらに対し、「なんくるないさー」という。

流石、しまくとぅば(島言葉)、うちなーぐちである。

前掲の「なんとかなる」と同じようでいて

どうなろうと手放しでおまかせしているニュアンスがある。

明るさがある。

それも哀しき琉球〜沖縄の歴史を踏まえた上での明るさである。

遠藤周作の

「人間がこんなに哀しいのに、主よ、海があまりに碧いのです」

を連想するが

「なんくるないさー」の方がさらに突き抜けた明るさがある。

それは悲しみを誤魔化すための虚偽の明るさではない。

本物の明るさだ。

そしてトドメは、「なんくるないさー、ややいがさー」である。

「ややいがさー」が付く。

馬鹿である(失礼)。

私の大好きな綺麗な馬鹿である。

そうしたら踊るしかないではないか。

生命(いのち)が踊る。

泣きながら、笑いながら、それでも生命(いのち)が躍動して踊るのである。

その生命(いのち)は最早、個人の生命(いのち)ではない。

あなたも、私も、一遍も、シヴァ神も、空も、海も、山も踊り、宇宙が踊る。

いや、気づいてみれば、ずっと前から全てが踊っていたのだ。

思い返せば、それに気づくための「なんくるないさー、ややいがさー」

生命(いのち)の躍動が言わせる「なんくるなーさー、ややいがさー」であったのである。

 

 

2018(平成30)年11月5日(月)『ゲシュタルト療法を思う』

医学生の頃、このままの自分が精神科医になったら、自分自身が潰れるか、患者さんに迷惑をかけるような医者になってしまうだろう、という強い危機感があった。

それ故、グループサイコセラピーのワークショップから危ない自己啓発セミナーまで、片っ端から、さまざまなものを受けてみた。

その中で大きな影響を受けたものにゲシュタルト療法がある。

(ゲシュタルト療法の創始者フリッツ・パールズがカレン・ホーナイから教育分析を受けていたというのも奇縁である)

リスクを超えて自分の本音と向き合い、吐露するワークをさまざまな形で体験した結果、

後に近藤先生から教育分析を受けたときに、自分からどんどんと直面化して行く(通常なら一番話しにくいこと=“秘密”から話して行く)ことができた。

「松田くんはなんで早いのかな。」

と先生から言っていただけたのは、そのお蔭だと思っている。

教育分析や訓練分析を受けたと称する人たちの中にも、私が観ても透けて観えるような不安や虚勢に未だに直面化できていない人が多く見受けられる。

精神分析がゲシュタルト療法に劣るようでは情けない(優劣ではないが)。

しかし実情は、自己一致(本音と建前が一致している)という面では、精神分析家がゲシュタルト療法家に劣っていることが多いのが実情であろう。

そうでなかったのは近藤先生だけじゃなかろうか。

[念のために付け加えるならば、精神科医や臨床心理士の資格を持った上で、トレーニングを受け、ゲシュタルト療法を行っているセラピストが本邦では少ない。私が当時受けたのも大半は外国人セラピストによるものであった。自分が他人の心を操作できるかのように勘違いした無資格のゲシュタルト・セラピストがいることに注意喚起しておきたい。]

故に私は、ゲシュタルト療法を自分と向き合うための入り口として体験した後、近藤先生から教育分析を受けることによって、成長の体験を徹底させることができたのだと思う。

しかし今もゲシュタルト療法は好きで、私のワークショップにおいてその影響は明らかである。

あの偽りの皮を脱ぎ、本当の自分をが顔を出すときの、不安と勇気、ハラハラドキドキ、緊張と解放は感動的である。

そのワークもセラピストの色彩を帯びるわけで、私の場合は、お笑いと涙のテイストが強い。

ゲシュタルト療法から学んだ、人間がリスクを超えて成長して行く瞬間を、また今度のワークショップでも共有して行きたいと願っている。

 

 

2018(平成30)年10月6日(土)『踊り子』

NHK総合テレビで「ノーナレ『裸に泣く』」を観た。

ノーナレとはノー・ナレーション、ナレーションなしのドキュメンタリーという意味。

若い女性たちがストリップ劇場に出かけ、裸で踊る踊り子さんを観て泣くのである。

いわゆるストリップ嬢と言われる女性たちには、何かを抱えて生きて来た人が多いと思う。

同じ踊るにしても、ミュージカル劇団を目指すのでもなく、パフォーマーを目指すのでもなく、ストリップ劇場で踊るようになるには訳がある。

最近ではAV女優出身の踊り子さんも多いという。

しかし、誤解のないように言うならば、その背景は特別なことではなく、私が何度も申し上げて来たように、対人援助職の人たちに何かを抱えて生きて来た人が多いということと大して変わりはしない。

さらに、踊り子さんを観に来る若い女性たちもまた何かを抱えて生きているのである。

抱えたものがありながらも

裸になって踊る

皆の前で踊る

一所懸命に踊る(鑑賞に堪える体と踊りというのは相当なものである)踊り子に彼女たちは涙するのである。

踊り子は哀しみの中に沈んではいない。

哀しみの中で踊る。

簡単に生きる哀しみから抜け出すことはできない。

しかし彼女は踊る。

裸で、美しく、一所懸命に。

まるで泥の中に踊る蓮の華芽を観るような気持ちになった。

劇場の中で、男性客たちは、若い女性客たちの隣で決まり悪そうにしていたが、男たちもスケベ親父ばかりではない。

以前、外来で診ていた患者さんに、踊り子さんの追っかけをしている高齢男性がいた。

酷薄な生い立ちの果てに、経済的に破綻し、うつ病になって、生活保護を受けている人であった。

彼もまた踊り子に生きる哀しみと希望を見ていた。

なんだか私も番組の中に出ていたラン(香山蘭)さんという踊り子を観てみたいと思った。

最後に、踊る場面でのカメラワークがとても美しかった。

NHKのカメラマンもまた魅せられたのだと思う。

佳作に感謝したい。

 

 

2018(平成30)年9月25日(火)『苦海の化粧(けそう)』

自己中心的で支配的な親の許(もと)で育った私は、従順で過剰適応的な仮面の奥に、ないがしろにされて来たことへの怒りや、不本意なことを強要されて来たことへの強い反感を秘めて育った。

幸いにも近藤先生のお蔭でそれらが明らかになり、教育分析によってかなり楽になったが、

その怒りと反感がその後もふと顔を出すときがあり、なかなかにしぶといものだなぁ、と思っていた。

そんなとき、ある木彫りの地蔵菩薩の写真を見た。

地方の遊廓の中に祀(まつ)られていたその小さな仏像は、全身に白粉(おしろい)を塗られていた。

遊女たちがお参りする度に白粉を塗ったのだという。

昔、女性が遊廓に売られることを「苦海に身を沈める」といった。

ないがしろにされ、不本意なことを強要される極致である。

その遊女たちが、仏像に白粉を塗り(自分が仏に近づくのではなく)仏を我が身に近づけた。

そして、この苦海に凌辱された我が身を、穢身(えしん)とせず、仏身(ぶっしん)として拝んだのである。

嗚呼。

その白く塗られた御姿を観ているうちに、私の中で何かが溶けて行く気がした。

サイコセラピーを業(なりわい)とする私であるが、言葉がなくても、人間でなくても、そんなことが起こることがあるのである。

祈ること、おまかせすることの究極は、そういうところにあるのかもしれない。

 

 

2018(平成30)年9月11日(火)『やめどき、つづけどき』

八雲での面談というのは、いつでも終了できる。

抱えていた問題が、ひと区切りついたとき。

自分一人でやれそうな気がしたときなど。

いつでも終了して大丈夫である。

誰に遠慮することなく、あなたが決めることだ。

人間の成長ということに終わりはないが、私のところに通うばかりが成長の場でもない。

しかし、八雲で面談を続けることを選んだのであれば、ちゃんと毎月1回以上は続けた方が良い。

毎週来ている方もいらっしゃるし、月1回の方もいらっしゃる。

毎月1回以上であれば、頻度もまた各自の判断で良いのである。

しかし、面談頻度がどうであっても、例えば、月1回のペースで通うのを義務のように感じるのであれば、いらっしゃらない方が良いと思う。

本当に来るべき時ではないからである。

自分の情けなさを自覚し、成長の意欲を持ったら、義務感になるわけがない。

少なくとも私は次の面談までの1週間が待ち遠しかった。

ようやく息つぎをするような気持ちで通った。

やめどき、つづけどき、それぞれ、さまざま。

どうぞあなたが自分自身を見つめてお決め下さい。

 

 

2018(平成30)年9月2日(日)『変遷』

これまでの開業の変遷について振り返ってみた。

当初は(1)通常の精神科クリニックを開くつもりでいた。

恐らくはそれはそれで成功したと思うが、時間の問題で日々の診療に忙殺され、本格的な精神療法の志は失われてしまったのではないかと思う。

それが恩師の遷化に伴い、急遽、八雲を継承することとなった。

そこで師と同じ(2)精神療法専門の自由診療クリニックでの開業を考えたが、

師の診療の最後の頃は、かなりヘビーな患者さんも多く、玄関先にガソリンを撒かれたり、塀のポスターに火をつけられることもあった。

その程度のことは精神科ではままあることではある(実際、師も屁にも思っておられなかった)が、問題は夜間、八雲が高齢の奥さま一人になることであった。

奥さまのことを託されての八雲の開業であったため、奥さまを危険に晒すわけにはいかない。

それで医療機関という形での開業を断念し(即ち「治療」をメインとすることを断念し)、(3)一般市民と専門職の「成長」のためのカウンセリング機関という形で開業することに決めた。

そういう形での精神科医の開業は先例がなかったが、なんとかなるだろうという根拠のない自信だけはあった。

その後八雲での面談は有り難くも、求める方々を得たが、そうこうするうちに今度は奥さまの逝去である。

慌ただしく八雲から用賀に引っ越し、ひと息ついて、さて、これからどうするか。

選択肢がいろいろある中、来春から(4)6つの医療・福祉専門職を対象とした成長のための精神療法機関に特化することに決めた。

私としては、この変遷の歴史は、私意で決めたように見えて、縁に導かれて決まって行ったという思いが強い。

換言すれば、今生での私のミッションが明確になって行くためのプロセスであったのだと思う。

逢うべき人に逢い、私の役目を果たす。

その根本は、当初から今日まで変わらない、これからも。

そして私も来年で還暦を迎える。

それもまた転機の理由のひとつだ。

“まだ”還暦とも言えるが、“もう”還暦でもある。

逢うべき人は早めに逢いにいらっしゃい、但し、気持ちが固まってから。

それが私があなたに逢うべき本当の“時機”である。

 

 

2018(平成30)年8月17日(金)『能面』

能面が好きなことについては既に述べた。 

いくら好きであっても、能面展というのはめったにあるものではない。 

またあったにしても、内容が千差万別で、その面(おもて)の前で立ちすくむようなものが一つでもあれば、大変な僥倖(ぎょうこう)と言って良い。 

先日出かけた金剛流の能面展において、その僥倖に恵まれた。 

注]能楽におけるシテ方五流として、観世(かんぜ)流、宝生(ほうしょう)流、金春(こんぱる)流、金剛流、喜多流がある。

まず「金剛の孫次郎」と言われるように、「孫次郎」の別名「ヲモカゲ」が素晴らしい。 

その名の通り、若くして逝った妻の面影を打ったものと言われているが、そんな「情緒」的な謂(い)われを超えて、「魂」に感応するものがある。 

そうなのだ。 

映画や落語や舞台も良いのだけれど、それらの多くは、触れることによって「情緒」が潤うものである。 

それはそれでよしとするも、「魂」が潤うものではない。 

今回は「魂」が潤うものに出逢えた。 

有り難い限りである。 

そしてもう一つの僥倖が、「花の小面(こおもて)」である。 

秀吉が愛蔵した三つの小面、「雪の小面」「月の小面」「花の小面」のうち、「月の小面」は家康に贈られた後焼失したが、今回は「雪の小面」(金剛宗家(そうけ)蔵)と「花の小面」(三井記念美術館蔵)が並んで展示されている。 

秀吉の感性は余り支持しないが、この「花の小面」は素晴らしい。 

惜しむらくは、傷みが激しかったため修理を経ている、ということである。 

修理前は如何。 

今となっては思いを馳せるばかりである。

仏像のときにも申し上げたように、能面も蘊蓄(うんちく)とアタマで見る輩(やから)がいる。

また、対象として観察する連中もいる。

美術的鑑賞では面は観えない。

「魂」で観るべし。

「霊的感性」で感応すべし。

そこに「体験」が起こる。

久しぶりに「魂」をくすぐられる快感があった。

こういう機会がないと生きていることが薄っぺらになるなぁ。

二つの面に感謝するばかりである。

 



2018(平成30)年8月1日(水)『理性と感情と霊性』

「感情的になったら理性的になってみる。理性的になったら感情的になってみる。」

という言葉がある。

ある人がある上司とのやりとりに恐怖を感じたとする。

また明日もあいつに会うのかと思うと、夜もなかなか眠れない。

朝起きてもなかなか起きられない。

うっすら吐き気もする。

どんどんと恐怖が強まって来る。

恐怖という感情に、現実以上に(←ここが大事)呑み込まれているのである。

ここに、あのときあそこであいつとの間で感じた生育史上の恐怖が上乗せされていることについては既に述べた

ここでちょっと引いて、理性的に全体を眺めてみる。

現実にくらうのは、軽くて嫌味、重くて恫喝くらいのもので、取って喰われるわけでも、殺されるわけでもない。

いくらでも自分が自分でいられる場所はあるし、いざとなったら戦うこともできる。

余りにひどければ、そんな職場、見捨てて辞めたって構わない。

ああ、なんだ。

そうして恐怖の感情が走り過ぎていたことに気づき、暴走を止めることができる。

そしてそれとは反対に、理性的には納得して物事を粛々とやっているように見えて、何か胸の内がモヤモヤと落ち着かなくなって来ることがある。

冷静な顔をしてこう言う。

「あれ? 何だろう。イヤなことはやっていないのに。イヤな人だっていないし。」

昔から「胸に手を当てて」という。

「頭に手を当てて」ではない。

「理性」ではなく「感情」の声を聴くには、体の声を聴くのが手っ取り早い。

すると聴こえて来る。

実は、自分を誤魔化して、イヤなことをやっているのだ。

自分を説得して、イヤなヤツと働いているのだ。

本当はイヤなのだ。

こうして過剰に理性化して誤魔化していた中にある、本来の感情に気づくことができる。

だけれども、私に言わせれば、「理性」や「感情」を本来の姿に解放して行く働きの根底には、やはり「霊性」があると思う。

いや、「理性」や「感情」を本来の姿に解放して行く働きのことを「霊性」というのである。

この static ではなく dynamic な「霊性」の働きを育てること、いや、正確に言えば、我々が既に「霊性」の働きの中にいることを体感できるようになることを「教育」といい、「成長」といい、「治療」というのである。

 

 

2018(平成30)年7月26日(木)『不安』

「不安」がその人をその人でなくさせる。

「不安」に対するやりくりとして神経症的パーソナリティが生まれる。

その今の自分の「不安」の元は、あのときあそこであいつとの間で体験した「不安」に由来する。

それがある明確な「出来事」として想起できることもあれば

小さな「出来事」の繰り返しであることもあるし

あのときにあたりを支配していたあのイヤな「雰囲気」として漠然と思い出される場合もあるが

強く抑圧されている場合も珍しくない。

(特定の「出来事」が想起できたとしても、実はそれは「前座」に過ぎず、「主役」が後から登場して来る場合もある)

いずれにしても、我々が小さくて弱かった頃に、あのときあそこであいつ(大人)との間で体験した、あの怯(ひる)み、すくみ、臆(おく)して、震えるような「不安」(「恐怖」と言っても良い)が、今ここで新たな刺激の下(もと)に甦(よみがえ)るのである。

そして、その不安を、取り敢えず、やりくりするための方法や精神療法もいろいろと開発されており、

不安が強い場合には、薬物療法も行われることは、もちろん承知している。

しかし私見では、そんな一時しのぎだけでは、不安が再燃、あるいは、形を変えて現れて来るのは、時間の問題だと思っている。

もっと根本的に、もっと本質的に問題を解決しなければならない、と私は思う。

そしてそのために、あのときあそこでのあいつ(大人)との間での体験を徹底的に浮き彫りにして行くという方法もあるけれど、

私は、それをいくらやったところで、アタマで「わかる」だけの話で(「整理」するのには役に立つ)、根本的解決にはならないと思っている。

アタマで「わかる」だけでは人は変わらない。

カラダで「わからなければ」本当の変化は起こらない。

それ故、私は「肚(はら)が据(す)わる」体験の方を重視しているのである。

肚が据われば、怖れるものが減る、不安も減じる。

そのためにどうするか。

古人が伝えて来た伝統を私は重視する。

それが広く伝わっていないことを私は残念に思う。

また、伝わっていても(伝えても)実践されないことを残念に思う。

そしてそれが凡夫なのだと思いつつ

凡夫が目覚めるにはやはり「苦」が

そう

相応の「不安」がなければならないのかと思うのであった。

 

 

2018(平成30)年6月14日(木)『独演会』

先日、入船亭扇遊の独演会に行って来た。

以前、柳家小三治の独演会に行って以来だから、落語を生で聴くのは2年ぶりくらいだろうか。

たまには落語を聴かないと、自分が“汚いお利口さん”になってしまいそうな気がする。

良い噺家の落語は私を“綺麗な馬鹿”に導いてくれる。

そして噺家という生業(なりわい)も、自分の身ひとつ、実力ひとつで勝負するワンマンプラクティス。

身近に感じないではいられない。

扇遊はほとんどテレビに出ない噺家であるが、映画『ねぼけ』を観てからの縁で、一度はちゃんと噺を聴いてみたいと思っていた。

映画(そのまま噺家の役)では、真面目な師匠だなぁ、と思った。

役を超えて、どこか人間としての矜持が感じられた。

それが今回、独演会の枕で、先日受賞した芸術選奨大衆芸能部門文部科学大臣賞の話をした。

ご存じの方もいらっしゃると思うが、芸術祭賞が参加公演をしないと受賞できないのに比べ、

芸術選奨は文化庁の方から一方的に評価して与えられるものであり、世間的な評価は高い。

その受賞についてずっと話すので、なんだ、扇遊も他者評価の奴隷なのか、と一瞬思いかけたが、

聴いているうちに、その余りにも素直な嬉しがりようが、欲しかったおもちゃをようやく買ってもらった子どものように観えて来た。

ああ、この人も馬鹿なんだな(失礼)。

おかしくなって来た。

そしてもうひとつ。

今年64歳と言われていたが、非常に元気なのである。

声にも所作にも力があり、これまた、素直に一所懸命という姿勢が感じられた。

これには年下の私も力づけられた。

素直に一所懸命だ。

その「控え目で折り目正しく、しかし隙もゆるみもない語り口」と言われる噺を堪能した。

そして独演会の三席目が終わって緞帳が降りるとき、座布団を外して板間の上に座り直し、幕が降り切るまで深々と頭を下げていた。

律儀な人である。

私的には、当代の噺家としては、柳家小三治の次に、入船亭扇遊である。

 

 

2018(平成30)年6月11日(月)『人付き合い』

娑婆の人付き合いというものが、余り得意ではない。

誤解のないように申し上げると、人間は好きだし、人と交わるのも大好きである。

しかし、自覚のない神経症的パーソナリティの持ち主や、成長する気のない神経症的パーソナリティの持ち主と付き合うのは嫌いである。

残念ながら、そういう人たちが、娑婆ではかなりの部分を占めるため、娑婆の人付き合いというものが余り得意ではない、ということになる。

かと言って、いちいち襟首を掴まえて締め上げるのも余計なお世話であろう(そんなことをすれば“変なおじさん”だし、基本的に私のテリトリーに踏み込んで来ない限り、攻勢には出ない)。

よって、結局のところ、自分の問題に自覚を持って成長を求める人たちと話すのが一番好きだということになる(それでこの研究所を開業した)。

そして医療機関における精神科臨床においても、患者さんたちは行き詰まって苦しんで来られているわけであるから、真剣に話すことができる確率が高い。

そこまで求めないにしても

せめて娑婆においては

下町の正直な人たちとか

田舎の飾り気のない人たちとか

純朴な子どもたちであれば

人付き合いは楽しいものとなる。

よって、「求める人」か「素直な人」とだけ暮らして行きたいと思うのであるが

どんなに願ってもそうは行かないのが娑婆の実相(愛別離苦、怨憎得苦)。

その中にまた、私の修行の場があるのである。

 

 

 

2018(平成30)年6月9日(土)『気持ちが寂しくならないように』

A君はまだ若いけれど、亡くなった親の借金を抱えて苦労し、十数年かけて、先日ようやく完済したという。

しかしその間、彼なりに学んだ大事な経験智があった。

まず当初は若さもあって、一日でも早く借金を返したいと性急になっていた。

毎日毎日働き詰めに働いた上に、支出も極限まで切り詰め、特に食費に関しては計算に計算を重ねて節約した。

しかしそれを半年も続けているうちに段々と息切れして来た。

息切れして来たといっても、

栄養は計算していたので、栄養失調はない。

また、睡眠時間や休養についても計算していたので、かろうじてではあるが、過労には陥っていなかった。

そうではなくて、人間はやっぱり生命維持に必要な最低限のものだけじゃあ、生きて行けないようになっているのである。

彼は「気持ちが寂しくなった」と言った。

「気持ちが細る」とも言った。

やっぱり、彩りがないと、遊びがないと、余裕がないと、人間は生きて行けない、生きている気がしないのである。

「それに気づいてからは、ちゃんと無駄遣いができるようになりました。」

と彼が言うので、

「『無駄』じゃないよ。『必要』な出費だよ。」

と私が言うと

「『無駄』と言うところに昔の自分が残ってました。」

と笑った。

そして彼は十数年の返済生活を乗り切った。

さて、我々も娑婆の拘束に「気持ちが寂しくならず」、人生の彩りを楽しもうか。

 

 

2018(平成30)年5月23日(水)『教わりどき』

ある二人のピッチャーがたまたま同時期に、今の自分のピッチング・フォームでは体重や力がうまく球に乗っていないことに気づき、同じピッチング・コーチにフォーム修正のアドバイスを求めた。

ピッチャーの持っているポテンシャルを最大限に発揮してもらいたいと思ったコーチは、自分の智慧と経験を尽くし、ピッチング・フォームの根本から容赦なく修正するアドバイスを行った。

ピッチャーAは、自分でできる工夫をやり尽くしてからコーチに頼んだため、コーチのアドバイスを素直に受け入れ、程なくフォーム修正に成功し、球速・球質ともに飛躍的に改善した。

それに対し、ピッチャーBは、悩んではいたが、やり尽くすまでは工夫しておらず、まだ自分のやりたいようにやりたかったために、また、コーチのアドバイスは自分がやって来たことを否定されたような気がしたために、頼んでおきながらアドバイスに抵抗し、フォームは余り変わらず、球速・球質に大きな変化はなかった。

これは私の行っているセラピーにおいても全く同じ話である。

ピッチャーBのようなタイプの人は、あるいは、まだ自分でできる工夫をやり尽くしていない人は、他人に訊かず、一人でやった方が良いと思う。

自分にとって耳触りの良いアドバイスしか聞けないのであれば、今までと大して変わりようがないではないか。

かつて私が恩師の許を訪ねたときは、既にできることはやり尽くし、全否定もされる前に自分でしていたために、何でも聞くことができた。

後に「なんで松田くんは成長が早いのかね。」と言われたが、それは完全に“おまかせ”できたからである

もちろん大切な前提を忘れてはならない。

そのコーチ、あるいは、その師のことを心の底から信頼できなければ、話は始まらない。

それがあって初めて、単なる「服従」や「隷属」でない「師事」が成立する。

「師事」する相手を選ぶということは、極めて自立的な選択なのである。

私はいつも八雲でそういう出逢いを待っている。

いや、そういう出逢いのために私は生まれて来たし、セラピストになったのである。

 

 

2018(平成30)年5月3日(木)『いらっしゃい』

今、面談に来られている方々を見ていると

(1)どこかの医療機関で一緒に働いたことがあるか、私の講義を受けたことがあるなど、接点のあった人がまず一番多い。

私という人間を見て、私を信頼して来られているわけであるから、有り難い限りである。

(2)次に、当研究所のホームページを見て来ました、という方が多い。

ホームページを見ただけで来られるというのは、勇気の要ることだと思うが

『塀の上の猫』を読み、私の人となりを感じて申し込まれる場合が大半で、これもまた有り難いことである。

(3)意外と難しいのが口コミ(紹介)で来られた方である。

その後、続く人・続かない人がはっきり分かれるように思う。

ご本人が切実に求めていて、当研究所の存在を知り、待ってましたとばかりに来られる人であれば大丈夫だが

当研究所の「対象」の趣旨を吟味されず、あの人が行っているのなら、まあ、私が行っても良いだろう、くらいの動機づけだと、どうしても続かないことになる。

かつて近藤先生の奥さまがクライアントを紹介して下さったのは有り難かったが、おおらかな奥さまらしく「対象」を吟味されなかったので、結局、全滅であった。

その反面、クライアントの一人のAさんからの紹介は、数年に一人くらいのペースであったが、肚を据えて自分と向き合う気持ちの固まった方ばかり厳選されていたので、全員が長年、継続されている。

誰でも彼でもたくさん来てほしいのであれば、今のような開業形態は取っていない。

今ちょうどの「対象」の人に是非来ていただきたい、というのが私の願いである。

 

 

2018(平成30)年4月26日(木)『大嘘つき』

人間としての生き方において、大原則は、直球、正直を旨とするが

馬鹿正直、強迫的正直さとなると、人間の成熟としていかがなものかと思う。

かつて近藤先生から半生のお話を伺ったとき

映画館を売り払うときの、相手に対する値段の吊り上げ方に大笑いしたり

癌を受け入れられない友人に「癌じゃないよ。」と言い切るところに感動したりしたのは

言わば、その「嘘」の豊かさによるものと言えるだろう。

前者は、金のための嘘と言えばそう言えなくもないんだけど、なんかセコくないんだよね。

後者は、情のための嘘と言えばそう言えなくもないんだけど、なんか芯があるんだよね。

だから、いつでもどこでも誰にでも本当のことを言える勁さを養った上で

俗世を遊び、人を救う嘘をつく。

そんな成熟した“大嘘つき“に私もなりたいと思う。

 

 

2018(平成30)年4月10日(火)『はたらく』

Aくんが就職したのは、ある就労移行支援事業所。

同期の女性Bさんも一緒だった。

当初順調そうに見えた入職も、3カ月頃から徐々に雲行きが怪しくなって来た。

「明らかに就労したくない人、今は就労しない方がいいと思える人に就労の支援をするのはおかしいでしょ。」

とBさんが言い出した。

(最近よくこういう話を聞くなぁ)

Aくんは黙っている。

「なのに、私たちの成績や収入のために、向いてない人に勧めるのはイヤですよね。」

Aくんはやっぱり黙っている。

そして、Bさんは所長と何度もやり合った。

『それでも就労させなきゃいけないんだよ!』

「なんのためですか!?」

『俺ら、それで喰ってんだよ。おまえの給料だってそこから出てんだ。』

「所長! 自分の子どもにもそう言うんですか。『お父さんは必要のない人を働かせるように持ってって給料もらってる』って。大体、そんなことしたくてワーカーになったんですか!?」

『〇□△×!!!!』

で、彼女は6カ月で辞めてしまった。

後に残ったAくんは、疑問に思いながらも、不機嫌な所長にビクビクしながら仕事を続けていた。

そして1年が経つ頃、風の便りに、Bさんが納得できる精神科クリニックに勤め、今は元気に働いていることを聞いた。

そしてもうひとつのニュースがある。

なんとその所長が辞めてしまったのである。

おいっ!

聞いてないよぉ。

そして、いかにも言われるがままの後任所長が来て、ようやくAくんはその事業所を辞めた。

彼が入職して1年3カ月目のことである。

少なくとも、今、不本意な仕事をやっている人間が他人に就労を勧めるのはいかがなものかと私は思う。

基本的に、この世に自分として生まれて来た以上、自分以外を生きる選択肢はないんだよね。

ならば、職場の中で自分を保つか、職場を変えるかしかないことになる。

自分をだまくらかしたり、自分の欺瞞に他人を巻き込んだりしながら生きるのは、もうやめた方が良いんじゃないかな。

さて、所長とAくんの次の就職先と働きぶりに期待したい

もう魂は売るな。

最後に、就労移行支援事業所の名誉のために付け加えるならば、利用者の真のニーズを丁寧に判断しながら、表面的「成績」に走らず、ちゃんと運営できている事業所のあることも明記しておきたい。

 

 

2018(平成30)年4月3日(火)『先延ばし』

気がついたら○十歳。

かつての美貌も活力も衰え

増えるは皺と白髪のみ。

見返せば、貯えも、ろくな仕事も、本当に愛する人もなし。

嗚呼。

それでも

納得の人生で

志があって

その結果なら

見上げた根性である。

幕末維新の志士の誰が老後の心配などしたか。

天命に生きて死ぬのみだ。

しかし

向き合うべきことと向き合わず

逃げて、誤魔化して、先延ばしにして

迎えた今、というのなら話は別だ。

自業自得は容赦なくやって来る。

それでもそれを引き受ける気なら、それもひとつの生き方だろうが

もし今からでも、この自分を損なう流れを止めたい、本来の自分を活かす流れに戻りたい、と本気で願うのであれば

これ以上の先延ばしはやめて、すぐに一歩を踏み出すべし。

人生百年時代。

認知症ならぬ神経症高齢者の溢れる、屈折した近未来社会は御免(ごめん)蒙(こうむ)りたい。

 

 

2018(平成30)年3月1日(木)『自己一致』

子どもの心理療法を専門とする熱心な臨床心理士。

彼女が日本で開催される国際学会での実践報告講演者の一人に抜擢された。

国内外の専門家に顔と名前を知られ、評価を得るには絶好のチャンスである。

しかし、その学会の開催日を聞いて驚いた。

東京の専門病院で、幼い娘が眼の手術を受ける当日に当たっていたのである。

一年以上順番を待ち、諸条件をやりくりしてようやく決めた手術日だった。

今さら変えようがない。

娘の顔が浮かぶ。

「ママもずっと傍にいてくれるよね。」

彼女は迷わず決断した。

いや、正確に言えば、一瞬でも迷ったことを恥じた。

ここで私が学会の方を取ったら、日頃の私の臨床姿勢と矛盾することになる。

何が一番大切かを間違わないで子どもに関わることが彼女の心理療法の信条であった。

私は娘を愛している。

そして自分を指名してくれた教授に事情を説明し、講演を断ったのであった。

どうやったら世俗的評価を得やすいかに走って、名前を売り、地位を得たがる人間がいる一方で、世の中にはこういう人もいるのである。

そして彼女を指名した教授は、大変残念に思いながらも、益々次のチャンスを彼女に与えたいと思うのであった。




2018(平成30)年2月16日(金)『懺悔』

キリスト教に告解(こっかい/こくかい)というものがある。

(一般に言う懺悔(ざんげ)はキリスト教全般でいうものではないそうだ)

仏教でも懺悔(さんげ)という。

己の愚かさ、醜さ、汚さを見つめ、認めて、告白するわけである。

それは真摯な、時に感動的な姿勢でもある。

しかし、神仏の方からその姿をご覧になったらどうであろうか。

人間は自分の愚かさ、醜さ、汚さの千分の一も自覚できていないかもしれない。

実際、精神分析の仕事をしていて思う。

われわれが意識できることは、どんなに分析しても、全体のほんの僅かに過ぎない。

それくらいわれわれが愚かで無力であることは、きちんと認めておいた方が良いと思う。

そして神仏の方では、全てを見通された上で

稚児を愛(いと)おしむように、この最低の愚か者たちを見守って下さっているのである。

それを感じれば、手を合わせ、頭を下げて、祈るほかにすることはないではないか。

そんなことを冬の空に思うのでありました。

 

 

2018(平成30)年1月29日(月)『真骨頂』

面談において、何が問題の本質なのかを明確にして浮かび上がらせ、それを乗り越える具体的な道を一緒に考えて行くことは、通常のセラピーの基本である。

しかし、近藤直系の八雲のセラピーでは、それだけではないことが稀に起こる。

ある若い男性のクライアント。

因襲の強い地方出身。自己中心的な父親、過干渉な母親の許で育つ。

会社でも、最低限の業務を除けば、面倒な上司、先輩や、同僚との交流を一切忌避する。

彼女もいなければ、結婚する気もない。

もちろん実家にも帰っていない。

一人でいる方が清々すると本気で思っている。

そんな彼が通って来る。

より詳細に生育史や現状について伺う。

特に私から指示的なことは言っていない数カ月目、

突然彼が言い始める。

「自分でも不思議なんですけど、なんか人と交わりたいんですよね。」

「あんなにイヤだった人が、どっちかというと、好きなんですよ。」

そんなことが起こることがある。

意識的、操作的なセラピーは行っていない。

生育史や現状の分析もまだ途中である。

それなのに変化が起きる、しかもこの人にとってかなり本質的な変化が。

となると、会話以外のところで何かが起こっていたとしか言いようがない。

それが薫習(くんじゅう)。

個人の無意識を超えたところで、私を通して働くものがあなたに影響を与え、あなたの中の本来のあなたを発現させる。

それが勝手に起こる

そういうところが八雲のセラピーの真骨頂なのである。

但し、私が意識して行っているものではないので、

それがいつ起こるのか、

今も起こっているのかいないのか、

私にはわからん。

妙なセラピーを受け継いだものだと思う。

しかしこれこそがセラピーだ。

但し、私の周りでは「稀に」起こるに過ぎないが、

近藤先生の周りでは「しょっちゅう」起きていたと記憶している。

まだまだ道のりは長い。

 

 

2018(平成30)年1月22日(月)『雪』

雪の降らない地域にたまに雪が降ったりすると、喜びはしゃぐ人たちがいる。

それを見て豪雪地帯の人たちの一部に(もちろんごく「一部」であるが)

「雪の大変さも知らずに、いい気なもんだ。」

などと悪口(あっこう)をきく輩がいる。

狭量だなと思う。

雪を見てはしゃぐ人たちを微笑ましく見ていられないのかと思う。

東日本大震災で小さなお子さんを亡くされた女性がいた。

移り住んだ東京で、隣家に赤ちゃんが生まれた。

赤ちゃんを抱きながら、涙ながらに「おめでとう。」と言った。

涙も「おめでとう。」もそのままの想い。

生きる姿勢の美しい人だなと思う。

人間だから、悩み、苦しみ、悲しむときがある。

しかし、それはそれとして、他人の喜びや幸せを喜べなくなったら、人間として貧しいんじゃないかと思う。

 

 

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