2011(平成23)年4月6日(水)『さくら非情』
今日の暖かさで八雲の緑道の桜は一気に花開いた。
被災地の桜もほころび始めているだろう。
かつて子どもを不慮の事故で失い、それでも咲く桜の花を見て、残酷だと言った人がいた。
桜の「非情」は、冷淡、残酷ということではない。
桜の「非情」は、情を超えた存在ということなのだ。
仏教では、こころのある存在を「有情(うじょう)」と言い、こころのない存在を「非情」(あるいは「無情」)と呼んだ。
「有情」には、我による執着が生じるが、「非情」には、それがないのである。
先の人が、「最近ようやく感じられるようになりました。」と言われた。
「それでも桜が咲くって、残酷なんじゃなく、有り難いことなんですね。」
草木国土悉皆成仏。
すべての被災地に美しい桜が咲きますように。