2013(平成25)年12月5日(木)『居場所』
夜を走る電車の窓から小さな公園が見えた。
外灯でかろうじて人影がわかる中に
小学生低学年らしき女の子
高学年らしき男の子と女の子
の三人の姿が見えた。
根拠のない直観が走る。
きょうだいではないな。
もう夕食の時間は過ぎたろうに。
居場所のない子どもたちか。
…こういう直観はハズレた方がいい。
大人になったら
自分の居場所は自分で作れるけれど
子どもには大人が
暖かくて居心地の良い
居場所を作ってあげなくちゃいけないのだよ。
夜を走る電車の窓から小さな公園が見えた。
外灯でかろうじて人影がわかる中に
小学生低学年らしき女の子
高学年らしき男の子と女の子
の三人の姿が見えた。
根拠のない直観が走る。
きょうだいではないな。
もう夕食の時間は過ぎたろうに。
居場所のない子どもたちか。
…こういう直観はハズレた方がいい。
大人になったら
自分の居場所は自分で作れるけれど
子どもには大人が
暖かくて居心地の良い
居場所を作ってあげなくちゃいけないのだよ。
ある悩みにとらわれて辛いときに
「こう考えれば楽になるよ」
という“やりくり”の仕方(技術、テクニック、コツ)を教えるのがセラピーだと思っている人が多い。
そして教わったクライアントは“気をつけて”それを実践しようとする。
こういうのを“はからい”のセラピー(あるいは“操作的”なセラピー)という。
そりゃあ、“気をつけて”“やりくり”している間は多少役に立つかもしれない。
しかし、気が抜ければおわりだ。
“やりくり”は所詮セラピーの“枝葉”でしかない。
それよりも、表面的にはどんなことを話していても、
会話以外、言語以前のところで、
「なんだかなんとかなりそうな気がする」
とか
「私は私でいていい気がする」
という気持ちに“自然に”なってきて、
自分や相手や世界の“観え方”“感じ方”が根本的に変わってくるというのが、
ホンモノのセラピーの“根幹”なのだ。
努々(ゆめゆめ)セラピーの“枝葉“と“根幹”を間違えてはなりませぬぞ。
浅薄な“スーパーヴィジョン”や、なんちゃって“教育分析”しか受けてこなかった精神科医や臨床心理士にはわからないことだろう。
彼ら彼女ら自身にそういう“体験”がないのだから、やりようがない。
あなたと私が深いところで接するとき、私(セラピスト)を通して、あなた(クライアント)をあなたする力が働く。
それを本当のセラピーというんです。
一人の女性臨床心理士が、ある児童養護施設に行ってきた。
職員研修を依頼されて行ったそうだが、終了後、施設内を案内してもらっていると、小さな子どもたちが一人また一人と集まってきた。
で、絵を描いたり、折り紙を折ったり、遊んだりしてるうちに大盛り上がりになった。
帰る時間の近づいた頃、一人の女の子から
『夕ご飯も食べてくの?』
『今日は泊まってくの?』
とまっすぐに目を見て言われた。
一瞬返答に窮すると、敏感なその子は
『今度いつ来るの?』
とまたまっすぐに目を見て言ってくる。
そんな目で訊かれると、なんだか切ない気持ちになってくる。
しかし、いつもすべての希望に応じられるわけではない。
それに、この子の気持ちの核心を言葉にすれば、
自分のことを大切に思ってくれる人に逢いたい、
ということであり、さらに言えば、
誰かに大切に思われることで、自分で自分のことも大切に思いたい、
ということなのだ。
彼女は冴えていた。
一緒に作った折り鶴を手に取って、ふーっと息を吹き込んでから、その子に手渡した。
「○○ちゃんのことを大切に思うから、いつまた来られるか、いい加減な返事はできない。でも、この折り鶴に『大好き』って入れといた。」
女の子はまっすぐに彼女を見つめながら頷(うなづ)いた。
誠実に、そして、思いを込めて応えた。
上々である。
あなたは自分の命綱を誰かに託せますか?
もし自分の命を託せる誰かがいるとすれば、あなたは幸せな人だと思います。
あなたは誰かの命綱を引き受けられますか?
もしあなたが自分の命に代えて、死んでも離さない誰かの命綱を引き受けられるとすれば、私はあなたに敬意を表します。
そんな命綱のやりとりもできないのであれば、人として生まれて来て、こんなに地上にたくさん人がいるのに、寂し過ぎる、と私は思うのでありました。
十年以上前の話。
夜中に病棟に呼ばれた。
認知症に肺炎を合併したおじいさんの容態が急変したという。
駆けつけてすぐにあれこれ治療を行ったが、既に数週間前から内科医が手を尽くしており、薬石効なく、未明に亡くなられた。
聞けば、天涯孤独な身の上で、見舞いに来る人もなかったという。
そのおじいさんのお腹に、古い色素沈着の痕(あと)がたくさんあった。昔の皮膚疾患か何かの痕くらいに思っていたが、ご遺体の清拭を進める看護師さんが問わず語りに教えてくれた。
「このおじいさん、昔はいろんな中華料理店で働いていた腕の良い料理人だったみたいですよ。お腹の傷は、跳ねた油の火傷(やけど)の痕なんですって。」
思わず「そうかぁ。」と声が出た。
ちゃんと仕事をしてきた勲章ですね。
この人の人生の証人の一人になった気がした。
「お疲れさまでした。」
瞑目低頭す。
自分の思い通りにならないときに感じる心の痛み、
それは「我」の痛み、
Egoistic pain.
生い立ちの中で心の内に埋め込まれた見張り番、「ねばならぬ」に沿えないときに起きてくる罪悪感の痛み、
それは「超自我」の痛み、
Super-egoistic pain.
本来のあなたが生かされるままに生きていないときに感じる痛み、
それが「魂」の痛み、
Spiritual pain.
緩和ケア専門家ですら、スピリチュアル・ペインの真意をちゃんと押さえている人に私は逢ったことがない。
何が痛みを感じているのか、そこが大事なのだ。
前二者の痛みなんぞは木っ端微塵にぶっ壊して流してしまえ。
しかし、最後の痛みには決して逆らってはならない。
そこに大切なメッセージがある。
これを感じ分けられるようになることこそ人間の本当の成長である、と私は確信している。
重症筋無力症の人にとっては、指先を1cm動かすだけでも大変なことである。
毎日40km走り込んでいるマラソンランナーにとって、あと100m走るなんていうのは、なんでもない距離だ。
ある青年が完全引きこもりから脱却した。
家の玄関から一歩踏み出すのに、どれだけの勇気を要したことだろう。
その一歩は小さくとも、とても重く大きな一歩であった。
先に挙げた重症筋無力症の人の1cmと同じだ。
彼はやがて近所の買い物に行けるようになった。
そして数年が経った。
彼は当たり前のように近所に買い物に出かけていた。
しかし未だにそこまでだった。
彼は次の一歩のチャレンジを何もしなじゅなっていた。
買物やお楽しみだけの外出には最早、何のリスクもない。
先に挙げたマラソンランナーの100mと同じである。
常に次の一歩がなければ、成長は止まる。
流れが淀めば、水も腐る。
最初に一歩を踏み出したときのことを思い出せ。
永遠に次の一歩を踏み出し続けるのが我々の人生だ。
そしてそれはとても楽しいことなんだよ。
那覇のにぃにぃ(兄さん)から、ヤマトや薩摩に搾取されて来た琉球の哀しい歴史を聴く。
宮古のおじぃから、琉球王朝に搾取されてきた離島の哀しい歴史を聴く。
宮古のおばぁから、男に搾取されてきた女の哀しい歴史を聴いた。
だのに、宮古のおばぁの笑顔が一番深いのは、どうしてだろう。
哀しみや苦しさを、逃げず、誤魔化さず、ただ受けとめて、消化して来た人間の笑顔が一番深いさぁ。
「自分に正直」という意味を
「自我(ego)に正直」と取るか
「自己(self)に正直」と取るか
で生き方は天と地ほど違って来るんだよな。
「あるがまま」というのを
「わがまま」と取るか
「催されるまま」と取るか
と同じ。
正直にあるがままにあるあの月はどこまでも綺麗だ。
子どもの頃、
坂本龍馬が好きである。
龍馬の逸話には事欠かないが、その「勝負」のときのエピソードが面白い。
幕府軍だろうが大軍だろうが、少ない手勢で一気呵成(かせい)に攻め込むさまは、勇猛果敢極まりないものを感じさせるが、いつもそうだとは限らない。
こりゃ負けだ、と見抜くと、一瞬にして天命を感じ取る(と私は勝手に思っている)。
即ち、そこで死ね、という天命か、今はとっととトンズラして生き延びろ、という天命かを見抜くのだ。
元より命は惜しくない。
いつ斬られても結構だし、いつでも腹は切れる。
自分の命と思っていないだけに、却ってどう使うかが大事なのだ。
よって、逃げるときはスパーッと逃げる。
宝物を守るように逃げる。
今生(こんじょう)での天命を果たすまで守り切る。
戦って逃げて、逃げて戦って、日本の基礎を作って、龍馬は斬られて死んだ。
われわれも戦い時と逃げ時を直観で感じ取るべし。
無駄に生きてもいかんが、無駄に死んでもいかんことを覚えておくべし!
近所を歩いていたら、若いお母さんと3歳くらいの女の子が出かけるところに出くわした。
「サキちゃん、セブンイレブンに行こうか?」
とママに言われ、サキちゃんは一旦しゃがんで、両手を空に突き出しながらジャンプして、
「行っくーっ☆」
と嬉しそうに声を挙げた。
そして
「行く行く行く行く!」
と屈伸運動している。
さらに
「パパにも何か買って帰ってあげよっか?」
と言われ、今度は左足を軸に全身で3/4回転しながら、
「あっげるー♪」
今度は勢い余って塀に蹴りを入れている。
「キックキックキーック!」
そしてママが明るく
「歯医者さんに行ってからね〜。」
と言うと、いきなり地面にドッと倒れ伏し、
「イヤぢゃーっ!!」
と絶叫してワンワン泣き出した。
全力で生きてるな、こいつ…。
ある女の子が若年性関節リウマチを発症した。
余りの痛がりように、父親が心配して言った。
「変われるものなら、パパが変わってやりたいよ。」
娘が即答した。
「いい…この痛いのは、ちょっと辛いから。」
計算してしゃべってるんじゃない、このまっすぐな思いやり。
こういうのは効くな。
◆昆虫の苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。
先月のこと、庭に出ていたら、ひらひらと飛んできたナミアゲハが目の前のルー(ハーブの一種、ミカン科)の葉にとまって卵を産み付けた。
そうなると何故か自分に卵を託されたような気になって、今年もまたナミアゲハの飼育が始まった。
そしてその母ナミアゲハが飛び去った後、5個の卵を葉っぱごと室内に取り込む。
やがて4匹の幼虫が孵化(ふか)したが、1つの卵はかえらず、早くも“生きていく”ということの難しさを感じる。
専門家によれば、100個の卵のうち、蝶になれるのは1匹だけだという。
そしてお世辞にも可愛いとは言えない黒地に白V字の4匹の幼虫は、4回の脱皮を繰り返し、1齢幼虫 → 2齢幼虫 → 3齢幼虫 → 4齢幼虫から、ようやく緑色で可愛いらしい(と私は思う)終齢幼虫となった。
この間、餌となる柑橘系の新しい葉の補給が大変である。
そして4匹すべてが蛹化(ようか)し、立派な蛹(さなぎ)となった。
しかし、喜んでいたのも束の間、哀しい事件が起こる。
4匹のうち3匹が寄生バチにやられ、蛹のままかえらなかったのである。
毎回葉っぱは洗ってから与え、去年はすべての蛹が羽化できたのに…。
残りの蛹はたった一つ。
“生きていく”ことは当たり前ではないのだとつくづく思う。
ここまで来て、できることは見守ることのみ。
そしてある早朝、見ると、羽化したばかりのナミアゲハが枝にとまっていた。
よしっ!!!
それから飛べるようになるまでの3時間、手にとまり(手乗りナミアゲハはとても可愛い)、バラの花にもとまらせ、そのときを待つ。
やがて窓を開け、ナミアゲハを手に乗せたまま外に出ると、待っていたかのように一陣の風。
ふわっと宙に舞ったかと思うと、一気に高く飛び立って行った。
振り返らずに、まっすぐ飛んでいくさまが良い。
これからあと2週間の命。
ナミよ、生を謳歌すべし!
これで今年の長い夏が終わったのである。
福祉関係の仕事に携わっている人たちから、食べて行くのが大変だという話をよく聞く。
対人援助職自体、甘くないことは重々承知しているが、
低賃金、長時間労働といった労働条件のひどさは、経営者が悪徳か、工夫が足りないためじゃないかと常々私は思って来た。
どうも福祉関係者には清貧をよしとする悪しき習慣もあるような気がする。
そこにつけこまれて悪徳経営者に従順な職員が搾取されている例や、経営者自身も報酬なしでヒーヒー言いながら働いている例を散見する。
それで次第に疲れ果て、質の悪いやっつけ仕事に堕ちてしまっては、そもそもなんのために福祉職についたのかわからない。
経営者・職員共に、志のある仕事をして、十分な報酬を得られるようにしなければならない。
二宮金治郎曰わく(伝)、
「道徳を忘れた経済は罪悪である。経済を忘れた道徳は寝言である。」
金ちゃん、いいこと、言うじゃないの。
志ある福祉関係の経営者よ、優秀な社会起業家たれ。
そして福祉業界に(悪徳でなく)敏腕の経営者がもっともっと増えていただきたい。
個人的意見だが、特に介護職(&付け加えたいのは保育士)は、今よりももっともっと“経済的に”リスペクト(尊敬)され、アドア(憧れる)される(そしてもちろん提供する内容の質も高い)職種でなければならないと私は思っている。
今日は1カ月ぶりの整形外科受診。
骨折して3カ月になった。
いわゆる“全治”の時期なので、どれだけ骨再生が進んでいるか、期待に胸を膨らませて行ったが、レントゲンで見ると、
「あれ? 1カ月前とあんまり変わらんなー。」
という画像に見える。
しかし専門の主治医によると、一旦できたように見えた仮骨(無構造で弱いとのこと)が後退し、本格的な骨梁ができて来ているので(骨改変というらしい)、治癒過程としては問題ないのだそうな。
確かに自覚的症状として、疼痛は皆無、走るのもOK、僅かに腱の伸展が今ひとつなため階段を降りる際、腓腹部が突っ張るくらいか。
日常生活に支障は全くないけれど、目標を「木刀を振って床に踏み込んでも大丈夫な状態」と言ったため、念のためさらに1カ月後に再診を入れ、最終確認することになった。
仕上げは丁寧にやるに限る。
最後の一カ月だ。
後ろの人のためにドアを開けたまま手で押さえ、待っている。
お年寄りや妊婦さん、体の不自由な人に席を譲る。
バスからのベビーカーの上げ下ろしを手伝う。
具合いの悪そうな人に声をかける。
エレベーターを最後に降りる。
…などなど
小さな親切?
いやいや、親切の大小の話ではない。
自(おの)ずから、考えもせず、はからいもせず、スッと行動が勝手に出るところに“親切”の眼目がある、ということを申し上げたいのだ。
意図的な“親切”には、評価を要求する(甲斐がないと恨む)自己中心性という偽善の臭(くさ)みがつきまとう。
本来の“親切”が行われるとき、その人に“光”が通り、その“光”がその人をしてそうさせしめるのだ。
この一方的さ、この無垢さが美しい。
松葉杖を使っていたときは、本当にホントウに有り難かった。
(その人でなく)その人を通る“光”に感謝した。
真の“親切”は人事にあらず、である。
ここ数週、右手首にリストバンドを着けている。
お洒落のためでも、スカッシュを始めたわけでもない。
例の松葉杖後遺症(両手関節痛)がまだ続いているのである。
左手首はとっくに治ったのだが、右手首は利き腕なので、つい重いものを持ったり手を着いたりするため、なかなか治らない。
最初は湿布をそのまま貼っていたが、あからさまに見えると心配される方が多いので、その上にリストバンドを着けるようにした。
実際には貼付剤(ちょうふざい)を密着させるのでちょうど良い。
今これを読んでいる方で私に逢う機会のある人は、どうぞ「そうなんだな。」と思って下され。
そう思って周りを見ると、いろいろとコンシーラー(隠すもの、化粧品に限ったものではない)を利用されている人たちが見えて来る。
20代の女性Aさんのリストバンドは、かつてのリストカットによるたくさんの切創を隠すためのものであり、
30代の女性Bさんのチョーカーは、ひどい交通事故に遭って、家族を失い、ICUで人工呼吸器につながれたときの気管切開の痕を隠すためのものであった。
自分がまだ“傷”を受容できていないうちは、心身共に“痛い傷”を積極的に隠すことがもちろん必要であるが、今のこの二人の場合、セラピーによって乗り越え、受容した後、他の人が勝手に気遣わないようにするための配慮であった。
自分のために隠す、相手のために隠す、同じ隠すことでも気持ちの出どころによって意味がちょっと違うことになる。
人間がそこまで成長できることとに心からの敬意を表したい。
今日は3週間ぶりの整形外科受診。
治療を始めてちょうど8週となる。
レントゲンで見るマイ・ボーンは、骨折してスカスカになった部分に一所懸命に骨梁(骨の梁(はり))を伸ばして再建しようとしていた。
そこに私の意志を超えたものが働いているような気がした。
すごいぞ、ボーン!
で、治療経過は順調で、さらなるリハビリのためには、骨だけでなく、筋力アップ、ストレッチも含めて鍛える必要があるとのアドヴァイス。
そのためにバランスボールを活用することを勧められた。
さらに、ストレッチ運動は、底屈・背屈だけをやっていたので、回内・回外もやるように指示されたのは有益だった。というのは、左足関節を回外方向へひどく捻(ひね)るように形で骨折したため、回外運動に関してはどうしても慎重になっていた。
徐々に慣らして行こう。
そして
「まだ走るのは早いですからね。」
と主治医。
あ、やっぱり、そうか。
(先日ちょっと走ってみたら痛かった)
通常歩行ができるようになっていても、骨はまだちゃんと付いていないのである。
骨の歩みに合わせて進むのみだ。
昨日から杖なし外出を試行している。
思い切って以前と同じ距離を歩いてみたが、今朝になっても疼痛・腫脹共になかった。
よしっ! これで杖も卒業だ。6週と2日でサード・ステージ、クリアー!
まだ階段を降りるときに若干の不安定さが残るが、それ以外の日常生活動作はほぼ支障なく行えている。
そしてこれからがリハビリのラスト・ステージが始まる。
地道にストレッチを重ね、筋肉をつけ、自由に走ったり、跳んだり、踏ん張ったり、蹴ったり、踏み込んだりできるようになって、ようやくリハビリの全行程が終了する。
今回この不自由な状態の中で「そのときなりの精一杯、あとはおまかせ」を体験している。
今回は“治る”病気であったが、これからは“治らない”病気になることもあるだろうし、加齢に伴うものは誰も避けられない。
何がどうなっても、「そのときなりの精一杯(但し、この人生で本来やるべきことにおいて)、あとはおまかせ」で生きて死にたいと思う。
机上の空論でなく、現実に我が身に起きたことで、真実を練磨する。
明日も歩こう。