2015(平成27)年7月30日(木)『自分のことが先』
患者さんを診る前に、自分のことが先。
利用者さんの支援をする前に、自分のことが先。
子どものことを何とかしようとする前に、自分のことが先。
当ったり前のことであるが、現実にはほとんど行われていない。
私もその事実に気づいたとき、驚愕し、失望した。
そんなんでやってるの?
しかも、専門の、いわゆる教育分析、訓練分析を受けている人たちでさえ、そんな浅いところまでで良いの?というレベルでやっているのであった(精神分析家の歴史について読んだときも、その権力欲、金銭欲、独善性のオンパレードに呆れ果てた。そこは分析して解決しなくて良いんだ)。
そしてその後よく観てみると、自分の問題と勝負しないで、自分以外の人に関わっている人たちの中に、二種類あることを知った。
ひとつは、自分に問題があることに気づいていた、気づいているが、それについて話し、深いところまで向き合うちゃんとした相手や機会に恵まれなかった人たち。
そしてもうひとつは、自分に問題があることに全く気づいていない人、気づきたくない人、浅いところを見つめただけでもう大丈夫と思いたい人たちである。
残念ながら、後者に縁はない。それでやるのは勝手だが、それによって生じる問題の責任は取れよ、と言うのみ。
そして八雲を開業した理由のひとつが、後者の人たちのためである。
私も近藤先生のお蔭で、どれだけ助かったかわからない。浅いいい加減なところで、精神分析ごっこや精神療法ごっこをするようにならないで済んだことに心から感謝している。
もちろん現在の私の境地は恩師に遠く及ばないが、ホンモノの伝統の一端を伝えることはできると思っている。
そう、この文章を読んで、えー、そこまでやんなくていいよ、やりたくないよ、と思った人とは縁がない。
そして、私もそう思う、と心から感じた人とは縁があるかもしれない。