2015(平成27)年6月18日(木)『廃墟』
あんたはいつから自分の中に“廃墟”を感じ始めたんだね。
彼は柔らかい口吻(こうふん)で(私に)尋ねた。
「十三歳から十四歳の間です。
八歳のときに強姦されましてね。
そのときには自分が何をされたのかわからなかった。
十歳を超えるあたりから少しずつ事態がわかりはじめて、十三歳から十四歳の間に、衝動的飲酒というんでしょうか、定期的に、大量のアルコールを飲んでふらふら街に出ていって、廃ビルの地下に酩酊状態で転がっているという行動をおこしはじめました。
十五歳からは、その行動は顕著でした。
その行動を抑制できるようになったのは、二十三歳から二十四歳の間です。
しかし、その間も学校にはちゃんと行っていました。
成績は悪くなかったし、誰にも、そんな行動をとっていることを悟られなかった。
でも、これは珍しいことじゃないですね。
驚くほど多くの人が、十歳以下で同じ経験をして、十三、十四歳くらいで、売春や薬に走っている。
その行動は約十年続き、幸運な人間は、その行動を抑制できる年齢まで生き延びる。
ただし、自分だけが汚れた十年間を抱え込んでいると思っている人は多いですね。
私が経験したのは悲劇でも特異な経験でもないですが、自分の中に廃墟を感じ始めたのは、たしかに十三、四歳の間です。」
「あんたの言っていることは真実だよ。」
彼は手を組み直した。
「サヴァイバーの多くが十歳未満で性的暴行を受けている。
そして、十三、四歳になった頃、売春や薬を始める。
わざわざ危険な街頭に出ていって、帰る家があるにもかかわらず、街をふらつくようになる。
二十三、四歳まで生き延びられるかどうかが問題だ。
生き延びる知恵をつけた女性でさえ、たった一度の客選びの間違いで命を失ってしまう。」
ある日本人女性(後にノンフィクションライターとなった)とサヴァイバー支援活動を行っているアメリカ人男性との会話である。
性被害だけではない。
何らかのこころの傷を抱え、自分の中に“廃墟”を感じながら生きている人は少なくない。
その人たちが確かに“生き延びる”ためには、自分自身が“廃墟”でないことを確かに教えてくれる、感じさせてくれる人間との出逢いが必要である。
そして、それが行えるようになるためには、まず支援者自身が自らの問題を解決し、自分の存在の尊厳を感じ取っていなければならない。
そうでなければ、関わる相手の中の“尊さ”を信じられるはずがないと私は思っている。