八雲総合研究所

主宰者の所感日誌    塀の上の猫
~ 八雲総合研究所の主宰者はこんな人 が伝われば幸いです ~

長年、子どもたちの問題に関わっていると、問題は子どもだけではない、背景にお母さんたちの問題が見えて来るときがある(あくまで「ときがある」である)。

しかし、お母さんたちを見ていると、それぞれに問題があるかもしれないが、それでもいっぱいいっぱいで一所懸命に生きている姿が見えて来るときがある(これもあくまで「ときがある」である)。

そしてさらに見て行くと、問題はお母さんだけではない、その背景に夫=お父さんの問題が見えて来るときがある(しつこいがこれもあくまで「ときがある」である)。

ラスボスは後から出て来るときがある(以下省略)。

では、解決法は如何。

なんのことはない。
お父さんが妻=お母さんを愛するだけで、お母さんの問題も、子どもの問題も解決してしまうときがある(以下省略)。

人間の生育史上の問題は、結局のところ、その人が愛されなかったことによって生じるのである。
よって、そのままを愛されれば、自分が自分であることを愛されれば、その人の生育史上の問題は薄まって行く。
そこが肝心。
まず、いろんな負担が集中しやすいお母さんが愛されないとね。

世のお父さん方よ、どうかあなたの妻を愛して下さい。

で、ここまで言うと、お父さん方から非難が飛んでくるかもしれない。
じゃあ、オレは誰から愛されるのか。」

これが昭和であれば、
大の男が泣きごと、言うな。
女ひとり愛せないなら、結婚なんかするな。
それぐらいの度量は自分でつけろ。
と言うところであるが、
令和だとそうはいかない。
お父さんがお父さんであることを愛してくれる、先輩、上司、セラピスト、アニキ、オヤジなどが必要となってくるのである。

…しかし、そう思うと、実は昭和でもそうではなかったか。
今から思えば、近藤先生も(私を含めて)むくつけ
き男どもを愛して下さっていたのである。

 

◆追伸◆
本当は、夫婦で互いに愛し合えたら一番良いんだけどね。
第三者からの愛は、夫婦が成長するまでの“つなぎ”と思っておくのが良いのかもしれない。

 

 

「至誠、天に通ず」

という言葉がある。
元々『孟子』にあった言葉であるが、孟子を愛する吉田松陰もこの言葉を大切にしていたという。
「誠を尽くせば、それが天に通じ、天をも動かす」という発想は、いかにも真面目で一所懸命な孟子や吉田松陰が取り上げそうな言葉である。
戦時教育を受けていた私の亡母でさえ、よくこの言葉を口にしていたのを思い出す。

しかしながら、私はそうは思わない。
何故ならば、これが「自力」の言葉だからである。
誠を尽くす、と口で言うのは簡単だが、一分(いちぶ)の隙もなく誠を尽くすなどということが凡夫に簡単にできるとは思えない。
徹底して厳密に観れば、誠を尽くしたつもりでどこかが漏れる、尽くしたつもりがすぐに毀(こぼ)れる。
「至誠」が可能だと思っていること自体に、人間の、凡夫の思い上がりが臭うのである。
ズバリ言ってしまえば、「至誠」を求める姿勢は「執念」「執着」に過ぎない、と私は思う。

そうではなくて、もし本当に「至誠」があるとすれば、それはむしろ天から与えられる、天から授かるものではなかろうか。
何故ならば、「至誠」ということ自体が人間業(わざ)ではないからである。
いや、そもそも「誠」(まこと=ほんとうのこと)という姿勢自体が人間業ではなく天の業である。

人間ごときが気をつけたやったことを「誠」と呼ぶのは、非常におこがましいことであると私は思う。
大いなるものはすべて天から。
これが「他力」の発想である。

「至誠、天より戴く」
ならば、私も頷(うなづ)けるかもしれない。


 

和太鼓を習っていた頃、例えば、新しいバチさばきを教えてもらったとする。
そして自分で実際にやってみる。
やって見せてもらった。
頭ではわかった。
しかし、やってみるとできない。
そして何度も何度も稽古する。
そして体得して初めて、実際にできるようになって初めて、その新しいバチさばきが自分のものになったと言える。
…と言えば、当たり前のことのように聞こえるかもしれない。

しかし、同じことを人間の生き方に置き換えると、なかなかそうはいかない。
例えば、私がある人のある神経症的な生き方を指摘したとする。
そうすると
「聞きました。」という。
「わかりました。」という。
しかし、また神経症的な生き方を繰り返す。
そこでまた私が指摘すると、
「前に聞きました。」という。
「わかってます。」という。
しかし、また神経症的な生き方を繰り返す。
そしてまた私が指摘すると…。

もうおわかりであろう。
「耳で聞いたことがあります。」

「頭の先でわかりました。」

「本当にわかりました。」=「体得しました。」=「生き方が変わりました。」
とは決定的に違うのである。

ですから、また私が指摘したときに、
「聞いただけで本当にわかってません。」
「頭の先でわかっただけで体得できてません。」
という返事が返って来るならば、正確である。

それくらい、「わかりました。」という言葉を使うのは、なかなか大変なのだ。

そしてその上で、
「本当にわかるまで、体得するまで、生き方が変わるまで、何度でも反復して実践します。」
と言って来る人がいれば、その人は「わかる」日が来るのが一番近い人であると言える。

 

 

 

9月24日付け小欄の続き。

「自分の中にふっと、そういう気持ちがおきてくる。何か静かになってくると自分のしていることが何かおかしいとか、これは変だなとかいう気持ち、これはどんな場合でも、子どもでも感じています。もちろん大人でも感じていますが、大人のほうは理屈をいい、いろいろな疑問を合理化して、そうした気持ちを消してしまいますけれど、これは私は大事な鍵だと思うのです。その鍵を我々は与えられているのです。これは、自分の能力ではない。どう考えても自分はもっとラクなことをしたい、愉快なことをしたい、楽しいことをしたい、自分のいやなことはしたくない。自分自身を見るほどいやなことはない、けれども、それを否応なしに見せしめられるという、私は受身のかたちを使いますが、そういう感じです。これは大事なものだと思う。そこに自分にいちばん最初の救いの手が出されているのだということを感じる意味で大事だと思うのです。その声を聴き、それによって新しく変わる。そういう声を聴いて、はじめていままでは何の意味もなさなかったいろいろな先人の教えが、何かおぼろげにわかってくる。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

この「受身のかたち」というところが非常に重要です。
逆に、受身でなく、受動でなく、というのは、即ち、能動ということ。
オレが、ワタシが、する、ということ。
つまり、主語が「我(が)」になるわけです。
そうではなくて、受身、受動であるということは、オレが、ワタシがするんじゃない、主語が「自分以外のもの」であるということです。
それを感じるから、表現が「見せしめられる」と受身にならざるを得ません。
かつて近藤先生のお宅の玄関に「自在」という額が飾られていました。
先生ご自身が書かれたものです。
皆さんはこれをどう解されますか?
「自在ですか。自由自在でのびのびしてていいですねぇ。」でも良いのですが、
私はそれを見て「あれは『自ずから在らしめらるる』とよむのですね。」と先生にお尋ねしたところ、
「その通りだ。」とおっしゃられました。
感じれば、どうしても表現は受身になるのです。
そして、その主語は何なのか、何がそうさせるのか、「自分以外のもの」とは何なのか。
ここで、西行と言われるあの和歌を思い出さないではいられません

 なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる

何が働いていらっしゃるのかわからないけれど、ありがたくて涙がこぼれる。
それを感じることが、まさに救いの第二章への入り口となっていくわけです。

 

 

「これは、私のいう救いの第一章的なことなのですが、つまりどういうことかというと、お互いに幼児性を認めるということは、弱さを認めるということです。やはりお互いが弱いというところで、共感できるものがあるのです。…
しかし、そういうお互いの弱さ、もろさにおける共感というものですごしているうちに、しだいにそれでは満足できなくなってくる。そういうものなのです。つまりそこでもっと高い、もうひとつ上の次元でお互いに共感を持ちたい、もっとほんとうに自分自身救われたい、こんな気持ちになってきます。そういう気持ちになってきますと、現在の自分のいろいろな悩み、苦しみ、もだえ、毎日ガタガタやってる自分の煩悩の存在、自分の煩悩はどういうものであるか、その性質をはっきりわからなくても少なくとも何か感じるわけです。そして、自分の弱さについてわかってくると、これをなんとかしたいという気持ちがおきてくる。その気持ちが最初に起きることが、次の段階にいくために必要なわけです。私たちは、これをなんでもないように思いますけれど、とても大切なことなのです。
だいたい、我々はもし煩悩だけ、欲望だけの器であるならば、永遠にその欲望を追求していっていいはずです。そういう人間であるならばね。けれども、その煩悩を追求していくうち、ふっと自分自身の煩悩の果てに虚無感が現れてきます。何かつまらないような、しらけた気分になったり、あるいは苦しくなったりします。そのとき、その苦しみをじっと見ているうちに、自分はこんな煩悩を持っているんだなーと、しみじみ感じさせられてくる、そう感じさせるものが我々のなかにある、それは私は不思議といいたい。それは私たちのなかに授けられた力であり、能力であります。私は自分自身の経験からいっても、他の人々の経験からいっても、このような力が人間のなかに深いところで働いているということを感じるのです。これを不思議といいたい。どうしても、なぜであるかわからない。そうしたものにどうして目が開くのでしょうか。
我々はほんとうは愛欲に狂い、金銭を追求し、営利を追求し、そうしたもので所有欲を満足するわけです。その人間がどうして自分自身を省みる、そうした力があるんでしょうか。…反省するとか、自分自身というものについて考えるとかいいますけれど、我々としては、こういうことは不快なことです。本来は楽しいことをやりたいと願う人間が、いやなこと、不快なことをなぜやるのでしょうか。これはたいしたことないようですが、出発点といいますか、その人間の精神の新しい次元に到達するために、ほんとうに救われるための次元に到達する最初の大事なところだと思うのです。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

(前回の「その22」からの続きです。)
お互いの弱さを認め、共感の世界にいる ー それだけでも大いに救われた気になります。
しかし、それは救いの第一章。
弱さに浸り、煩悩に浸り、ただ欲望を追求し、快楽に溺れていればいいものを、我々は何故かしら、そこに虚しさを感じて来る。いや、虚しさを感じさせられて来る。
それを内省せざるを得ない。見つめざるを得ない。それが不快な、時にしんどいことであるにもかかわらず。
そういう力が我々の中の深いところに働いている。
不思議ですね、本当に。
そしてそうなって初めてそこに救いの第二章の扉が開かれて来ます。
そうして、勘の良い方はお気づきでしょう。
本当の「情けなさの自覚」は、この力によるものだったのです。

 

 

ある発達障害を専門に診ているというクリニックの話を聞いて驚いた。
そのクリニックでは、思春期以上か、大人の患者さんしか診ていないというのだ。
それはあり得ないでしょ!

例えば、自閉スペクトラム症のお子さんがいたとして、まずその一次特性(=一次障害)に沿った療育を幼児期から始める必要があるのは当然である。
そうして将来の自立年齢に向かって、本人には徐々に、自分の特性を知り、自分の特性との付き合い方や、その特性を持った上での他人や社会との付き合い方を身に付けて行っていただくことになる。
また同時に、親御さんにも徐々に、我が子の特性を理解し、その特性との付き合い方やその特性を持った我が子が他人や社会とどう付き合って行けば良いかも学んでいただくことになる。
その過程で親御さんには、自身の今までの人間観、教育観、人生観、価値観などの見直しも必要になってくる。
そんなことを、子どもが幼児期、学童期、思春期、成人期と成長して行くにつれ、それぞれの成長段階に応じて行っていく必要があるのだ。
幼児期から成人期=自立するまで、継続的に(できれば中断なく)やることは山ほどある。

そういった適切な療育を幼児期から受けられなければ、いろいろな環境との間で不適応を生じて、幼児期から怒られ続ける、学校でも叱られ続ける、友だち、集団ともうまくいかない、いじめられる、不登校になるなどという体験から、さまざまな二次障害が生じて来るのは必定である。
そうなってからの受診や療育、思春期以降になってからの受診や療育では、一次障害、二次障害の両方にアプローチしなければならず、その間に誤った学習もしているため、それらを解除してから学び直すとなると、さらに大変である。

思春期以降の診断名としても、適応障害やうつ病とだけつけられている場合も多いが、それらは二次障害であって、その根底に一次障害としての発達障害があるかどうかを観抜かなければ、治療方針は大きく異なることになる。
一次障害の発達障害を放置しておいて、二次障害だけ治療することができるはずもない。
二次障害として起こり得る精神障害としては、適応障害やうつ病の他に、不安障害、解離性障害、摂食障害(食行動症)、強迫性障害、物質関連症および嗜癖症、パーソナリティ障害など、多岐に渡る。
それらについても、一次障害に発達障害があるのかないのかで治療のアプローチが変わって来るのは当然である。

それなのに、思春期以降になって、あるいは、大人になってから急に治療を始めようというのであれば、苦戦するのは当然である。
だから、とにかく早く専門外来を受診しましょう、できるだけ早い(幼い)うちに。
そして運悪く、思春期以降、大人になってから受診する場合には、医療機関を選んで、可能な限り、療育的アドバイスが充実したところにしましょう。

そして医療機関の医師、臨床心理士の方々に申し上げたいのは、もし発達障害の臨床に関わるのであれば、いきなり思春期以降や大人になってからの臨床は、二次障害などが重なって相当に応用編なのだな、という認識を持って、可能な限り、幼児の臨床からの勉強を、それも検査・診断だけでなく、療育についても是非学ばれることを強くお勧めしたい。

幼児期からちゃんとした療育を受けながら成育した場合はどうなるのか。
幼児期からちゃんとした療育を受けられずに二次障害(中には三次障害も)が重なって行ったらどうなるのか。
そこらを観通せると、現在の位置付けが観え、本人に合った治療・療育方針を立てやすくなる。

自閉スペクトラム症の診断基準を満たす方だけでなく、その傾向=自閉スペクトラムを持った方々も急速に増加している。
それが本当に実数が増えたのか、実は元々いた方々がちゃんとした眼で観られるようになっただけなのか、よくわからないが、とにかく、少しでも生きづらい人生を、しんどい人生を送らないで済むように、一日でも早く、そして、本人に合った治療・療育につながるような世界になることを願っている。

 

 

「いちばん安楽な状態というものは、人間の過去の歴史を見ますと、赤ちゃんのときにお母さんの胸のなかに抱かれている状態、これがいちばん安心した状態なのです。だから、人間はそういう状態を非常に好むのです。たとえば女性は恋人の強い腕のなかで抱きしめられているときは安心感を持つ。…男性の場合は、女性の胸に抱かれていると、じつにいい気持ちになってしまう。やはり、これも赤ん坊ということに関係があるのではないかと思うのです。母の胸に抱かれるように、自分の奥さんの胸に抱かれるということがあるわけです。女の人のほうでは感じていないかもしれないけれど、男のほうではけっこう感じているのです。もっとも男の人は、自分は抱かれて安心したなどと男のメンツにかけていいませんがね。
今日、上役にどなられて帰ってきた。それを奥さんがパッと理解して、「そんなこと心配ないわよ」なんていわれると、それだけで夫は救われた気持ちになるんですよ。女性のほうもそんなものです。奥さんが人に何かいわれたとき、「あなた、お隣りの奥さん、こんなふうなのよ」「ああそうか、そうか」なんて聞いて、「それはおまえのほうがいい。お隣りの奥さんが間違っている」なんて理屈なんてどうでもいいから、そういってくれると、たいへんうれしいのです。私たちはみんなとても子どもなんです。自分が間違っていても、そんなふうにいってくれるとうれしい。いい年になっても、人はやはり認められたり、ほめられたりするとうれしいのです。要するに、自分が小さいときに、親から認められたりほめられたりするとうれしかったときと同じことなのです。…
そこで泣いており、そこで怒っており、そこで悩んでいる人が、じつは子どもなんだと感じることは、大事なことであると思います。自分自身も、やっぱり悩み、苦しむ子どもなんだということをわかっていると、そこで共感の世界が開けてくると思うのです。お互いに子どもと認め合うことによって、本当の意味の触れ合いが成立するということです。子どもに理屈は役に立たないのです。きみしっかりしなさい、なんてダメなんですね。もっと平静に思考しなさい。無心になりなさいといったってダメなんです。そんなこといったって役に立たない。それより、お互い子どもであるということについての共感を持ったほうが、わかりやすく、そして理解し感じやすいのではないか。これはひとつ参考にして考えてみてください。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

いい年をして実は子どもなんだ、ということは、精神的に幼児のままだということです。
他者評価の奴隷であり、
承認欲求の塊であり、
いまだに母親の胸を求めている幼児のままなのです。
そして、あなたもわたしもそうなんだ、ということをまずは認めること。
これが「共感」の「第一歩」。
そしてその上で、幼児にとって、ほめられること、認められることは、ひとつの救いになる。
これが「救い」の「第一歩」。

そう思っていると、やがて「あれ? わたしたちって幼児じゃないよね。」という思いが出て来ます。
大人になっても幼児的であるということは、残念ながら、神経症的であるということです。
幼児期の問題が解決されないまま、大人の今も生きているということ。
そこを踏まえた上で、上記の「第一歩」に留まらないから「第二歩」が展開して行きます。
それはまた次回に。

 

 

ある女性が、ずっと秘密にしていた自分の心の傷について話された。 
苛酷なその話をしながら、彼女の頬を涙がつたっていた。 
まずはその涙が悲しみの涙であることは誰にでもわかる。 
今まで抑えて来たその悲しみを存分に体験する必要がある。
いわば、悲しみをちゃんと悲しむために人は泣くのである。
悲しみをちゃんと体験するための涙。
それがひとつ。

そして、涙にはもうひとつの意味がある。
それは近藤先生のおっしゃった通り、人は受け入れ難いことを受け入れるときに泣くのである。
完全に受け入れられるまで何度も何度も泣く。
受け入れ難いことを受容するための涙。
今日はさらに掘り下げてみよう。

そこにはただ受容するだけでなく、悲しみを超えて行こうとする働きが潜んでいる。
いわば、泣かなくていいようになるために泣くのである。
そのことが悲しいのではなく、
そんなことをいつまでも悲しんでいる自分が悲しいのだ。
そんなことで悲しんでいる自分を超えて行きたいと、その人の生命(いのち)は願っている。
そのために泣く。

我の涙と生命(いのち)の涙。
人間に起きるその涙の二重性をちゃんと感じ取る必要がある。

 

 

【注】自己憐憫の涙、注意獲得の涙は、病んだ涙であり、ここには含めない。

 

 

今日は令和7年度4回目の「八雲勉強会」である。
近藤章久先生による「ホーナイ派の精神分析」の勉強も、1回目2回目3回目4回目5回目6回目7回目8回目9回目10回目11回目12回目13回目に続いて14回目となった。

今回も、以下に参加者と一緒に読み合わせた部分を挙げるので、関心のある方は共に学んでいただきたいと思う。
入門的、かつ、系統的に学んでみる良いチャンスになる。
(以下、原文の表記に多少古いものも含まれるが敢えてそのままに掲載した。また斜字は松田による加筆修正である)
※内容も「治療」に入り、終盤となってきた。折角読むからには、それが狭い「治療」の話に留まらない、人間の「成長」に関わる話であることを読み取っていただきたい。

 

A.Horney(ホーナイ)学派の精神分析

5.治療

b.神経症的諸傾向の観察と理解

患者の神経症的傾向は、先に述べた様に、最初の面会の時から、囚(とら)われない観察と理解の眼をもってする時は、色々な患者の表現を通じて明らかになって来る。このことは、いよいよ分析が始まってからでも同様である。
患者が自分の症状、その他の事を語る態度の若干の例について先に述べたが、その語り方の順序や、強調の仕方、感情をこめたり、また繰返して述べる表現など、治療家に教えるところが多い。雄弁に自己の知識や才能を強調したりするのは、自己拡大型を暗示するし、単純に何か機械的な感じで整然と準備した様に述べるものは、自己限定型を疑わさせられるし、自分の症状の状態を哀れっぽく繰返し述べるものには、自己縮小型を考えさせられる。
同様に、患者が臥床(がしょう)の位置をとることに反応する仕方も注意されてよいことである。
ある患者は、臥床を拒否して言う。「私は無力にされ、侮辱される気がする」と。他の患者は好んで臥床したがる。時間に関してもそうである。或る患者は時間前30分分位も早く来る。又或る患者は遅く来て治療者を待たしたがる。時間が終ってもグズグズする患者もあるし、時間一寸(ちょっと)でも過ぎると分析者に謝罪する患者もある。
この様な患者の様々な態度に、それぞれの性格の内的傾向を反映している。それが、どの様なものの表現であるか、患者の理解の為に治療家は慎重に考察すべきものであろう。
自由連想が行われる時にでも、連想に当って或る患者は饒舌(じょうぜつ)であり、休むことなく語る。しかし、その語ることが表面的なことであったり、余りにも整然として統制がとれている時、その様な連想の態度が患者にとって、どういう意味を持っているか考えねばねるまい。ひょっとすると自由連想が、患者の心的現実の率直な ー 勿論その時に於ける可能の限りではあるが ー 反映というようりも、その隠蔽(いんぺい)に役立っている場合もあるからである。
或は又、自由連想を嫌がったり、困難を示す患者もある。勿論、自由連想そのものが、感情や思想の自由な吐露と言う、日常的な表現と異る性質をもっているから、困難であることは当然であるが、それと別に、ここにもそれぞれの神経症的性格の shoulds とか claim が表現されてはいないだろうかと問う必要がある。
同様なことは夢に対する態度についても言える。夢なんか馬鹿らしいと一笑にふするものもあるし、一ぺんも夢なんか見たこともないと言うものもいるし、記憶していないと言うのもあるし、又夢ばかり語りたがるものもある。
これらは参考にあげた例であるが、自由連想や夢そのものの内容から得られる理解と共に、治療家が患者の神経症的性格の構造を理解する手引きとなるものは言語的のみならず非言語的な表現の中にも無数に存在する。

 

近藤先生が懇切丁寧に神経症的人格構造の三つの型 ー ①自己縮小的依存型、②自己拡大的支配型、③自己限定的断念型に即して例示して下さっていますが、そもそものホーナイにしても、本当はこんな分類は要らなかったのです。
ホーナイや近藤先生においては、そんな知識不要で、クライアントから瞬時にライヴで感じ取っていました。
そうなのです。クライアントの言動の背後に何かおかしなもの=神経症的なものが動いていることをその場で感じ取れるか否かが、実際的な勝負なのです。
これらの三つの型は、言わば、ホーナイが、当時の精神分析医や知識人たち、そしてアイビーリーグ出身の“エリート”弟子たち(頭は良いが、感性の鈍い人たち)への説明用に作った体系に過ぎません。
しかし、いくら知識があっても、鈍ければ、結局、観抜けません。
近藤先生をして「ホーナイの弟子たちはIQは高いんだけど、肚Qが低い。」と言わしめたものは、そんなところにありました。
頭で「考える」のではなく、肚で、体で、存在で「感じる」こと。
よって、後に近藤先生も『感じる力を育てる』という本を書くことになります。
従って、この『ホーナイの精神分析』の勉強も、まずは「感じる」ことから。
そうして、その「感じ」を後から整理するためにこの体系がある、という順番を忘れないでいただきたいと思います。
 

 

知っている人にとっては当たり前、
知らない人にとっては、え!そうだったの?
というのが「緩和ケア」の定義。

WHOによる「緩和ケア」の定義の中に以下の一文がある(全文に関心のある方はこちらをどうぞ)

「病の早い時期から化学療法や放射線療法などの生存期間の延長を意図して行われる治療と組み合わせて適応でき、つらい合併症をよりよく理解し対処するための精査も含む」

長々とした一文だが、ポイントは「病の早い時期から」というところにある。
即ち、「緩和ケア」が「ターミナルケア(終末期ケア)」に限定したものではない、ということである。

よって、ごく初期の癌が見つかった場合でも、治療によってほぼ100%完治する癌の場合でも、「緩和ケア」は利用できる。
特に、心理的・精神的苦痛を“緩和”するためにメンタルケアが必要と感じた場合、「緩和ケア」を利用することに遠慮は要らない、ということをお伝えしておきたい。

具体的には、病院内に「緩和ケア科(緩和医療科)」があれば、すぐに相談して良いのである。
(但し、病院によっては、まだそこまで手が回らず、「ターミナルケア(終末期ケア)」しかやっていない「緩和ケア」も多いので、まずは問い合わせを。)
そして、緩和ケア医の出身はさまざまであり、内科や外科、麻酔科、精神科などいろいろで、四つの苦痛「身体的苦痛」「心理的苦痛」「社会的苦痛」「スピリチュアルな苦痛」に応じて得意分野が分かれるが、もし本格的なサイコセラピーを望まれるのであれば、個人的には、精神科出身の医師か臨床心理士に相談するのが良いと思う。
(勿論、院内に「精神科」があれば、最初からそこに相談しても良い。また、「スピリチュアルな苦痛」については、申し上げたいことは山のようにあるが今回は触れないでおく)

しかし、精神科医でも精神療法が専門なのは実はごく一部であり、最後は何科出身だろうと、人間として相性が良く信頼できる専門家(医師、臨床心理士)を選ぶのが良いと思っている。

今日のこの話題を通して何が申し上げたいかというと、こうして当たり前に最初から「緩和ケア」を利用することを通じて、メンタルケアの利用が国民にとって一般的になってほしい、ということである。

国民の半分が一度は癌に罹患する時代。
癌をきっかけとした「緩和ケア」の利用もまた、メンタルケア利用の大切な端緒となり得る。

 

 

 

「私の田舎は、へんぴなところで、瀬戸内海の真ん中の孤島みたいなところで、水清く、まったくの白砂青松(はくさせいしょう)で、のんびりした漁村です。そんなところで暮らしていたのが、急に東京にパッと出されて、しかも小学校へ行ったら、まず方言でみんなからあざけられたり、からかわれたりしたわけです。あんな、いやな気持ちはないですね。子どもを転学させる場合は、よっぽど気をつけてくださいよ。
私は、故郷のことが非常になつかしくなったものですから、作文に書いた。そうしたら、先生がそれをすごく認めてくれて、もう少ししたらさみしくなくなるからと、はげましてくれた。それで、私は助かったんですよ。いろいろな理屈をいいますけれど、人間が弱ったり、くたびれたり、心細くなったり、悲しくなったり、苦しんでいたりするときは、どうか、慰めてあげてくださいよ。やっぱり、それが人間同士ということではないかと思います。いろんなことで苦労して、悲しんで、苦しんでいるときはには、親鸞さんがおやりになったようにひとつお酒でもあたためて、一緒に飲んであげることもいいと思う。念仏を称えよとも、何をしろともいわないんだなー。ただ、お酒を一緒に飲んでと、そういうことなのです。私はそういうものだと思う。むずかしいことはいわなくとも、人間の気持ちは、お互いにやっぱり感じる力を持っているのです。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

9月4日(木)付けの拙文を読んでいただければ、この近藤先生のコメントの位置付けが、よりはっきりされるでしょう。
子どもたちに寄り添うとき、
娑婆で精一杯生きているフツーの人たち(即ち、俗人、凡夫)に寄り添うときは、
こういきたいものです。
そんなときは「念仏しなさい」なんて言わなくて良い。
分析も説明も要らない。
しかも、
「さあ、飲みたまえ。」
ではなく
「さあ、一緒に飲もう。」
なのである。

 

 

「面談の進め方」というような「方」=“How to”な言い方は、死ぬほど嫌いであるが、
新しく面談に来られる方々のために
また
今、面談に来られている方々がそもそもの来談の原点を見直すために
今回、敢えて記しておこうと思った。
ご参考になれば幸いである。

まず何よりも、言わずと知れた当研究所の面談の基本姿勢は、「情けなさの自覚」と「成長への意欲」である。

よって面談は、クライアントが自分自身についてどこをどう情けないと思っているか、という「情けなさの自覚」の独白から始まる。
言わば、自分で自分の問題提起をしていただくことになる。
私に言われて、ではなく、まず自分から、自分の問題を取り上げることに大きな意義がある。
これがないことには面談が始まらない。
実際、ちゃんと自分を見つめれば、1週間の間でも、「できなかったこと」「やらかしたこと」の三つや四つはすぐに見つかるはずである。

そして私はその独白を伺いながら、それが問題の核心を突いているか否か、それが浅いか深いか、などを観通して、フィードバックして行くことになる。
そうやって二人で「何が本当に問題なのか」を明らかにして行くわけである。

それが明確になって来ると、次にその問題をどう解決して行くか、どう乗り越えて行くか、という話になる。
問題を見つけただけでは何にもならない。
そこで下を向いてお通夜のように過ごしても何も変わらない。
「で、どーする?」 
の段階に進んで行くわけだ。
その根底に「成長への意欲」が働いていることは言うまでもない。
それについても、まずご本人の解決策、突破策を伺う。
実際にこう言ってみました、こうやってみました、でも良い。
(思いつくところからで構わない。何よりも自分で考えてみるという姿勢が大事なのである)

そして私はそういった案を伺いながら、それが本当に問題解決につながるか否か、それが浅いか深いか、などを観通し、フィードバックして行くことになる。
そうやって二人で「どうやって解決し、成長して行くか」という道を見い出して行くわけである。

こういうことを毎回繰り返すことによって、何を目指しているかというと、
自分ひとりで、自分の問題の核心を掴み、
自分ひとりで、本当に有効な解決策を見い出せる
ようになっていただくことである。

かつてホーナイが唱えた「自己分析」の本質がここにある。
クライアントのセラピスト(精神分析家)による被分析体験が、クライアントが自己洞察し、自己成長して行く力をはぐくんでいくのである。

もちろん上記のことが最初からスムーズに進んで行くわけではない。
必要な試行錯誤を繰り返しながら進んで行く。
むしろその試行錯誤に意味がある。
また、「自己分析」する力を付けるには(面談頻度にもよるが)最低、年単位の時間がかかる。
可能な範囲で構わないので、必要な時間をかけ、肚を据えて、取り組んでいただきたいと思う。

それであなたの人生が変わるならば、
少しでもあなたが本当のあなたを生きることができるようになるのであれば、
本気になってやってみる価値があると思いませんか?

 


 

「いままでお話した、色々の欲望の挫折というものを、西洋ではフラストレーションといってそれを、苦しみと一応は考えています。欲求の不満が苦しみ、欲求の挫折が苦しみということであります。しかし、私は、自分自身でずっと考えてみて、苦しみや悩みというものの分析については、仏教の右に出るものは他にないと思うのです。たとえば欲求不満というものを、仏教ではとっくの昔にいっているわけです。
 求不得苦(ぐふとっく)
 五陰盛苦(ごおんじょうく)
 愛別離苦(あいべつりく)
 怨憎会苦(おんぞうえく)
四苦八苦という言葉があるのをご存知でしょう。たとえば欲求不満というのをどのようにいっているかというと、求めて得ざる苦しみ、欲求が満たされないことでしょう。この欲求不満ということを、フロイトがいろいろいう前に仏教では、そういう苦しみがあるということを教えているわけです。『求不得苦』というとわからないけれど、これは「求めて得ざる苦しみ」ということです。もう少し仏教の分析を話したいと思います。先ほど、私がいった欲望を追求していきますと、だいたい私たちの欲求は感覚的なものです。それをどのようにいっているかといいますと、『五陰盛苦』といいます。五陰とは、五感ということで私たちの感覚ということです。その感覚からくる欲望が盛んだと、苦しむというわけです。このことは、改めて認識してもらいたいことだと思います。
自分の好きな、愛しているものから別れて離れなくてはならない。どんなに好きでも思い切らなくてはならない、好きでも一緒になれない苦しみ、そういうものがありますね。『愛別離苦』ー これは異性の場合だけではない。自分の父や母や子ども、すべて自分が愛情をかけてるもの、愛情を感じているものから別れていく、離れていくこの悲しみ、苦しみ、そういうことをいっているわけです。
こういうことは我々にとってよくあるでしょう。執着するから、愛執とか、愛着とかいいますね。それをにぎりしめて、所有して、どうしてもそれを奪われたくないという気持ちですね。しかし、いろいろなことで奪われる。自分の非常に大事な子どもを病気によって奪われていくとか、自分の愛人を人にとられるとか。いずれにしても日常茶飯におきている出来事のなかに、愛を中心とした執着、愛するものをなくす、また愛するものと別れる悲しみ、これらは私たちの生活における重要な苦しみなんですね。
それからもうひとつ、自分がうらんだり、憎んだりしている、いやな人と会わなければいけない苦しみ ー 姑と嫁もそうですね。毎日毎日顔をつき合わせて、お互いにいやだなあーと思っている。いやだなあーと思ってお互いに憎みあい、苦しみあっている。どうして私は、こんなに憎むのだろう。どうして私は、こんなに憎まれるのだろう。お互いに、うらみ、憎んでいる人と暮らさなくてはいけない。こういう現状から、ほんとうは離れたいのです。けれど、こういうことをよく考えてみると、現在この世で生きている我々は、そういった苦しみをはっきり体験していると思います。
これは大変な仏教の心理分析だと思うのです。仏教というものは、我々の生活における苦しみ、悲しみ、悩み、そういったものを人間の生存に必然的にあるものとして、認識し、そのところから出発しているところに、大きな意味があるように思います。私は、もういっぺん、このあたりを振り返ってみたいと思うのです。私はここでは、けっして西洋の心理学における苦しみとか、悲しみとか、そういう定理をいいません。なぜかというと、いろいろと私は経験した結果、この仏教の分類くらいはっきりしたものはないと思うからです。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

フロイトによる無意識の発見が十九世紀末と言われますが、仏教においては既に4世紀に無意識について、しかも遥かに詳細に論じられています。
また、自我の思い通りにならないことに不満を感じることを西洋では当然のことと考えますが、仏教においては、思い通りにならないことに「苦」を感じる「自我」そのものをむしろ問題視していきます。

こういった事実について余り知られていないのは、非常に残念なことです。
かつて近藤先生の提案により、世親(せしん)による『阿毘達磨倶舎論(あびだるまくしゃろん)』の「隨眠品(ずいめんほん)」を読み進め、いわゆる“百八つの煩悩”を一緒に整理して行ったことを懐かしく思い出します。
例えば、我々の身に「愛別離苦」や「怨憎会苦」が起きたとき、悩み苦しんで、なんとか思い通りにしようかと悪戦苦闘して行くのか、思い通りにならないと気が済まない自分を超えて行こうとするのか、では決定的な差があることになります。
少なくとも欧米由来のほとんどのサイコセラピーが前者を前提に“治療”を考えているのに対し、仏教は後者に基づいて“救い”を考えていることを知っておいていただきたいと思います。

 

 

「私にとって煩悩という言葉は、少年期にはそんなになじみのある言葉ではありませんでしたが、私の祖父母は私に人間とは煩悩そのものなんだよと、よく話してくれました。しかし子どもには煩悩というのは、何のことかわかりません。わかりませんが、とにかく、そういうことをいってくれた祖父や祖母がいたわけです。…
いまごろの方々に煩悩といってもですね、ちょっとピンとこないところがあるのではないかと思いますので、私流に解釈させていただいて、できるだけわかるようにしたいと思います。
わかりやすくいいますと、私は煩悩というものは、人間のいろいろな欲望から出てくるのではないかと思います。欲望の結果が、いわゆるわずらいであり、悩みであり。それによって苦しみ、悩む。その苦しみ、悩む状態を煩悩と称するのではないかと思います。
一口に欲望といいましても、私たちは、つねにいろいろなことを考えます。たとえば、食欲、性欲、睡眠欲、それからはじまりまして、権力欲、獲得欲、所有欲、あるいは金銭欲、その他、いろいろな愛欲といったものが私たちの心のなかにあると思います。…
こういうようなことから考えますと欲望というのは、いろいろな種類があって、それが達せられないとき、それが得られないときに苦しみ、悩むのです。西洋の心理学は単純に、それをフラストレーションという言葉で片づけているわけです。欲求挫折ともいいますし、欲求不満ともいいます。…
日本は戦後何をやったかというと、とにかく生産を高めてその結果高度成長を成し遂げました。…いろんな欲望をどんどん加速度的に高めることによって、高度の成長を遂げたということになるわけですね。そこに流れているものは、欲望の肯定ということです。欲望というのは無限に大きくてよろしい。それに対して、その欲求を満足することこそ人間の幸福だというようなことが、おおっぴらにはいいませんが、少なくとも自然に私たちの気持ちとしてあるんですね。つまり、欲望の充足こそ最大の価値である、こういう考え方があると思うのです。
このように戦後の日本の社会は、欲望をあまりにも肯定して、少し以前の日本人はエコノミック・アニマルといわれたのに、最近はセクシャル・アニマルといわれています。そういう意味で、性的開放ということは、我々が現に直面している問題です。…
現代においては、むしろ性を謳歌し、肯定し、解放しているところがあります。はなはだ、どぎついようですが、私は性の事実は事実として正直にまっすぐに見たいのです。仏教でいう八正道(はっしょうどう)のなかの正見(しょうけん)ということは、とても大事なことですね。あるものをあるものとして見る、正しく見せる、その意味をはっきりさせる。やはり、これが出発点だと思うのです。その正見が、さらに発展して正思(しょうし)ということにいったとき、キリスト教徒にとっては、

 われキリストとともに十字架につけられたり
 もはやわれ生けるにあらず
 キリストわれに在りて生けるなり
 今われ肉体にありて生けるは
 われを愛してわがために己を捨てたまいし者すなわち神の子を信ずるによりて生けるなり
                                                                                                                   (ガラテヤ書 2・20)
の自覚になります。
いずれにしても人間の本質といいますか、本来の人間らしい人間、その上に人間関係を見るということを考えてみて、ほんとうの自分というものを考えることができます。
」(近藤章久『迷いのち晴れ』(春秋社)より)

 

我々の中にある欲望 ー それは我の思い通りにしたいということ。
よって、その欲望が文明を発展させて来たところもあるわけです。
しかし残念ながら、我々の欲望は無限ですので、常に思い通りにならないこともあることになります。
よって、苦しみ、悩む煩悩も尽きることがありません。
まずは自分に欲望があるという事実を正しく見ること(=正見)。
それがないことには始まりません。
そしてそれを正しく見た上で、正しく考えて行く(=正思)とき、その苦しみ、悩む煩悩を超えて行く道も示されて行くことになります。
われキリストとともに十字架につけられる、とは、仏教的に言うと、キリストの愛の贖罪によって、自分の我が死ぬこと。欲望、我欲の大元の我がなくなるということを意味しており、
そして我がなくなったときに現れるものがキリスト=神の子の働きということになります。
眼を逸らさず正面から見つめる=正見から始まり、正思へと展開して行く真実の世界がある、ということを改めて確認しておきたいと思います。

 

 

約三年の月日をかけて『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を読了した。
言わずと知れた道元の主著である。
しかし、これほど読者に“体験”を要求して来る著作も少ない。
いわゆる“体験”がないと何が書いてあるのかさっぱりわからないようにできているからである。

「あなたは『正法眼蔵』を読みましたか?」
と訊かれてなんと答えるか。
先ほど、「読了した」と書いたが、正確に言えば、
「字面(じづら)だけは。」
と付け加えざるを得ない。
何故ならば、道元と同等の“体験”がないと、本当の意味で「『正法眼蔵』を読んだ。」とは言えないからである。

いわゆる知識人たちによる『正法眼蔵』の現代語訳や解説、関連書籍などは無数に上梓されているが、「よく書けるな。」と思うことがほとんどである。
いや、むしろ自分がわかっていないことがわかっていないから書けるのであろう。
失礼を承知で申し上げれば、いわゆる知識人の方たちほど「霊的感性」の鈍い方が多い。
『正法眼蔵』は、理性や知性では読めないのである。
“体験”に基づいた「霊的感性」がないと読めないのが『正法眼蔵』である。

最近の方で、学者でありながら少しでも“体験”のある、珍しい方として、井筒俊彦氏と玉城康四郎氏が挙げられるが(残念ながら両氏とも他界された)、私は玉城氏の『正法眼蔵』全六巻(大蔵出版)を選んだ。

近藤先生は、戦後の書籍がない頃、『正法眼蔵』をむさぼるように読まれたという。
私なりに『正法眼蔵』の位置付けが感じられるようになって来た今、『正法眼蔵』についていろいろ伺いたかったなぁ、と思う。

師亡き今、それでも
「徧界(へんかい)、曾(かつ)て隠さず」
(この全宇宙には何物をも包みかくすことはない。真実はいたるところにありのままの姿を顕現している)
真実を感得できるか否かは、こちらにかかっているのである。

 

 

平安時代の天台宗の僧・源信(げんしん)は、日本浄土教の祖とも言われ、浄土真宗においては七高僧の第六祖とされている。

早くに父を亡くした源信は、母の勧めもあって九歳で比叡山に入って早くから学才を表わし、十五歳のときには、村上天皇による法華八講の講師に選ばれたという。
その際、下賜された褒美の品を故郷の母親の許に送ったところ、母は源信を諫める和歌を添えてその品物を送り返した。

 「後の世を 渡す橋とぞ 思ひしに 世渡る僧とぞ なるぞ悲しき」 まことの求道者となり給へ
(迷える人々を浄土に渡す橋となってほしいと願っていたのに、世渡りのうまい僧になってしまったのが悲しい。本当の求道者になって下さい)

その和歌を読んだ源信は、名利を捨てて横川にある恵心院に隠棲し、念仏の生活を送ったという(それ故、恵心僧都(えしんそうず)とも呼ばれる)。
このエピソードを読み返す度、母からの和歌を読んだときの源信の思いが胸に迫る。
父はおらず、九歳で家を出て、まだ十五歳。
愛しい母が喜んでくれると思って送ったんだろうなぁ。

今日はその源信による『横川法語(よかわほうご)』の一節をご紹介したい。

「妄念はもとより凡夫の地体(じたい)なり。妄念の外(ほか)に別に心はなきなり。臨終の時までは、一向妄念の凡夫にてあるべきぞとこゝろえて念仏すれば、来迎(らいごう)にあづかりて、蓮台(れんだい)に乗ずるときこそ、妄念をひるがへしてさとりの心とはなれ。」

ズバリと言われてしまいました。
「妄念はもとより凡夫の地体なり。妄念の外に別に心はなきなり。
そもそも凡夫の地は妄念なんだって。凡夫には妄念しかないんだって。
ここまで言われちゃあ、返す言葉がありません。
そしてその妄念の塊の凡夫が念仏によって、他力によって、救われるのです。

こんな言葉を残す源信さんは、間違いなく「まことの求道者」「念仏者」なのでありました。

 

 

「慙愧(ざんき)に耐えない」の「慙愧」という言葉がある。
また、「羞恥心(しゅうちしん)」の「羞恥」という言葉がある。
いずれも「はずかしい」気持ちを表す熟語であるが、「慙愧」の方が「羞恥」よりも深く「はじ入る」ニュアンスがある。

そしてその熟語を構成する四つの漢字、「慙」「愧」「羞」「恥」はいずれも「はずかしい」という意味であるが、これが二つのグループに分かれる(諸説あり)。

まず「慙」と「羞」。
これは自分で自分を省みて「はずかしい」と思う気持ちを指し、
それに対し、「愧」と「恥」は、
他人の眼から見て「はずかしい」と思う気持ちを指す。

となると、後者の「愧」「恥」は、いわゆる他人さま、世間さまから見てはずかしい、ということであり、厳密に言えば、「他者評価の奴隷」の域にある、ということになる。
さらに言えば、他人の眼がなければ何をやってもずかしくない、ということにもなり、他者から責めらる可能性がなければ、大災害のときに暴徒と化しても良いのであり、旅の恥はかきすて、でも良いというこことになる。
よって、私に言わせれば、「愧」「恥」の「はずかしさ」は底が浅く、あまり当てにならない。

それに対し、前者の「慙」「羞」は、自分で自分を省みて「はずかしい」と思う気持ちなので、他者不要というところからすると、こちらの方が「愧」「恥」よりも良さそうであるが、その意味はさらに二つに分かれる。

ひとつは幼少期から埋め込まれた「見張り番」=「~でなければならない」「~であるべきだ」から見て「はずかしい」と感じる気持ちである。
これは外から来たくせに、自分の価値観のような顔をして居ついているので要注意である。
それは決してあなたの価値観ではない。
そうではなくて、それらは親や大人たちから来たものであるから、実は「慙」「羞」のように見えて、限りなく「愧」「恥」に近い「はずかしさ」なのである。

従って、本当の「愧」「恥」とは、あなたがあなたとして生かされて生きて行く上で、その道を外れてた言動を取って生きているときに「はずかしい」と感じることを指しているのである。

逃げる、誤魔化す、ヘタレる、日和(ひよ)る、怯(ひる)む、媚(こ)びる、保身に走る、思い上がる、わかったような気になる、上から目線になる、威張る、エラソーになる、偽善者ぶる etc. etc.

あああああ、はずかしいっ!!!

ホンモノの「慙」「羞」でいきましょう。

それが「情けなさの自覚」の原点です。

 

 

大事な勘所を間違えないように。

当研究所の基本姿勢「情けなさの自覚」「成長への意欲」について、時々誤解がありますので、確認しておきましょう。

大前提として、我々は凡夫なので、問題山積みは最初から想定内です。
今さら隠したってしょうがない。
我々にはたくさんの神経症的問題があります。
それはまさしく“問題”ではあるけれど、事の本質から言えば、それは大した“問題”ではありません。

大切なのは、まずはそれをちゃんと見つめて、認められるか否か。
それがないことには話が始まりません。
それが「情けなさの自覚」です。

それなのに、散々やらかしておいて、それを認めない、隠蔽する、ちょろまかす、なかったことにしようとする御仁がいらっしゃる。
恐らく、子どもの頃から、やらかしたことを責められ、攻撃されて来た歴史があるのでしょう。
でも、それでは、少なくとも当研究所の対象ではありません。
やらかすのはしょうがない。
それを正面から認められるか否か。
そして、そのことを正面から話題にできるか否か。
どんなに恥ずかしい、なかったことにしたい内容でも。

私はやらかしたことは責めません、攻撃しません。
それを認めた上で、切実に超えて行こうとしようとする限り。
その姿勢を「成長への意欲」というのです。
それがあればなんとかなります。
必ず成長できます。

しかし、それをを認めない、隠蔽する、ちょろまかす、なかったことにしようとする、または、認めても、それを切実に超えて行こうとしないとき、私はそれを指摘します。
あるいは、面談をお断りします。
そんなことでは「情けなさの自覚」も「成長への意欲」もないわけですから、当研究所の対象外ということになります。

対象外なら、さようなら、です。それは致し方ない。
しかし、認めて超えて行こうとする人であれば、どこまでもどこまでも支え、応援して行きます。

それが八雲総合研究所の基本的スタンスです。
大事な勘所をどうぞ押さえておいて下さい。

 

 

「我々はいいとか、悪いとか、正しいとか、正しくないとか、人間のちっぽけな頭で考えたくだらない差別観で、お互いを見、自分のことを考えて、平気な顔をし、そして、他人のことをあげつらい、それが大事なことだと思ってるんですね。しかし一人ひとりのいのちが、一人ひとりの顔が違っているように、それぞれの意味を持ってこの世に生まれているということ、このいのちが与えられたたったひとつしかないいのちであるということを認識したとき、いったいこのいのちを我々は自己中心に生かしていいものかどうか。我々はいったい何のためにお互いにいのちを与えられたのか。この世界を支え、我々を動かし、我々を促しているものの、そういったものにおのずから、しからしめられる。そういうところに大きな生き方がある。そのときに、こだわりというものが我々から、はっきり離れていく。そして、いつかは知らないけれども、もっと大きな安定した、こだわろうとこだわるまいと、そこに安定した世界というものが開かれてくるのじゃないでしょうかね。…そこにはいろいろな自分の体験そのもの、人生の体験があります。そこに自分を超えた力、自分のはからいを超え、自分の計算を超え、自分の小知、そういったものを超えた力をあなた方は感じることが何度もあるだろうと思います。
それが、共感の世界です。共にそのなか生きる。共に同じようななかに生かされているということを感じ合う。これがほんとうの共感ということになります。人間対人間の共感であれば、そこには必ず打算があり、自己中心的なものがある。これをまず、はっきり認識することです。それを安易にいい加減に考え、感じたりすると、そこにいろんな問題が生じてくる。どのような人間の自己中心であろうと、自力主義であろうと、その最後において我々は行き詰る。そのなかにそれをも包含し、それさえも救ってくれるという大きな力があるということをお互いに知ること、そこにおいて大きな共感が成り立つことがはっきりわかる。…
すらりとして、安定して、こだわりというものに負けないというか、こだわらないで、こだわりにこだわらないで、さらさらと水のように流れて行くことができます。こだわってもいい。こだわってもいいのです。というのは、このね、大きな力を妨げるような、力強い、それほどの力強いこだわりはありません。そういうものに必ず乗っかる。ただ、それは、長い河のなかに、淵ができても、淀んだものは、必ず流れて行く。じっとそのなかで、その自分のこだわりを、じっと見つめ、はっきり認識するときに、おのずとそこで展開されるものが、おのずからしからしめられるものがあるというのです。そんなことを私は感じております。
」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

まず我々一人ひとりが何のために生命(いのち)を授かったのか、ということ。
その視点が持てただけでも、狭い私利私欲の視点から離れることができます。
そして、あなたもわたしも、それぞれに今回の人生において果たすべきミッションを与えられて、生かされているということ。
それを共に感じることを“共感”というのです。
失意の底にある人に向かって「お辛いですね。」などと言うのが“共感”ではないのです。
そんなペラッペラの情緒的同情ではなくて、あなたもわたしもそれぞれに与えらえたミッションを果たすために生かされているということを共に感じるのが“共感”なんです。
そうなれば、失意の底にある人を観ても、その人の存在の奥底に働いている生命(いのち)の力、そして自分の存在の奥底にも働いている生命(いのち)の力を感じることでしょう。
そして最後の「こだわらないで、こだわりにこだわらないでさらさらと水のように流れて行く」から「こだわってもいい。こだわってもいいのです。」というところは、まさに近藤先生の真骨頂でしょう。
それでも、おのずからしからしめられる力があるから心配するな、ということなのです。

「自然(じねん)」と書いて、「自(おの)ずから然(しか)らしめらるる」とよむ。

そのことに気がついて、近藤先生と歓談した日のことが、昨日のことのように思い出されます。

 

 

京都にある浄土宗のお寺、永観(えいかん)堂に「みかえり阿弥陀」という仏像があるのをご存知だろうか。

かつて寒さ厳しき2月、お堂の中で、僧・永観(ようかん:人名のときは「ようかん」、建物名のときは「えいかん」とよむそうです)が念仏しながら阿弥陀仏像のまわりをぐるぐると回る行道をしていたところ、突然、須弥壇(しゅみだん)に安置されていた阿弥陀仏像が壇を降り、永観を先導して、行道を始められたというのである。
呆気にとられていた永観に対し、阿弥陀仏が振り返って
「永観、遅し。(永観、遅いぞ)」
と声をかけられた。
そのお姿を現わしたのが「みかえり阿弥陀像」というわけで、これはなかなかユーモラスな仏像である。

しかし、私には些か異論がある。

阿弥陀さまが愚かな凡夫を一人残らず救い取って捨てない=「摂取不捨(せっしゅふしゃ)」のイメージとして、親鸞が「摂」に訓をつけて「もののにぐるをおわえとる」と記している。
これは「
逃げる者を後ろから追いかけて捕まえる」という意味である。
即ち、どんなアンポンタンで、ろくでもない凡夫であっても、こっちから追いかけ回して捕まえて救ってやろうというのだから、阿弥陀さんの大悲の徹底ぶりには畏(おそ)れ入るばかりである。
そうなると、先行する阿弥陀さんが永観を振り返って“前から”「永観、遅いぞ。」と言うよりは、阿弥陀さんが“後ろから”「ほーら、永観、つかまえるぞー。」と永観を追い回している図の方がしっくり来る気がする。
そうなると、ちょっとホラーチックな仏像になるかもしれない。

…とここまで書いて来て、ふと気がついた。

ひょっとするとお茶目な阿弥陀さんが、永観をわざと追い越して、周回遅れの永観を振り勝って、「永観、遅いぞ。」と言ったのかもしれない。
そして永観が「なんでやねん!」
←よしもと祇園花月かいっ!

しかし、どんな方法を使っても一人残らず凡夫を救おうという阿弥陀さんである。
ついつい視野狭窄になって悲愴な想いにとらわれがちな我々凡夫に対して、ちょっと肩の力の抜けるようなこともやって下さる阿弥陀さんに、改めて有り難いなぁ、と思うのでありました。

 

 

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