八雲総合研究所

主宰者の所感日誌    塀の上の猫
~ 八雲総合研究所の主宰者はこんな人 が伝われば幸いです ~

児童専門外来をやっていたとき、まず驚いたのは、診断書があれば学校に行かない不登校の子でも中学までは卒業できるという事実であった。
「なんだ。学校に行かなくても中学までは卒業できるのか。」
あんなに頑張って学校に行っていたのが馬鹿らしくなった。

そして、高校に行かない、あるいは、中退した子たちの勉強に付き合っているうちに、半年くらいフツーに勉強すれば、高卒認定試験に受かることに気がついた。
「なんだ。学校に行かなくても高校卒業資格がそんなんで取れるのか。」
またもや、あんなに頑張って高校に行っていたのが馬鹿らしくなった。

いわゆる教科書の内容自体は、非常によくできているものが多いので、それは学んでおいた方が良いと思うが、どこで、誰から、誰と学ぶかについては、もっと自由で良かったのか、と今になって思う。

もしあの頃、自分に生きる軸があれば、学校に行かず(もちろん行きたい学校であれば行くが)、経済的に可能な範囲で、塾や予備校に行きながら勉強し、スポーツや英会話などのやりたいことも学べるところに行って学び、進路を見定めて大学受験をしただろうと思う。
実際、医学部の学生の中には各学年に一人くらい、高校に行っていないヤツがいた(今もいるんじゃないかな)。

よく「“通常の”集団生活を経験しないと“変な”大人になる」式の話を聞くが、私の経験から言うと、“通常の”集団生活を経験して来た大人たちの中に(特に過剰適応して来た大人たちの中に)十分に“変な”大人たちがいるというのは、どういうことであろうか。

今になってそう思うが、子どもの頃は、哀しいかな、自分の軸がなかった。
多数派と違う道を選ぶのは恐かった。
だから、そこは“軸のある”大人たちから応援してもらいたいと思う。

「どんな道を進んでも大丈夫だよ。」
「君は君を生きるために生れて来たんだから。」
「本当の自分を生きることを目指せば、登り道はいくらでもある。」

 

親の応援については明日述べる。

 

「いまの社会では大人も子どもも、特に子どもたちが非常に衝動的になっている傾向です。これは社会が自由という言葉で衝動的な行為を認めて、甘やかしているところにも原因があると思います。衝動的というのは何事でも、その時の自分の気分だけで実行してしまう。心の動きを制しきれず、感情だけですぐ短絡的に行為をしてしまうことを言います。…
その時の気分だけに従うのではなく、我慢すべきところは我慢して、衝動というものに短絡的に反応しないで耐える力を養うことを考えなくてはいけません。…
子どもは衝動的になりやすいのです。大人とちがって何も先を考えないからできるのです。むしろ理由らしい理由がないのにやるのです。…
衝動的になるということと、直接的な感覚とはどう違うかというと、衝動も直接的感覚には違いないのですが、そこに知恵が働いていないのです。子どもの場合にはいわゆる生の、原始的な生の衝動というか、生命力というか、生命的なエネルギーがあるのです。けれどいかんせん頭の方が未発達で、生命を健康に育てていく大脳の働きがまだ充分に育っていないのです。知恵がないわけです。…
自分を生かしていく、生命力を感じる知恵ができることをほんとうの成熟といいますが、子どもの場合はその点で未成熟なのです。また、子どもの時の特徴として、『自分の要求を、今すぐ、ここで、全部、容れられなければいやだ!』という気持ちがあります。これを小児的傾向といいますが、自分の欲求を先へのばして待つということがなかなかできないのです。…
問題は…親が子どもの生命力を生かす知恵を育てたかどうかということなのです。…
いまの子どもたちは困難と戦ったり、忍耐するということを世間からも親からも教わっていないようです。耐え忍ぶ力をつけること、現在の欲求満足を一時耐えて、不満の充足を将来に伸ばし得る能力を養っていくことが現実を生きる上で必要なことなのですが、それが少しも訓練されていません。大人は子どもに対して、拒絶する場合は静かに明るく、キッパリと拒絶するという、はっきりした姿勢とか態度が必要です。ところが親の方が腹が決まっていないのです。腹が決まっていないから結局、その時いちばん楽な方法 ー つまり子どもの言うなりにするという態度をとるわけです。そしてそれが愛情のあるやり方だと自分で信じこんでいることが多いのです。
私のいう愛情というのは、ある厳しさが含まれます。愛は…ただ甘いだけでなく、きびしさと忍耐を必要とします。つまりほんとうの愛は知恵を伴わなくてはなりません。したがってある厳しさが含まれているものです。
この点に関連して、子どもはうまく表現することはできなくとも、親の気持を敏感に感じ取り、見抜く力を備えていることを知っておいて下さい。親が無定見でただ甘えさせているのか、しっかりした考えをもって落ち着いた愛情で導いてくれるのかに対して、それぞれ正直に反応するものなのです。そしてそれが子どもの生きる態度を決定するのです。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

「自分の要求を、今すぐ、ここで、全部、容れられなければいやだ!」という“小児的傾向”。
これを持っている大人も多いですね。
子どもだけでなく、大人ももう一度鍛え直す必要があるかもしれません。
私が言う、逆風の中でこそ自分が自分である幹が太くなっていく、というのはそういうことなのです。
細い幹では、ちょっとした逆風でポキッポキッと簡単に折れてしまいます。
いや、その前に逃げ出してばかりになるかもしれません。
思い通りにならないことを抱えられる力。
逆風の中でも、何人もの相手選手に組み付かれながらも一歩でも半歩でも前へ進んで行こうとするラグビー選手のような“勁さ”を養うことが、大人の階段を昇るということなのです。
そしてその大切さをちゃんとわきまえておくのが“知恵”。
やはり子どもを育てるというのは、自分を育てるということ。
まず親から、大人から、自分から
始めましょう。

 

 

映画『ジェシー・ジェームズの暗殺』(2007 アメリカ)は、ブラッド・ピット主演で、数々の賞も受賞しているため、ご存じの方も多いのではなかろうか。
西部劇というには余りにも心理描写の優れた作品である。
映画の楽しみ方は、人それぞれなので、むしろ私の視点は変わっているのかもしれない。
しかし、この映画を観て、ひと言申し上げたくなった。

それは、ブラッド・ピット演ずる冷酷な無法者ジェシー・ジェームズが放つ、独特の空気感が、わかる人にはビリビリとした実感を持って感じられるだろう、と思ったからである。
それは特に、本来は愛着を抱くはずの相手に、震え上がるような恐怖と共に煮えたぎるような殺意を感じたことのある人だけが肌感覚でわかるものと言って良いだろう。
例えば、典型的には、虐待親のもとで育った人、DV夫に君臨されて来た人などは当てはまると思うが、そこまでいかなくても、支配的な環境で育った人にはわかるものがあるのではなかろうか。

ジェシーの手下であるボブは、ジェシーに対して、一方では、強い愛着と憧れを抱きながら、他方では、全てを見透かされ、支配され、隷属させられている圧迫感と恐怖に苛まれている。
そしてさらにその恐怖の背後には、強い敵意と攻撃性が隠れているのである。
そしてそのアンビバレントな感情がピークに達したとき、ボブはジェシーの一番の良き奴隷からジェシーの暗殺者に変わる。
しかも、その殺戮の仕方までもが、丸腰で背中を向けているジェシーに対してボブが後ろから撃つことによって完遂される。
映画の原題が“The Assassination of Jesse James by the Coward Robert Ford(臆病者ロバート(ボブ)・フォードによるジェシー・ジェームズの暗殺となっているのももっともなことである。
背中から丸腰の相手を撃つことは、限りなく卑怯でありながらも、その恐怖と殺意の折衷点がそこにしかないことが、体験のある人にはまるで我がことのようにわかるだろう。
ボブによる暗殺は、とても coward(臆病)なやり方でありながら、それまで屈従させられて来た人間にとっては、精一杯 brave(勇敢)なやり方でもあるのだ(私はボブが銃を構えた瞬間、「やれっ!」「躊躇するなっ!」と叫んでいた)。
そこに至るまでの、ジェシーのゾッとするほど独善的で傲慢な態度、そしてその一挙手一投足にヒリヒリとビクつくボブたちの心情、そしてその場を支配する暗く重い空気感。
そんなことが映画で示せるのかと感嘆した作品であった。

私の観方は、かなり変わっていると思うが、今、小欄を読んでどこか共感できるものを感じた方はどうぞご鑑賞あれ。

 

 

今回から「金言を拾うⅢ」、近藤章久『感じる力を育てる』に入ります。

「親の過保護とか過干渉とかいうものは…ものすごく残酷な結果をもたらすものですが、それを親は気がつきません。自分は愛情をもっていると独り決めして、この子のためにはこうすることがいちばんよいのだと思っています。こんなふうに自分は愛情をもったよい親であるという錦の御旗をもっていることに、実は問題があるのです。
親は愛情の名のもとに、自分たちの強制的な管理の下に自分の子どもを置いているわけです。…子どもは物ではないのです。人間なのです。…ところがその生命を持った人間である子どもを愛情の名のもとに、まるで物のように取り扱うところに問題があるのではないでしょうか。
…物とちがって人間は、生まれて一年もすると、なかなか親の思いどおりにはなりません。子どもは自分で歩きはじめる。そうすると親が『そっちへ行ってはいけません』というのにかえって、反対の方へ飛び出したりして、なかなかコントロールができない存在になってくるものです。
そこら辺から母親とか父親の間違いがはじまります。しつけなければならないと、いわゆるアメと鞭でもって、できるだけ自分たち大人の言うことをきくようにしつけようとします。そして、いろいろやった揚げ句、それが成功して、おとなしい子どもになったと安心した時には、子どもは自分の生命から自然に出る自発性を失っているわけです。自分が何を感じ、何を考えるかわからなくなっています。そして現実に面すると深い無力感を感じます。どうしていいかわからない。自分で考えることも、決めることもできなくなっているのです。…
親は自分の理想像を子どもに強制して、自分の考えどおりに子どもをコントロールしますが、事実は子どもの自由に発達するべき能力を伸ばさず、かえって退化させてしまって、せっかくの可愛い子どもを不幸にすることになるのです。
その不幸から子どもを救うためには、子どもには子どもの人生があり、親はその子どもに代って生きることができないという現実をよく認識して、ゆったりと大らかに子どもを見守り、子どもに接すること、子どもが自分で物事を感じとり、思考や感情を生き生きと伸ばして行くのを助けることから始めるより方法はありません。
ここで親は、自分の根本的な態度をもう一度、ありのままに見て、自分たちは子どもを自分の思いどおりにしようとしているかどうか、子どものありのままの姿をそのままに認めて、それを伸ばそうとしているかどうか、この際しっかりと検討してみることが何より大切です。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より

 

ちょっと厳しいことを申し上げるようですが、ここでも私は世の親御さんたちに「凡夫の自覚」を要求したいと思います。
親が子どもを産める年齢というのは、何故か、とても若いのです。
生物学的にそう決まっているから仕方ないのですが、精神的には、子どもが子どもを産むということになります。
即ち、若い親が授かるには、子どもの生命(いのち)というのは尊過ぎるのです。
ですから、親の基本的姿勢としては、「こんな未熟な親だけれど一所懸命に育てるから勘弁してね。」ということになります。
ここに謙虚さが生まれます。
「正しい親」が「何もわかっていない子ども」をコントロールしてやる、というような思い上がりは生まれないはずです。
ですから、ここでもまた、子どもの生命(いのち)に対して、どうか合掌礼拝(らいはい)するような気持ちで、子育てに当たっていただきたいと切に願います。


 

大学病院に勤めていた頃、外来の隣の診察室からベテラン精神科医の声が聞こえて来た。
「ここは人生相談に来るところじゃないからね。」
初診の患者さんに話しているらしい。
「病気の人が治療に来るところだよ。」
確かに、診断を付けて、薬物療法などの治療を行うことが医師の役目、病院の役目というのは、ごもっともなご意見である。
しかしそれを聞いて、私の中には何とも言えない違和感が残った。
「ここは人生の相談をするところじゃないんだ。」

その違和感がどこから来たかが後日、明確になった。
つまり、そのベテラン精神科医は、診断や処方はできても、人生に関する答えを持っていなかったのである。
だったら、そう言えばいいのに。
「私は答えを持っていません。」と。
そして近藤先生に出逢ったときに確信した。
「この人は答えを持っている。」
人が何のために生まれて、何をして生きて死ぬのかを知っている。

結局、人生の問題を解決してくれる薬物療法はなく(酒やドラッグに逃げるくらいか)、
精神療法というのも、治療におけるものは、本人が所属環境に適応して生きて行けるようになることぐらいしか目標としていないことがわかってしまった。
それじゃあ、人生の答えは持っていないわな。

よって、私が思う本当の精神療法を行うためには、人生の答えが要るんです。

そしておもしろいことに、同様のことが、最近の精神科クリニック界隈でも起きている。
初診者の内訳が変わって来ているのだ。
いくつかの最近の潮流があるが、そのひとつとして、はっきりとしたザ・精神障害があり、明確なザ・治療を必要とする人たちが減って、診断のつかない、そしてまさに人生相談に来るような人が増えているという。
それくらい精神科クリニック受診の敷居が低くなったことは有り難いことであるが、困るのは医療者の方で、人生の答えを持っていないのである。
残念ながら、そんなに自分自身のことも、自分の人生のことも見つめてはいないのだ。
サイコセラピーもカウンセリングも面接も、専門的知識と技術でちょろまかせるうちはいいが、本格的な人生の話となれば、医療者個人が人間として試されることになる。

人生の問題に正面から答えられるサイコセラピーやカウンセリングや面接が、
いや、人生の問題に正面から答えられる医療者が、
いや、人生の問題に正面から答えられる人間が必要とされているのである。

 

 

Aさんは面談に来る度、
まず前回の面談から今回の面談までの間に、自分がどれだけ情けない言動をして来たかについてつぶさに話される。
それが余りに容赦ない内省なので、私は黙って聴いているしかない。
そして話はそこで終わらず、
その今の自分を超えて行くためにどうしたらいいかを、これまた一所懸命に話される。
それがなかなか的を射ているため、これまた私は黙って頷いているしかない。
そして次回までに(口先だけでなく)必ず実践して、その結果がどうであったかを包み隠さず話される。
まさに「情けなさの自覚」と「成長への意欲」を地で行く面談である。
こうなってくると、私の出番はほとんどなく、どんどんと自分で成長して行ける。
(また次の段階になってくると、私の新たな出番がでてくるが、それについては今回は触れない

しかし、Aさんも最初からそうだったわけでない。
当初は、自分の情けなさに気づかない、認めない、言い訳する、かなりひどかった。
よってこちらから指摘することにある。
そうすると、逃げる、誤魔化す、抗弁する、これまたかなりひどかった。
そして今の自分を超えて行くためにどうすればいいか、についても全く出てこない。
たまに出て来ても、全くの的外れであるため、何の役にも立たない。
そしてこちらが提案しても、申し訳程度にやってくるか、全く実践してこない。

これじゃあ、面談終了だな、と思い、もう一度本人の意志を確認する。
「自分がどれだけ情けないか、本気で向き合う気がありますか?」
そう訊かれて彼は必ず
「あります!」
というのである。
そうなると、面談が続くことになるが、本人がそう言った以上、私の指摘も段々と容赦ないものになってくる。

よって毎回彼はズタボロになる。
しかし、彼はまたやってくる。
毎週毎週やってくる。
何年も何年もやってくる。
よくイヤにならないな、と思うが、そういう厳しい面談が毎回続いていく。

実際、「情けなさの自覚」と「成長への意欲」を面談の条件としたはずなのに、
「自分がどれだけ情けないか、本気で向き合う気がありますか?それとも中退しますか?」
と訊かれて、
「中退します。」
と言ってやめた人が何人かいる。
でも、彼はやめなかった。
そして何年もかけて、頭記のような境地にまで達したのである。
そこを私が褒めると、決して愛想を崩すことなく、真顔で
「まだまだ全然お話になりません。」
と即答する。
これならさらに成長できる。

みんながみんな、同じ通り道をとおるわけではないが、突かれても突かれても踏ん張って踏ん張って成長した人もいる、という一例のお話である。
 

 

 

「そもそも私は、ほんとうは死んでいる人間なんです。
あれは、箱根で水上スキーをやっていたときのことでした。私は、五十いくつぐらいかのときよく水上スキーをやっていたのですが、そのときは自分のワイフに教えようと思ってやっていたのです。
モーターボートの運転手に『はい』と合図して、スピードがだんだん出てグーッとロープが引っ張られたとき、何が何だかわからないうちに、私は水中にひっくり返ってしまったのです。そして水をガブガブ飲んでしまったんです。あっ、これは死にそうだ、このままいったら死ぬなと思いました。ああいうときに、どうしてあんな気持ちがおきたのかわからないですけれど、どういうものか、私は水のなかで非常に静かな気持ちになっていました。すごく静かな気持ちです。自分はすごいスピードで水の中を引っ張られているのですが、目の前を通る水が見えるのです。静かな気持ちで見えるんです。見えると同時に自分の足が見えるんです。その足がスキーとモーターボートをつなぐロープにからまっているのがわかったのです。それを見て、このまま死ぬんだなと思ったときに、ふっとロープを手でつかめた。それでありがたいことに一本の足がロープからはずれたんです。それから次の足がはずれて。ポカッと水面に浮きあがったのです。太陽がサンサンと湖の上に照っている。すばらしく美しい。生きているとはすばらしいことだと思いました。
この体験以来、死ぬということはあんまりこわくない。『死』自体はね。もうひとつ私には死に近い体験があるのです。
戦時中のことです。私は通信兵としてその夜、沖縄に向かうことになっていました。昼に、穴掘り作業をやっていたのですが、そのとき私の戦友が少し気が変になって、ツルハシを振りまわしたんですね。それが私の手にあたって、手が麻痺してしまったんです。そうしましたら、おまえでは通信の役に立たない、だから連れていかないというので、他の人が行くことになったのです。私の部隊は深夜三時に沖縄に向けて出発しました。一緒に行くはずの私は見送ることになったのでした。自分としては沖縄に行くことは死ぬことだと思っていました。部隊は沖縄へ行く途中、南シナ海でアメリカの潜水艦に爆撃されて全滅です。あのとき、戦友がツルハシを振りまわしていなかったら、私はいまこうしていられませんね。
こういう人間という存在の意味を考えますと、人間が最初にいのちを与えられるとき、赤ん坊にも親にもわからないけれど、どんないのちにもその独自の生きる意味が与えられているということが私には強く感じられる。そして、その独自のいのちが持つ『使命』が完了したときに死が訪れるものだと思うのです。苦しんだり嘆いたり、つらい思いをしたり、どうしてこんな目に遭うのだろうと感じたりしますが、そこにその人のいのちの大きな意味がある。その意味を果たしたときに、私は死が訪れてくるのだと思うのです。そのときにはじめて、もうおまえは帰ってきていいよ、と生まれたところへ帰ってくる。ふるさとに帰ってくることができるのです。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

可能ならば、自分がいのちを与えらえた意味を知りたいと思います。
自分に与えられた使命を知りたいと思います。
そしてそれを生き、それを果たしてから死にたいと思います。
少なくともわたしはつよくつよくそう思うのです。
ニセモノの自分を生きて死ぬのはイヤです。
上っ面の満足で生きて死ぬのもイヤなんです。
ちょろまかしの人生でへらへ生きて死ぬなんてまっぴらです。
人間の「成長」とは、結局のところ、自分に与えられた使命を知り、それを果たして生きて死ぬことを指しているのだと思います。

 

 

小学生からスポーツひと筋。
朝から晩まで、なんだったら夢の中まで、どうやったらうまくなれるかだけを考えて練習して来た。
ボーイフレンドもなし、服装はいつもTシャツかジャージ、もちろん化粧もなし、勉強は進級に必要なだけ。
進学はいつもスポーツ推薦。
部の寮住まいで、すべて練習、練習、練習。
遠征はすべて親がバックアップ。
そして彼女のひとつの集大成が高校のインターハイだった。
目指すはもちろん日本一。
それだけのために他のすべてを捨てて、練習して来た。
しかし健闘空しく、無念の敗退。

前説明が長くなった。

そして流した涙を見た。
両方の眼(まなこ)から大粒の涙がぽろぽろぽろぽろと溢れた。

これほど綺麗な涙を見たことがなかった。
胸を掴まれるほど感動した。

小さな子どもたちの涙も綺麗だが、こんなに苦労はしていない。
勝利や達成の涙も綺麗だが、敗北や失意の涙の方が美しい。

なんでだろうね。

死ぬほど一所懸命にやった上で、思い通りにならなかったことを受け入れようとして流す涙は、本当に綺麗だった。

 

 

近藤章久先生による「ホーナイ派の精神分析」の勉強も、1回目2回目3回目4回目5回目6回目7回目8回目9回目10回目11回目12回目13回目14回目に続いて15回目となった。

今回も、以下に八雲勉強会で参加者と一緒に読み合わせた部分を挙げるので、関心のある方は共に学んでいただきたいと思う。
ホーナイ派の精神分析を入門的、かつ、系統的に学んでみる良いチャンスになる。
(以下、原文の表記に多少古いものも含まれるが敢えてそのままに掲載した。また斜字は松田による加筆修正である)
※内容も「治療」に入り、終盤となってきた。折角読むからには、それが狭い「治療」の話に留まらない、人間の「成長」に関わる話であることを読み取っていただきたい。

 

A.Horney(ホーナイ)学派の精神分析

5.治療

b.神経症的諸傾向の観察と理解(2)

さて、この様な観察を横糸とするならば、分析関係は患者の自由連想(広く夢や日常生活に於ける反応を含む)を縦糸として発展して行くのである。
自由連想は患者が自分の心の中に浮んで来ることを、どんなつまらないことでも、心に浮んで来たままに、出来るだけそのままに表現して行くことである。これは、必ずしも自由連想が患者の心的事実のすべてを完全に、忠実に現わしていると言うことではない。
しかし、患者の日常生活に於ける表現に比べれば、比較的に利害関係や、一定の目的に支配されることが少ないという意味で、患者の心的現実により近いということがある。内容的にも、思想や経験、想像、期待、恐怖、不安、安心、失望等の感情等が表出されるのであるが、この間にあって、言い澱(よど)み、省略し、沈黙し、回避するものも多いわけである。
しかし、患者が自分の語っているものの内的意味について気づいていない時でも、治療家は自分の知識と訓練と直観と、自己の自由連想等を動員して、患者の様々な表現や、表現しないところから次第に脉絡(みゃくらく)を発見し、そこに流れている様々な傾向を理解して行くことが出来る。
この時に要せられるのは、観察と理解に関しての安定した忍耐深い態度である。十分理解出来る事ではあるが、治療者にある神経症的な要求によって、ともすれば焦燥感に駆られて、時期尚早な解釈を与えたり、傾聴するのみ倦(う)んだり、患者の変化のないのに無力感や罪悪感を感じたりして、その結果、分析状況の発展を攪乱(かくらん)することの危険がある。
次に重要なのは、様々な神経症的潮流の間に現れる患者の「真の自己」表現であるところの健康な諸傾向に対する公平な注意深い観察である。Horney 自身は、著書に於ては分析の後期に於ける場合を除いてこのことについて明記していないが、その講義に於て強調していたものである。こ
の事は分析に於ける観察が、単に病的なものの観察ではないことが理解出来よう。
第3に留意されなくてはならない事は、分析の全過程を通じて言い得ることであるが、分析者が、この様な観察と理解にもとづいて形成して行く患者の神経症的傾向及び性格に関する心像は、一つの作業仮説であり、いつも患者の心的事実についての新しい発見によって訂正或は補足され、生きた個性的存在としての患者の性格構造に近づいて行かなければならないと言う事である。

 

上記を「THE精神分析における自由連想による治療」の話と狭く取ってしまうと、学べることが少なくなってしまうが、
人間が人間に関わるときの基本的姿勢として受け止めれば、学ぶことはたくさんある。
例えば、後半の3点について、
(1)相手を理解するときの忍耐深い態度。人間を深く理解するには時間も手間もかかる。
勉強会でも「忍耐強い」でなく「忍耐深い」という表現を使っていることへの指摘があったが、確かに「忍耐強い」では自力になり(頑張って耐える)、「忍耐深い」では他力となる(自分を通して働く力によって自ずから耐えられる)。どうしても「忍耐づよい」という表現が使いたければ「忍耐勁い」が相応しい。そんなことも勉強会では取り上げている。
(2)相手の「仮幻の自己」(闇の部分、後天的な病んだ部分)への着目だけでなく、相手の「真の自己」(光の部分、本来の自分の部分)への着目。
(3)初期の先入観で相手を決めつけず、相手のことがわかればわかるほど、その度毎に相手の「仮幻の自己」の理解も「真の自己」の理解も修正していく。
これらは深い人間理解のための基本的態度として、誰にとっても大いに勉強になると思う。

 

 

「挨拶は明るく元気よく!」とよく言われる。

基本的に異論はない。
しかし、“作った”明るさや元気良さならば御免蒙(こうむ)りたい。
眼と魂が死んでる分だけ、“作った”明るさや元気良さは、見ていて余計に悲しくなる。

しかし、部活や社内、店頭で時々見かける“作った”明るさや元気良さを、嬉しそうに眺めている監督や上司、「明るくて元気良くていいわねぇ。」と本気で言っているお客の鈍感さを見ると、あきれ返ってしまう。
この鈍感さがあるから、そんな“演技”が蔓延(はびこ)るのだろう。

では、挨拶とは何か。

ひとつには、挨拶は自らの生命(いのち)の発露である。
自分を自分させようとする生命(いのち)の働きが躍動して溢れ出す。
それが挨拶となる。
幼い子どもたちの挨拶を見よ。

ふたつには、挨拶は相手の生命(いのち)への敬意である。
あなたをあなたさせようとする生命(いのち)の働きに手を合わせて拝みたくなる。
それが挨拶となる。
他者礼拝(らいはい)に他ならない。

この挨拶の本質の二面をどうぞご承知おき下さい。

そのとき、挨拶は「する」のではなく、挨拶に「なる」のである。

 

 

 

推し活をしている人が、甲斐あって推しが公演する劇場の1列目の席が取れた。
一番近くで推しが見られると大変に喜んだが、実際に公演が始まり、憧れの推しと目が合った瞬間、思わず目を逸らしてしまった。
バカ、バカ、あたし、何やってんだ! 誰か私を殴って下さい!」
れも経験値。

数カ月後、運良くまた1列目の席が取れたとき、今度は開演前から何度も気合いを入れて
「絶対に目を逸らさないで見返すんだ!」

と自分に言い聞かせる。
そして本番。
なんとまた推しと目が合った。
気合いを入れて拳を握り締め、推しの目を見返したが、なんと推しがウィンクして来た。
忽ち撃沈して固まった。
「あぁ〜、なんで何の反応もできなかったのか! こっちからもウィンクし返すことができたら!」
悔しくて眠れない夜が続く。

そしてまた数カ月後、運良くまたまた1列目の席が当たった。
今度こそウィンクし返してやる。
何度もリハーサルを行い、気合い十分で“そのとき”を迎えた。
そして目が合った瞬間、待ちに待った推しからのウィンクが来た!
全エネルギーを使ってウィンクし返す。
一瞬推しも驚いた顔をしたが、すぐに笑顔。
やったぁ! 遂にミッション・コンプリーテッドだっ!

…と思ったら、推し仲間の子は、推しからのウィンクに対して、なんと投げキッス!で返していたことを知る。
う~ん、そっかぁ~、そのまま返せばおわりというわけじゃあないのね。
もっと自由に、もっとクリエイティブにやりとりを楽しまなきゃ。

そのようにして推し活は推し活で奥深く、自分を解放する道にも通じているのでありました。

 

 

「全体を眺めてみると、我々人間は好むと好まざるとにかかわらず、何かに頼って生きているということがわかります。外に出れば会社、派閥、あるいは出世といったものに頼り、家庭にあっては、妻に頼る、子どもに頼る、親に頼る。奥さんだったら夫や子どもに頼っている。
ところが、その頼りにしていたもの、これがじつは頼りにならないんだなぁ。永久不滅のしっかりとした支えなんてそうザラにあるもんじゃない。たいがい崩れやすくて不安定なものです。これは、日常生活でだれもがイヤというほど知っている、否定しようのない事実だと思います。なのに、我々はそれでも頼ってしまう。そして、いつも危機を迎えるんです。
考えてみましょうね。我々が頼り、支えられているもの ー これは『他』ではないですか? 会社も子どもも『自分以外』なんです。それらの『他』に我々は頼り、支えられている。この『他』というのは自分の思ったとおりにはならないものではありませんか。…
そうすると、最後の最後までほんとうに頼れるもの、真に自分を支えてくれるものは何か。人でもない、モノでもない、それらを超えた普遍的な支えというものがあるのでしょうか?…
私は、熟年の危機というものは、すばらしい『転換期』だと思います。それまで自分が頼りにしてきたもの、支えとしてきたものは、不安定で、もろく、実態のないもの、幻のようなものであって、それを我々は一生懸命に追いかけてきた。それが無残にも滅んでしまう。
そうすると、私たちは最後の最後まで滅びることのない、真に心の支えとなる何かを模索しはじめる。そのとき、これまでの狭い、うわっつらの考え方から解放されて、広い世界に飛び立つ出発点になるんです。すべてのものはなくなって、丸裸になった、その時点からいままでの人生と違う人生がはじまるんですね。さなぎが蝶になるように ー 。
さなぎは殻に覆われた窮屈なときです。しかし、そこに次の広い世界に出ていくチャンスが内包されている。このことを私はぜひ強調しておきたいと思います。
抽象的に申しますと、我々のいのちというか内面世界というのは、海みたいなものではないでしょうか。我々はその表面をドロ舟に乗って航海している。はじめは立派な舟だと思っていたのが、だんだんとドロが溶けていくものだから、しまった!と気づくのです。おまけにあたりには、にわかに濃い霧が立ちこめてきて、もう何も見えない。
そのときにね、直感といいますか、心の深いところから響いてくる信号を感じとるのです。いま沈まんとしている我がドロ舟のすぐ近くに、正真正銘の立派な舟があることを教える信号が ー。
もちろん、それに気づかずにドロ舟と共に沈んでいく人もいるでしょう。しかしね、この世界には、すべての人に次の舟が用意されていると思うのです。私はよく『死ー再生』ということをいいますが、今までの生活を死んで、新しい生活を生きる。この転換の時期が、これまで述べて来たような、熟年期の危機というものであろうと思います。いずれにしてもこうした場合、しばらく時をおいて、自分の感情が落ち着きはじめたころ、顔を上げ、視野を広くし、現実をはっきりと見つめて検討することです。必ずそこに、見落としていた自己を生かす道があります。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

頼りにならないものを頼りにしてきた自分の愚かさに気づくこと。
そして全く頼りない世界に放り出されること。
それがまさに、それまでの偽りの自分の“死”ということであり、我々は人生の大きな“危機”に陥ることになります。

そして、それじゃあ、本当に頼りになるものは何なのか、本当に支えとなるものは何なのか、を真剣に求め、(もうニセモノでは満足できませんから)真の答えが得られるまで七転八倒することになるかもしれません。
しかしそれは、本当の答えを得るための必要なプロセスであり、成長のために必要な“危機”であると言えると思います。
そして運よく、絶対的に頼りになるもの、絶対的な支えになるものを見つけたとき初めて、私たちの新しい、本当の“生”が始まるのです。
それは、真の意味で、私を私させるもの、この世界をこの世界させているものの発見ということができるでしょう

そうして初めて、我々がこの世に、自分に、生まれて来た甲斐があるというものです。

 

 

長年、子どもたちの問題に関わっていると、問題は子どもだけではない、背景にお母さんたちの問題が見えて来るときがある(あくまで「ときがある」である)。

しかし、お母さんたちを見ていると、それぞれに問題があるかもしれないが、それでもいっぱいいっぱいで一所懸命に生きている姿が見えて来るときがある(これもあくまで「ときがある」である)。

そしてさらに見て行くと、問題はお母さんだけではない、その背景に夫=お父さんの問題が見えて来るときがある(しつこいがこれもあくまで「ときがある」である)。

ラスボスは後から出て来るときがある(以下省略)。

では、解決法は如何。

なんのことはない。
お父さんが妻=お母さんを愛するだけで、お母さんの問題も、子どもの問題も解決してしまうときがある(以下省略)。

人間の生育史上の問題は、結局のところ、その人が愛されなかったことによって生じるのである。
よって、そのままを愛されれば、自分が自分であることを愛されれば、その人の生育史上の問題は薄まって行く。
そこが肝心。
まず、いろんな負担が集中しやすいお母さんが愛されないとね。

世のお父さん方よ、どうかあなたの妻を愛して下さい。

で、ここまで言うと、お父さん方から非難が飛んでくるかもしれない。
じゃあ、オレは誰から愛されるのか。」

これが昭和であれば、
大の男が泣きごと、言うな。
女ひとり愛せないなら、結婚なんかするな。
それぐらいの度量は自分でつけろ。
と言うところであるが、
令和だとそうはいかない。
お父さんがお父さんであることを愛してくれる、先輩、上司、セラピスト、アニキ、オヤジなどが必要となってくるのである。

…しかし、そう思うと、実は昭和でもそうではなかったか。
今から思えば、近藤先生も(私を含めて)むくつけ
き男どもを愛して下さっていたのである。

 

◆追伸◆
本当は、夫婦で互いに愛し合えたら一番良いんだけどね。
第三者からの愛は、夫婦が成長するまでの“つなぎ”と思っておくのが良いのかもしれない。

 

 

「至誠、天に通ず」

という言葉がある。
元々『孟子』にあった言葉であるが、孟子を愛する吉田松陰もこの言葉を大切にしていたという。
「誠を尽くせば、それが天に通じ、天をも動かす」という発想は、いかにも真面目で一所懸命な孟子や吉田松陰が取り上げそうな言葉である。
戦時教育を受けていた私の亡母でさえ、よくこの言葉を口にしていたのを思い出す。

しかしながら、私はそうは思わない。
何故ならば、これが「自力」の言葉だからである。
誠を尽くす、と口で言うのは簡単だが、一分(いちぶ)の隙もなく誠を尽くすなどということが凡夫に簡単にできるとは思えない。
徹底して厳密に観れば、誠を尽くしたつもりでどこかが漏れる、尽くしたつもりがすぐに毀(こぼ)れる。
「至誠」が可能だと思っていること自体に、人間の、凡夫の思い上がりが臭うのである。
ズバリ言ってしまえば、「至誠」を求める姿勢は「執念」「執着」に過ぎない、と私は思う。

そうではなくて、もし本当に「至誠」があるとすれば、それはむしろ天から与えられる、天から授かるものではなかろうか。
何故ならば、「至誠」ということ自体が人間業(わざ)ではないからである。
いや、そもそも「誠」(まこと=ほんとうのこと)という姿勢自体が人間業ではなく天の業である。

人間ごときが気をつけたやったことを「誠」と呼ぶのは、非常におこがましいことであると私は思う。
大いなるものはすべて天から。
これが「他力」の発想である。

「至誠、天より戴く」
ならば、私も頷(うなづ)けるかもしれない。


 

和太鼓を習っていた頃、例えば、新しいバチさばきを教えてもらったとする。
そして自分で実際にやってみる。
やって見せてもらった。
頭ではわかった。
しかし、やってみるとできない。
そして何度も何度も稽古する。
そして体得して初めて、実際にできるようになって初めて、その新しいバチさばきが自分のものになったと言える。
…と言えば、当たり前のことのように聞こえるかもしれない。

しかし、同じことを人間の生き方に置き換えると、なかなかそうはいかない。
例えば、私がある人のある神経症的な生き方を指摘したとする。
そうすると
「聞きました。」という。
「わかりました。」という。
しかし、また神経症的な生き方を繰り返す。
そこでまた私が指摘すると、
「前に聞きました。」という。
「わかってます。」という。
しかし、また神経症的な生き方を繰り返す。
そしてまた私が指摘すると…。

もうおわかりであろう。
「耳で聞いたことがあります。」

「頭の先でわかりました。」

「本当にわかりました。」=「体得しました。」=「生き方が変わりました。」
とは決定的に違うのである。

ですから、また私が指摘したときに、
「聞いただけで本当にわかってません。」
「頭の先でわかっただけで体得できてません。」
という返事が返って来るならば、正確である。

それくらい、「わかりました。」という言葉を使うのは、なかなか大変なのだ。

そしてその上で、
「本当にわかるまで、体得するまで、生き方が変わるまで、何度でも反復して実践します。」
と言って来る人がいれば、その人は「わかる」日が来るのが一番近い人であると言える。

 

 

 

9月24日付け小欄の続き。

「自分の中にふっと、そういう気持ちがおきてくる。何か静かになってくると自分のしていることが何かおかしいとか、これは変だなとかいう気持ち、これはどんな場合でも、子どもでも感じています。もちろん大人でも感じていますが、大人のほうは理屈をいい、いろいろな疑問を合理化して、そうした気持ちを消してしまいますけれど、これは私は大事な鍵だと思うのです。その鍵を我々は与えられているのです。これは、自分の能力ではない。どう考えても自分はもっとラクなことをしたい、愉快なことをしたい、楽しいことをしたい、自分のいやなことはしたくない。自分自身を見るほどいやなことはない、けれども、それを否応なしに見せしめられるという、私は受身のかたちを使いますが、そういう感じです。これは大事なものだと思う。そこに自分にいちばん最初の救いの手が出されているのだということを感じる意味で大事だと思うのです。その声を聴き、それによって新しく変わる。そういう声を聴いて、はじめていままでは何の意味もなさなかったいろいろな先人の教えが、何かおぼろげにわかってくる。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

この「受身のかたち」というところが非常に重要です。
逆に、受身でなく、受動でなく、というのは、即ち、能動ということ。
オレが、ワタシが、する、ということ。
つまり、主語が「我(が)」になるわけです。
そうではなくて、受身、受動であるということは、オレが、ワタシがするんじゃない、主語が「自分以外のもの」であるということです。
それを感じるから、表現が「見せしめられる」と受身にならざるを得ません。
かつて近藤先生のお宅の玄関に「自在」という額が飾られていました。
先生ご自身が書かれたものです。
皆さんはこれをどう解されますか?
「自在ですか。自由自在でのびのびしてていいですねぇ。」でも良いのですが、
私はそれを見て「あれは『自ずから在らしめらるる』とよむのですね。」と先生にお尋ねしたところ、
「その通りだ。」とおっしゃられました。
感じれば、どうしても表現は受身になるのです。
そして、その主語は何なのか、何がそうさせるのか、「自分以外のもの」とは何なのか。
ここで、西行と言われるあの和歌を思い出さないではいられません

 なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる

何が働いていらっしゃるのかわからないけれど、ありがたくて涙がこぼれる。
それを感じることが、まさに救いの第二章への入り口となっていくわけです。

 

 

「これは、私のいう救いの第一章的なことなのですが、つまりどういうことかというと、お互いに幼児性を認めるということは、弱さを認めるということです。やはりお互いが弱いというところで、共感できるものがあるのです。…
しかし、そういうお互いの弱さ、もろさにおける共感というものですごしているうちに、しだいにそれでは満足できなくなってくる。そういうものなのです。つまりそこでもっと高い、もうひとつ上の次元でお互いに共感を持ちたい、もっとほんとうに自分自身救われたい、こんな気持ちになってきます。そういう気持ちになってきますと、現在の自分のいろいろな悩み、苦しみ、もだえ、毎日ガタガタやってる自分の煩悩の存在、自分の煩悩はどういうものであるか、その性質をはっきりわからなくても少なくとも何か感じるわけです。そして、自分の弱さについてわかってくると、これをなんとかしたいという気持ちがおきてくる。その気持ちが最初に起きることが、次の段階にいくために必要なわけです。私たちは、これをなんでもないように思いますけれど、とても大切なことなのです。
だいたい、我々はもし煩悩だけ、欲望だけの器であるならば、永遠にその欲望を追求していっていいはずです。そういう人間であるならばね。けれども、その煩悩を追求していくうち、ふっと自分自身の煩悩の果てに虚無感が現れてきます。何かつまらないような、しらけた気分になったり、あるいは苦しくなったりします。そのとき、その苦しみをじっと見ているうちに、自分はこんな煩悩を持っているんだなーと、しみじみ感じさせられてくる、そう感じさせるものが我々のなかにある、それは私は不思議といいたい。それは私たちのなかに授けられた力であり、能力であります。私は自分自身の経験からいっても、他の人々の経験からいっても、このような力が人間のなかに深いところで働いているということを感じるのです。これを不思議といいたい。どうしても、なぜであるかわからない。そうしたものにどうして目が開くのでしょうか。
我々はほんとうは愛欲に狂い、金銭を追求し、営利を追求し、そうしたもので所有欲を満足するわけです。その人間がどうして自分自身を省みる、そうした力があるんでしょうか。…反省するとか、自分自身というものについて考えるとかいいますけれど、我々としては、こういうことは不快なことです。本来は楽しいことをやりたいと願う人間が、いやなこと、不快なことをなぜやるのでしょうか。これはたいしたことないようですが、出発点といいますか、その人間の精神の新しい次元に到達するために、ほんとうに救われるための次元に到達する最初の大事なところだと思うのです。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

(前回の「その22」からの続きです。)
お互いの弱さを認め、共感の世界にいる ー それだけでも大いに救われた気になります。
しかし、それは救いの第一章。
弱さに浸り、煩悩に浸り、ただ欲望を追求し、快楽に溺れていればいいものを、我々は何故かしら、そこに虚しさを感じて来る。いや、虚しさを感じさせられて来る。
それを内省せざるを得ない。見つめざるを得ない。それが不快な、時にしんどいことであるにもかかわらず。
そういう力が我々の中の深いところに働いている。
不思議ですね、本当に。
そしてそうなって初めてそこに救いの第二章の扉が開かれて来ます。
そうして、勘の良い方はお気づきでしょう。
本当の「情けなさの自覚」は、この力によるものだったのです。

 

 

ある発達障害を専門に診ているというクリニックの話を聞いて驚いた。
そのクリニックでは、思春期以上か、大人の患者さんしか診ていないというのだ。
それはあり得ないでしょ!

例えば、自閉スペクトラム症のお子さんがいたとして、まずその一次特性(=一次障害)に沿った療育を幼児期から始める必要があるのは当然である。
そうして将来の自立年齢に向かって、本人には徐々に、自分の特性を知り、自分の特性との付き合い方や、その特性を持った上での他人や社会との付き合い方を身に付けて行っていただくことになる。
また同時に、親御さんにも徐々に、我が子の特性を理解し、その特性との付き合い方やその特性を持った我が子が他人や社会とどう付き合って行けば良いかも学んでいただくことになる。
その過程で親御さんには、自身の今までの人間観、教育観、人生観、価値観などの見直しも必要になってくる。
そんなことを、子どもが幼児期、学童期、思春期、成人期と成長して行くにつれ、それぞれの成長段階に応じて行っていく必要があるのだ。
幼児期から成人期=自立するまで、継続的に(できれば中断なく)やることは山ほどある。

そういった適切な療育を幼児期から受けられなければ、いろいろな環境との間で不適応を生じて、幼児期から怒られ続ける、学校でも叱られ続ける、友だち、集団ともうまくいかない、いじめられる、不登校になるなどという体験から、さまざまな二次障害が生じて来るのは必定である。
そうなってからの受診や療育、思春期以降になってからの受診や療育では、一次障害、二次障害の両方にアプローチしなければならず、その間に誤った学習もしているため、それらを解除してから学び直すとなると、さらに大変である。

思春期以降の診断名としても、適応障害やうつ病とだけつけられている場合も多いが、それらは二次障害であって、その根底に一次障害としての発達障害があるかどうかを観抜かなければ、治療方針は大きく異なることになる。
一次障害の発達障害を放置しておいて、二次障害だけ治療することができるはずもない。
二次障害として起こり得る精神障害としては、適応障害やうつ病の他に、不安障害、解離性障害、摂食障害(食行動症)、強迫性障害、物質関連症および嗜癖症、パーソナリティ障害など、多岐に渡る。
それらについても、一次障害に発達障害があるのかないのかで治療のアプローチが変わって来るのは当然である。

それなのに、思春期以降になって、あるいは、大人になってから急に治療を始めようというのであれば、苦戦するのは当然である。
だから、とにかく早く専門外来を受診しましょう、できるだけ早い(幼い)うちに。
そして運悪く、思春期以降、大人になってから受診する場合には、医療機関を選んで、可能な限り、療育的アドバイスが充実したところにしましょう。

そして医療機関の医師、臨床心理士の方々に申し上げたいのは、もし発達障害の臨床に関わるのであれば、いきなり思春期以降や大人になってからの臨床は、二次障害などが重なって相当に応用編なのだな、という認識を持って、可能な限り、幼児の臨床からの勉強を、それも検査・診断だけでなく、療育についても是非学ばれることを強くお勧めしたい。

幼児期からちゃんとした療育を受けながら成育した場合はどうなるのか。
幼児期からちゃんとした療育を受けられずに二次障害(中には三次障害も)が重なって行ったらどうなるのか。
そこらを観通せると、現在の位置付けが観え、本人に合った治療・療育方針を立てやすくなる。

自閉スペクトラム症の診断基準を満たす方だけでなく、その傾向=自閉スペクトラムを持った方々も急速に増加している。
それが本当に実数が増えたのか、実は元々いた方々がちゃんとした眼で観られるようになっただけなのか、よくわからないが、とにかく、少しでも生きづらい人生を、しんどい人生を送らないで済むように、一日でも早く、そして、本人に合った治療・療育につながるような世界になることを願っている。

 

 

「いちばん安楽な状態というものは、人間の過去の歴史を見ますと、赤ちゃんのときにお母さんの胸のなかに抱かれている状態、これがいちばん安心した状態なのです。だから、人間はそういう状態を非常に好むのです。たとえば女性は恋人の強い腕のなかで抱きしめられているときは安心感を持つ。…男性の場合は、女性の胸に抱かれていると、じつにいい気持ちになってしまう。やはり、これも赤ん坊ということに関係があるのではないかと思うのです。母の胸に抱かれるように、自分の奥さんの胸に抱かれるということがあるわけです。女の人のほうでは感じていないかもしれないけれど、男のほうではけっこう感じているのです。もっとも男の人は、自分は抱かれて安心したなどと男のメンツにかけていいませんがね。
今日、上役にどなられて帰ってきた。それを奥さんがパッと理解して、「そんなこと心配ないわよ」なんていわれると、それだけで夫は救われた気持ちになるんですよ。女性のほうもそんなものです。奥さんが人に何かいわれたとき、「あなた、お隣りの奥さん、こんなふうなのよ」「ああそうか、そうか」なんて聞いて、「それはおまえのほうがいい。お隣りの奥さんが間違っている」なんて理屈なんてどうでもいいから、そういってくれると、たいへんうれしいのです。私たちはみんなとても子どもなんです。自分が間違っていても、そんなふうにいってくれるとうれしい。いい年になっても、人はやはり認められたり、ほめられたりするとうれしいのです。要するに、自分が小さいときに、親から認められたりほめられたりするとうれしかったときと同じことなのです。…
そこで泣いており、そこで怒っており、そこで悩んでいる人が、じつは子どもなんだと感じることは、大事なことであると思います。自分自身も、やっぱり悩み、苦しむ子どもなんだということをわかっていると、そこで共感の世界が開けてくると思うのです。お互いに子どもと認め合うことによって、本当の意味の触れ合いが成立するということです。子どもに理屈は役に立たないのです。きみしっかりしなさい、なんてダメなんですね。もっと平静に思考しなさい。無心になりなさいといったってダメなんです。そんなこといったって役に立たない。それより、お互い子どもであるということについての共感を持ったほうが、わかりやすく、そして理解し感じやすいのではないか。これはひとつ参考にして考えてみてください。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

いい年をして実は子どもなんだ、ということは、精神的に幼児のままだということです。
他者評価の奴隷であり、
承認欲求の塊であり、
いまだに母親の胸を求めている幼児のままなのです。
そして、あなたもわたしもそうなんだ、ということをまずは認めること。
これが「共感」の「第一歩」。
そしてその上で、幼児にとって、ほめられること、認められることは、ひとつの救いになる。
これが「救い」の「第一歩」。

そう思っていると、やがて「あれ? わたしたちって幼児じゃないよね。」という思いが出て来ます。
大人になっても幼児的であるということは、残念ながら、神経症的であるということです。
幼児期の問題が解決されないまま、大人の今も生きているということ。
そこを踏まえた上で、上記の「第一歩」に留まらないから「第二歩」が展開して行きます。
それはまた次回に。

 

 

ある女性が、ずっと秘密にしていた自分の心の傷について話された。 
苛酷なその話をしながら、彼女の頬を涙がつたっていた。 
まずはその涙が悲しみの涙であることは誰にでもわかる。 
今まで抑えて来たその悲しみを存分に体験する必要がある。
いわば、悲しみをちゃんと悲しむために人は泣くのである。
悲しみをちゃんと体験するための涙。
それがひとつ。

そして、涙にはもうひとつの意味がある。
それは近藤先生のおっしゃった通り、人は受け入れ難いことを受け入れるときに泣くのである。
完全に受け入れられるまで何度も何度も泣く。
受け入れ難いことを受容するための涙。
今日はさらに掘り下げてみよう。

そこにはただ受容するだけでなく、悲しみを超えて行こうとする働きが潜んでいる。
いわば、泣かなくていいようになるために泣くのである。
そのことが悲しいのではなく、
そんなことをいつまでも悲しんでいる自分が悲しいのだ。
そんなことで悲しんでいる自分を超えて行きたいと、その人の生命(いのち)は願っている。
そのために泣く。

我の涙と生命(いのち)の涙。
人間に起きるその涙の二重性をちゃんと感じ取る必要がある。

 

 

【注】自己憐憫の涙、注意獲得の涙は、病んだ涙であり、ここには含めない。

 

 

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