八雲総合研究所

主宰者の所感日誌    塀の上の猫
~ 八雲総合研究所の主宰者はこんな人 が伝われば幸いです ~

だから、死ということは、人間がもし本当に自分を充実させて、そして、自分を充実させるっていうことは、どういうことかっていうと…僕はこう言いましたね、自分の生命を尊重するのと一緒に他人の生命も尊重する、と言いましたね。他人の生命の尊重ということ、それから尊敬と、そういうものが僕は愛だと思う。だから、つまり、そしてお互いに尊敬し、mutual(ミューチュアル)に尊敬し合うということ、そういうことがね、人間と人間の本当の交わりの元になると思うんです。そういうものがね、例えば、僕は、結婚でも、恋愛でも、お互いの間の尊敬がない関係っていうものは崩れて行く関係だと思う。お互いの生命に対する本当の尊敬があって、そこに何かお互いに頭を下げ、合掌し合うような、そういうものがあったときに、それは永続性を持つと僕は思う。
だけども、そういう意味で、この、人間は一人で生きるわけじゃなくて、共に生きるということを…人間っていうものは、本当に人間として生きる場合に、人間というように、日本語が言っている、人の間です。つまり、人と人と、お互いにですね、間柄を持って生きるということ。そういうときに初めて生きるということになる。ですから、今言ったように、本当に自分の一生を生きるというときには、人をお互いに愛し合って、愛情を持ち、愛し合ったところの、愛する関係っていうものがなきゃいけないと思う。これはやっぱり人間として非常に大事なことじゃないか、基本なことじゃないか。だから、それは生命を愛することから出発して、それを基礎とした愛するということですね。そういうものが、僕は、あって初めて、それを本当に生きたときに、死ぬるということは、本当は、そんなに恐ろしくなくなると。
つまり、もうひとつ言い換えてみましょう。仏教的に言えば、この生命は与えられたものです。与えられたものだから、我々の、つまり、勝手に殺したり、処分できない。与えられたその定めに従って、与えられた意味に従って、その意味を充足さすことによって、そして終わるべきときに終わると、いうことが、私は、死だと思う。だから、はっきり言えば、本当に、その意味では、自分の与えられた生命を与えられたものに返して行くわけで、だから、自分はそんなことについて余りこだわらなくていいと思うんですよ。ただ、自分に与えられた責任、与えられたものを尊敬し、それを尊重し、大事にして行く。たったひとつしかないこの生命(いのち)の機会を大事にして行くということが、そういうことが大事だと私、思うんですね。まあ、私は、そういうことをちょっと補う意味で、あの、補足致します。最後のは、あなた方に対する問いかけであるし、それに対するいろんな、僕は、考え方がある思いますが、率直に私の気持ちを申しあげておきます。」(近藤章久講演『こだわりについてⅡ』より)

 

前回(金言を拾う その33)で、「そもそも何のために授かった生命かがわかり、その生命を生きたとき、我々の生命は永遠のものとなる」ということを書きました。
それだけでも大変有り難いことではあるのだけれど、それでは自分だけしか救われない。
厳しく言えば、甚(はなは)だ利己的な結論と言わざるを得ない。
よって、そこに留まらず、縁あって出逢った他人の生命への尊重、尊敬が溢れ出す、我々を通して湧き出して来る、そういう展開になら
なければ、利他的にはならないのである。
そしてさらに、その利他と利他とが出逢うとき、それは相互的となる。

「お互いの生命に対する本当の尊敬があって、そこに何かお互いに頭を下げ、合掌し合うような、そういうものがあったときに、それは永続性を持つ」
そうなって初めて、人間と人間との本来の世界=唯仏与仏(ゆいぶつよぶつ)が転法輪する世界が顕(あきら)かになるのではないか、と私は思っている。

 

 

 

ふと気になって『新約聖書』(文語訳)を開いてみた。

マタイ傳福音書に
「人もし汝(なんじ)の右の頬をうたば、左をも向けよ。」(第5章39節)  
「汝らの仇(あた)を愛し、汝らを責むる者のために祈れ。」(マタイ第5章44節) 
「これ天にいます汝らの父の子とならん為なり。」(第5章45節) 
とある。

また、ルカ傳福音書には
「汝らの仇(あた)を愛し、汝らを憎む者を善くし、汝らを詛(のろ)ふ者を祝し、汝らを辱(はづか)しむる者のために祈れ。なんぢの頬を打つ者には、他の頬をも向けよ。」(第6章27~29節
「汝らの父の慈悲なるごとく、汝らも慈悲なれ。」(第6章36節
とある。

これ、あなた、できます?
敵を愛せますか、心の底から?
例えば、あなたの一番大事な人を凌辱したり殺したりした相手でも。
よっぽどの偽善者でない限り、できるとは言えないでしょう。

そう。
勘の良い方は、かつて小欄に書いた『戒 私論』を思い出されたのではないでしょうか。

これらの聖句が示されたのは、それを実践することは、おまえらには無理だ、自分には無理だ、ということを愚かな人間どもに徹底的に思い知らせるためなのです。

そうなると、我々が進む道はひとつしかなくなります。
自分でなんとかできないのだから、自分を超えたものにすがるしかない、おまかせするしかない。
それが「御心(みこころ)のままになさしめ給え」であり、仏教でいう「南無」なのである。
神の御業(みわざ)が迷える子羊を通して行われることを「父の子となる」「父の慈悲のごとく、汝らも慈悲なれ」と言われているのである。
そうすれば、汝の敵を愛する、という奇跡が行われるかもしれない、人間の力ではなく、神の御業によって。
(ここらを勝手に解釈できるところがクリスチャンでない私の特権である)

昔、右浅側頭静脈あたりをヒクヒクさせながら、憎い相手のことを無理矢理頑張って愛そうとしているクリスチャンの友人を見かけたことがある。
偽善者になろうとするのはおやめなさい、
自力、我力、人力では不可能なことを認めて祈りなさい、
とクリスチャンでない私が彼を説教したのでありました。
それも実は、私にそう言わせたのは、私ではないんだけどね。

 

 

「あの、有名な雪山童子(せっせんどうし)っていう話があるんですがね、仏典の中にね。それはね、羅刹(らせつ)(悪鬼)がいるんですね。そこへ道を求めて、童子が行くわけです。そうしますと羅刹がね、おまえがもしも自分の体を自分に食べさせれば、私は真理をおまえに与えてやろう、とこう言うわけです。この場合、問われているのは、その人の生命ですね。そのときに童子は自分のそれを施身(せしん)、つまり、自分の体を施(ほどこ)してね、そして羅刹の餌食(えじき)になろうとしたわけです。その途端に、羅刹帝釈天の形になって、そして、本当にその童子に、有名な句ですが、ひとつの真理を教えてくれたという譬(たと)えがありますねそういう意味で、私たちは、本当の人間になるためには、場合によれば、そういうことも必要な場合もあります。私はこれを非常に強く言うわけではありませんよ。…
で、今…いわゆる施身聞偈(せしんもんげ)というふうなことをちょっと申しあげましたけども、こういったことは、生命ということは、生命はなんのためにあるか、というふうなことを考える上での、ひとつの参考に申し上げましたけども、私は、これから少し、なんて言いますか、暴論を吐きます。私の率直な感じを申しあげるんですけど。私たちは生命を与えられたものだと思うんです、私は。その与えられた生命ですが、これの中には素晴らしい可能性が宿っていると私は思うんです。改めて我々のめいめいに与えられた生命の値打ちというものを、その可能性をじっくりこう考えてみる必要がありはしないか。これ、一回しかない。この一回しかない生命というものが与えられているということの重要性というものは非常に大事だと思う。その生命を、今までの我々の先輩は、今の施身聞偈の例にあるように、本当の真理を求めるためには投げ出しても構わない。ということは、つまり、我々の生命というものが何のためにあるかということを、ひとつ、示唆していると思うんですね。
よく不惜身命(ふしゃくしんみょう)、身命を惜しまず、身や命ですね、身命を惜しまず、という言葉があります。その後に続くのが、ただ身命を惜しめ、と(「不惜身命、但惜身命(たんじゃくしんみょう)」(道元『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』))。矛盾してますね。身命を惜しまず、ただ身命を惜しめ。ただ身命を惜しめ、の方が今の場合、注釈が必要だと思いますが、私の考えでは、この与えられた生命の素晴らしい可能性ということに気がつけば、その身命を本当に惜しんでも惜しんでも足りないもんじゃないかと、こんなふうに思うんですね。一人ひとりが自分の中に、自分の中に宿ってる、そういった生命の尊厳と尊さ、その猛烈な持っている可能性というものを本当に感じたときに、この一日を、この一瞬を、この生命が生きる一瞬というものを本当に生きるときに、永遠に通ずるものがあると思うんです。
だから、死をなんとかコントロールしよう。死んでも生きてやる。まあ、極端に言うとね。死んでも生きてやるってのはありますよ。…なんか知らんけど、人間ってのは、そういう形で、死っていうものを生によって塗りつぶそうとするわけ。だけども、それがひとつの生に対するこだわりですね。執着です。しかし、その生というもののね、何故執着するかというと、先ほど僕が言ったように、その人の生が本当に十分に生きられていない場合に、生を失うまいとするんじゃないかと。本当に自分が充実して生を生きて、生の意味を果たし、人間としての本当の生命を発展させて生きているときには、恐らく…坂本龍馬じゃないけども、途中で死んでも悔いがないだろうと思う。…
死ぬことが生きることで、生きることが死ぬことの場合もある。そういうふうなこともある、ということを言いたいんです、僕はね。」(近藤章久講演『こだわりについてⅡ』より)

 

近藤先生が「私はこれを非常に強く言うわけではありませんよ」とか「暴論を吐きます」と慎重に言葉を選びながらおっしゃっているが、
「一人ひとりが自分の中に、自分の中に宿ってる、そういった生命の尊厳と尊さ、その猛烈な持っている可能性というものを本当に感じたときに、この一日を、この一瞬を、この生命が生きる一瞬というものを本当に生きるときに、永遠に通ずるものがある」
その人の生が本当に十分に生きられていない場合に、生を失うまいとするんじゃないかと。本当に自分が充実して生を生きて、生の意味を果たし、人間としての本当の生命を発展させて生きているときには、恐らく…坂本龍馬じゃないけども、途中で死んでも悔いがないだろうと思う
死ぬことが生きることで、生きることが死ぬことの場合もある
から先生の真意がわかる。
そもそも何のために授かった生命かがわかり、その生命を生きたとき、我々の生命は永遠のものとなる。
そのためにはいつ死んでもかまわない。
反対に、
その人の生が十分に生きられていない場合に、その人は生に執着する。
即ち、生物学的に死ぬことによって、永遠の生命に生きることもあれば、
生物学的に生きることに執着することによって、永遠の生命を失うこともあるのである。
さらに話を進めれば、
「身命を惜しまず」、本当の意味で、身命を惜しまないということは、永遠の生命に生かされているという真実を体験するためであれば、この身命も惜しまないということであり、
また、「身命を惜しめ」、本当の意味で、身命を惜しむということは、
永遠の生命に生かされているという真実を体験するために、この身命を惜しんで生きよ、ということなのである。
即ち、「不惜身命(身命を惜しまず)」いうことと「惜身命(身命を惜しめ)」ということが、実は同じ方向性を持った言葉であったということになる。
そう思うと益々「不惜身命(しゅしゃくしんみょう)、但惜身命(たんじゃくしんみょう)」(身命を惜しまず、但し、身命を惜しめ)という言葉は、流石、道元と言わざるを得ない。

 

 

 

ジャータカとは、釈尊の前世の物語。前生譚(ぜんしょうたん)とも言われ、このような輪廻転生を繰り返して、やがて釈尊として生まれた、というお話。
輪廻転生があるのかないのかは知らないが、ジャータカに込められた意味は掴むことができる。
近藤先生の講演録からの「金言を拾う その32」の前置きとして、3日間に渡って釈尊のジャータカをご紹介して来たが、今日はその3日目最終日。

 

【3】雪山童子(せっせんどうじ)の施身聞偈(せしんもんげ)の話。
出典:涅槃経(ねはんぎょう) 聖行品(しょうぎょうぼん)

ある菩薩が雪山(せっせん)(ヒマラヤ山脈)で修業を重ね、雪山童子と呼ばれていました。
その様子をご覧になっていた釈提桓因(しゃくだいかんいん)(帝釈天)が、修行の心が堅固であるかどうかを試すため、恐ろしい羅刹(らせつ)(悪鬼)に姿を変えて、童子に迫り、声高らかに「諸行無常(しょぎょうむじょう)」(諸行は無常なり)「是生滅法(ぜしょうめつほう)」(是(こ)れ生滅の法なり)と唱えました。
これは過去の仏たちがお説きになった仏教の真理を示す偈文(げもん)の前半部分でした。
これを聞いた童子は、この尊い教えを一体誰が唱えているのであろう、とあたりを見回しましたが、それらしき人は見当たりません。
ただ谷底に恐ろしい羅刹がいるばかりでした。
このような偈文を羅刹が唱えるわけがないと思いましたが、まわりを見ても誰もいないので、羅刹に尋ねました。
「言ったのは確かに私だが、この数日、何も食べていない。空腹で偈文どころではない。」
「それでは、何をお食べになりたいですか? 何でも差し上げましょう。」
「そうか。それほどまで言うのなら、私が食べるのは人間の生肉と生き血なのだ。今は飢えに泣いているような始末だ。」
「わかりました。それでは私の身体(からだ)を差し上げますから、どうか後の半偈をお聞かせ下さい。」
羅刹は厳(おごそ)かに後の半偈である「生滅滅已(しょうめつめつい)」(生滅を滅し已(おわ)りて)「寂滅為楽(じゃくめついらく)」(寂滅を楽となす)と唱えました。
童子はその偈文を聞くと、至るところの木の幹や石に書き付けました。
そして樹上より飛び降りて、その身を羅刹に捧げました。
その瞬間、羅刹は元の
釈提桓因の姿に戻り、両手で童子の身体を受け止め、地上に下ろしました。
真実を究めようと修行し、半偈のために身を捨てた雪山童子とは、釈尊の前生(ぜんしょう)の姿だったのです。

 

(以上、この話にもいくつかのヴァリエーションが存在するが、今回は特に薬師寺のサイトの文章を下地にさせていただいた)

 

なんのために生れて
なにをして生きるのか
こたえれないままおわる
そんなのはいやだ

アンパンマンのマーチを待つまでもなく、それが我らの出生の本懐である。
それが体験・体得できたならば、今回授かった生命を大いに生きたことになり、最早いつ死んでも悔いはないのである。
長命、長寿も有り難いことではあるが、そもそも何のために授かった生命なのか。
雪山童子に「思わず」「躊躇なく」その身を差し出させたものもやはり童子を通して働く大いなる生命の力であった。
その本質については、明日の近藤先生の言葉を待とう。

 

【附記】この『雪山偈(せっせんげ)(諸行無常偈)』(諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽)を和歌にしたのが「いろは歌」だと言われています。
ちなみに、「いろは歌」は、一説に空海の作とか、柿本人麻呂の作とか言われていますが、実際の作者はわかっていません。

いろはにほへと ちりぬるを   色は匂(にほ)へど 散りぬるを
 花は艶(あで)やかに咲き誇っても、やがて散ってしまう 
 
諸行無常(諸行は無常なり)  作られたものはすべて無常である

わかよたれそ つねならむ    我が世誰ぞ 常ならむ
 私たちの人生も同じく無常です
 是生滅法(是(こ)れ生滅の法なり)  生じては滅していくことを本性とする

うゐのおくやま けふこえて   有為(うい)の奥山 今日越えて
 万物で満たされたこの迷いの山を今日こそ越えて
 生滅滅
已(生滅を滅し已(おわ)りて)  生滅することがなくなり

あさきゆめみし ゑひもせず   浅き夢見じ 酔ひもせず
 浅くはかない夢を見て酔っていないで、真の安らぎを学びましょう
 寂滅為楽(寂滅を楽となす)  静まっていることが安らぎである

 

※ちなみに、前回の「薩埵太子の捨身飼虎」の話と今回の「雪山童子の施身聞偈」の話は、法隆寺にある玉虫厨子(たまむしのずし)に描かれている。
 

 

ジャータカとは、釈尊の前世の物語。前生譚(ぜんしょうたん)とも言われ、このような輪廻転生を繰り返して、やがて釈尊として生まれた、というお話。
輪廻転生があるのかないのかは知らないが、ジャータカに込められた意味は掴むことができる。
近藤先生の講演録からの「金言を拾う その32」の前置きとして、3日間に渡って釈尊のジャータカをご紹介する、今日はその2日目。

 

【2】薩埵太子(さったたいし)の捨身飼虎(しゃしんしこ)の話。
出典:釈尊のジャータカに登場する話だが、『金光明経(こんこうみょうきょう)』では、同じ話が
薩埵太子=大勇(だいゆう)として描かれており、こちらの話の方がわかりやすいので以下に示す。

インドに大事(だいじ)という名前の王さまがいました。
この国は富み栄え、いつも正しい仏教の教えをもって国民を導いていました。
王さまには3人の王子がいました。
長男は大渠(だいこ)、次男は大天(だいてん)、三男は大勇という名前でした。
ある日、3人で森に遊びに出かけました。すると7匹の子虎を連れた母虎が、親子ともどもに飢えて痩せ衰え、餓死寸前になっていました。
飢えのあまり、あわや我が子を食べようとしている母虎の様子を目(ま)の当たりにし、
大渠と大天の2人は憐(あわれ)みの心を起こしましたが、「虎は、豹(ひょう)やライオンと同じく、生肉や生き血を食べている。私たちはこの虎の飢えを救うことはできない。」と三男の大勇に言い、その場を立ち去ってしまいました。
人はみな自分のことのみを愛して他者を省みず、大慈・大悲によって我が身を忘れて他を救うような人間はいない、のがこの世界の実情です。
しかし大勇は、思わず、そして躊躇(ちゅうちょ)することなく、虎の前に身を投げ出しました。
すると虎は直ちに飛びかかって、その血肉を喰い尽くし、あとには白骨が散らばるだけでとなり、母子の虎は飢えから救われたのでありました。

 

(以上、この話にもいくつかのヴァリエーションが存在するが、今回は特に薬師寺のサイトの文章を下地にさせていただき、松田が改訂した)

 

この話も、薩埵太子=大勇自身が思案し、自分の意志に基づいた決断によって、母虎の前に身を投げる、と解されている場合が多い。
となれば、それは自力の話である。
大勇が“ご立派”という話になってしまう。
それでは浅過ぎる。
大勇の自力ではなく、大勇を通して働く力が、そうさせたのである。
だから、「思わず」「躊躇することなく」が成立するのだ。
これもまた、ベタベタの情だけで読んでは薩埵太子=大勇に申し訳ない。
このジャータカも、偉い話でも、可哀想な話でもなく、ただ尊く、美しい話なのである。

 

 

ジャータカとは、釈尊の前世の物語。前生譚(ぜんしょうたん)とも言われ、このような輪廻転生を繰り返して、やがて釈尊として生まれた、というお話。
輪廻転生があるのかないのかは知らないが、ジャータカに込められた意味は掴むことができる。
近藤先生の講演録からの「金言を拾う その32」の前置きとして、今日から3日間に渡って、釈尊のジャータカをご紹介する。

 

【1】『月のウサギ』の話  出典『今昔(こんじゃく)物語集 三獣行菩薩道兎焼身語』

今は昔
天竺(てんじく)(インド)で、ウサギ、キツネ、サルが一緒に暮らしていました。
3匹は菩薩行(ぼさつぎょう)を行うため、毎日修行し、お互いを実の家族のように慕い合っていました。
そんな3匹の様子を見ていた帝釈天(たいしゃくてん)は、その行いに感心し、本当に仏の心を持っているかどうか、試そうと思いました。
そこで帝釈天は、老人に化け、3匹のもとを訪ねて、「貧しく、身寄りもない自分を助けてほしい。」と言いました。
3匹はその申し出を快く受け入れ、老人のために食べ物を探します。
サルは木の実や果物を取り、キツネは魚を獲って来ました。
ところが、ウサギだけは、山の中を一所懸命に探しても、老人は食べる物をどうしても見つけることができませんでした。
そしてある日、サルとキツネに「食べ物を探して来るので、火を起こしておいてほしい。」と頼みました。
サルとキツネが火を起こすと、ウサギは老人に「私を食べて下さい。」と言って、火の中に身を投げ、焼け死んでしまいました。
すると老人は元の帝釈天の姿に戻り、ウサギの命を惜しまぬ行動を世界に示すため、その姿を月の中に映しました。
今も月の中にいるのはこのウサギで、月の表面の雲のような模様は、ウサギが焼けた煙だと言われています。

 

(以上、この話にはいくつかのヴァリエーションが存在するが、今回は特にアニコム損保保険のサイトの文章を下地にさせていただき、松田が改訂した。

 

初めてこのジャータカを読んだのは子ども向けの絵本だっただろうか。
「私を食べて下さい。」という言葉と、ウサギが火の中に身を投げる絵に、胸を突かれたのを覚えている。
しかし、当時の私はこの話を「ウサギは偉いなぁ。」「ウサギが可哀想だなぁ。」と情緒的に(感情的に)読んでいたのだと思う。
火の中に身を投げ出したのはウサギの自力ではないのである。
ウサギを通して働く力がそうさせたのだ。
ベタベタの情だけで読んではウサギに申し訳ない。
これは偉いは話でも、可哀想な話でもなく、ただ尊く、美しい話なのである。

 

 

今日は令和6年度5回目の「八雲勉強会」。
近藤章久先生による「ホーナイ派の精神分析」の勉強も1回目2回目3回目4回目に続いて5回目である。
今回も、以下に参加者と一緒に読み合わせた部分を挙げるので、関心のある方は共に学んでいただきたい。
入門的、かつ、系統的に学んでみる良いチャンスになります。
(以下、表記に多少古いものも含まれるが敢えてそのままに掲載した。また斜字は松田による加筆修正箇所である)

 

A.Horney(ホーナイ)学派の精神分析

2.神経症的性格の構造

一度「仮幻の自己」が結晶されると、その個人の生活態度乃至(ないし)傾向は「仮幻の自己」の実現と言うことを中心に展開して行く。そしてここに、次に見るような特異な神経症的性格構造の内容が観察されるのである。

a.他に対する神経症的要求 neurotic claims

「仮幻の自己」実現の試みは先ず第一に、彼を取り巻く世界に対する神経症的要求 ー neurotic claims の形を取る。「仮幻の自己」の持つ様々な欲望や必要条件は、それが実現される為には、現実によって充足されなければならないのは勿論である。
しかし、これらは個人の心内に於いて要求に変容するのである。即ち、現実は ー 対人関係その他を含めて ー それらを充足しなくてはならないし、すべきなのである。要求は自己 ー「仮幻の自己」ー の当然な権利であり、正しい自己主張と考えられる。
この要求が充足されない時は、現実こそ非難されるべきものなのであって、彼は非難さるべきものではない。彼は寧(むし)ろ同情さるべき被害者なのであって、彼の要求は当然且(か)つ正当であり、その意味で何人(なんぴと)も批判を許されない。彼はあらゆる責任から免(まぬが)れるのであり、責任を負うべきは他人であり、現実であるのである。しかも、彼の要求は正しく、権利であるばかりでなく、それが正当であると言う理由で、彼の努力を煩(わずら)わさずに、充足されねばならにと言う要求に迄(まで)発展するのである。
従って、彼の側の努力を要求されることは、不正であり、屈辱として彼には感じられる。しかし、この様な正当化にもかかわらず、不幸なことに現実は必ずしも彼の神経症的要求を満足してはくれない。特に彼の要求が、その完全な充足を要求するに及んで益々そうである。彼の自己免許の主張や権利は常に挫折の運命にある。しかし彼にとって、第三者から見れば自己中心的な、傲慢な、手前勝手な要求であるにしても、これらの要求は正しく彼の生存にとって必要なものであり、したがってその挫折は不安のもととなる。彼は怒り、恐れ、要求を妨げる現実や他人に対し、激しい敵意を抱き、復讐に駆り立てられる。
それらが又挫折する時、怒りや怨恨(えんこん)となる。こうして彼は何時(いつ)も不安や不満、焦燥感や怒りに満ちた存在となるのである。

 

不幸な生育環境のせいで、「真の自己」を押し込められ、「仮幻の自己」に生きざるを得なくなったのであるから、そこに神経症的要求が生じるのは当然である。
せめて「仮幻の自己」の実現のために、周囲は自分のあらゆる要求に応えるべきなのであり、応えないことは許されない、いや、許さないのだ。
あなたの知っている人にいませんか?
自己中心的な無理難題を次から次へと当たり前のように要求して来る人を。
あのド厚かましさ、厚顔無恥はここから来るのである。
そして、神経症に呑み込まれている人に、内省はない。
自分がおかしなことをやらかしていることに気づかない限り、残念ながら、彼/彼女は「何時も不安や不満、焦燥感や怒りに満ちた存在」であり続けることになる。
行き詰まり果てて気づくのか、面倒臭いヤツのまま寿命を終えるのか、いい年をした大人である以上、それもまた厳しき自己責任なのである。
 

 

「人間だけですよ。松はね、どんなことがあってもちゃんと松になるんだ。イチョウはちゃんと、どんなことがあってもイチョウになるの。…どうして人間だけ人間にならないでいいか、という。えぇ?! 人間には人間になる権利がある。人間は人間になる、そういう素質を持っているわけ。…
いかに人間が健康に生きるかってことは、いかに、そういうふうな、単なる自己中心的な、利己的な、自己保存欲から抜けて、自分だけの生命だけを大切にするんでなくて、他の人の生命も大切にする、自他の生命を尊敬しながら伸ばして行くと、こういうことがね、私はもう少し眼を開いて良いんじゃないかと思うんです。
つまり、こだわりということは、大体言えば、自分自身の自己中心主義、自分自身の利己主義、利己的なね、自分の価値観をね、防衛するところから起きるところのね、精神作用だと私は思う。…
私たちはね、本質には、人間であるということ、その弱さを認める、自覚することがひとつ。さらに、人間であるということは、人間自身を、自分自身の低い人間性をもっと高い段階へ成長さす、そういうことが人間のまた可能性の中にあるということ。つまり、私たちが、言うならば、一応、そりゃあ人間らしいことだね、と言うときには、人間らしい弱さを言ってることが多い。しかしながらそれのみに堕(だ)さない。我々が人間として、言うならば、ある意味における人間を超えて、我々の、人間を本当に超えることが、逆に言うと、人間であることの証明にもなるということです。」(近藤章久講演『こだわりについてⅡ』より)

 

自分が紛れもなく自分になるということは、大切であるけれど、そこには我々の自己中心性や利己的なところが紛れ込みやすい。
そういった我々人間の持つ弱さ=自己中心的で利己的になりやすいということを認めた上で、それのみに堕さず、我々人間に与えられた成長して行く力=利他的になる、自他の生命を共に尊敬し大切にして行くことができるようになることが重要なのである。
即ち、我々が利己的であるということも、人間というもののひとつの証明ではあるけれど、それだけに留まらず、我々が利他的になる可能性を秘めているということもまた、人間というものの証明なのである。
どちらも人間だけれども、やっぱりね、闇より光で生きて行きたいね。

 

 

玄関先の庭を掃除していたら、茗荷(みょうが)が驚くほど勢力拡大していることに気がついた。
植えた覚えはないので、前住者が残した球根から生えて来たのかもしれない。

茗荷と言えば、思い出すのが釈尊の弟子の一人、周利槃特(しゅりはんどく/チューリパンタカ)のことである。
大変に忘れっぽく愚鈍であったため、自分の名前さえ忘れ、自分の名前を書いた名札(幟(のぼり)という説もあり)を背中にしょって、名前を訊かれる度に背中を指さしていた、と言われる。そのため、仏道修行も進まず、諦めかけたときに、釈尊から「塵を払い、垢を除かん」と唱えながら掃除をするよう言われ、一所懸命に行ったが、それでも当初は箒(ほうき)さえも忘れる始末であったという。しかし、めげずに何年も何年も掃除を続けていたある日、折角綺麗にした所を子どもたちに汚され、思わず怒っている自分に気がついた。ああ、払い除くべきはこころの三毒=貪(とん:むさぼり)、瞋(しん:怒り)、癡(ち:無知)であった、と気づき、遂には阿羅漢(あらかん:修行者の到達し得る最高位)に至った(十六羅漢の一人)と言われている。

その周利槃特が亡くなった後、墓から名の知らぬ草が生え、それを上記のエピソードに因(ちな)んで「茗荷」(=名を荷(にな)う=名前を背負う)と名づけ、茗荷を食べると周利槃特のように物忘れがひどくなると言われるようになったとやら。
だから茗荷を見て、周利槃特のことを思い出したのだ。

そしてまた、周利槃特の掃除する姿にヒントを得て作られたキャラクターが、『天才バカボン』の「レレレのおじさん」である、という説がある。
レレレのおじさんが何を掃いているかを思うと
「おでかけですか? レレレのレ―!」
も意外に深いのかもしれない。
「あなたはもう三毒を掃き終わりましたか? レレレのレー!」

そして今日、玄関先を箒で掃きながら茗荷に気づいた私は、周利槃特の話を書かないわけにはいかんな、と思ったのでありました。

これからは、こころの掃除を思いながら、普段の掃除を致しましょう。


 

世の中には、戒あるいは戒律というものがある。

有名なものとしては、まずキリスト教のモーゼの「十戒」がある。
このうち、最初の三つは神のために守る戒律であり、残りの七つは人間との関係において守る戒律である。
例えば、その後半七つを挙げてみよう。
4.汝(なんぢ)の父母(ちちはは)を敬へ
5.汝殺すなかれ
6.汝姦淫(かんいん)するなかれ
7.汝盗むなかれ
8.汝その隣人(となり)に對(たい)して虚妄(いつわり)の證據(あかし)をたつるなかれ
9.汝その隣人の家を貪(むさぼ)るなかれ
10.汝その隣人の妻およびその僕(しもべ)婢(しもめ)牛驢馬(ろば)ならびに凡(すべ)て汝の隣人の所有(もちもの)を貪るなかれ
とある。(『舊新約聖書』日本聖書協会)
さて、これら全部を完全に守れる人がどこにいるというのであろうか?

また、仏教では、在俗信者が守るべきものとして「五戒」がある。
1.不殺生(ふせっしょう)
2.不偸盗(ふちゅうとう)
3.不邪淫(ふじゃいん)
4.不妄語
5.不飲酒(ふおんじゅ)
上記の十戒と結構重なることがわかる。
さて、これら全部を完全に守っている人が一体どこにいるのであろうか?
さらに出家者が守るべき戒律として、比丘(びく)(男性出家者)は二百五十戒、比丘尼(びくに)(女性出家者)は三百四十八戒があるというから、段々クラクラしてくる。

中には鈍感で思い上がりやすい人がいて、この「十戒」なら、この「五戒」なら、オレは(わたしは)ちゃんと守れている、守れる、と簡単におっしゃる。
例えば、一瞬でも性欲や物欲を感じたことのない人間が果たしているのだろうか。実際に行動に移さなければセーフという料簡(りょうけん)が甚だ甘いのである。
さらに、私のように、人間の無意識を相手にしている立場からすると、うまいこと意識上のことをちょろまかしても、その皮を一枚剥がした無意識では、破戒=戒律破りのオンパレードである。
だから、人間のことを「偽善者」といい、「凡夫」というのである。

ここで私も気がついた。
戒や戒律が示されるのは、それを守ることは、おまえらには無理だ、自分には無理だ、ということを愚かな人間どもに徹底的に思い知らせるためなのだと。
そうなると、我々が進む道はひとつしかなくなる。
自分でなんとかできないのだから、自分を超えたものにすがるしかない、おまかせするしかない。
それが「御心(みこころ)のままになさしめ給え」であり、「南無」なのである。

そこを踏まえた上で、先の「十戒」「五戒」に戻るならば、
(どうせ守れないから好き放題やっていいよ、ということではなくて)
どうせおまえらにできないことはわかっているけれど、できないなりに、できる範囲ではやってみなさいよ、
というのが戒律の意味だったのである。

 

     蛇皮を脱ぐ 罪なきものは なかりけり

 

 

「男の人の場合でも…自分というものが、いつでもそういうステータス、つまり地位とか場所だとかね、自分のポジションだな、そういうことでもって自分というものの価値を決めてるわけ。だから、そこいらの価値をね、自分の生存とつながっていると思うから、その価値をちょっとでも傷つけられるとね、すごくそれにこだわるわけですよ。
僕の隣の人が一所懸命になって自動車を磨いているんですよね。…自動車をものすごく綺麗に磨く。…日本人はちょっとでもね、人の車でもって傷つけられるとカンカンに怒っちゃうの。つまり、あれはね、我が分身なんだな、日本人にとって、極端に言うと。自分の自動車っていうのはね…自分の分身なんだ、自分の延長なんだ、ね。それを、だから、傷つけられたりすると大変だし、だからしょっちゅうピカピカピカピカ、こうやってないと気が済まない。つまり、そういうことで日本人の場合、こだわりがひとつ増えてる。…
自分の延長であり、自分の身代わりみたいなもの。自分の身代わりだから、ちょっとガッツンとやられると、とても癪(しゃく)に障(さわ)っちゃうわけね、これね。…
万事につけて、そういうふうなことやって来ると、それにこだわってると、面白いんだけども、一体どういうことになって来るかっていうと、我々はね、しょっちゅう傷つけられ、しょっちゅうもう、心を傷つけ、いろんな小さなことにもう傷ばっかり、満身創痍(まんしんそうい)じゃないけど、しょっちゅうハートに傷ばかりしているようなことになってしまう。これが極端になると…僕が取り扱う神経症になるわけです、ね。けれどもね、これは普通の人の場合にもそれがある。
私がこだわるということに関して、こんなことを持ち出したのは、我々がこだわる中に、つまり、我々が人間として生きる上において、本当に意味のある価値というものが、実はこだわられないで、嘘の価値、我々がむしろ人間として成長するためには妨害となる…ものがこだわられているということがあると思う。」(近藤章久講演『こだわりについてⅡ』より)

 

車にこだわっている人は車を傷つけられると自分が傷つき、
学歴にこだわっている人は自分以上の学歴の人が出て来ると傷つき、
お金にこだわってる人は自分以上の金持ちが出て来ると傷つき、
地位にこだわっている人は自分以上の地位の人が出て来ると傷つく。
結局は、そういうすがるもの、こだわるものに価値を置いて、自分の存在価値と結びつけている。
つまり、裏を返せば、裸の自分に自信がないのである。
裸の自分では存在価値がないのである。
それもそのはず、子どもの頃から、自分が自分であることに寄り添われて、愛されて、育っていないんだもの。
だから、代わりに評価してもらえるものが必要になり、“メッキ”にすがってこだわるのである。
よって、そのメッキがちょっとでも傷つけられると、自分の全存在が傷つけられたような気になり、ガラスのハートは些細な出来事で傷だらけになって行くのだ。
あのね、そんな嘘のメッキはもうどうでもいいからさ、裸の自分の方に、自分の存在の根底にある尊さの方に、眼を向けて行きましょうよ、という話なのである。


 

第二次世界大戦中、軍医をしていた亡父の話。
戦況が悪化する一方の前線の野戦病院で、多くの兵士を看取ったと言っていた。

そんなとき
「天皇陛下、万歳!」
と言う
て死んで行ったヤツは一人もおらん。
みんな
「おかあちゃん。」
と言うて死ぬんじゃ。

最後に頼るのはおかあちゃん。
刀折れ、矢尽き、傷ついた兵士が、異国で一人寂しく死を迎えるときも、思わずその名を呼びたくなる存在なのです。

しかし、「毒親」という言葉が当たり前のように使われている現代、血縁上、戸籍上の母親が必ずしも本当の「おかあちゃん」ではないかもしれません。
そうではなくて、「おかあちゃん」というのは、いつでもどこでもどんなときでも、無条件に受け入れ、抱きしめ、愛してくれる存在の象徴なのです。

浄土門では、阿弥陀仏のことを「おやさま」と呼びます。
それは明らかに、父親ではなくて母親です。
生きることに迷い、疲れ、心細くなってたときに、おかあちゃんの名を呼ぶことが念仏、南無阿弥陀仏なのです。

また、キリスト教のカトリックにおいても、聖母マリアの人気は絶大です。
これもまた聖なるおかあちゃんでしょう。

生命(いのち)を生み出し、生命(いのち)を育んでくれるおかあちゃん。
そして最後に生命(いのち)を引き取ってくれるおかあちゃん。

凡夫であり、迷える子羊である我々は、いくつになっても、大いなる母性にすがって生きて行くしかないのかもしれません。

 

 

「子どもって寂しいもんでね。子どもって無力なもんですよ、ね。何もだからって猫可愛がりするわけじゃない、僕はそう言ってるんじゃない、ね。そこで、何故、無力か、何故ね、心細いかっていうと、本当にどうして生きて行ったら一番良いか、わからないんだもの、ね。そういう意味で、その人の場合を言いますと、そういうことが、何か、とてもね、子どもは無力で、そして非常に弱いから、親から離されて、親から拒絶されたり、親に否定されたり、親にかまわれなくなったりするってことはね、こりゃあね、漠然としたものだけれども、生きて行けないんじゃないっていうね、いう感じに非常に近づいたようなものだと思う、ね。…
そういうふうなことでね、子どもっていうものを、僕はまあ、いろいろとこう機会があって、見つめることが多いんだけども、子どもに、非常にね、自分のね、生存に関しての悲鳴みたいなね、非常な不安、不安っていうのは、自分のね、もっと深いところで、生物としてのね、生存できるかできないかっていうふうなね、そういう不安があるんじゃないかと思うんですね。それがただおっぱいを飲みたいというふうなね、切実な食物に対するね、飢えとかいうだけでなくてね、そういうものがね、僕はあるような気がしますね。
そこで、外に出てもね、どうしていいかといろいろ考えるわけですよ。まず人に良い感じを与えることがですね、非常に自分の生活の安全というものとくっついてる。そのために、どうしたらいいかと言えば、微笑んだり、少しお世辞を言ったり。…そういう調子で自分をやってたわけですね。ところがね、それをやっていながら、何かね、相手にホントに好かれてない、という感じがするわけ。もしそれがホントにそれでもってうまく成功して好かれてると信じてるならば、何もそういうふうにね、ビクビクしなくて済んだと。だけども、根本には不安があるわけね。…
そういう意味で…どうも、あなたは子どものときから、要するに、自分が人に好かれることが、自分の生存っていうか、生きて行くことに、欠くべからざることだというふうに考えているわけだね、と言ったんですよね。」(近藤章久講演『こだわりについてⅡ』より)

 

これは私が先日書いた『『あ、はい』の憂鬱』『断崖絶壁』の根底をなすお話です。
やっぱり本当のことがわかっている人が語って下さると非常にわかりやすい。
自分の生存の不安を晴らすために、「人に好かれる」=「他者評価の奴隷になる」ことしか思い付かず、それでいながら、いくら頑張って他者評価を得ても、その生存の不安がなくならないところに、この問題の眼目があります。
いくら外から固めて安心を得ようとしても、いつまで経っても中身がからっぽじゃあ、安心できるわけがないですよね。
その間違いに気づくのが第一歩。
大切な第一歩です。
そして第2歩の話は、また次回の『金言を拾う』で取り上げましょう。

 

 

一時期、京都・奈良の寺巡りに毎年のように行っていた。
どの仏像に何を感じるか、特にお寺の中のひとつの御堂にたくさんの仏像が収められているところでは、その中で一番霊性の高い仏像はどれかを感じ分けることにチャレンジするのが最大の楽しみであった。
“造形”で仏像を見るのではなく
また、“蘊蓄(うんちく)”で仏像を見るのでもなく
さらに、“情緒”で仏像を見るのでもない。
仏像を“霊性”で観る眼を養うのがとても楽しかった。
そして毎回旅から帰って来ると、近藤先生に報告した。
先生は京都・奈良のほとんどの仏像は観ておられたので。非常に有り難かった。
「いやぁ、〇〇寺の〇〇堂では〇〇が最高でしたね。」
「ほぅ、そうかい。」
先生はニコニコして聞いて下さった。
そして翌年、同じお寺の御堂に行ってみると、豈(あに)図らんや、全然別の仏像が一番良いと感じたりする。
するとまた
「去年は〇〇が最高だと思ったんですが、見る眼が全く節穴でした。今回行ってみたら□□が最高でした。」
と申し上げると、また先生は
「ああ、そうかい。」
と笑っておられた。
そしてまた翌年、同じお寺の御堂に行ってみると、またまた全く別の仏像が最高に良い、と感じるのであった。
「いやぁ、一昨年も去年も何を見ていたんでしょうね。今回行ってみたら△△が抜群に良かったです。」
と言い、今度は先生は
「よくわかったね。」
と笑顔でおっしゃられた。
近藤先生としては幼児の成長を見守るような眼で見ていて下ったのであろう。
しかし、我ながら褒めるべきは、その年その年で自分が本当に感じたこと(本音)を何も隠さずに、ある意味、天真爛漫に先生に申し上げていたことである。
そして本音が変わって行った。
それが成長なのである。

昔の私だったら、近藤先生の反応を見ながら、どれが“正解”かを探ったことであろう。
でもそれでは、いつまで経ってもホンモノを観抜く眼は育たないんだよね。
何も参考にせず、誰にも頼らず、自分だけの感性で勝負する。
そうして初めてホンモノを観抜く眼、霊性を感じる感性が磨かれるのである。

そして今や、私が仏像好きの後輩たちに応える番になった。
ご希望があれば、京都・奈良のお勧めのお寺をご紹介しましょう。
でもそのお寺の中の仏像で、どれが一番霊性が高いかはあなたの眼で感じて来て下さい。
本音で、そして、粘り強く。

 

 

何かを言われたとき、取り敢えず「あ、はい。」と応える人がいる。
大したことない話で大したことないやりとりなら、それでいいのだけれど
やりたくないことをやれと言われたとき
不本意な提案をされたとき
思い込み、決めつけのことを言われたときなどに
「あ、はい。」と言うのは宜しくない。

「あ」に僅かに抵抗の跡が見えるが
大の大人が「はい」と言った以上、そこで同意した責任が生じる。
本当は、言われた瞬間に「やりたくないな。」「イヤだな。」「そうは思わないな。」という結論は一瞬にして出ているのだが、生育史の中で親からの圧力に服従せざるを得なかった体験の積み重ねが、今に至ってもあなたを無力な奴隷にしてしまっている。
相手の意向に沿わなければならない。
しかも相手を待たせず、すぐに。
自分の思いなんかどうでもいい。
しかし、必ず後になって後悔する。憂鬱になる。陰でブーたれる。
そして、しょうがなく服従するか、どうしてもイヤということになると、随分時間が経ってから、恐る恐る相談に行く。中にはいきなり辞表を出したりする人もいる。

やめましょう。
その「あ、はい。」の習慣。

可能ならば、そのとき、その場で、その人に
「イヤです。」
「それはしたくありません。」
「私はそうは思いません。」
と言えるようになるのが最終目標であるが、
それはすぐには難しい。

ならば、せめて「即答しない」習慣を身につけよう。
「ちょっと考えさせて下さい。」
「返事は今度でいいですか?」
「そうなんですか。」
などなど。
そして時間を作って、しっかり自分の本音と向き合ってから返答すれば宜しい。
そうすれば無力な奴隷にならないで済む。

そして、そうやって時間を稼いでいるうちに、そのとき、その場で、その人に
「イヤです。」
「それはしたくありません。」
「私はそうは思いません。」
と言える自分を作って行くのである。
そのためには丹田呼吸をお勧めする。
(そういう“行”をやらないと、いつまで経っても無力な奴隷のままである)

我々は小さくて弱かったとき、親に服従するしかなかった。
あのとき感じた不安と恐怖が、あなたを無力な奴隷にしたのである。
今のあなたは最早小さくて弱い子どもではない。
そして、大人として“肚が据わる”ために丹田呼吸が役に立つ。

だから、「あ、はい。」はもうおわりにしましょうね。

 

 

昔、倫理の授業で、儒教の「中庸」について習った。
「行き過ぎもなく、不足もなく、ほどよいところ」のようなことを教師が解説したのを覚えている。
なんだか会社で世慣れた上司が、とんがった後輩に対して「君も『中庸』ということを知りたまえ。」と言っているような光景が浮かび、随分ペラいもんだな、という感想を抱いた。
しかし後に、自分でちゃんと儒教を勉強してみようと思い、『論語』にはじまり『中庸』も読んでみた。
そうして近藤先生の指導も受けるうちに、「中庸」の真の姿が観えて来た。
「中」は、その形の通り、ものの真ん中を貫いていることを示している。
「あたる」とよむのだ。
それで明確になった。
「中庸」とは「ど真ん中に当たる」という意味であり、あなたはあなたのど真ん中を生き、わたしはわたしのど真ん中を生きることを「中庸」というのである。
「全体の平均」とか「ほどほどのところ」を意味するものではない。

ここでオイゲン・ヘリゲルの『日本の弓術』(岩波文庫)を思い出した。
ドイツ人の彼が在日中に師から学んだのは、「百発百中」ではなく、「百発成功」の弓術であった。
「百発百中」は、ただ的に当てるだけのテクニックであり、「百発成功」は、弓術を通じて、己のど真ん中を生きる、ど真ん中を生かされて生きて行く、という生き方を身につけることであった。
『日本の弓術』は禅の本であるが、同じことを言っていたのだ。

後日、精神分析に“good enough mother”という言葉があることを知り、またここでもか、と思った。
「ほど良い母親」というのである。
子育てに完璧を求めて苦しんでいる母親に対しては救いになる言葉かもしれないが、私に言わせれば、どうも浅い。
我々がはからって子育てをすれば、間違いなく“bad mother”になるに決まっており、我々を通して働く力におまかせして母親を生きることができれば、それは“good mother”(良い母親)どころか、生命(いのち)を育てる“sacred mother”(聖なる母親)になるに決まっている。
それが母親としての「ど真ん中」なのであった。

ど真ん中を生きましょ、あなたもわたしも。

 

 

あるミュージカルを観に行った。
それはそれで佳品であったが、その中の挿入曲の歌詞の出だしが心に刺さった。

「あなたがわらってくれるなら」

(検索すれば、いくつかの曲がヒットするが、今回のはオリジナルの創作曲だそうだ)

ミュージカルの本筋を離れて、今まで関わりのあった、辛い子ども時代を送って来た彼ら・彼女らの顔が次々と浮かび、胸が切なくなった。

例えば、ある子どもは、酒は飲むは、ギャンブルはするは、女遊びはするは、の父親が母親を殴る蹴るするのを見て育った。
嫉妬に狂い、生活に疲れ、暴力に打ちひしがれ、暗い部屋で泣いている母親の後姿を見て、「あなたがわらってくれるなら」何でもしようと思った。
そして、道化師になり、しっかり者になり、良い子にもなった。

しかし、わらってくれるどころか、母親の持って行き場のない怒りは、残酷にも、この子に向いた。
叩く、なじる、放置する…。

それでも、母親にわらってもらおうと頑張って頑張って頑張った。

ああ、この子が本当にほしかったものは何だったんだろうか。

わらってもらいたいのもあったけどさ、そこまでこの子が頑張った本当の理由は

「あなたが愛してくれるなら」

であった。

 

子どもは愛されなければならない、絶対に。

 

 

「ちょっと理屈めいたことを申しますが、西洋では次第にフロイト的な無意識からユングによってもっと広い無意識へ、もっと深い無意識へと進んでいっております。私は日本人が、それよりももっと深い無無意識へ行き得るということを言いたいのです。…
精神分析は、そのはじめにおいて、無意識の存在を発見し、無意識を意識化することによって、自我が無意識をコントロールすることができると信じました。ですから、治療とは自我の確立であり、自我の強化が目的で、このことは西洋における個人主義の文化に適応した考えであります。個の確立強化と言いかえても良いでしょう。自我は現実原則に従うことを機能としていますから、自我が確立され、強化されることは、現実原則に従って行動する力が強くなることを意味します。したがって、このことは競争を前提とする近代資本主義に中で生きるために、誠に有用なことに違いありません。そのために、無意識の中に抑圧されていて、自我の働きを妨げている色々な要素が、それを持続しようとする抵抗を排して分析され、明確に意識化され、取り除かれねばなりません。そうすることによって、暗い無意識の世界は明るい意識の領域に加えられ、無意識の湖は究極的には意識によって干拓されていくことが当然であると考えられていました。…このようなフロイトの考えにもとづいて、精神分析は発展してきたのでありました。
色々な葛藤やコンプレックスが無意識の中に埋まっているのが露呈され、それらを認識し、洞察する試みに治療のエネルギーと時間が使用されました。しかしこうした態度の中には、何か無意識が自我の発展を妨げ、それを脅かすものを蔵しているものとして、気味の悪い暗い感じにさせられるものであるということが暗黙のうちに感じられていたように思います。しかしそのうちに、ユングやネオ・フロイディアン達が無意識の中にある人間の健康な面、成長する力を発見し、そうした要素の認識や洞察の重要性を力説するようになりました。今までと違って現実原則を中心とする自我のみで個を考えるだけでなく、無意識を含んだものを私たちの心の常態と考えるようになりました。たとえば、ユングは自我をその一部とする無意識の統一をセルフ Self と呼びました。ホーナイもまた、常に人間の中にある健康な成長する力の存在を「真の自己」(Real Self)と呼び、人間の倫理とはそれによって成長し生きることだと言いました。
さらに無意識の世界には個人の無意識ばかりでなく集合的無意識 Collective Unconscious があり、私たちの自己 Self はそれに支えられていると言うことをユングが言いました。つまり現在の時点に立って展望しますと、西欧人の考える無意識の世界は、はじめフロイトの考えたエスとかをさらに深くこえて、「集合的無意識」の世界に拡大されてきました。また、それにつれて、自我の現実界に対する自我としての機能を保ちながらそれを一部とし、一方において集合的無意識の世界とつながる「自己」(Self)に包括されることになりました。…
実はユングの集合的無意識の中には、ユングの言う影や元型など色々なものを含んでいます。その世界はたしかにフロイトの考えた無意識の世界より深い無意識の世界でありますが、私たちの先人はその種類の無意識を越えて、さらに深く、さらに純粋無雑の世界を、仮説でなく自らの心身をもって体解(たいげ)しているのです。

そこで初めて、自我や自分が集合的無意識を越えて宇宙的無意識というべきものとの合一を体験し、すべての宇宙的存在と根元を一にして、一切のものが一に帰し、そして一のものが一切に満ち溢れて、それぞれの面目を発揮するということを、疑い無い事実として身証しているのです。
その意味で、私たちは西欧の人たちよりも、非常に深く、根元的な宇宙的無意識についての永い伝統と文化とを持っていると思います。ただこうした伝統と文化が、フロイトやユングのように注目を浴びていないのも事実です。
しかし、今や西欧の達した深さの精神の理解を得た私たちは、私たち自身の文化の中に潜む精神の深い理解と体験を省みて、その価値を検討してみてよい時期に来ているではないかと私は思います。」
(近藤章久講演『文化と精神療法』より)

 

なまじっか精神分析に関心を持つと、フロイトの勉強から始める方が多いようです。しかしそこには個人の「無意識」しかありません。
少し関心を広げると、ユングの勉強をし、そこで人間共通の「集合的無意識」を学ぶかもしれません。
しかしどちらも「勉強」なのです。 
そして「勉強」には「鵜呑み」の危険が付きまといます。
少なくともこの日本の文化の中で、日本の風土の中で育った者であれば、何も「勉強」しなくたって感じている「宇宙的無意識」の感覚、体験があるはずです。
それを近藤先生は、私たちは「体解」し「身証」している、と言われました。
そしてその中に、万物、万人を成長させて止まない力、それぞれの面目を発揮させる力が働いていることも感じて来たはずです。
その感覚、体験からすべてが始まります。
理屈は近藤先生が今、明快に語ってくれました。
さぁ、万物から、万人から感じましょう、体験しましょう。
今っ!

 

 

今日は令和6年度4回目の「八雲勉強会」。
近藤章久先生による「ホーナイ派の精神分析」の勉強も1回目2回目3回目に続いて4回目である。
今回も、以下に参加者と一緒に読み合わせた部分を挙げるので、関心のある方は共に学んでいただきたいと思う。
入門的、かつ、系統的に学んでみる良いチャンスになります。
(以下、表記に多少古いものも含まれるが敢えてそのままに掲載した。また斜字は松田による加筆修正箇所である)

 

A.Horney(ホーナイ)学派の精神分析

2.神経症の生成と発展

c.理想像の定立とそれとの同一化による「仮幻の自己」ー 神経症的性格の完成

しかし、何れにもせよ、この様な傾向が、自分の安全を中心として発展したものであるだけに、自分の自然な感情や考えは、安全の必要の為に押し殺されることが多く、次第に自分らしい感情や考えが自分自身にも、はっきりしなくなって来る。
これは「真の自己」の成長から、次第に離れて行く過程であり、自己疎外と呼ばれる現象である。この結果として、不安は一応防衛されても、そこに何か、はっきりした自分の感じのない、自信のない態度が生じて来るのである。自分の感じがなく、自信がない時、自ら生きて行く為にそれに代って安心の得られるもの、あおれらの代用品を必要とすることになる。
この場合に、自己疎外にある人間にとって、その様な代用品の材料として持ち得るものは、不安防衛の為にとった先にあげた3種の態度と、それに関する価値しかない。
例えば、自分の安全が強力なものに迎合し、依存して行くことによって防衛されるとして、そういう屈従的な態度をとるものは、自己の態度を、他の為に何ものをも犠牲にして止まない献身的な愛に満ちた態度であるとするし、反抗的、攻撃的な防衛方法をとるものは、自己の態度を悪に復讐する強大な力、指導性、正義を擁護する勇気の表現とするし、更に人から離れ、孤立的な態度によって不安を免れようとするものは、自分の態度を知性的とか、独立、自由、或は自足の表現であると価値づける。
その様に価値づけることによって、自分の自信のなさをするかえるわけである。この様に自己の態度を価値づけ、それを価値あるものと考える様になると、自らその価値を中心として自分のあるべき理想的な姿を画(えが)くことになる。
かくて自分の過去の生活の中で生れた夢想や、経験や、望みや、才能を材料としてそれぞれが特徴のある理想像が画かれる。それによって仮構された統一像を得るのである。この様な理想像の定立は確かにはっきりした目標を与える。その意味で、或る安心感の根拠になる。しかし、まだそれは充分ではない。何故なら、理想像はまだあるべき自分の姿であって、そこに自分との距離を感じる。到達すべきものとの間に空間があることは、まだ不安である。不安をなくする為には、この距離をなくさねばならない。一挙にこの空間を埋める方法は、その理想像に、想像の助けを借りて同一化する他ない。Salzburg(ザルツブルグ)の坑内の塩が ー Stendhal(スタンダール)の表現を借りれば ー つまらない枯枝を華麗な姿に変じる様に、その価値を核として、想像力が壮大な仮幻の自己を現出する。
「仮幻の自己」の完成は、一つの分水嶺を意味する。そこに立つ時、私達は一方に於て「基礎的不安」から出発する幼児期からの様々な傾向の展望を持ち得ると共に、他方に於て、ここから発して新たに展開する神経症的性格の構造に関して展望が得られるのである。


「基礎的不安(基本的不安)」を払拭するために、幼児は神経症的傾向を身に着けなければならなかった。しかしそれは「真の自己」から離れて行く道であり、やがて「自己疎外」に至ることになる。この心許ない状況を打開するためには、この神経症的傾向という代用品を理想像=「仮幻の自己」として完成させなければならず、その理想像との距離を一気に縮めるのに暗躍するのが我々の想像力なのである。
こうして、辛い環境の中に生きながら安心を得るために、おかしなまがい物であるこの理想像=「仮幻の自己」に人は酔いしれることになる。
尚、ザルツブルグの小枝の話は、流石の教養を思わせる文学的譬えである。関心のある方は、スタンダールの『恋愛論』をご覧あれ。

 

 

法事というのは余り好きではない。
正確に言うならば、形式としての法事、虚礼としての法事が好きではないのである。
もっと言うと、わざわざ時間とエネルギーとお金を割いて、義務と義理を果たしに来てやりました、というのが嫌いなのだ。
そういう連中は法事に参加しても、ビール飲んで料理喰って与太話をして帰るだけで、大抵、故人の話は申し訳程度である。
お坊さんの話も、無常を感じるには絶好の機会なので、是非有り難い話をしていただきたいのであるが、なかなかそういう話に出逢わない(失礼)。
それだったら、形式的・.虚礼的な法事には出席せずとも、ふと故人のことを思い出したり、誰かと故人のエピソードに華を咲かせる方が、よっぽど故人を悼んでいるのではないか、と思っている。
そして、その人がこの世に存在した意味や役割、ミッションについて、思いを馳せたり語ったりすることができたら、それ以上の追悼があるだろうか。
人それぞれいろんな人生があり、
中には、流産した子もいる、百十歳過ぎまで生きた人もいる、人知れずひっそりと生きて死んだ人もいる、ノーベル賞や金メダルを取った人もいる。
それぞれに意味と役割、ミッションがある。

 生まれ生まれ生まれ生まれて 生の始めに尊く

 死に死に死に死んで 死の終わりに尊し

(空海さん、勝手にアレンジしました。ごめんなさい)

そんなことが感じられる法事なら、是非行ってみたいと思う。

 

 

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