八雲総合研究所

主宰者の所感日誌    塀の上の猫
~ 八雲総合研究所の主宰者はこんな人 が伝われば幸いです ~

所感日誌『塀の上の猫』

「水でいえば世の中、まみずが全部であることは期待できませんし、必ずしもそうでなくともよいと思います。まみずがまみずであるのは、濁水があるからでしょう。濁水あってのまみずです。そこにまみずの効用があるわけです。全部がまみずになってしまったら、もうまみずも存在する必要がありません。まみずがあくまでまみずとしての価値を持つのは、濁水のために必要だからです。
はっきり言って、全部がまみずになると予期することは、願望としてはともかく、観念的ではないかと思います。人間というものは基本的に、最初生まれた時から自分の中に、まみずを持っているのですが、成長するにつれて当然、世の中の濁水にもつかるわけですから、本人自身は何がまみずか濁水かわからないという状態が人間の偽らざる姿です。現実的にいって、どのような人間もこれを繰り返しています。…
人間というものが、それぞれ、自分の全生涯の経験を通じて、学んだり、悟ったりしたことをそのままわが子に伝えていくことができるならば、子どもはそれをもとにして親以上に成長することができるでしょう。しかし、それができないのが現実です。子どもはまたゼロから出発し、自分で経験していかなければなりません。…若い人はやはり若い人で、自分自身の経験を通じていろいろなことを感じ、また考えていかなければなりません。自分自身の実感として経験しなければなりません。実感とは、楽なこと、快いこと、楽しいことだけを感じるのではなく、つらいことも苦しいことも、悲しいことも嫌なことも避けないで、いろいろと実感しなければ、深い豊かな実感とは言えません。
実感し深く感じることは、生命の促しであると共にその証明です。私たちの生命が、生命であるためには実感しなければならないのです。そういう具合に一人一人がそれぞれ、自分の生命のあかしのために実感していくのが事実です。…
先ほどの濁り水の話ですが…まみずというのは濁水に対してまみずなので、どちらも水には違いありません。どちらも人間の心の姿です。まみずが濁水に転化するように、濁水もまみずに変わるものです。しかも、濁水の中にもまみずがある。そして濁水を感じるところにまみずの本来の姿が表れています。
濁水の中にいてまみずを実感し、深く感じられるからこそ、まみずを味わう喜びが出てきます。それがあるからこそ、われわれはいつも成長する喜びがあると思います。理想的に言えば、完全な姿ではじめからあればよいのですが、そんなふうに最初からでき上がっているとしたら、かえってなんのために人間は生きていくのかわからないとも言えます。生きるということは完全でないところから、ゼロから出発することです。…
よく私を、いわゆる理想主義者と勘違いした人から質問されるのですが…私はそういうことは一つも考えていないのです。私は、人間がいかに生きるかを、具体的に、人間が生きているという現実に基づいて考えようとしています。理想社会があるのか、ないのか、どうだこうだという観念上の問題ではなく、生きるということは厳然たる事実ですから、人間が生き生きと生きることが、どうしたらできるかに中心をおきたいのです。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

自分の中に濁水があるという自覚を持つこと。それが煩悩の自覚。
しかし、自分の中にまみずもあるという自覚を持つこと。それが仏性の自覚。
濁水の中にいてまみずを実感する=煩悩まみれの中に仏性の存在を、働きを実感する。
そして成長して行く。
そこに生きる喜びがあるわけです。
「濁水の中にもまみずがある」とは深い言葉です。
煩悩の中にも仏性がある。
仏性の働きを感じるために煩悩がある。
そしてそれがさらに進むと、煩悩即菩提。
煩悩そのものが菩提である世界が展開することになるが、近藤先生らしく、それをほんのりと示唆されただけで言葉を終えている。

 

 

なんだか知らないけれど、悲観的になるときがある。
なんだか知らないけれど、無力的に苛(さいな)まれることがある。
なんだか知らないけれど、懐疑的/猜疑的になるときがある。
なんだか知らないけれど、他責的/他罰的にあるときがある。

そんな“闇”にはまったときは、大事な決断/選択はしない方がいい。
何故なら、その“闇”は、あなたの生育史から来ており、あのときあそこであなたが体験した悲観や無力感や懐疑/猜疑や他責/他罰が大きな影響を与えているからだ。
よって、必ず判断を間違え、後悔することになる。

そう。
その判断自体が、あなたが肯定されないで育ったことによる、自己破壊的衝動の産物なのである。

ああ、今辞めない方がいいのに退職しちゃった。
ああ、今離婚しない方がいいのに離婚しちゃった。
ああ、今退学しない方がいいのに退学しちゃった。
ああ、今治療/面談をやめない方がいいのにやめちゃった。
すべて大人のあなたが決めたことなので、誰もそれを止めはしない。
でも、決めた責任だけは確実にあなたにやってくる。

念のために付け加えておくと、本当の意味で自分を活かすための退職や離婚やいろいろな判断もある。
それと混同しないように。

感じる力の敏感な人ならすぐにわかることであるが、“闇”にはまった人間の存在から伝わってくる特有の“闇”の臭いがある。
危ない、危ない。

 

 

この年度末に、ふと思い出した言葉。

「身否すと雖(いえど)も而(しか)も道は亨(とお)る」(朱子『近思録』)

「否す」とは、塞(ふさ)がること、不遇な目に遭うこと。
たとえ、この身がどんな不幸に遭おうとも、道の働きは常に通っているから心配するな、ということ。

「道」については何度も書いて来た。
「道」とは「何かが通るもの」。
何が通るのか。
あなたをあなたさせ、万人を万人させ、万物を万物させる働きが通るのである。

年度末のこの時期、場合によっては予想もしなかった展開に思い悩む人がいるかもしれない。
しかし、思い通りになるかならないかで悩み苦しむ必要はない。
あなたの思い通りになるかならないかは問題ではない。
大いなる働きが、あなたをあなたさせようとしていること、あなたが今回の人生で果たすべき意味と役割を果たさせようとしていることが絶対的な真実であり、そのことをあなたがちゃんと感じ取って、その働きにまかせて自分を生きようとしているか否かが大問題なのである。

あなたが知っていても知らなくても、道は常に亨っている。

 

 

今までの『兵法家伝書(1)』『兵法家伝書(2)』『兵法家伝書(3)』『兵法家伝書(4)』『兵法家伝書(5)』に続いて、『兵法家伝書(6)』をお届けする。

「一 水月(すいげつ) 付(つけたり) 其(その)影の事
右、敵と我との間に、凡(およ)そ何尺あれば、敵の太刀(たち)我(わが)身にあたらぬと云(い)ふつもりありて、その尺をへだてて兵法をつかふ。此(この)尺のうちへ蹈(ふみ)入り、ぬすみこみ、敵に近付(ちかづ)くを、月の水に影をさすにたとへて、水月と云ふ也(なり)。心に水月の場を、立(たち)あはぬ以前におもひまふけて立(たち)あふべし。尺の事は口伝(くでん)すべし。」
(水月 水面(みなも)に映る月の影のこと
右のことは、敵と自分との間に、大体何尺(1尺=約30cm)あれば、敵の太刀が自分の体に当らないという見当を持って、その何尺かを離れて兵法を使うのである。この何尺かの中に踏み入り、(敵に気づかれないように)距離をかすめ盗って、敵に近づくことを、月影が水面に映ることに譬えて、水月というのである。心の内に、月の影が水面に射す様子を、立ち会う前から思い描いておいて、立ち会うこと。この尺のことは(書いたものによってではなく)口頭で伝えるように。)

 

一回読んだだけでは、わかりにくいかもしれない。
「月影が水面に映る」とは、遠くにあると思っていた月が、いきなり近くの水面に映るように、敵の太刀が届かないところにいたのが、スッと相手を斬ることのできる間合いに詰め入ることを指している。
ある文献によれば、立ち合いで実際に人を斬るのはなかなか大変で、十分に間合いを詰めて刀を振り下ろしたつもりでも、実際には腰が引けてしまい、かなり離れたところで刀を振り下ろしてしまっているのだという。よって、刀の鍔(つば)で相手を斬るくらいのつもりで、思い切って踏み込まないと、人は斬れないそうである。
月の影がスッと近くの水面に映るように踏み込んで斬る。
「水月」に必要なのは、その踏み込み切る“覚悟”に尽きる。

 

シャペロン(chaperone)とは、ヨーロッパの貴族社会において、令嬢の社交界デビューのお目付け役として、その行動を監視・指南した年上女性のことをを指す。
即ち、実質的に、世間知らずのお守(も)り役のことであるから、
現代では、例えば、いい年をして頼りない男女(男性にも拡大して)に対して、
「お嬢ちゃんのシャペロンはどこだい?」
とか
「シャペロンが必要かい? ぼうや。」
などと、特に小説や舞台で、揶揄(やゆ)的表現として使われることが多い。

今回、何故、この言葉を思い出したかというと、
現代の二十歳を超えた大人たちに、なんとも直面化できない、勝負できない人たちが多過ぎるからである。
まずは、就職しても職場の電話に出られず先輩に出てもらい、
欠勤の電話はママがして、
営業は上司の陰に隠れてやりすごし、
退職も代行会社を使い、
転職・就職もエージェントに丸投げである。

そんな例だけではない。
よろず人間関係において、面倒臭いことはイヤなのよ。  
相手の期待に応えることはイヤなのよ。 
相手の期待に応えないこともイヤなのよ。
摩擦が起きることはイヤなのよ。

思い通りにならないこともイヤなのよ。
回避する、逃避する、そして誰かに/何かに依存する。

で、である。
で、どーする?と問いたい。
今からでも、自分で直面化できる/勝負できる人間になりたいと願い、ヒーヒー言いながら実践と体験を重ねて行くのか、
それとも、これからもシャペロンに頼り続ける一生を送るのか、である。
金さえ払えば、よろずシャペロンをやってくれる会社も増えているからね。

そして結局は、あなたの人生はあなた次第で決まっていくのである。

 

 

「親が、ほんとうの意味で人間というものを理解し、人間の生命とその可能性をどう成長させ発展させることができるかとか、子どもというものはどういう存在なのかがわかった上で、方針を決めているのなら結構なのです。しかし、親の誤った価値観に基づいていたなら、生命に対して大変な危害を加えることになります。…
当然のこととして基本的に親は、子どもを幸せにしたいと思っています。それならば、果たしてどういうことが人間として幸せなことか、親自身でもわかっていなければならないと思います。…
私の見方によれば、いまの社会の構造は小賢(こざか)しい、頭だけの人間を作ろうとしているようです。昔の常識で言えば、肚(はら)とか魂のしっかりきまった人間を作ろうとしない。要するに、自分の生命力というものを正しく発展する人間を作ろうとしていないと思います。私たちの頭脳・大脳は自分の生命力を正しく使うためにあるものです。ところがこの頭脳というものの意味を知らないと、自分の功利的な目的のために誤って、生命力を害する方向に使っていくわけです。生命というものを正しく生かすための知恵を持つのが、本来の頭脳の働きなのです。これが私の考えです。…
直接的感覚または内部感覚というのは、人間の生命力から出てくるものです。人間そのものの内部に潜んでいる生命についての感覚です。それは誰にも内在しているもので、否定したりなくすことはできません。そして、それぞれが自然に持っている生命の力を妨げた時の最初の反応として起きるのが病気です。その生命力を絶対的に妨げたら、訪れるものは死です。死は生命の反対です。ですから直接的な内部感覚というものを、私が強調するのは、それが生命そのものの発露だからです。これがないと、生きるという感覚がなくなります。…
生命は毎日毎日の生活で何かを感じています。生きがいにしても難しい理屈ではなく、生きている甲斐があるという感じ、生きている充実感、ああ自分は生きている、そうした感じなのです。この感じがなくては生きているということがわからないのです。
生きていることは、感じることです。感じがなくなってしまったら、人間は死んだと同然です。実際死んだ時、人は感じることができないのです。…
感じることの積み重ねが人間として生きていくことに、大きな意味を与えてくれるのです。“ほんとうに生きているのだ”ということを感じられる。その感動の深さが、その人の人生の豊かさにつながるものですから、この感じる力を実感する能力を、大切な能力として、子どもの中に育てていきましょう。
全ての生きとし生けるものはそれぞれ、独自の生を受け、それぞれのものがそれぞれの形で生かされています。
自分のもとにあらわれた生命の姿である子どもに、親の所有物として親の方針を押しつけるのではなく、その生命の発露である実感を尊重し、いろいろなものに触れて感じる力を発展させ、それによって子どもの生命力を強く発揮させ、ほんとうの人間としてのたくましい成長へと導いていくことを心掛けたいものです。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

ああ、今まぎれもなく自分がここに生きている、生かされている、と感じなくて、一体何の人生なのでしょうか。
わたしをわたしさせ、あなたをあなたさせ、世界を世界させている働きのことを生命(いのち)というのです。
その感覚、その感動、その体験がなければ、とても生きているとは言えません。
金が何になるのか。
物が何になるのか。
名誉が何になるのか。
権力が何になるのか。
感じましょう、生命(いのち)の躍動を
感じましょう、生命(いのち)の発露を。
感じましょう、生命(いのち)の歓喜(よろこび)を。
そのために我々は生まれて来たのですから。

 

花見とは何か。

それは、私が対象物としての桜を鑑賞することではない。

花咲く桜を機に、桜を桜させようとしている働きを感じ、それが私を私させようとしている働きと同じであるということを感じるのが花見である。

西行は詠(うた)った。

 花見れば そのいはれとは なけれども 心のうちぞ 苦しかりける

(桜を見ると、その理由はわからないけれど、心の中が苦しくなってくる)

西行がその理由を知らないはずがない。
桜は桜しているのに、どうしておまえはおまえしないのかと、桜が私に迫るのである。

そうして、桜が桜し、私が私したとき、桜と私は最早、別の存在ではなくなるのだ。

それが花見。

そんな愛(め)で方もあるということを知っておいていただきたい。

 

 

今までの『兵法家伝書(1)』『兵法家伝書(2)』『兵法家伝書(3)』『兵法家伝書(4)』に続いて、『兵法家伝書(5)』をお届けする。

「中峯(ちゅうほう)和尚(おしょう)云(いわ)く、放心心を具せよ。…
放心心を具せよとは、心を放すこころをもて、心を綱(つな)を付けて常に引きて居ては、不自由なぞ。放しかけてやりても、とまらぬ心を放心心と云(い)ふ。此(この)放心心を具すれば、自由がはたらかるる也(なり)。綱をとらへて居ては不自由也。犬猫も、はなしがひこそよけれ。つなぎ猫、つなぎ犬は、かはれぬ物也」
(中峯朝本(ちゅうほうみんぽん)和尚は、中国・元の時代の禅僧が「放心心を身につけなさい。」とおっしゃった。…
「放心心を身につけなさい」とは、心を解き放すこころで、ということで、心に綱をつけていつも引っ張っていては不自由である。解き放そうとしてやっても、止まらない心を放心心というのである。この放心心を身につければ、自由が働くのである。綱を持っていては不自由である。犬や猫も放し飼いが良い。つないだままの猫、つないだままの犬は、飼えないものである。)

 

放心心というのは、ただ心を自由にまかせれば良い、というものではない。
それだと、ただの我(が)の垂れ流しになってしまう危険性がある。
そうではなくて、あなたを通して働く力によって動く心のままにまかせよ、ということである。
そこに自由ということの本質ある。
決して我の思い通りになることが自由ではないのだ。
むしろ、我の綱を付けて、思い通りに引っ張りまわされることが、心にしてみれば誠に不自由なのである。
放心心というのは、大いなる働きにおまかせする心をいうのである。
 

 

ある男性が、地域のサッカーチーム(女子中学生)のコーチを頼まれた。
知り合いの監督から直々の依頼である。
元々サッカーの盛んな地元で育ち、小・中・高・大とやってきたスポーツなので、二つ返事で引き受けが、やってみて驚いた。
今どきの女子中学生の、まぁ、生意気なこと。
当たりのソフトな彼は忽(たちま)ちになめられ、全く言うことをきかない。
業を煮やして大きな声を出すと、少しは言うことをきくが、気を抜くとあっという間に元に戻ってしまう。
監督の指導を見ていると、極めて威圧的で、恫喝も日常茶飯事。今どきだとハラスメントじゃないかと思うが、選手たちはビシッと言うことをきき、少なくとも表面的にはとても従順である。

そこで悩んだ彼は、監督と同じようにやってみたが、どうしても恐怖で支配するやり方は性(しょう)に合わない。
さりとてソフトに出れば、なめられる。
厳しく出るのと優しく出るのと、どっちがいいんでしょうか?
それとも両者のバランスなんでしょうか?
というのが、彼からの質問であった。

答えはその二択ではない、とお答えした。
人間存在の二重構造から説明し、
子どもたちの存在の奥にある生命(いのち)に対しては、無条件の畏敬の念を抱きながら、
二次的に後から付いた、表面の神経症的な部分、あるいは、思春期における、この生意気で自己中な部分に対しては、容赦なく厳しく接する。
むしろ前者の畏敬の念があるからこそ、後者も容赦なくビシビシと当たれるのである。
それによって、厳しいけれど愛のある指導が成立することになる、とお伝えした。

何か腑に落ちた彼は、生気を取り戻した顔で
「やってみます。」
と言い、私は
「すぐに結果が出ると思わないで、まずは3カ月、コツコツ続けていくんですよ。」
と付け加えた。

このことは中学女子サッカー選手の指導だけに当てはまることではない。
もしあなたが誰かを指導する立場に立ち、思い悩むことがあったならば、参考にしてみて下され。

 

 

あるメンタルヘルス関係の雑誌に「自分らしさがわからない」という特集が組まれていて、思わず、読み通してしまった。
どんなふうに「自分らしさ」をとらえているかに、大いに関心があったのである。
読み終わってみて、執筆者それぞれが自分の考えを述べながらも、「自分らしさ」というものをはっきりと掴み切れていないことがよくわかり、なるほど「自分らしさがわからない」というのは正直な題名だな、と得心がいった。

しかしながら、有り難いことに、私には答えがある。
何故ならば、「真の自己」の存在を知っているからだ。
「真の自己」を生きることが、本当の意味での「自分らしさ」の発揮に他ならない。

しかし、生まれたときに授かったはずの「真の自己」はそのままではいられない。
その後の生育史の影響を受け、「真の自己」の上に「仮幻の自己」という余計なものがまとわりついて来る。
そうなると、今の「自分」とは、核にある「真の自己」のまわりに「仮幻の自己」をまとった形となる。
ならば、その表面の「仮幻の自己」をもって、それが「自分」だと思っている人のなんと多いことか。
自分でもそう思い込んでおり、まわりの人からもそう見える。
実際には。その「仮幻の自己」を引っ剥がしたところに「真の自己」があるのだが。

そのことをはっきりさせておかないと、教育においても福祉においても医療においても
「その子らしい未来を」「その人らしい人生を」「その人らしい最期を」など、ことごとくしくじることになる。

「真の自己」の実現なくして、本当の「自分らしさ」の発現はない。
従って、まず各人の「真の自己」が何者なのかを巡って、必死に自分と向き合い、徹底的に追究して行く必要があるのである。
そうでないと、あなたがこの世界に一人のあなたに生れて来た甲斐がないからね。

 

 

昨日からの続き。

で、今となっては、自分が観た演目が、歌舞伎座百年の記念興行のものなのか、その前後に観たときのものなのか、記憶の彼方となってしまったが、いずれにせよ、印象に残っているものがいくつかある。

まずは、一世を風靡した孝玉コンビ=片岡孝夫(現・十五代目・片岡仁左衛門)+五代目・坂東玉三郎コンビである。女形としては身長のある(173cm(らしい))玉三郎だったが、孝夫(177cm(らしい))とのコンビはばっちりで、二人揃った姿は実に惚れ惚れとするものがあった。特に若い頃の玉三郎の美しさは筆舌に尽くし難く、口を開けて見惚れては、隣席の家人に「よだれ、よだれ。」と注意されたのを覚えている。『国宝』にも出て来る『鷺娘』での海老反りシーンなどは、この世のものと思えぬ美しさであった。機会があれば、皆さんにも是非、当時(1970~1980年代)の玉三郎の動画を観ていただきたいと思う。そしてこの二人が今も活躍中で、二人揃って人間国宝となっていることは誠に感慨深い。

次に、人間国宝と言えば、当時すでに人間国宝であった六代目・中村歌右衛門も忘れ難い。稀代の立女形と言われ、当時若女形であった玉三郎にも稽古をつけていた。しかし、私の思い出は芳しくない。歌舞伎座・最前列で歌右衛門の舞踊を観ながら爆睡し、これまた隣席の家人に脇腹を突(つつ)かれて起こされたが、当時生意気だった私は「芸の力で起こしてみろ。」と嘯(うそぶ)いたのを覚えている。成駒屋さん、ごめんなさい。そして、この歌右衛門と玉三郎の関係性が『国宝』のモチーフのひとつになったのではないかと私は思っている(中村歌右衛門=小野川万菊、坂東玉三郎=立花喜久雄(玉三郎も梨園の血統ではなく、料亭の子として生まれた))。

そして、最後にどうしても書いておきたいのが、初代・尾上辰之助のことである。某有名女優とも浮名を流し、酒が過ぎて肝硬変となり、吐血して入院。その復帰舞台の『お祭り』での姿が忘れられない。『お祭り』は病気からの復帰のときによく使われる演目で、鳶頭(とびがしら)に扮した役者が現れると「待ってましたっ!」と大向こう(掛け声)がかかり、ちょっ照れた鳶頭が「待っていたとはありがてぇ。」と受けて返すのがお定まりである。そのときの辰之助には、少しやつれただけでなく、白粉(おしろい)を突き抜けて伝わって来る青白さがあり、彼の自己破壊的な生き方を象徴するようで、なんとも言えず物悲しく、それでいて独特の男の色香を感じたのを覚えている。その翌年、40歳で逝去。このような歌舞伎役者はその後も見たことがない。

そして、歌舞伎座百年の記念興行の後、私の関心は、次第に能・狂言に移り、今は全く観劇に行かなくなってしまった。
その懐かしい記憶を思い出させてくれたのが、映画および小説の『国宝』であったと言えるだろう。
今の歌舞伎ファンからすれば、ちょっと昔の話になったかもしれない。
読み流していただければ幸いである。

 

 

映画『国宝』のロングラン上映が続いている。
私も鑑賞し、先日、原作の吉田修一『国宝』上下も読了した。
映画、小説については、今さら私から申し上げることはないが、こと、歌舞伎となると、それにまつわるいろいろな思い出が蘇(よみがえ)って来る。

まずは歌舞伎好きだった亡母の話。 
母は、広島から上京して旧制女子専門学校を卒業後、何を思ったのか、日本舞踊の名取となり、さらにお師匠さんの内弟子にまでなって稽古に励んでいたという。
(ちなみにこの「お師匠さん」の江戸っ子の発音がすこぶる難しい(少なくとも私には)。「おししょうさん」はもちろんダメで、「おしさん」と「おしょさん」の間ぐらいを行かなければならない。何故か私の発音によく母からダメ出しを喰らっていた)
そんな母が将来、舞踏家になりたかったのかどうかは訊かず仕舞いで、鬼籍に入ってしまった。
田舎出の少女の夢は奈辺にあったのであろうか。

その母が生前、上京して来ると、舞踊の血が騒ぐのか、歌舞伎座に行こうと言い出すことがよくあった。
そして四人の息子のうち、そのお相手は何故かいつも私であった。
で、行くのは決まって通好みの一幕見席、歌舞伎座の4階にある自由席である。
今でも覚えているのは、かなり年輩の着物姿の白髪角刈りのおじいさんが、通路の最前列にずっと立ったまま、ここぞという時に
「音羽屋っ!」「待ってましたっ!」「七代目っ!」「たっぷりだっ!」
などとこれまたよく通る渋い声をかけるのである。
不思議なのは、その左手に蓋つきの陶器の湯呑みを持っていたこと。
それを時々口にしてノドを潤しながら声をかけるのである。
どうやってそんなものを客席に持ち込んだのであろうか?
今思えば、何らかの関係者だったのかもしれない。
そうなると、自分も声を掛けたくなるのが私の習性。
しかし、変なタイミングで声をかけると、「黙れっ!」「間抜けっ!」などと厳しい叱責を喰らうので(最近は若い女性客が「勸玄ちゃ~ん。」とか言っても許されるらしい)、ビギナーの私は最後、幕が下りるとき、誰でも言いたい放題のどさくさまぎれのタイミングで声をかけていた。

そしていろいろな演目を見ていると、母は隣で粗筋の解説を始め、特に、私も連獅子を踊ったのよ、という自慢話は耳タコであった。
なんでも途中でお尻を床にドンと落とす場面があり、男性の歌舞伎役者なら思い切りやって良いが、若い娘がそれをやると子どもが産めない体になる、と言われたらしい。
産婦人科的にナゾーな話であるが、初心(うぶ)な私は、ほぉー、そういうものか、と拝聴していた。

その後、月日は経ち、とんと歌舞伎とは縁遠くなっていたが、結婚後、何が契機だったのか、今度は自分たちでぽつりぽつりと観に行くようにはなっていた。
そしてそんなときに始まったのが「歌舞伎座百年」(1988(昭和63)年)の記念興行である。
一年間毎月、トップクラスの歌舞伎役者たちが通常公演ではあり得ない贅沢キャスティングで、歌舞伎十八番などを演ずる、夢のような興行であった。
ならば、行かずばなるまい。
私は意を決して、一年間毎月通ったのであります。

 

長くなるので、つづきは明日に…

 

 

「大人はとかく自分の本音は放り出しておいて、大義名分を言いたてます。自分の内心をふりかえると、それでは少しばかり恥ずかしくはないでしょうか。どうか無事で大過なくという言葉の裏には、得をしたい、少なくとも損は絶対にしないようにという気持がうかがえます。言いかえればそれは、功利的で打算的な気持です。…つまり親の功利的なプランで子どもを教育していることが少なくないのです。それが子どもに対する愛であるとと、言い分は立派です。たしかに親にとって愛があるという言い分はわかります。事実お子さんを愛しているでしょう。しかし愛というものをダシにして、自分勝手なプランを子どもに押しつけているところがありはしませんか? そういうことをはっきりお聞きしたいと思います。
親自身が安全第一主義で、事がなければ…間違いがなければいいとばかり考えて、ほんとうに人間を育てようという気持がみえません。…
親の一般的な考え方は大体において、世間がこうだから子どもをこんなふうにとか、全体の経済組織がこうだから子の進路はこうだとか、要するに世間に適応することばかり考える傾向があります。そのために子どもの人間性というか、ほんとうの生命の表現というものがいろんな意味で歪められ、抑圧されていくことに気がついていないのです。…
親は世間に合わすことばかり考えて、その子の個性とか能力とかを中心には考えません。…世間に通用しなければいけないと信じているのが本音です。しかも世間に通用するというのは、実は親が功利的に考えている世俗的な評価のことを言うのです。
子どもの能力といってもいろいろ多面的な能力があるわけです。ところが親御さんの言う能力は、簡単に言えば世渡り上手というか、世間でうなく、要領よく生きられるような能力で、そういう能力を発展さすことが大切だと思っているのです。うまく世間に適応するという、適応能力です。…
社会に、それぞれの制度に適したいろいろな職業があります。これらの職業はその時代、制度に合っており、その職業につけば効率のよい生き方にもなります。したがって社会の方でも、その必要に応じてそれに適した人間だけを取り入れようとし、個人の方も、できるだけそれに適応しようと努めるものです。その際重要なのは、その個人の人間としての独自性を尊ぶということではなくて、社会の側に役に立つかどうかなのです。つまり社会は強く適応を求めるのです。適応とは要するに、社会の要求に合うような人間になるという意味なのです。…
親はどんなに偉人でも、子どもよりも長く生きて、いつまでも保護し、その末を見届けることはできません。結局子どもは、自分の力で人生を生きるものです。子どもの独自性を認め、その望む生き方を尊重して、その子が自分の人生を選びとり、それに責任をもって力強く生きるように助力してやることが、親にとって必要なことではないせしょうか。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

「ほんとうに人間を育てようという気持がみえません」とは、近藤先生として珍しく、手厳しいことズバリとおっしゃいました、
反対に言えば、人間を育てる、生命(いのち)を育てる、というところに、親の大切な、いや、神聖にして重大な役割があるということができます。
いくら世俗的な適応がうまくいったところで、その子がその子でなくなってしまったら、その子の生命(いのち)が歪められてしまったら、その子がその子に生まれて来た意味が、甲斐がありません。
人は何のために生まれて来たのか、いつもその原点に戻って来る必要があります。
そして、繰り返し申し上げて来た通り、子どもの生命(いのち)をちゃんと見つめ、ちゃんと育てられるようになるためには、まず親自身が、大人自身が、自分の生命(いのち)をちゃんと見つめ、ちゃんと育てられるようになる必要があるのです。
そうすれば、私が私であるように、この子もこの子であったほしい、という願いは、明確になって行くに違いありません。

 

 

今までの『兵法家伝書(1)』『兵法家伝書(2)』『兵法家伝書(3)』に続いて、『兵法家伝書(4)』をお届けする。

「平常心(びょうじょうしん)是(こ)れ道(どう)…
弓射る時に、弓射るとおもふ心あらば、弓前(ゆみさき)みだれて定まるべからず。太刀(たち)つかふ時、太刀つかふ心らば、太刀前(たちさき)定まるべからず。物を書く時、物かく心あらば、筆定まるべからず。琴を引くとも、琴をひく心あらば、曲乱るべし。弓射る人は、弓射る心をわすれて。何事もせざる時の常の心(しん)にて弓を射ば、弓定まるべし。太刀つかふも、馬にのるも、太刀つかはず、馬のらず、物かかず、一切やめて、何もなす事なき常の心(しん)にて、よろづをする時、よろづの事、難なくするするとゆく也(なり)。道(どう)とて何にても、一筋(ひとずじ)是(これ)ぞとて胸にをかば、道(どう)にあらず。胸に何事もなき人が道者(どうしゃ)なり。」
(平常心が道である(唐の時代の禅僧・馬祖道一(ばそどういつ)の言葉) … 弓を射るときに弓を射ようと思う心があると、弓の先が乱れて定まりません。刀を使うときも、刀を使おうという心があると、剣先が定まりません。何かを書くときも、ものを書こうという心があると、筆が定まりません。琴を弾くときも、琴を弾こうという心があると、曲が乱れます。弓を射る人は、弓を射ようという心を忘れて、何もしようとしないときの平生(へいぜい)の心で弓を射れば、弓も定まります。剣を使うときも、馬に乗るときも、剣を使おうとせず、馬に乗ろうとせず、ものを書こうとせず、一切〇〇しようということをやめて。何かをしようというはからいのない平生の心で、すべてのことをするとき、すべてのことが難なくすたすらとできてしまうのである。道と言っても何であっても、はからった気持ちで、ひとつこれをやってやろうという気持ちが胸中にあれば、それは道ではない。胸中にはからう気持ちがない人のことを道のままに生きる人というのである。

 

「道」とは「何かが通るもの」ということ。
何が通るのか。
あなたをあなたさせ、万人を万人させ、万物を万物させる働きが通るのである。
と既に『兵法家伝書(2)』で述べた。
その働きのままの心が平常心(びょうじょうしん)であり、
その働きのままに生きるている人が道者なのである。
では、それを邪魔するものは何か。
それが「はからい」なのだ。
意識的に、意図的に「〇〇しよう」と思う心。
それがあると生きることが、生かされることが、乱れる。
よって、「はからい」がなく、我々を通して働く力のままの平常心(びょうじょうしん)が、そのまま道なのである。

 


 

電車で向かいに座り合わせた三人組の女性。
真ん中に五十代くらいの女性が座り、両脇は三十代か。
空いた車内で、聞くでもなく聞こえて来る会話。
どうやら三人は同じ職場のパート仲間らしい。

家事のよもやま話から、年配女性が語り出す。
「私、子どもたちの弁当を十八年作ったのよ。」
両脇の二人が代わる代わる言う。
「すごいですね。」
「お母さんの鑑ですね。」

五十代女性がさらに言う
「旦那の仕事も朝早くて、毎朝4時起きだったからね。」
両脇の二人も言葉を重ねる。
「信じられな〜い。」
「えら〜い。」

そして三回目。
「私、冷凍モノや買って来た惣菜は使わないから、朝から揚げ物もやってたのよ。」
そろそろ二人のうち一人が脱落して黙り、残りの一人が頑張って
「とてもマネできないわ。」
と大袈裟に言う。

ご満悦の五十代女性。

私は心中「もうやめてくれ。」と思いながら、目的駅に着いたのを幸いにとっとと下車した。

もうおわかりであろう。
全部これ見よがしの自慢話なのである。
まずそこが気持ちが悪い。
しかも当人は、私は◯◯している、としか言っていない。
「どうだ。すごいでしょ。」「これ、めっちゃ自慢です。」「褒めて褒めて。」
とは言っていないので、本人の中では自慢話をしていることを隠蔽できる(自覚しないで済む)。
その証拠に、もし誰かがこの人に、
「自慢話、やめなよ。」
と言えば、この人は真顔で
「え?なんのこと。」
と言うだろう。
ひょっとしたら、怒り出すかもしれない。
これが一層気持ち悪いのだ。

そしてさらに言えば、本人がいかにも言ってほしそうな言葉を察して言ってあげているこの二人の受け応えも問題と言えば問題である。
褒められるタネを蒔いておいて相手に褒めさせるという神経症的コミュニケーションを成功させてあげているのだから。
恐ろしいことに、対人援助職者の中に、この“よいしょコミュニケーション”を得意とする人が多く、しかも自分は良いことをしてあげているくらいに思っている。
嗚呼(ああ)、已(や)んぬる哉(かな)。

自分が神経症的なことをやらかしているのに、それに気づかないことを「無明(むみょう)」という。
全く
光がない、真っ暗という感じ。
そんな人たちが巷には溢れかえっている。

それを心底情けないと思い、もうこんなことやめたい、と切実に思った人からが、私の同朋である。
一緒に話そうね。

 

 

例えば、あなたの娘が算数で百点を取って来たとする。
えらいね。よく頑張ったね。
と褒めることに何の異論もない。

また例えば、あなたの息子が駆けっこで一等賞を取ったとする。
すごいね、よくやったね。
と褒めることに何の異論もない。

努力や頑張りをねぎらうことは大事であり、
子どもは親から褒められると、殊(こと)の外(ほか)、喜ぶ。

だから、である。
子どもは親の価値観を見抜き、あっという間に、点数や順位、他者評価の奴隷となってしまう危険性がある。

よって、時々で良いんだけれど、毎回でなくても良いんだけれど、
百点でも何点でも、大好きだよ。
一等でも何等でも、大切な私の子。
と面と向かって言い、ギュッと抱きしめてあげてほしいと思う。


無条件の存在そのものへの絶対的評価。


その体験があれば、大人になったときに、他者比較評価溢れる娑婆の中にいても、少しはタフに生きて行けるようになるかもしれない。

 

 

今までの『兵法家伝書(1)』『兵法家伝書(2)』に続いて、『兵法家伝書(3)』をお届けする。

「一太刀(ひとたち)打ってからは、はや手はあげさせぬ也(なり)。打ってより、まうかうよとおもふたならば、二の太刀は又敵に必ずうたるべし。爰(ここ)にて油断して負(まけ)也。うった所に心がとまる故、敵にうたれ、先(せん)の太刀を無にする也。うったる所は、きれうときれまひと、まま、心をとどむるな。二重、三重、猶(なお)四重、五重も打つべき也。敵にかほをもあげさせぬ也。
(最初の太刀を打ってからは、最早相手に(反撃の)手を上げさせてはならない。どうしようかなどと思っていたら、二の太刀をまた敵から必ず打たれてしまう。ここで油断して負けとなる。太刀を打ったところに心がとどまっているから、敵に打ち返され、最初の太刀を無駄にするのである。(太刀を)打ったところは、斬れようと斬れまいと、そのまま心をとどめてはならない。二の太刀、三の太刀、さらに四の太刀。五の太刀も入れるべきである。敵に顔を上げさせない(くらい続けて打ち込む)のである。)


これについては、私も申し上げて来たことがある。
従順で抑圧が強く、何も言い返せなかった人がいたとする。
その人がようやく言い返せるようになった。
しかし頑張ってひとこと言い返したのは良かったが、相手からさらに攻撃を喰らい、あえなく撃沈、という場合がある。
そういう時は、最初から、二の矢、三の矢を継ぐ気持ちで言うべし、と繰り返し申し上げて来た。
ボクシングでも、こちらのパンチが当たったら、相手が完全にマットに沈むまで、手を止めず、次々とパンチを繰り出せ、というそうだ。
流石、実際の斬り合いを経て来た新陰流である。
斬るときは徹底的に斬る、斬り切る。

 

 

「大体、近頃の親御さんはともすると、『とにかくこういう方が得よ』とか『こういうふうにうまく横領よくやった方がいいわよ』と言われる方たちが少なくないようです。いまの子どもはそういう環境の中で育ってきているわけです。親が、夫婦どうしの会話の中でも、妻が夫に『あなた、そんな時もっと要領よく、うまくやるのよ』などと子どもの前で言っていれば、子どもも自然にそういうことを考えるようになると思います。
そういう功利主義が徹底すれば、人間関係も要領よくしたほうがいいことになります。親自身がその相手によって、ああしたりこうしたり、いろんなその時に応じたマスク(仮面)をつけた人につき合っているのを子どもは見ています。親は先生と会う時はこうで、隣の人と話す時はこうで…とその時の相手によって態度を変えています。
だから子どももこれにならって、親がうるさい時はいいかげんにきき流し、先生の前ではちゃんとするというふうにすればよろしい。一応そうして、その場その場をうまくやって、あとはとにかく自分で好きなことをやっていればいいという具合に、非常にうまく立ち回っています。そうした子どもは、親も安心し、先生にも受けのよい、いわゆる『いい子』が多いのです。…
考えてみれば危険や困難を冒(おか)して、自分の目的として追求するものに到達し、それを獲得することは人間の歴史とともに古く、昔から多くの人々がそうした冒険をして、その結果いろいろな方面で進歩や発展が達成されたのです。それは人間の生命力の力強い発言であり、それが文化を作り歴史を動かしたと言えるでしょう。一方で人間の気持には、安易で楽な生活を好み。狭くても安全な状態に執着する傾向があります。それがともすれば保守と沈滞と頽廃を産み出して、人間の生命力を弱めていくことになります。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

世は功利主義の時代です。
コスパ(コスト・パフォーマンス)にタイパ(タイム・パフォーマンス)、要領よくやることが良いことです。

よって、功利主義的にやって得られるものは、皆さん、よく御存知です。
しかし、功利主義的にやっては得られないもの、むしろ非功利的にやらないと得られないものについては、余り御存じないように思えます。
危険や困難を冒す。地道な苦労を積み重ねる。自分以外の人のために時間とエネルギーを費やす。失敗や間違いから学ぶ。計算外、想定外の発見や喜びを見い出す。などなど。
安直に得ることで喜ぶのは我
苦労して得ることで喜ぶのは生命(いのち)
なのかもしれませんね。

 

 

新年度=令和8年度(令和8年4月~令和9年3月)の八雲勉強会についてお知らせします。

[1]令和8年度=第75回以降も、勉強会は2部構成とし、
(1)前半:新年度は、日本人の根底にある縄文文化の精神性について勉強します。今までは完成度の高い文献をテキストとして用いて来ましたが、今回は一般書籍(しかも恐らく大半の人は今まで余り縁のなかった分野の書籍)をテキストに使い、その内容を鵜呑みにするのではなく、あくまで叩き台として大いにツッコミながら、日本人の精神性のルーツに迫って行きたいと思っています。かなりチャレンジングな内容になると思いますが、参加者で深くかつ楽しくやって行きましょう。
尚、
テキストは予め郵送しますので(テキスト代は不要です。但し、新刊本が手に入らないため、中古本となることをご了承下さい)、一緒に読み進めながら、参加者でディスカッションして行きましょう。
(2)後半:まず参加者から、今の自分自身について感じたこと、気づいたこと、成長課題について話題提供していただき、その発表後、参加者全体で互いの成長のためにディスカッションして行きます。ミニワークショップ的な体験が味わえればと思っています。

[2]参加対象は、現在、八雲総合研究所に面談に来られている方(リモートも含む)です。

[3]令和8年度の八雲勉強会は、原則として Zoom による開催とします。

 

※「令和8年度 八雲勉強会 年度参加のご案内」および「4月 第75回 八雲勉強会 by Zoom」につきましてはこちらをご参照下さい。

 

 

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八雲総合研究所(東京都世田谷区)は
医療・福祉系国家資格者と一般市民を対象とした人間的成長のための精神療法の専門機関です。