八雲総合研究所

主宰者の所感日誌    塀の上の猫
~ 八雲総合研究所の主宰者はこんな人 が伝われば幸いです ~

このままAIが進化して行けば、人間の仕事が次々とAIに奪われてしまうのではないか、と危惧されている。
そんな中で、幸いにもカウンセリングやサイコセラピーの分野は、AIがどんなに進化しても、人間でないとできない分野、と言われて来た。

しかし、現状を見ると、そうでもない動きがある。
AIにメンタルな相談をし始めている人たちが、思いの外、多いのだ。
もちろん最初から“眉唾物”として、遊び感覚で利用している人たちもいるが、中にはかなり本気で頻繁に相談している人たちもいて、臨床の現場では、「AIに相談したら、こうでした!」と患者さんに言われて苦笑せざるを得ない精神科医や臨床心理士が増えていることも事実である。

そんな話をあれやこれや聞いていると、AIに簡単に相談し、影響を受ける人たちに、ある程度、共通の傾向があることが見えて来た。
詳しく言うと専門的に過ぎるので、ここで深入りはしないが、結局のところ、AIの言うことを信じようと信じまいと、結局、利用した人の自己責任という大原則は変わらない。

ちなみに、私は「AIによる相談」を「博識のど素人による相談」とみなしている。
猛烈にいろんなことを知っていたりするが、申し訳ないけれど、やはり“ど素人”なのだ。

そうは言いながらも、知識と技術でカウンセリングやサイコセラピーをやっている人たちは、ちょっと心配をした方が良いかもしれない。
ある程度、“パターン”の対応や考え方、使われがちな“決めゼリフ”などは、AIに簡単に持って行かれてしまうだろう。

相手の表に表れている言動。
相手が意識的/無意識的に隠している本音。
そして、本人も全く気づいていない本音の本音=生命(いのち)の声。
それを観抜かなければ、本当のカウンセリングやサイコセラピーを行うことはできない。
そしてそれは、AIと鈍感な人間には不可能なことであった。

それ故、ホンモノのカウンセリングやサイコセラピーを目指すならば、やはり、AIには無理な、感じる力を磨くしかないのである。

 

 

「私は、女の人だけが母親的になるのではないと思います。男性も母親的でありうると思うのです。男性、女性なんては仮の姿でね、ちょっとついてるものが違うだけで、たいして違わない。まあ、母親的なもの、男親的なものがあるから、それぞれお互いに尊重しなければいけませんが。
愛という面で、僕は母親的なものを主張しているわけですけれども、男性的に、スパッと切っていくことも必要であるということを女性にも知っていただきたいと思うのです。その切ること、そこで切り離すことが自分を自由にするからです。相手をしばっているつもりだけれど、じつは自分もしばられているのと同じなのです、実質的にね。そういう意味で、男性的なものを必要とする場合もあると思うのです。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

「母親的」「男親的(男性的)」というのも、現代においては生物学的性別属性に基づいた表現となり、今風に言うとすれば、何と言ったら良いのだろうか、と思う。
例えば、「生命(いのち)を生み、育む働き」のうち、「包摂的で、ソフトで、温かいもの」と「力強く、剛にして、怜悧なもの」とがあるとか、いくらでも別表現がありそうだ。
そしてそれがいかなるものであったとしても、その両方が我々の中にある=我々を通して働き得るということ。
どっちかだけじゃなくってね。
それが大事。
特に、この、人間が優しくなっていると言えば聞こえは良いが、弱々しく、下手をするとヘタレッてる現代に、「ズバッと切る(斬る)愛」というのも時に必要なんじゃないかと思う。
「相手をしばっているつもりだけれど、じつは自分もしばられているのと同じなのです」という近藤先生のひと言に、またやられた、と思ってしまった。

 

 

未熟な母親/父親だけれど、一所懸命に子育てするから勘弁してね。
一緒に成長するから勘弁してね。

未熟な教師/幼稚園教諭/保育士だけれど、一所懸命に君たちに関わるから勘弁してね。
一緒に成長するから勘弁してね。

未熟な精神科医/臨床心理士/精神保健福祉士/社会福祉士/看護師/作業療法士だけれど、一所懸命にあなた方の力になれるように関わるから勘弁してね。
一緒に成長するから勘弁してね。

未熟でやらかしまくっている凡夫のくせに、エラソーに親面(づら)、先生面、専門職面するのは、無量阿僧祇劫早いです。
(阿僧祇劫(あそうぎこう:仏教でいう途方もない時間の長さ))

謙虚に、誠実に、一所懸命に、なけなしの微力を尽くし、あとは祈りながらやるしかありません。
それが基本姿勢。

そうして祈っていれば、『論語』に言う「一(いつ)以(もっ)てこれを貫く」(ひとつの働きがあなたを貫く)が与えられるかもしれません。
それは、あなたの自力や自負や思い上がりとは全く別のものです。
その貫くものが、大きく、深く、勁く、温かく、あなたも相手も育ててくれるでしょう。

 

 

誕生日に「おめでとう!」とお祝いしてもらう。
自分の存在を祝われたようで、嬉しいものである。

ある人は、誕生日は生まれて来た本人ではなく、産んでくれたお母さんに感謝する日だと言う人もいる。
自分の存在を評価されたようで、母親も嬉しかろう。

それでよい。
それが俗諦(世俗的、世間的な真実)の話。

で、ちょっと真諦(絶対的な、出世間的な真実)の話を付け加える。

誕生日に「おめでとう!」と言われて嬉しいのは私の「我」である。
子どもの誕生日に「ありがとう!」と感謝されて嬉しいのは母親の「我」である。
しかし、この世に生まれて来たのは自分の力ではない。
産んだのも自分の力ではない。
となると、誕生日には、自分を存在させてくれた大元に
子どもを産ませてくれた大元に感謝するのが真実ではなかろうか。
ということは、感謝する先はひとつということになる。

よって
誕生日に「おめでとう!」と言われて嬉しいとき
子どもの誕生日に「ありがとう!」と感謝されて嬉しいとき
ちょっと天を仰いで「ありがとうございます」と祈ってみてもいいんじゃないかな。

そして誕生日だけでなく、こうやって存在させてもらっていること全てに毎日感謝してもいいんじゃないかと思う。

 

 

「思いやりというときに、そもそも人間のいちばん最初にあるところの自己主義、自分のことしか考えない、他人のことは考えないというようなところから一歩進んでいるわけです。少なくとも恋愛している人は、相手のことを自分のことのように感じるわけですね。そういうことを感じることで自分中心の考えを立ち越えるということになります。しかし、それはまだ特定の人しか案じていない。いわば二人だけの自己主義かもしれない。…
どうか、二人の愛に満足したならば、それを立ち越えて、もっと他の者に対する思いやりを広げていってもらいたいと思うのです。小さな自分に対する愛、それが相手を愛する愛まで自分を越えていく。さらに自分と相手を越えたものに立ち上がっていく。一つひとつ広がっていくことが自分の世界の広がり、心の広がり、心の深さになっていくだろうと思うのですね。…
よく考えてください。私たちの考えるのはたしかに自分中心、自我中心ですが、それでもほんのわずかな自我を越えた経験を持っています。自分の子どもの病気を、一生懸命になって介抱したとき。そのとき、自分は死んでもいい、私のいのちはどうなってもよいから子どものいのちを助けてください。…そういう気持ちで自分というものを越えるときがあるのです。
そういうときにほんとうの一心で、純粋で、何かほんとうに生きている意味が感じとれるときですね。そこまではあなた方が体験できることだと思います。そこまでが人間界で、人間がふつうに感じることであるといえましょう。子ども…はまだ自分の延長ともいえますからね。
私は、あなた方に、それ以上のものを望みたいのです。人間はそれだけのものではないということを知ってもらいたいと思います。
 もっと普遍的な愛。
 もっと無差別な愛。
 もっと無条件な愛。
そういう愛する力を我々はっ持っているのです。そうした力があるということを、この一回しかない人生のなかで、どうか体験してもらいたいと思うのです。これが人間が持っているすばらしい可能性だと思います。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

自分のことしか考えない人間の中に、せいぜい自分の子どもや身近な人のことしか考えない人間の中に、それを越えた、もっと普遍的な愛が、もっと無差別な愛が、もっと無条件な愛が働く可能性があるということ。
そう思うと、なんだかね、自然に手が合わさって頭が下がるんです。
あなたの中に、わたしの中に、わたしたちは所詮つまらない自己中心的な人間だけれど、その中に、あなたを通して、わたしを通して、それを越えた広大無辺な愛の働きがあるということを感じていきたいですね。
そしてそれをわかりやすく表して下さったのが、昨日ご紹介した宝誌和尚立像であり、羅怙羅尊者像だったのです。

 

 

我ら凡夫の中にも、仏性(ぶっしょう)という尊い働きがあることは、本当に有り難いことである。
凡夫を覆う煩悩は、全くどうしようもないけれど、その仏性の働きによって、我々には救われる道が開けている。

それを端的に表した仏像として、以前、勉強会の中でも「宝誌和尚立像」をご紹介した。
宝誌和尚の顔面が割れて、十一面観音菩薩が顔を出している仏像である。
これまた視覚的にわかりやすく表して下さることが、凡夫にとっては有り難い。
西往寺から京都国立博物館に寄託されているので(但し、展示されている期間をご確認のこと)、ご関心のある方は是非、実物をご覧になると良い。

あなたの中にも仏性はある。
 

   [宝誌和尚立像(クリック)]


で、今回は、もうひとつの仏像をご紹介しようと、この欄を設けた。
それが、釈尊の弟子であり、実の息子でもある「羅怙羅(らごら)尊者像」である。
羅怙羅尊者が自らの胸を開くと、そこに釈尊の顔が出現している。
これを親子の情でベッタベタに解釈している文章もあったが、それでは地獄に落ちる。
釈尊の本体は久遠仏であり、仏性の働きそのものである。
禅の黄檗宗の大本山、京都・萬福寺で拝観できる。

あなたの中にも仏性はある。
 

   [羅怙羅尊者像(クリック)


別に、グロテスクで奇っ怪な仏像を選んでお勧めしているわけではない。
その造形を手掛かりに、造形で表せない仏性の働きそのものを感じ取っていただきたいと思う。

 

 

近頃の人は教養がない、とよく言われる。

確かに
漢字が読めない。
一般常識がない。
社会情勢も知らない。
そんな人たちには、以前よりもよく遭遇するようになった気がする。

しかし
だからどうだってんだ、という気もして来る。
どんなに博覧強記であっても
イヤなヤツ
くだらないヤツ
はごろごろいる。
所詮は、受け売りの知識ではないか。

それに私などは、職業上
重度心身障害の子どもたちや
認知症の大人たち
に接して来たため、彼ら彼女らを見下すような価値観には同意できない。

しかし、である。
上記のことを踏まえて、であるが
教養の中でも
古典(古文、漢文)を読む力だけは、それが可能な方たちには、お勧めしておきたい。
外国語も良いのだが、外国語をマスターするには大いに時間がかかる。
それに比べ、古文、漢文(書き下し文)は、古い言葉とは言え、どこまでいっても日本語である。
外国語ほど習得に時間がかからない。
それに
古文、漢文は、その内容が、東洋文化、日本文化のルーツに連なるため、親和性がある。
そして何よりも私は、日本の精神性は世界に冠たるものである、と思っている。
よって、古文、漢文が読めるとね、時空を超えて、過去の賢者たちと直接に話ができるのだよ。
(ちなみに現代語訳では、本来の語感やニュアンスが死んでしまうのでダメです)

でも、やっぱり、できれば、なんです。
字も読めない妙好人が、禅の老師が舌を巻くような境地を示したように、最後は知識ではなく体験なんです。
そしてさらに言えば、体験よりも存在がすべて、なのでありました。

 

 

先日「囁き通り魔(基礎編)」ついて書いた。
今日は応用編。

どこらへんが応用編かというと、囁き方がさらに巧妙かつ狡猾なのである。
すれ違いざまに囁くというようなわかりやすいやり方ではなく、
会話の中にスッと仕込んで来る。
特に終わり際あたりにさりげなく入れて来るところは、昨日・今日始めたのではない年季を感じさせる。
しかし囁かれた方は確実に、巧妙なやり方で刺された、あるいは、狡猾なやり方で巻き込まれたことに気づく(気づくのが即座か、後になってからかは、こちらの感情抑圧の程度によって差がある)。

[例1]ある人は、ごく普通の会話の中に、時々見下したような目つきと、フンという鼻息をからめて来る。これが(ずっとではなく)「時々」のためこちらは反応しにくく、「目つき」と「鼻息」という言質を取れない表現のため、確実にこちらをバカにしている心証はあっても、客観性をもって追及しにくい。
これは非言語的な“攻撃性”の例。

[例2]私の後輩が外来で経験した例。外来で電子カルテのキーボードを打ちながら診察をしていると、面談と全く関係ないところで、「先生はブラインドタッチじゃないんですね。」と言って来る。表面的な会話は「そうだよ。」で終わるだけだが、裏の会話では「ブラインドタッチもできないのか、おまえは。」「うるせー。」のやりとりがある。これもまた確実にこちらを攻撃している心証はあっても、それを客観的に証明しにくい。
これは(表の会話に現れてない)裏の会話による“攻撃性”の例。

[例3]
ある女性は(圧倒的に女性に多い)、自分の神経症的問題を解決しようと真剣に通院している最中であるにもかかわらず、ふと話がホストに入れあげている友人のことになった後、帰り際になって「先生がホストだったら行くんだけどなぁ。」というような言葉をボソッと放り込んで来る。実は、自分の神経症的問題を解決したいというのは通って来るためのフリであって、本当はベッタベタに依存したくて来ているのである。
(治療場面ではよくある話だ。八雲なら即面談お断りである。そういう自分への「情けなさの自覚」がないからね)
これはベッタベタ依存の“巻き込み”の例。

その他、いくらでも例を挙げることができ、「囁き通り魔(応用編)」の体系がまとめられそうであるが、そんな気持ちの悪い分析をやりたいとは思わない。

書いていて思うのは、やはり「囁き通り魔」は、基礎編であろうと、応用編であろうと、その質(たち)の悪さと有害性から「要治療レベル」だということだ。
しかし、当人たちの多くは自覚がないので受診しない。

となると、こちらで精神的に武装して防衛する他ないのである。

敏感に観抜いて、そして、悪業はバッサリ斬り捨てましょう。
愛のある話はそれからだ。

 

 

 

ちょうど“Silent majority”に関する記事を読んだ。
前々から考えていたテーマなので、これは書かずばなるまい、と思って今日の話題に取り上げた。

まずは言葉の説明から。
そもそも“Silent majority(静かな多数派)”や“noisy minority(うるさい少数派)”という言葉がある。

“Silent majority”というのは、実は集団の意見の多数派を占めているのだが、積極的に発言をしないため、あたかもその意見がないように扱われてしまう多数派のことをいう。
それに対し、“noisy majority”というのは、実は集団音中では少数派に過ぎないのだが、積極的に(うるさく)発言をするため、あたかもそれが多数派の意見であるかのように受け取られてしまう少数派のことをいう。

みなさんもすぐに具体的な場面を思い浮かべることができるだろう。

PTAの会合でもいい、マンションの管理組合や町内会の集まりでもいい、会社の会議でもいい、それが実はかなり偏った独善的な意見であるにもかかわらず、特定の個人あるいは少数派の人々が、声高に、圧強く発言するため(これが noisy minority)、他の多数派の人々はおかしいと思いながらも、ビビってしまい(ヘタレってしまい)、発言することができず(これが silent majority)、noisy minority の意見に押し切られてしまう場合があるのである。
そして後になってコソコソと、silent majority 同士でLINEなどで愚痴を言い合ったりしている。

しかし、そこで意見を言わなかったのも、(たとえ消極的であっても)minority の意見に賛同したのも、大人の自己責任であるから、どんな酷い結果になったとしても同情には値しない。
自業自得である。
そして、そこで黙る(本音を言えない)ようになるのには、その人の生育史からの哀しき影響がある。

ちなみに私のところに面談に来ているような人たちは、生育史の影響で一旦ヘタレな silent majority になったとしても、本来の自分を取り戻すにつれ、silent ではなくなり、かといって noisy ではなく、steadfast に(毅然と)物が言えるようになる人が多い。
従って、そういう会合の場でも決して黙ってはいない。

で、そういう人たちからよく聞くのは、例えば、先に挙げたPTAの会合でも、マンションの管理組合や町内会の集まりでも、会社の会議でも、毅然と発言し、noisy minority の人たちと、場合によっては、バチバチとやりあうこともあるが、silent majority の人たちはそれでも傍観しており、なんだか孤立しているような気分にさせられることがあるそうだ。
いかにもありそうである。
それで、後になって、silent majority の人たちから(noisy minority の人たちがいなくなったところで)「よくぞ言ってくれました。」「もっといけ、いけ、と思ってました。」などと言われることがある。
これでは情けなさ過ぎる。
おまえも会合の最中に声をあげろよ!

その他にも、ネット上のいろんな「書き込み」においても、社会の中でのいろんな「活動」「運動」などの場においても、類似のことが起きていることもあるんじゃないかな、と思う。

今すぐできなくてもいいけどさ(私も100%の自信はないけどさ)、せめて目指しましょうよ、“steadfast majority(毅然とした多数派)”になることを。
それは間違いなく、あなた自身を、そして世界を、健全にして行く道につながっていると思う。

 

 

「人間くらい残酷なことに頭脳を使っている生きものもいないなと思う。…
だいたい人間というのは自分の利益を考えている動物です。…自分のことを考えることがいちばん先です。…しょせん弱肉強食。強いのが勝つ。けれども、僕みたいな変な人間でも、どうやら生きているところをみると、必ずしも弱肉強食でなくても生きられるということの証明かもしれないから、まあ、そういうことをしなくても人間はちゃんと生きられるということも、ひとつみなさんにいっておきたいと思います。…
私はみなさんに豊かな道を歩いていただきたい。豊かとは何かというと、悲しいときには悲しみ、よろこばしいときにはよろこび、苦しいときは苦しみ、ほんとうに人間として、本音で感じた生活を『豊かな生活』と私はいいたいと思います。そこに自分が生きてることだと思います。…
人を裏切る苦しみ、また自分が信じた人に裏切られる悲しみも、じっと心で味わってもらいたいものだと思うのです。…
私の経験でいうと、愛情に恵まれなかった人がほんとうに自分に愛情を持ってくれる人に出会ったときに、そこで感じる感動というものはすばらしいものであり、深いものであることも事実です。ですから、自分が不幸であったことをくよくよと考えないことです。苦しみを通り、悲しみを通って、そしてほんとうの愛情に接した場合にやはりそこには、いうにいわれぬ深く身に感じる愛情の、深さというもの、ありがたさというものがあるように思います。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より

 

嬉しいこと、楽しいことけじゃなく、悲しいこと、苦しいことを感じて生きて行くことも、人生の豊かさであるということ。
特に、人を裏切る苦しみ、人に裏切られる悲しみについて取り上げているのは、やはり流石、近藤先生だと思う。
闇を経験したからこそ感じる光の明るさ、温かさがある。
愛されずして、苦しみ・悲しみを通って来たからこそ感じる、本当の愛の深さ、有り難さがある。
そしていつか、凡夫の自力では不可能だけれど、自分を通して働く他力によって、誰かを愛することができたならば、それもまた人間として生れて来た本懐と言えるんじゃないかと思います。


 

すれ違いざまに、小声で「ばか」とか「死ね」「ブス」などの悪口を相手にぶつけることを“囁き通り魔”というらしい。

パブリックスペースで全く見知らぬ人から言われる場合と
自分の職場や学校で既知の人物から言われる場合とがあるようである。

いずれにしても“悪意”と“攻撃性”の垂れ流しであり、“通り魔”と言われる通り、すれ違いざまに殴られたのと同じ「心理的暴力」である。

基本的に全くの被害案件であるが、これはこちらにとってワークにすることができる
それが今日言いたいこと。
即ち、即座に反応できるかどうか。
普段から感情的抑圧の強い人は、反応できない、または反応が遅れる。
ということは、やられっぱなしにならないために、“囁き通り魔”を感情解放の練習台に活用することができる、というわけだ。

こういった場合、よく「驚いてしまって」とか「呆気に取られて」何もできなかった、という人がいるが、それは事実ではない(言い訳である)。
例えば、あなたが突然誰かに足を踏まれたとする。
痛覚があれば、その瞬間、痛いに決まっている。痛くないことはあり得ない。
そして感情が出る。
「痛っ!」「何すんだっ!」となるのが普通である。
犬なら、瞬時に咬むかもしれない。
しかし黙る人がいる(それが結構多い)。
瞬時に自分の感情に抑圧をかけ、結果として感覚麻痺に陥っているのである。
しかし怒りは消えていないので、時間が経ってから次第に怒りを自覚するようになる。

そもそも生まれつき感情を抑圧するような幼児はいない。幼児はすぐに反応する。
しかしやがて反応しなくなる、反応が遅れるようになる。
それにはそれ相応の感情抑圧の歴史があるのである。

よって、抑圧が取れ、感情が解放されるにつれ、反応が早くなって来る。
最初、その日の夜、布団に入ってからようやくムカムカしていた人は、
その事件が起きてから数時間後にムカムカするようになるかもしれない。
またさらに相手が立ち去ってしばらくしてからムカムカするようになるかもしれない。
そしてやられた直後にムカムカするようになり、
最後に、言われた瞬間に反応が出るようになる。
「うるせっ!」「黙れっ!」

残念ながら、世の中には抑圧の強い人が、思いの外、多いので、実は通り魔側も瞬時に反撃されたことがない(それで調子に乗って繰り返している)。
よって、この瞬時の反撃ができたならば非常に有効であり、今度は通り魔が黙ることになる。
さらにダメ押しとしては、反撃をその一の矢でおしまいにせず、二の矢、三の矢を繰り出しておくと一層有効である。
「通りすがりに『バカ』と言うんじゃねぇ!」
「あったま、おかしいのか、おまえは!」
万が一相手が何かを言おうとしたならば、それに被せるように、これを大きな声で(まわりに聞こえるように)言うことはさらに効果的である(相手はそこまでやると思っていない)。
しかも感情が解放されて来ると、その表出に自然と“圧”(気迫)が加わって来る。
よく「そんな反撃をしたら、またさらに何をされるかわからない。」とビビる人がいる。
残念ながら、そう思った時点で既に勝負は負けなのである。

少々話が長くなったが、細かいことはどうでもよい。
要するに、こいつに“囁き通り魔”をやるとどんな即時反撃を喰らうかわからない、と思わせれば良いのである。
感情が解放されて来れば、それが準備なしに、身構えなしに、できるようになって来る(いつもシミュレーションして準備し、人がすれ違う度に身構えていたら大変である)。

“囁き通り魔”から始まった話であるが、結局は「抑圧からの解放」こそが、あなたを守り、生かすことにつながるのである。

 

 

ある女子大生。
先日、不運にも、夜道を一人で歩いていてひったくりに遭った。
後ろから来たバイクの男にバッグを奪われそうになり、必死にしがみついてバッグは奪われなかったが、転倒して手のひらと膝を擦り剝いた。
警察にも届けたが、しばらくの間、恐くて夜道を歩けなくなった。
そりゃあ、そうだろう、と思う。

しかし、ある日、彼女は思い直した。
あの犯人のせいで、人間というものへの基本的な信頼感まで奪われては癪(しゃく)に障(さわ)る、自分の自由な行動に制限を加えられるのも癪に障る。
もちろん、世の中良い人ばかりではないことは知っている。
また犯罪被害に遭うかもしれない可能性があることもわかっている。
それでも彼女は、敢えて以前と同じように、歩きたいときに夜道を歩くことにした。

もちろん最初は恐かった。
足も震えた。
しかし、新しく買ったショルダーバッグを斜め掛けにして体の前に持ち、バッグのファスナーもしっかり閉め、防犯ブザーをバッグの外側に付けて、外に出た。
当初は、バイクや自転車が近づいて来る度に緊張したが、彼女は夜間外出をやめなかった(もちろん必要があるときだけだったが)。
そして段々と平気で外出できるようになった。

その話を聴いたとき、思わず
「やるねぇ、姐さん。」
と言葉が出た。
遥か年下だが、その姿勢に敬意を表して「姐さん」と呼んだのである。

不幸な事件に遭っても、自分は人間というものを信じて生きる方を選ぶ。
広い世間を自分で狭くしないように生きる。

“今どきの若い者”にも、大いに期待あり、である。
そしてまた私も、人間というものに期待する方を選ぶのである。

 

 

「恋愛最中のひとは、手を握り合っただけで感じ合うものがあるだろうと思います。もし手を握って何も感じないというのであれば、それは恋愛じゃないから私はやめたほうがいいと思います。ちょっと触れただけでピリッとくるような、そういう電気が伝わるようなものでないとほんとうの恋愛ではないですよ。それは疑似恋愛ですね。恋愛をしたいという欲望を仮に満足して抱っこちゃんの代わりに連れて歩いているようなものであります。そういうのはやめたほうがいいです。というのは、精神衛生上よろしくないし、満足がないからいつか別れますね。まあ、いつわりのものだから割れたっていいようなものでね、僕は、どんどん別れたほうがいいと思っている。ニセモノはなんでも別れたほうがいい。
そのニセのモノを生涯とりつくろって、うまくやったようなつもりでいるかもしれないが、そんなのは死ぬときに『あー、私の一生はつまらないものだった』と後悔するんです。本音で生きる、これが大事だと思います。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

この「ピリッ」にも浅いのと深いのとがありますから、お間違いのないように。
でないと、「ピリッ」と来たはずなのにすぐに別れた人もたくさんいます。
その深さが大事なんです。
「本音で生きる」も同じ。
人間の本音にも浅いのと深いのとがあるんです。
でないと、本音と思ったら違ってた、なんてことになります。
その深さが大事なんです。
ということは、どちらも敏感に「感じる力」が必要になります。
敏感に「深いピリッ」を感じ取る。
敏感に「深い本音」を感じ取る。
それがあなたの人生を分けます。
ですから、『感じる力を育てる』(←まさに近藤先生の著書の題名)ことが大切になるんです。
「その人、今回の人生を共にする人だったっけ?」
「その仕事、今回の人生をかけてやることだったっけ?」
と訊かれて
「あったりまえだっ!」
と即答したいですね。
 

 

 

今日は令和7年度最初の「八雲勉強会」である。
近藤章久先生による「ホーナイ派の精神分析」の勉強も1回目2回目3回目4回目5回目6回目7回目8回目9回目10回目に続いて11回目である。

今回も、以下に参加者と一緒に読み合わせた部分を挙げるので、関心のある方は共に学んでいただきたいと思う。
入門的、かつ、系統的に学んでみる良いチャンスになる。
(以下、原文の表記に多少古いものも含まれるが敢えてそのままに掲載した。また斜字は松田による加筆修正箇所である)
※尚、神経症的性格の3つの類型(①自己拡大的支配型、②自己縮小的依存型、③自己限定的断念型)についての説明は、他の文献では見られないほど詳細である。

 

A.Horney(ホーナイ)学派の精神分析

4.神経症的性格の諸型

a.自己拡大的支配型 self-expansive domineering type

b.自己縮小的依存型 self-effasive dependent type

この型のもつ「仮幻の自己」像は、丁度、上述のタイプの陰画の様なものである。自己拡大的支配型の人間が、「仮幻の自己」との同一化に没入するのに対して、この型の人々はその様な「仮幻の自己」の輝かしい像に一致出来ない自分を見出し、そのことによって自分を責め、卑小に感じ、無力な存在とするのである。
そして、それ故に自らを他人の助力や保護、そして愛情を必要とする存在であるとする。見方を変えて言えば、先のタイプにおける「仮幻の自己」によって嫌悪され、憎悪され、軽蔑される、卑小、無力な「現実の自己」に自分を同一化しているとも言える。
この型の人は、他人に勝とうともせず、目立たぬ様にし、人に従順であり、感じよく思われる様に振舞い、自分も主張しない。勝負事をしても、勝つと悪いことをした様な気がし、指導的な地位のなると不安になり、当然の権利であっても主張するのに自信がなく、他人に何かを頼むにも弁解を長々としたり、逆に頼まれたら断るのが悪い様な気がして、心にもなく引受けたりする。
自分の欲望や願望や意見を持つのは、何時も僭越で、傲慢なことだから持つべきでないのである。彼にとって優越すること、自分の事を考えること、他人に対して主張をすることは、全て許されないことなのである。
こう言う彼の態度から、私達は「よい人だ」という感じをもつ。しかし、分析によって知ることは、この様な態度が彼の「真の自己」の発展を阻止し、縮小している事実なのである。そして、その原因として、彼の謙遜さにもかかわらず、それと反対なものがあることを発見するのである。
最初に私達が発見するものは、彼は上述の様な「現実の自己」と同一化することによって、その「現実の自己」を転じて新しい誇りに満ちた「仮幻の自己」を定立していることである。この「仮幻の自己」は絶対的な無私、同情、愛、犠牲的精神というものを内容としている。まさに自己をこの様な存在として見ることはそれ自身一つの傲慢であり、謙遜ではない。しかも、その反面に於いて、彼は果敢な自己主張や野心の追求、呵責ない制服や非情な態度という様な自己拡大的な態度に対して、ひそかな、しかし激しい嘆賞と渇望をもっていると言うことに気付かされる。
この事は、彼の「仮幻の自己」が、自己拡大的支配型の陰画から構成されていると言う事と共に、その乳児期に於ける状況と関係があるのである。自己縮小的依存型の人々は、その早期の問題 ー 基礎的不安 ー を「人に従って行く態度」で解決した人々である。
自己拡大的な型の人が幼児期に於いて、甘やかされたり、厳格に躾けられたり、或は残酷に取扱われた人々に多いのに対して、この型の人々は誰かの蔭で育った人に多いのである。
例えば、特に両親に愛された兄弟の蔭か、他人から始終尊敬されている親の蔭とか、美貌の母親とか、愛情はあるが独裁的な父親とかの蔭である。そこでは自分は何時も第二義的な存在であるが、しかし、何かの意味で愛情は得られないでもない。唯、そては服従と言う対価を払って得られるのである。
彼は妥協したり、屈従したりして ー 自分の感情を犠牲にしてしか、他人からの愛を得られないことを学ぶのである。一方に於いては、自己拡大的な人達への羨望とそれの抑圧、他方に於いて自己屈従的・自己犠牲的態度が取られて来るのである。
人に愛せられるためにとられる態度 ー 自己を主張しないこと、屈従的なこと ー これが利他的無私とか、惜しみなき愛とか、自己犠牲の高貴性とかに美化される。そして、そこに自己の存在理由と価値を発見し、それを内容とする「仮幻の自己」が完成されるのである。そして、ここに彼の「誇り」pride が宿る。
ところで、彼の「仮幻の自己」は、自己拡大型の人間がする様に誇ることを許されないと言う矛盾に面する。しかも、そこに誇りを感じざるを得ないために、彼は「仮幻の自己」の要求を充足し得ない無力な「現実の自己」を感じて、自己卑小感、自己嫌悪を抱くに至る。この事は、さらぬだに無力感に満ち、烈しい自己嫌悪を持っている彼に益々その感を深くさせ、自己を責め、自己を嫌悪する傾向を強めるのである。
彼の shoulds は、何時も、自己否定的に働き、彼の自己主張や心の中でひそかに熱望する攻撃性を抑圧するのであるが、そればかりでなく、他人に対する彼の評価を束縛する。彼は常に他人に好意を持たなくてはならないから、他人の善意を疑ったり、他人に悪意や心の狭さを見てはならないのである。
他人を少しでも疑う事は許されない結果として、結局彼は何時も他人の意のままになることになる。このことは又、彼の無力感や自己嫌悪を深くする。たまたま、他人によって利用されることに対して怒りや敵意を覚えても、それは shoulds の命ずるところに反するから、そういう事を感じることに罪悪感と自己に対する嫌悪を覚えざるを得ないし、抑圧しなくてはならない。
この型の「仮幻の自己」が、愛される必要から出たことは先に述べた。従って愛というものが、彼にとって一番重要な価値を意味する。「仮幻の自己」の種々な内容を貫くものは愛であると言える。他人に対する関係に於て、彼が最も関心するのは愛の様々な徴表である。
彼には、孤独は愛せられていないことを意味する。彼には他人の存在が自分の価値の確証として役立つから、屈従的な手段によっても他人のそばに自分を置くのに努力するのである。この事は彼の必要から出ているものだから、他人がどう感じるかは二義的になり、他人の都合もかまわず、哀訴し、嘆
願し、まといつく。
しかし、この必要だという事が、必要なものは充足されて当然だと言う考え方に変容すると、それは他人に対する要求 claims に化して来る。
愛情や、理解や、同情や、援助を必要とすると言うことが、当然愛情や理解や同情や助けが与えられるべきだと言う要求になり権利に変じるのである。この変化は微妙であり、もとより無意識的であるが、しかし強力である。
この要求を支えるものとして、彼が如何に懸命に他人を理解し、同情的であり、犠牲的に他人の為に努力しているかと言う考えがある。これらの態度は実に彼の shoulds の結果として取られた態度なのであるが、それを彼は無意識に自分の要求を合理化する基礎とするのである。
つまり、彼が愛情的であり、同情的であるのだから、他人も同様でなくてはならないという要求に変じるのである。同様の感情論理が、彼の苦悩や、被害感に働くと ー 苦情や被害感が彼の shoulds から来ているのにもかかわらず ー 他人は自分を救うべきであり、損害を補償すべきであると言う要求に変じるのである。
一方すでに彼の shoulds によって招来されていた自己に対する憎しみ self-hate は、これらの他人に対する要求 claims が充足されない時、一層深刻となる。自己が益々無価値で、無力であると感じられ、苦しみが強くなり、益々自分を責める。
この様な自分に対する憎悪に苦しめられる時、それを免れる方法として、この型のものは、自己拡大型のものの様に、自己についての拡大された像に同一化する方法をとることが出来ない。従って彼のなし得ることは、先ず自分を他人の無理解、非情な仕打ちに迫害されて泣く、高貴な、気の毒な人間として劇化し(dramatization)、それに同情の涙をそそぐことである。こういう態度は更に進むと無意識に人を挑発して、自分を迫害する様にしむけ、それによって自分を惨めな状態にし、それに感動すると言う自虐的なこと(masochism)にもなる。
また、他の方法は、分析に於て明らかにされることであるが、「どうせ自分はつまらない人間なのですから」と言う様な表現で、表面、自分の無力で嫌悪すべき状態を、人が言う前に先に自分で承認して受け入れる態度を取ることにより、実はそれによって他人からの批判をそらし、又自分自身それを直接に感じることを避け、誤魔化すことである。

何れにもせよ、この様なことは、全てこの型のもつ自己の卑小化・縮小化の傾向を増しこそすれ減じはしない。それは益々、自己疎外の傾向を強めるのみである。ここにも又自分の真の感情や願い、また喜びや成長を知らない人間がいるのである。彼の感じるのは自己に対する嫌悪、無力感、不安であり、苦悩である。
しかし、私達はこの型の人に、前記の自己拡大型の人に比べて、何かしら柔らかな、愛情的な人間らしいものを感じる。それは恐らく愛が敵意よりも、例えそれが神経症的に追求されているにもせよ、もっと人間性に深い関係をもっていることを示す事かも知れない。



今回、取り上げるのは、我々対人援助職者に多い「自己縮小的依存型」についてです。
これは「誰かの蔭で育って来た」人々であり、「低い自己評価」に基づく「基礎的不安」を「人に従って行く(toward people)態度」で解決して来た人々である。
人に愛されるために自己屈従的・自己犠牲的な態度を取り、それを利他的無私とか、惜しみなき愛とか、自己犠牲の高貴性に美化して、そこに自己の存在理由と価値を発見し、そういう「仮幻の自己」を作って来たのである。
つまり、本当はただのヘタレの他者評価の奴隷に過ぎないくせに、それを美化して生きている。
そしてその美化の中に、「自己縮小的依存型」に潜む、思い上がった「自己拡大的支配型」の臭いさえするのである。
しかし、そんな“闇”の中にも、自己屈従的・自己犠牲的とは異なる、非常に素朴な、人の良さや他人への愛情深さが感じるのもまた「自己縮小的依存型」の人々の特徴である。
そしてそこに、その人を通して働く本当の愛=“光”につながる可能性を指摘しているのも、流石、近藤先生であると言わざるを得ない。
ニセモノの愛の中に、ホンモノの愛の芽が潜んでいるのである。

 

 

「私たちは愛だ恋だと言葉でいっていますが、その言葉を知らないうちから愛を感じて生きています。赤ちゃんのときにお母さんに抱かれますね。そのときにお母さんの肌に触れて感じることが愛なんです。お母さんから伝わってくるものが愛なんです。つまり体で感じる。これは男であれ女であれ同じです。だからおもしろいことは、異性愛の場合に出てきますけれども、皮膚の接触、抱かれる感じ、それからくる安心感やよろこび、その気持ちよさ、快感、そうしたものは『言葉以前』の愛の形なんです。いわば、原型、つまり最初の人間が何もわからないときに感じる愛ということ。その原型をもう一度意識的に感じるのであります。結局、お互いの愛情というものをほんとうに表現するときには、我が身を持って身に感じていくのですね。そのときに、東洋であろうと西洋であろうと、お互いに抱き合うということで愛を表現するのです。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

「私たちは愛だ恋だと言葉でいっていますが、その言葉を知らないうちから愛を感じて生きています」
もうこのひと言でノックアウトですね。
なんでも言葉にすればわかったような気になる、これがそもそも大間違いです。
言語によって体験を切り取った瞬間に、あたかも空飛ぶ蝶を捕まえて標本箱にピンで刺したように、その体験が死んでしまうということを知らなければなりません。

 手に取るな やはり野に置け 蓮華草    瓢水(ひょうすい)

元々は、遊女を身請けするな、という艶っぽい句だったそうですが、言語哲学的に解すると、別な妙味が出て来ます。
愛を愛として(言語を介さずに)直接に感じること。
その感じる力を磨かねばなりませんぞ。


 

前漢時代、淮南王・劉安(りゅうあん)が編纂させた思想書『淮南子(えなんじ/わいなんし)』に

「夫(そ)れ陰徳ある者は必ず陽報有り」

とある。
一般に「目に見えないところで良い行いをしている者には、必ず目に見えるところで良い報いを受けることができる」と解されているが、私に言わせれば、これは誤った人生訓の代表みたいな言葉である。

たまたまこの言葉を礼讃するような記事を読んだので、ここで触れておく気になった。
誤った格言は正しておかなければ、後世の者が迷うことになる。

まず、「わざと」人の目につかないところで良い行いをするのである。
この意図的に「わざと」というところが気持ちが悪い。
所詮は、「自力」であり、はからいなのである。
意図的にやった善行は、必ず、隙があったら、他人に言いたくてたまらなくなる。
そして、そっと、遠慮しぃしぃ、謙遜しながら、周囲に漏らして行く。
私はこんなに良いことをしたのだと。
ここに偽善性と虚栄心が臭う。
それに対し、その人を通して働く力によって「思わず」誰かのために何かをしている人は、人目に立つか立たないかも関係ないし、そもそも自分がやっているという意識がない。
意識がないため記憶に残らない場合もある。
よって自ら他人に話すことはない。
そこに「他力」の尊さがある。

そして、「自力」で頑張ってやった人は、陽報を求めるのである。
どうしても報いがほしいなら、せめて人目に立たない陰報でいいのに、人目に立つ陽報の方を求めるのだ。
それは称賛ですか?名声ですか?金ですか?地位ですか?
ここがまた強欲で虚栄心に満ちたところである。
それに対し、「他力」でやった人、やらされた人は、まず自分がやったという意識がないため、何の報いも求めない。
もし何かを感じるとすれば、自分を通して働く力によってその行為をさせられたこと、それ自体が何よりの「報」=有り難いことであるため、「他力」によってさせていただけたこと、それ自体が既に報いになっているとも言えるのだ。

というわけで、誤った人生訓にご注意を。
それを観破る眼も育てて行きましょう。

 

 

 

久しぶりに近藤先生をよく知る方とお逢いして、ゆっくり話す機会があった。
16歳から近藤家に住み込みとして働き、近藤先生が亡くなった後、家を出られてからも、奥さまが亡くなるまで計60年以上、近藤家に尽くして来た方である。
この方の波乱万丈の人生を記すだけでも本が書けそうだが、ここでは敢えて触れないでおく。
私にとっても旧知の方なので、気兼ねなく、近藤先生の昔話に花が咲いた。

通常、長年“偉い人”の身近にいた人の話となると、あんな立派そうに見える人も、実は裏ではこんなだった、というようなガッカリばらし話になることが多いが、
その人は、先生が亡くなって26年以上経つ今も、近藤先生を心から尊敬していた。

私は、セラピストとしての力量を知りたいと思ったならば、そのセラピストの身近な人に訊け、と言うことにしている。
家族や同居人など、その人の日常の言動、即ち、本音の人格を知っている人に訊けば、その人のセラピストとしての本当の力量がわかるのだ。
(世の中には、その人の本音の人格に問題があったとしても、専門的な知識と技術があればサイコセラピーはできる、と思っている人もいるが、私はそうは思わない)
身近に生活を共にしている人から見ても、尊敬と信頼が揺るがない。それでこそホンモノである。

かつて奥さまが亡くなられた後、慰労の想いもあって、その人に近藤先生の講演テープを何本かダビングしてプレゼントしたことがあったが、今も折に触れて、その録音テープを聴くと、近藤先生の言葉にこころが洗われて涙が出てくる、と言っておられた。
(本当は「言葉」でも「声」でもなく、そこにこめられたものが働いているのであろう)

そんな話を伺いながら、
「近藤先生、まだセラピーをしてらっしゃるのですね。」
と心中で思いながら、杯を重ねる良い時間であった。

よそ向きにカッコつけているときでなく、肩の力が抜けた日常の中に、その人の本当の力量が現れるのである。


 

皆さんは「ボンタンアメ」というお菓子を御存知であろうか。
世代的には私よりもずっと上の世代で発売されたお菓子で、水飴や麦芽糖などを練り込み、もちもちした食感で、文旦(ボンタン)(柑橘類の一種)の風味のするレトロなお菓子であった。
「アメ」と言いながら実際には飴ではなく、1個ずつオブラートに包まれているのも特徴的である。
個人的には、子どもたちが好むお菓子というよりは、年輩の方がノスタルジックに楽しむお菓子というイメージがある。

私が子どもの頃暮らしていた広島の実家の近くに、国鉄の宇品線が走っていた。
宇品線は、広島駅と宇品駅を結ぶ短い路線(全長5.9km)で、瀬戸内海に面する宇品港(現・広島港)は軍港として栄え、日清戦争、日露戦争、第二次世界大戦では、兵士や物資の戦地への輸送を担った重要な港であった。
戦後も、国内ではかなり遅くまで(1975(昭和50年)まで)SL(蒸気機関車)が走った路線のひとつであったが、やがて国鉄赤字ワースト1の路線にもなり、1986(昭和61)年には完全に廃線となった。

よって、私が小学校低学年の頃はまだSLも現役で、双子の弟と線路脇の叢(くさむら)まで入り込み(当時は柵などなく、いい加減であった)、SLが汽笛を鳴らして通るのを間近で眺めては手を振っていた。

すると、ある日、SLに向かって手を振っている私と弟の近くにボタボタとお菓子が落ちて来るではないか。
驚いてSLの方を見ると、制服の乗務員のおじさんがこっちを向いて手を振っている。
なんと、乗務員のおじさんが私と弟に向かって、チョコレートやキャラメルなどを投げてくれたのである。
なんと優しい御方であろうかっ!
そしてそれ以降、私と弟はSLが通る時刻になると線路脇に立ち、お菓子が降って来るのを待つようになったのである(餌付けかいっ!)。
そして投げてもらったお菓子を拾っては、乗務員のおじさんに向かって「ありがとーっ!」と二人で叫んでいた。

そしてその日がやってきた。
いつものように線路脇に立っていると、SLがやって来て、またもやお菓子が降って来た。
「ありがとーっ!」
と叫んで、いそいそとお菓子を拾うと、それがボンタンアメであった。
二人とも言葉を失った。
「これ…美味しくないんだよね。」(二人の心の声)
そして二度と宇品線脇には行かなくなった二人でした。

それ以降、たまにボンタンアメを見かけると、あのときのことを思い出す。

「乗務員のおじさん、セイカ食品さん、ごめんなさい。」

子どもは時に、超利己的であり、残酷なのであった。

 

 

「人間というものは大事なことはなかなかいわない。大事なことはいちばんおしまいにとっておくのですね。非常に長いことかかっていろいろ話して、時間が終わって『さよなら』といったあとでチョコッというのですね。それも、そのものズバリではなくて、はしっこの部分をね。そういうことが多い。」(近藤章久『迷いのち晴れ』春秋社より)

 

これは私が今の仕事をしていても実感することである。
その瞬間、「おいっ!」と思うが、時、既に遅し。スーッと去って行かれる。
考えてみれば、私自身が昔、近藤先生のところに通っていたときも、最初はそうだったかもしれない。

でも心配は要らない。
人間が成長すると、問題のはしっこではなく、全貌を話せるようになる、核心を話せるようになってくる。
しかも、面談の最後ではなく、面談の最中に、中には面談の冒頭で「今日はこれについて話します。」と宣言する方までいらっしゃる。
そうなってくること自体が、その人の確かな成長を示しており、問題と向き合えるということ、即ち、その問題が解決される準備が整っているということなのだ。

そう思うと、冒頭のような展開はむしろ、治療場面や、一般ピーポーとの会話場面で起こりやすいと言える。
八雲総合研究所での面談においては、既に「情けなさの自覚」と「成長への意欲」を持っておられるため、果敢にご自分の問題を取り上げて来られる。
改めてそれが稀有な、そして一所懸命な姿勢であることを、今日これを書いていてまた実感するのであります。


 

弟は自閉スペクトラム症だった。
小学校から不登校、やがて引きこもりとなったが、親が精神科を受診させることはなかった。
通信制高校からなんとか大学を卒業して就職したが、そこでうつ病になり、自ら精神科を受診して、うつ病は2次障害で、1次障害が自閉スペクトラム症であることが判明した。
振り返ってみれば、父親も自閉スペクトラムで、会社員としてなんとか働いていたが、特性のために、社内での人間関係がうまくいかず、妻子の気持ちにも十分に寄り添うことができなかった。
母親は、厳しい両親に育てられ、実家を脱出することができた結婚後は自由な生活を夢見たが、結局は、子どものことも、夫のことも、自分が頑張るしかない状況に追い込まれた。
そんな中、長女であり、話の通じる娘は、何かにつけ、当てにされた。
そして娘の方も、せめて母親からは愛され、認められたかったので、「お姉ちゃん。」と呼ばれる度に、文字通り、その役割を演じた。
そして、気がつけば、自らも対人援助職に就いていた。
相手のしてほしいことに気づくのはお手のものだったし、他者貢献度=自分の存在意義という構図は変わっていなかった。
そうしてある日気がつけば、自分もそこそこいい年になっていた。
今まで通り過ぎて行った男がいないわけではないが、基本的な他者(特に男性)への信頼感が育っておらず、自分に子育てができるとも思えなかった。
これでは結婚・出産はできない。
(誤解のないように付け加えるならば、女性は結婚し、子どもを産むために生きているわけではない。「できない」のと「できるがしない」のとでは大違いだ。)
なんだか急に寂しくなって来た。
それはセンチメンタルな(情緒的な)寂しさでもあったが、それだけではない、霊的な寂しさもあった。
私が私を生きていない、
自分に生れて来た意味と役割を果たしていない、
ミッションを果たしていない、
それが霊的な寂しさを引き起こす。

で、どーするか。
ようやく今、お姉ちゃんの、いや、〇〇さん(←本名)の人生が始まろうとしている。
いつもそこからが私の出番なのであった。

 

 

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医療・福祉系国家資格者と一般市民を対象とした人間的成長のための精神療法の専門機関です。