ある青年が受診して来た。
虐待親の許を脱出し、一人で踏ん張って生きて来た。
生育環境のせいもあって人間関係がうまくいかず、就職しては退職し、生活保護になったり脱したりを繰り返していたが、働くことへのチャレンジはやめなかった。
また、母親からの連絡もすべてシャットアウトし、辛くても弱みは見せなかった。
そういう彼の姿勢を私は買い、いつも応援していた。
それが、である。
ある受診の日、母親同伴で外来に現れたのである。
一方的に勝手なことをしゃべり続ける母親の横でうなだれている彼に、あんなに頑張っていたのに、どうしてこんなことになったのか、と訊くと、
「しんどかったです。」
と消え入りそうな声で言った。
そうか。
魂を売ったのね。
服従と引き換えに保護してもらう道を選んだのである。
しかし、この母親の支配の下で、どんな未来が描けるというのだろうか。
八雲総合研究所では絶対に起こらないことであるが(対象外であるため)、
臨床ではいろんなことが起こる。
お蔭さまで、私も気が長~く、タフになってきた。
果たして彼に再チャレンジの日が、自立の日が、来るのか来ないのか。
それでも、死ぬまで、彼の可能性を信じないわけにはいかないのである、死ぬまでは。