「これは、女性の方が今日は多いから言いますが、あなた方の旦那さんとかね、いうものに対する考え方をひとつよく見て下さい。私があなた方に、旦那さんを愛してらっしゃいますか?と訊けば、皆さん、手を挙げられると思うんです、ね。しかし、本当に愛だけですか? どうでしょ? 甚(はなは)だこんなことは言いにくい話だけども、やっぱり憎んでいるところがあるはずです。これをはっきりさせないもんだから、だから、ものがはっきりしないところがあるわけです。癪(しゃく)に障(さわ)るけどしょうがない、まあ、食うね、素を持って来てくれるんだから、しょうがない。亭主と認めてやるわ。こういうところがあるわけですね。男性が今日は、一、二、三、四人だから、合計五人だから、思い切って言える。男性をイジメる会ってことじゃないかもしらんけども、けども、そういう男性がそこで、オレこうやって威張ってるけれども、威張ってる相手の奥さんのお腹の中に二つあるわけです、ね。つまり愛憎ということがあるわけです。
恋人に対してもそうですよ。愛人というけれども、愛しているけれども、それは必ずしも全てが愛ではないはずです。憎らしい。私をこんなに待たせて酷(ひど)い人。私はじっと待ってなくちゃいけない。私はコーヒーをもう何杯飲んだ、胃がお蔭で変になっちゃったってなことがある。それは腹が立ちますよね。なんで待たすの? でも私は愛するから仕方がない。こうなっちゃうでしょ。必ずそういう矛盾した気持ちがある。
日本の女性は、そういう点は、非常に、あの、なんていうか、よくできてるというか、大人しいというか、言わないから、その愛憎を二つ出ない。自分の中の憎しみに気がつかない。気がつかない結果、それがね、あんまり、あの、解決されない。そのままずるずるべったり行って、最後に腹が立ってね、六十ぐらいになって、これから離婚します、なんて言う。親父さんが弱くなっちゃって、今度はね、おまえ、頼むよ、頼むよっていうことになって来るとね、さあ、ご覧なさい、と言ってね、今度は、愛より憎しみが出て、私をどんなにイジメたでしょ。もうあなたなんかおっぽっちゃう、なんていうわけで、まあ、必ずしも言わないよ、そういうことになっちゃう。
そういうふうな愛憎というものが子どもにあるんですよ、良いですか。ここがね、今、あなた方が自分の旦那さんやお父さんを笑ったかもしれないけども、今やまさに子どもから見りゃあなた方がそうなんだ。母親に対する愛憎、それから父親に対する愛憎、父親はもっとひどいんだな。父親が、よく考えてみると、最初の敵意は母親がそうですが、同時に最も強力に侵入して来るのは父親です。お母さんの傍(そば)にゆっくりこうやって、乳房にくっついて傍にいたいときに、突然夜になってお母さんを奪って行くのは誰ですか? お父さんでしょ。そういうときに子どもは、おぎゃあおぎゃあと泣きながらですね、侵(おか)されてるんですね。
近頃は3LDKになると、子どもは別のところにおいて、お母さんとお父さんは別のところにいるだろう、ね。従って子どもは非常に孤独の中に残されるわけですよ、ね。お母さんとお父さんは楽しいかもしらん。そういうときにいつも自分の大事な大事な、子どもにとっては安心と、その、本当に安心感と、なんていうか、満足の元である、源であるお母さんを奪って行くのはお父さんでしょう。お父さんていうものはね、まず最初にはね、自分から自分の愛する者、自分の安心の元を奪って行く対象として見られるんですよ。ですから、子どもにとって最初はね、親父なんてちっとも有り難くない。
その証拠に、親父もまた子どもをあまり可愛がらない。うるせえな。少し黙らせたらどうだ、なんていうことになっちゃう、ね。おまえが悪いんだってなことになってね。うるさい。こういうことになる。
そういうふうに、父親と子どもってものは、最初は、最初の経験は、僕は愛ではないと思う。これは今まで見て来たように、そうではなくて、むしろ原本的に、あの、愛の経験は母親でしょ、恐らくね。父親は要するに、後は、今度はどうかっていうと、それは、父親の有り難みが少しわかって来るのは、もう少し後なんだ、ね。」(近藤章久講演『親と子』より)

 

まず、アンビバレンス(『アンビバレンス(1)参照』)の対象となるのが、母親だけにとどまらないということ。
夫、恋人などさまざまな人がアンビバレンスの対象となり得る。
その中で、特に女性は、自分の「憎」の部分に気づきにくい。
しかし、気づかなくても実際にある「憎」が、後になって復讐を果たすこともあるのでご注意を。
そして、やはり子どもにとって、最初の愛の経験の対象は母親。
父親は自分から愛する人、安心の元を奪って行く存在でしかない。
父親の本当の出番はもう少し後になってから。
こんなことも、近藤先生の講演を機に、ちょっと知っておくとね、夫婦関係や親子関係において、不要な問題を引き起こさないで済むかもしれない。
良い悪いではなく、人間のこころの事実として、アンビバレンスというものがあることを知っておきましょ。

 

 

お問合せはこちら

八雲総合研究所(東京都世田谷区)は
医療・福祉系国家資格者と一般市民を対象とした人間的成長のための精神療法の専門機関です。