八雲総合研究所

主宰者の所感日誌    塀の上の猫
~ 八雲総合研究所の主宰者はこんな人 が伝われば幸いです ~

所感日誌『塀の上の猫』

近藤章久先生による「ホーナイ派の精神分析」の勉強も、1回目2回目3回目4回目5回目6回目7回目8回目9回目10回目11回目12回目13回目14回目15回目16回目17回目18回目に続いて19回目となった。

今回も、以下に八雲勉強会で参加者と一緒に読み合わせた部分を挙げるので、関心のある方は共に学んでいただきたいと思う。
ホーナイ派の精神分析を入門的、かつ、系統的に学んでみる良いチャンスになる。
(以下、原文の表記に多少古いものも含まれるが敢えてそのままに掲載した。また斜字は松田による加筆修正である)
※内容も「治療」について取り上げながら、いよいよ最終コーナーを回ってきた。折角読むからには、それが狭い「治療」の話に留まらない、人間の「成長」に関わる話として読んで行っていただきたい。

 

A.Horney(ホーナイ)学派の精神分析

5.治療

b.神経症的諸傾向の観察と理解(6)

はじめてここで、彼は、その悲しむべき自己疎外の根源が「仮幻の自己」であることを認識し、自分が今迄従順に奉仕していたこの病的な自己像に対して批判と反発の目を向ける。このことは又、今迄強大な拘束力を駆使して君臨していた「仮幻の自己」にとってはその存在への危機である。危機は不安を呼び起す。そして、この時点を境として、分析治療における最も大きな抵抗が生じて来るのである。
たしかに、この時期は、患者の中に、神経症的自己に対する批判と反抗がはじまったと言える。しかしそれは彼が今迄自分の安全の為に定立し、それによって生きて来たものなのである。それと一体化して生活して来た過去の惰性と、それのもたらした利益がある。その不安は、だからあたかも彼自身の不安として感じられる。しかも彼の「真の自己」はまだ本当に確立していない時期である。彼の殆(ほとん)ど自動的にとる態度は、したがって、その防衛である。
分析の経過の中で、大きな洞察の体験の後で、再び困難な時期が訪れるのはこうした理由によると考えられる。患者も希望と解放感を得た後で再び不安にゆすぶられる。分析者に対する疑いや敵意、不信が現れ、分析への嫌悪やそれからの逃避が生じる。
しかし一方で、彼の「真の自己」はもはやそれに盲従しはしない。その様な防衛の試みに対して反抗し戦うのである。この為に患者の状態は、或る時は本当の自分に触れた喜びを感じて生々(いきいき)とした生き甲斐のある気持になるかと思うと、次の瞬間は自分の卑小や無力を感じ不安や絶望を感じる。
患者は浮沈高低の甚だしい変化にさらされる。これは苦痛に満ちた時期である。しかし、この苦痛は成長の痛みであり、生みの苦しみである。分析者はこの時に、単なる傍観者、単なる聴手(ききて)、観察者であってはならないのである。
この危機的状況に応え、混乱の中にゆさぶられる患者に、彼の闘っている敵の正体を明確にし、彼が最後の戦を闘っていることをはっきりと告げなければならない。彼が戦の意味を悟り、そして不安や苦しみは彼自身の新しい誕生の為であることを感じる時、航海者が、正確な羅針盤を持って、安心して嵐と闘うことが出来る様に、彼は次第に確信をもって、神経症葛藤の中の最も根源的な葛藤 ー「仮幻の自己」対「真の自己」と言う決定的な戦いを闘い抜いて行くのである。

 

「仮幻の自己」が居着くには、それなりの理由があったのである。
それは間違った方法かもしれないが、少なくとも幼少期の自分を不安から守ってくれた。
よって、「仮幻の自己」を取り除こうとするとき、あの不安が台頭し、抵抗が生じるのである。
そして勝負時が訪れる。
これからも「仮幻の自己」という偽りの解決法で不安を解消し続けてて行くのか、
それとも、「真の自己」を取り戻し、不安の根本解決を図るのか。
選択肢は後者しかない。
セラピストが援軍となって、クライアントの「仮幻の自己」vs「真の自己」の最終決戦を戦い抜いて行くのである。

 

◆追伸◆
さて、次回3月8日(日)開催の第74回八雲勉強会は、年度末最後の勉強会であり、かつ、この「ホーナイの精神分析」もいよいよ最終回を迎える。ホーナイの考えに共鳴される方々の参加をお待ちしている。

 

 

子どもの不登校の相談で、お母さんが精神科の外来を受診して来られる場合がある。
お子さんの話を伺うわけであるが、お聞きしているうちに、段々とお母さん自身の話も出て来ることになる。
その中に、お母さん自身の未解決の問題があれば、それを解決していくことになるし、特に問題がない場合でも、人間である限り、何らかの成長課題があるわけで、母親として、妻として、嫁として、娘として、働く女性として、そして自分自身としての成長課題があれば、それも重要な話題となる。
特に私のように、「治療」と「成長」を同一延長線上のものと思っている人間にとっては、それが必然の展開である。

そうすると、面白い現象が起きて来る場合がある(あくまで「場合がある」である)。
お母さんが解放されて、変化・成長して来られるのである。
それに子どもが気づく。
そういうところは子どもは極めて敏感である。
そうなると、どんな医者なのか、興味を持って来る。
そして、しば~らく経った頃、不意にお母さんと一緒に外来にやってくることがある(これもあくまで「ことがある」だが)。
そこに至るまで、本人に会わなくても、伝わっていくものがある。

同様のことが、引きこもりの青少年の往診に行くときにも起こる場合がある(あくまで「場合がある」である)。
往診に行っても本人は出て来ない。
そこでお母さんとお話することになる。
ここでも、お子さんの話を伺うわけであるが、お聞きしているうちに、段々とお母さん自身の話も出て来るようになる。
その中に、お母さん自身の未解決の問題があれば、それを解決していくことになるし、特に問題がない場合でも、人間である限り、何らかの成長課題があるわけで、母親として、妻として、嫁として、娘として、働く女性として、そして自分自身としての成長課題があれば、それも重要な話題となる。
そして何度も往診を重ねるうちに、笑い声や涙声が出て、それが部屋に閉じこもっている子どもの耳に届いたりする。
また、医者が往診から帰った後に、本人が母親の変化に気づく。
そういうところは子どもは極めて敏感である。
そうなると、ここでも医者に興味を持って来る。
そして、しば~らく経った頃、陰から医者とお母さんの様子を見に来たり、不意に話している部屋に入って来たりすることがある(これもあくまで「ことがある」だが)。
そこに至るまで、本人に会わなくても、伝わっていくものがあるのである。
(上記の「医者」を「訪問看護師」に、「往診」を「訪問看護」に変えても、同じ話になる)

現実には、そんなに簡単に事は運ばないことも重々承知しているが、上記のような場合が(稀でも何でも)実際にあるということを知っておいていただきたいと思う。

 

 

本当のことがわかるには相応の時間がかかるものです。

例えば、ある人に
「あなたのお母さんはどんな人でしたか?」
と尋ねると、しばしば
「いやぁ、特に。平凡な主婦でしたよ。」
などという答えが返って来る。
しかし、それをそのまま鵜呑みにするわけにはいかない。

何度か面談を重ねるうちに、母親からは、あんなひどいことを言われた、こんなひどいことをされた、という話が出て来る。
それは当初、意識的に隠していた場合もあれば、
本人としては、隠している気はさらさらないが、無意識に隠している場合もある。特に母親に対する怒りや攻撃性が抑圧されている場合には、出て来るのに時間がかかる。

じゃあ、それで一件落着かというと、そうもいかない。
いろいろ話を伺っていくうちに、思い出すのもおぞましい、さらなる深い闇が明らかになってくる場合がある。
また、気づいていなかった母親からの意外な愛情に気づく場合もある。

母子関係についてだけを挙げても、こんなふうに話が二転三転することも珍しくはない。
昔から「薄皮を剥がすように」と言う表現があるが、セラピストとクライアントの共同作業によって、何枚も何枚も薄皮も厚皮も剥がれて行ってようやく、本当のこと=真実が明らかになってくるのである。
そのことは、対人援助職の人はよくわきまえておいた方がいいと思う。

そしてその前提として、クライアント-セラピスト間の信頼関係が必要となることは言うまでもない。
信頼がなければ、本当のことは話さない。
これもまた親子関係に傷がある人ほど、基本的な他者への信頼感が育っていないため、信頼関係ができるでに時間がかかるし、
セラピストの側も、できれば、クライアントの存在に対して畏敬の念を持って接し続けていただきたいと思う。

信頼関係というのもまた、クライアントとセラピストの共同作業によって初めて構築されるものなのである。

 

 

今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』「葉隠(5)」『葉隠(6)』『葉隠(7)』『葉隠(8)』『葉隠(9)』『葉隠(10)』『葉隠(11)』続いて、今日は『葉隠(12)』(下・聞書第十・一○五)。

増上寺において行われていた法事の最中、
「諸役人大勢列座の前を(内藤)和泉守(いずみのかみ)通られ候(そうろう)が、(永井)信濃守(しなののかみ)前に成り、『信濃守覚えたか。』と詞(ことば)をかけ、首打ち落され候。信濃守も小さ刀に手を懸け、すこし抜き懸けられ候由(よし)。その時傍(かたわら)に居り候人、抜打に和泉守の腕を峯打にて、脇差を打ち落され候。また一人立ち上り、『二の目を仕(つかまつ)る。』と聲(こえ)をかけ、和泉守の後に廻り、鰓(あぎと)に手をかけ引き立て投げ伏せ、懐中縄にて搦(から)め、勝手に引き立てられ候。…即刻上聞(じょうぶん)に達し、その夜青松寺にて和泉守切腹なり。」
(諸役の方々が大勢並び座っている前を内藤和泉守が通っておられたが、永井信濃守の前に来たところで、「信濃守、思い知れ!」と言葉をかけ、信濃守の首を斬り落とした。信濃守も小刀に手をかけ、少し抜きかけていたとのこと。その時、そばにいた一人の武士が刀を抜いて和泉守の腕を峰打ちにして、(和泉守が持っていた)脇差を打ち落ちした。またもう一人の武士は「二番目は私が致しましょう。」と声をかけ、和泉守の後に回り、顎に手をかけ、引っ張って投げ倒し、懐に持っていた縄で縛り、そのまま引っ立てられて行った。…すぐに主君の耳に入ることとなり、その夜、青松寺にて和泉守は切腹となった。)

 

『葉隠』では、この一件だけでなく、何かの行事の最中、いきなりある武士がある武士を斬り殺す、特に斬首するエピソードが出て来る。そんなことをすれば、良くて切腹、悪くすれば一族郎党にまで難が及ぶことは百も承知のはずなので、余程腹に据えかねた、覚悟の刃傷沙汰(にんじょうざた)と思われる。
恐らくは武士の面目を丸潰れにされるような出来事があったのであろうが(その仔細は書かれていない)、耐えて耐えて耐えて最後に何もかも投げ捨てて爆発するところが、いかいにも武士と言えば、武士らしいところである。
『葉隠』の文調も決して和泉守を責めるようにはなっていないところに、『葉隠』の隠れた意図が感じられるのである。

 

 

 

「人間として成長するために、子どもにとっては特に、友だちとの関係が重要です。友だちとの、遊び仲間の関係をできるだけ奨励してほしいのです。小さい頃から友だちと一緒に、泥んこになって遊ぶことが必要です。その中で自然と仲間遊びができるようになり、いろいろな人間関係も経験できます。…
やはり子どもには小さい時から…(喧嘩で)勝った負けたということがあり、勝つことも負けることもあることを経験させる方がいいと思います。…
また…子どもどうしでも、どちらが正しい、正しくないという問題がありますが、親としては、どちらが正しいとか正しくないとかということは言わない方がいいでしょう。というのは、結局せんじつめると、暴力行為をやるということは正しくないことなのです。暴力行為に正しい正しくないなどはおかしい。もともと正しくないのです。そういう正しい、正しくないというのは大人の論理であり、大人の倫理なのです。子どもにとっては勝った負けたが問題です。しゃくにさわるとか、そういう感情が主なのです。…
子どもの喧嘩に大人の論理を持ってくると、子どもは混乱します。現実と違うからです。むしろそれより、勝った負けたという時に起こりがちな劣等感を救ってやることが必要です。正しいとか正しくないとか言っていると、子どもは混乱してしまいます。そうして自分の劣等感を無理に合理化するために、『僕は負けたけど正しいんだ』と考えるようになってしまいます。これではどうもあとになって、神経症的な性格になってきます。負けた時は負けたで、『僕は体で負けた』と思っていいのです。『体が小さいから負けた、力が弱いから負けた』と思った方がいいのです。…
時と場合によっては、まず自らを守るために闘うことは必要なのです。…好むと好まざるとにかかわらず、力というものが世の中で現実的な力をもっているという現実を知らなければなりません。観念的に育ててはいけません。
子どもの世界にも、大人の世界とはちがった力の現実があります。そういう現実をふまえた上で、それに対してどういうふうにするかということを考え、実行できる人間に育てた方がいいと思うのです。そうしないと、現実には行動できないので、心の中に葛藤を持った人間になってしまいます。いつも心の中で劣等感を持っています。『負けたれどもしかし、僕は正しいんだ』と言いながら、割り切れない、不愉快な感じは拭(ぬぐ)いきれません。いつも『俺の正しいことが認められない』と陰で不平を言う人間になります。そしてこうし矛盾した気持ちのまま、葛藤を持ったままに成長していくわけです。これを防ぐためには、力の点で負けた時は、『自分は力でやっぱり負けたんだ』とはっきり認め、勝とうと思ったら『俺はもっと力をつけりんだ。それにはどうすればよいのだろう』と、具体的なことを考えさせた方がいいと思います。…
何事も平和主義で、『とにかく喧嘩はしない方がいいわよ』というのが最近のやり方ですが、私は戦う知恵を授けたいと思います。子どもたちもそういうことを経験することによって、戦う知恵や力が出てくるのです。大人になっても邪悪に対して戦うとか、陰険なものに対して戦う精神というのは必要なことです。ですから子どもたちにもそれをやらせる、そういう訓練の場を与えたいと思うのです。…
お母さんたちはみなさん喧嘩というものをいやがりますが…子どもは、勝っても負けても喧嘩を経験することが必要です。これも経験することによって現実を知る、実感の世界といっていでしょう。
よい子とか、りっぱな子とかいう建前の上での、観念的なあり方、きめられた枠にはまったような育ち方では、必ずあとになっていろいろとノイローゼ的な問題を起こします。ノイローゼの患者さんはとかく子どもの頃、ほとんど喧嘩をしたことのない人たちばかりです。いわば、長いあいだ敵意を抑圧してきた人が多いのです。…
なぐられれば腹が立ちます。まだ子どもなのですから腹が立つ時に怒って、相手に向かっていくのが自然なのです。その自然をあまり抑圧すると必ず問題が出てきます。…
敵意というものは、隠されて、蓄積されるのがいちばんいけません。敵意は軽いうちに早く出してしまわないと、内向して、自分自身を傷つけ、相手に対しても憎しみを深いものにしてしまいます。…
一般には攻撃欲というものを、何か人間の原罪みたいに考えて、『よくないことだ、直さなくてはいけない』と言われています。しかし攻撃欲それ自体をなくすことはできません。それよりも、攻撃欲というものをいかに転化していくか、を考えることが大事だと思います。攻撃を押さえつけるのではなく、別な面へ転化してゆくのです。
例えば、オリンピックで必死になって優勝を争う、あれもみんな攻撃欲のあらわれです。スキーの大回転とかジャンプ、スピード・スケートにしても、みな攻撃欲のあらわれです。南極や北極を探検するのも攻撃欲です。難しい問題を解決しようと努力するのも攻撃エネルギーの昇華です。このように攻撃欲自体を建設的なものにふりむけていけばよいのです。
つまり人間の攻撃欲自体の存在は認めて考える。そのかわりにそれをどういうぐあいに使うかを自覚させる。子どもをそういう方向に指導していった方がいいと思います。…
欲望などというのは、それこそ火と同じで、燃える時はカッカと燃えますが、そんなものは限度があるものだと早く悟ることです。それを不完全燃焼のままにしておくと、残ってしまうのです。とにかく子どもには…、子どもの集団の中で、できるだけいろいろな経験をさせることをぜひともおすすめしたいと思います。
」(近藤章久『感じる力を育てる』より)

 

どうであるべきだとか、どうであってはならないと観念的なことを言ったところで、怒りや敵意、攻撃欲といった感情は現にあるものです。
それを抑圧しないで、できるだけ早く、できるだけそのままに感じて、そのままに出す。もしそれを出すことがどうしても憚(はばか)られる場合には、他の形にして(社会的に受け容れられやすい形にして)昇華して出す。
そうすることによって、子どもたちは、怒りや敵意、攻撃欲などの出し方を覚え、また、現実にも戦える大人になっていくことができます。
そのために、子どもたちは集団や人間関係において、喧嘩などの体験を通して、それを練習して行くことになるのです。
それなのに、そういう機会が与えらず、怒りや敵意、攻撃欲などを抑圧するようになっててしまうと、子どもたちは段々と神経症的になっていってしまいます。
ちゃんと感じる、ちゃんと表現する。
そのために喧嘩は大いに役に立ちます。

 

 

今日は「芸」、教科学習の話。
「芸」においては是非、学ぶことは楽しいことだ、ということを子どもたちに体験してもらいたいと思う。

これには私自身の体験がある。
田舎の中高一貫校に通っていた私は、授業が苦痛でしょうがなかった。
自分なりに努力もしてみるのだが、授業の内容がどうしてもピンと来ないのである。
そして当時の私は、それは自分の頭が悪いか、努力が足りないせいだと思っていた。
それがある夏、上京して某予備校の夏期講習を受けに行った。
いわゆる東大合格者日本一の予備校で、かつて兄たちも受講していたため、親に勧められるまま、何も考えずに行ってみたのである。
そうしたら、毎日が目から鱗の連続で、勉強が面白いようにわかった。学ぶってこんなに楽しいんだ、ということを体験した。
そう感じたのは自分だけではなかったようで、全国から集まって来ていた同期の学生たちも、その夏を機に、医学部や法学部志望をやめて、数学科や物理科、英文科や国文学に転向する人が何人もいた。
以来、今日に至るまで、私の中には「学ぶことは楽しいはずだ」という思いが刻み込まれ、あちこち未開拓の分野に手を出しては学んでいる次第である。

そして、そういった学ぶ楽しさが体験できるなら、それが学校でできれば理想であるが、予備校でも塾でも家庭教師でも構わない、是非とも「力」のある教師に教えていただき(「力」のある教師になっていただき)、子どもたちに学ぶ楽しさを体験させていただきたいと思う。

昨日お話したように、確かに「学」(=その子が本来の自分を実現して行くのを応援すること)は極めて重要であるが、この「芸」(=教科学習の中で学ぶ喜びを体験すること)に熱量をかけることも、教師の醍醐味のひとつではなかろうか。

また私的体験の話をすれば、かく言う私も数々の講義を行って来た。
一方で、講義内容ができるだけわかりやすく伝わるように工夫しながら(=「芸」)
もう一方で、講義の合間合間に人間の成長に資する話をして来たつもりである(=「学」)。

そして我らが「八雲勉強会」も、「学」と「芸」を学ぶ場になることを目指している。

追求はどこまでも続く。

 


 

子どもから
「何のために学校に行くんですか?」
と訊かれたとする。
それに対して、子どもたちを丸め込むような合理化、正当化の答えはしたくない。
そんなものに子どもたちは騙されないし、納得もしない。

いつも「そもそも」の話に戻る。
そもそも人間は何のために生まれて来るのか。
それは本当の自分を生きるためである。
今回の人生において自分に与えられたミッション=意味と役割を果たすためである。

そこから学校の話に戻る。
あなたが本当のあなたに成長して行くために、学校が役に立つなら行けばいい。
役に立たない、あるいは、むしろ邪魔になるようであれば行く必要はない。
それがまず基本。

元来、学校は人間の勉強をするところであった。
それを「学」と言った。
そして、教科の勉強をするところでもある。
それを「芸」と言った。
よって「学芸」という。
「学」と「芸」を学ぶところが学校である。
但し、「芸学」ではない。
「学」が先。

となると、先生たちにも訊きたくなる。
あなたは本当の自分を実現して生きていますか?
少なくとも、本当の自分を実現しようとして生きていますか?
(これは対人援助職者全員にする質問でもある)

話を元に戻す。
よって、ひどい教師やクラスメートがいて、あなたが本当のあなたに成長して行くことが阻害されるなら、そんな学校に行かなくていい。
ただ「但し」がつく。
君たちを待っている社会にも、漏れなく?イヤなヤツと変なヤツがいる。
まだ子どもである君たちは、ひどい学校から、クラスから退避して結構だけれど、大人になってからいつまでも逃げ回ってはいられない、ということも知っておいてほしいと思う。
目指したいのは、いつでも、どこでも、誰の前でも、自分でいられる幹の太さであり、勁さである。
それを目標にしよう。
それを目指して成長して行こう。

そして最初の問いに戻り、もし子どもから
「何のために学校に行くんですか?」
と訊かれれば、
「学校という環境の中で揉まれて鍛えられて、本当の自分に成長して行くためです。」
と答える。
(これもまた「何のために会社に行くんですか?」と訊かれれば、「学校」を「会社」に代えて同じ答えとなる)
そして学校の場合には
「教科学習もあります。それは学ぶ喜びを体験するためです。」
と付け加える。

今日は前者「学」の話。
明日は後者「芸」の話。

 

 

ある男性タレントが、妻との生活において、放屁=おならをしたくなったら妻の前ではせず、トイレに行ってしているという。
それを聞いて、なんてマナーの良い旦那さんでしょう、と讃嘆する人がいる一方で、
パートナーの前でおならもできないようなら、それはパートナーではない、と非難する人もいた。

例えば、自分の便=うんちは汚く感じない、という事実がある。
実際に、我々の大腸の中にはうんちがあるわけで、それを汚いと感じたら、それこそ身の置きどころがなくなってしまうだろう。
自分のうんちは、言わば、自分の存在の延長線上にあるから汚く感じないのである。

そこからさらに拡大して行くと、我が子のうんちは汚く感じない、という事実がある。
我が子のオムツを変える度にうんちが汚くてしょうがないのだったら、やってられないだろう。
しかし、他の子を預かってオムツを変えようとすると、少なくとも我が子よりは汚いと感じてしまうという事実がある。
これは、お腹を痛めて産んだ我が子は、言わば、自分の存在の延長線上にあるから、そのうんちも汚く感じないのである。

ということは、自分の存在の延長線上にある、則ち、自分の存在と一体感のあるものであればあるほど、汚く感じないという結論に達する。

最初の夫婦のおならの問題に戻る。
上記の理論からすれば、パートナーのおならにどれだけ嫌悪感を感じるかで、その夫婦の心理的距離がわかるのではないか、という恐ろしい推論に達する。
心理的に一体感を持っている夫婦ならば、それほど嫌悪感を感じないはずである。

但し、純粋に嗅覚的に臭いものは臭い。
よって「パートナーのおならを臭いと感じるか」ではなく、「パートナーのおならに嫌悪感を感じるか」という表現がより正確であろう。

さて、あなたとあなたのパートナーはどうでしょ?
答えはあなたの胸のうちに…。

 

 

今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』「葉隠(5)」『葉隠(6)』『葉隠(7)』『葉隠(8)』『葉隠(9)』『葉隠(10)』続いて、今日は『葉隠(11)』(下・聞書第十・八六)。

ある武士が鐵牛道機(てつぎゅうどうき)和尚(黄檗(おうばく)宗の禅僧)に仏道について尋ねた。
答えて言うには、
「佛法は分別(ふんべつ)を取ってのくるまでなり。別に何の事もこれなく候(そうろう)。士(さむらい)の上に譬(たと)へて聞かせ申すべく候。憶の字は立心偏(りっしんべん)に意の作りなり。意は分別なり。本心に分別附きたる時、憶病者になり申し候。武士に分別出来て武勇を成るべきや。これにて了簡(りょうけん)あるべし。」

(仏の教えは分別を除くだけのことです。他には何もありません。武士の話に譬えてお聞かせしましょう。(憶病の)憶の字は、偏が立心偏で、作りが意でできています。意というのは分別のことです。心に分別が付いたとき、憶病者になるのです。武士に分別があってどうして武勇を発揮することができましょうか。これでおわかりでしょう。)
[注]現代では「憶病」よりも「臆病」の字が使われる。

 

分別、計算、思考が入れば、そりゃあ、保身に走る=憶病になるのが人間です。
分別などがあったら武士も、人を斬ったり、人に斬られたり、自ら腹を斬ったり、できるわけがありません。
無分別というのは、単に分別がないことをいうのではありません。
それではただの馬鹿です。

人間の分別を超えたものにおまかせすることが無分別智なのです。
それが武士道、仏道につながっていると鐵牛和尚は説いているのです。

 

 

「ウィリアム・ジェームスの言葉に、『どんな人間も、生命として生きる権利と共に、また生きる資格としての能力を与えられている』というのがあります。どんな人間にも、生命があるところ必ず何等かの能力があるということを意味しています。
私もその考えに大賛成で、どんな子どもも潜在的にすばらしい能力を持っており、それはまず、親や母親のはげまし、両親や先生から認められることによって現われてくるものです。もうしたまわりの人から認められることは、子どもの成長にとって何よりも大切な促進剤であると思います。
人間にとって、まわりの人から、あるいは自分が大切だと思う人から認められることは、生きていく上に大きな意味を持っています。いわんやまだ自分自身について何もわかっていない子どもにとっては、計り知れない意味を持っているのです。…
親に認められるということは、これは子どもにとって非常に大事なことです。これは子どもが持ちやすい不安とか自分に関する劣等感だとか、そういうものを予防することになります。劣等感を持ったあとで、『お前にはこういういいところがある』と言っても手遅れになりがちなのです。親御さんはどうも劣等感が生まれてから、慌てて認めることを考えておられますが、できるだけ幼児期から、劣等感が生まれる前にひとつひとつ、子どもの努力を認めるように心掛けたいものです。劣等感は人間を歪めやすいものですが、親に認められることはこの劣等感の形成を予防するもとになります。…
また人間は、それぞれ顔かたちが違うように、それぞれに与えられた可能性があります。人間の能力は決して一様ではなく、また万能の人間はありません。その子の中に、一つでも、どんなところにでもいいから、独自の能力を見つけてやり、認めていく。そういう態度を親が持ってもらいたいと思います。…
子どもは親がこういう顔につくろうとか、こういう能力につくろうとか、決して計画したり設計してつくったものではないのです。縁によって、それぞれの人格を持った者として与えられたものです。与えられた生命なのだと考える。するとその生命に対する尊敬というものが感じられてきます。生命の持っている無限ともいえる可能性を考えれば、おのずから尊敬の念がわいてくるはずです。そこから子どもを認めるということも出てきます。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

認めることの大切さについて補足しますと、その子がその子であることを認める、その子が持っている(授かった)能力を認める、ということが非常に大切です。
それは、すみれがすみれであることを認める、すみれならではの花の可憐さを認める、ということです。
決して、子どもをさくらに誘導したくて認める、さくらっぽい花ならば認めてやる、ということをしてはないけません。
子どもは親から大人から認められたくてしょうがありませんから、認められるためなら、自分でないものにでも何でもなろうとするからです。
それが“他者評価”の奴隷を作っていく温床となります。
そうではなくて、
その子がその子であることを認める、その子が持っている(授かった)能力を認めるのです。
そうすれば、本来の自分を実現して行くにつれ、次第に他者評価、他者からの承認抜きで、自分でいられるようになって来ます。
そこがとても重要なのです。
そのために、子どもの中に内在している、すみれをすみれさせていく力に対して、手を合わせて頭を下げる気持ちで接していきましょう。

 

 

たまにはちょっと“怪しい”話をしましょうか。

昔から神社が好きである。

境内に足を踏み入れた瞬間、空気が変わり、ゾクゾクとしてくる感じがたまらない。
正確に言えば、「神社」が「好き」なのではなく、この「霊的感覚」が「好き」、いや、「好き」なのではなく、私の霊性がその「霊的体験」を「求めている」のである。

『神道事典』によれば、「神社の原初形態は必ずしも社殿を伴うわけではなかった。むしろ年数回の祭りのたびに、霊地として神聖視される場所…に、神籬(ひもろぎ)(臨時に神の座とされる榊(さかき)などの常緑樹)または磐座(いわくら)(同じく自然石)を設けて神霊を迎え、終われば送り返すのが常だった」という。
即ち、「霊地として神聖視される場所」が神社であった。
あくまで「場所」なのである。
沖縄に見られる御嶽(うたき)の方が、その原初形態を残しているとも言われている。
その後、渡来して来た仏教の寺院建築などの影響を受けて、伊勢神宮や出雲大社などで社殿の建築が始まったという。

私的経験から言うと、古い神社ほど、その「霊的感覚」を体験しやすいように思う。
新しくできた神社などでは、その「霊的感覚」が感じられないものもある。

そして、そこで起きる「ゾクゾクしてくる」霊的体験こそ、神道でいうところの「鎮魂(たましずめ)」あるいは「魂振(たまふり)」であり、「衰弱した魂を…励起する」という表現は私の体験の感触に合致する。
「魂を励起する」とは、あなたの存在の根底を、あなたがあなたすることを、元気にしてくれる、活性化してくれる、と言ってもいいだろう。

本当は“怪しく”もなんともなく、当ったり前の話なのだが、「霊的」の真意がわからない人にとってはオカルト的な“怪しい”話になるかもしれない。

感じる人は感じる話でありました。
 

 

2022(令和3)年、大阪で「北新地ビル放火殺人事件」が起こった。
北新地のビル内の精神科/心療内科のクリニックにおいて、通院患者がガソリンを撒いて放火し、放火犯を含む、通院患者、院長、スタッフ26名が亡くなった事件である。

この事件は、さまざまな方面に波紋を広げたが、その中のひとつとして、いわゆる「応召義務」の見直しがある。
「応召(応招)義務」とは、医師法に定められたもので、「診療に従事する医師は、診断治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」としている。
この条文自体は至極もっともなものであるが、その反面、「断れない」ことによって、特に医療界において悪意のカスタマーハラスメントを蔓延(はびこ)らせて来た一面がある。
即ち、「応召義務」があるために、社会通念上許されない暴言、脅迫、過度な要求などを繰り返す人物も診断・治療しなければならなかった(早い話が医師の側に「断る」選択肢がなかった)のである。

それがこの事件によって、この事件前に出されていた「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応のあり方等について」(医政発1225第4号令和元年12月25日厚生労働省医政局長)が見直され、その中の「診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないこつまり、とが正当化される」ことが改めて確認されたのである。
先の事件においても、事態がこじれる前に、診断・治療を断る選択肢があったかもしれないということになる。

…とここまで書いて来たが、今日のテーマは医師の「応召義務」ではない(さらに知見を深めたい方は各自研究されたし)。
そうではなくて、むしろ医師以外の対人援助職において、法的な「応召義務」がそもそもないにもかかわらず、実際の現場において、
社会通念上許されない暴言、脅迫、過度な要求などに晒(さら)されて、いわゆるカスタマーハラスメントに耐えておられる場合があるのではないかと危惧したのである。

一方的なサンドバック状態に耐えていませんか? 
過剰に責任を取り過ぎてはいませんか?
信頼関係はできていますか?

もちろん「気に入らない」患者、利用者、クライアントをどんどん斬っていい、降りていい、逃げていい、と言っているわけではありません。
その苦労が我々を人間として職業人として育ててくれる面があるのも事実です。
問題はあくまで「社会通念上許されない範囲」となった場合です。

当たり前の人間としてダメなものはダメです。
ならぬものはならぬものです。

私としては、もっと気軽に弁護士やカスタマーハラスメント相談窓口を利用された方がいいし、普段からその分野に関する研修もどんどんやった方がいいと思っています。
そしてその上で、出逢うべき患者、利用者、クライアントと出逢い、するべき苦労はしながら、あなたが果たすべきミッションを果たして行きましょう、ということです。

そこにあなたが今回の人生で真になすべきことがあります。

 

 

今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』「葉隠(5)」『葉隠(6)』『葉隠(7)』『葉隠(8)』『葉隠(9)』続いて、今日は『葉隠(10)』(下・聞書第十・一〇)。

江戸幕府二代将軍・徳川秀忠のとき、大久保相模守(さがみのかみ)は讒言(ざんげん)により無実の罪を着せられ、井伊(いい)兵部(ひょうぶ)大輔(たいふ)の許(もと)にお預けの身となっていた。気の毒に思った兵部は、無実の罪であることを訴え出るよう何度も勧めるが、相模守は頑(かたく)なに拒み、以下のように本心を述べた。

「今天下漸(ようや)く治まり、日本國より将軍の仕置作法伺ひ申す時分に、役人に讒人(ざんにん)これあり、大久保相模守を讒言いたし候(そうろう)と沙汰これある時は、将軍の御悪名(あくめい)となり、諸大名心を置き申す事に候。然らば我等無實(むじつ)の申譯(もうしわけ)を仕らず、配所にて相果て候がこの時節の奉公と覺悟を極め申し候。たとひ帰参申し候とも、これ程の奉公は迚(とて)もあるまじくと存じ候へば、すこしも苦に罷(まか)りならず、出世の望(のぞみ)すこしもこれなく候。ただ爰(ここ)元にて朽ち果て申し候が一廉(ひとかど)の御用に立ち申す事に候間、御執りなし聢(しか)と御無用。」
(今(二代将軍の時代になって)天下がようやく治まり、日本国において将軍による司法体制も整って来たときに、役人の中に他人を陥(おとしい)れるようなことを言う人間がいて、大久保相模守を陥れたという事件が起これば、将軍の悪評となり、諸大名も信頼しないようになることでしょう。ならば私も無実の申し開きなどせず、預けられた場所で死ぬのがこの時代の奉公と覚悟を決めました。たとえ(無実が認められ)帰参がかなったとしても、これほどの奉公はできないと思いますので、少しも苦にならず、出世の希望など少しもありません。ただここで朽ち果てるのが立派にお役に立つこととですので、おとりなしははっきりと御無用に願います。)

それを聞いて感じ入った兵部がさらになんとかしようとするのに対し、相模守は

「拙者心底を残らず申し砕(くだ)き候をも聞分けこれなく候はば、爰元にて干死(ひじに)致すべく候。
(私は心の奥底に思っていることを残らずかみ砕いてお話ししましたのにお聞き入れにならないのでしたら、ここで餓死致します)

と述べ、流石に兵部も、相模守のここまでの覚悟を聴き、涙を流して受け入れたという。

 

「主君」の知らないところで、その「主君」のために、無実の罪さえ引き受け、ただ黙って死んでいく(この話も、もし兵部が相模守に言葉をかけなければ、相模守は無実の濡れ衣をまとったまま何も言わずに死んで行ったことでしょう)。
それをこの上ない美学と思うのが、『葉隠』の武士道なのでありました。
現代において、封建時代のその滅私奉公ぶりを笑うのは簡単ですが、その「主君」というところに、あなたの愛する人の名前を入れれば、少しはその想いが想像できるかもしれませんね。

 

 

「乳幼児を育てる場合は、子どもを生命そのものとして考えたいと思います。…とにかく生命そのものを親がしみじみと感じながら育てることです。泣くこと、笑うこと、おしっこをすること、排便すること、みんな生命のあらわれに他なりません。ひとつひとつの子どもの行動を生命そのものとして受けとめ、成長を喜んでいくことが大切です。
私はいわゆる幼児教育、早期教育は好ましくないと思います。余りに早く人工的に手を加えることは感心しません。むしろそんなことよりも、砂あそびや泥あそびをさせるとか、布きれ、板きれなどを持たせて遊ばせる、そういう現実の中での現実との接触、とりわけ自然との接触、そういうことを充分にさせることが重要です。
次に…子どもの発達過程をとうして、親としては子どもの生命が健全に育つように、環境を整えることが大切なのは、いうまでもありません。
特に食事の時は、できるだけ和気あいあいと過ごしてほしいと思います。とにかく家族全員が楽しく食事をすることが大切です。…
例えば父親は…必ず妻の料理について、努力に対して、誉め言葉というか、アプリシエーション(賞賛)を与えてほしいと思います。
これはなんでもないことのようですが、それによって知らず知らず無意識に、お母さんがお父さんの愛情を感じる、同時にそのありさまをそばで見ていて、両親の愛情を喜ぶ子どもがいる。両親が喜ぶのと同時に、子どももうれしく感じる。そこに理屈ではない、家族の間の自然な愛情が生まれてくるのです。…
子どもの成長する時は食べたいものです。その自然な食欲というものを妨げることになると、とかく人間を神経質にさせるものです。…
やはり、食欲があるということは、その人が健康である証拠です。その健康な食欲を満たそうとするとき同時に、精神的に心理的に非常に楽しいという時間が、毎日必ずあるのは、どんなに人間の気持をすこやかにするかしれません。」(近藤章久『感じる力を育てる』より)

 

早くから子どもを生命(いのち)として観る、生命(いのち)として感じる習慣は、とても重要です。
それは子どもの乳幼児期においてもちろん重要なのですが、子どもを生命(いのち)として観る、生命(いのち)として感じる習慣を、子どもが学童、思春期と大きくなって行っても、持ち続けるための親にとっての大切な練習になるわけです。
これはその後の親子関係にとって、とても重要です。
そして、食べること。
とにかく食事は、楽しく、美味しく、そしてできれば体に良いことが重要です。
そしてその食卓を囲む家族の場が、愛情を感じる場になること。
愛情を感じる場が毎日毎日あるなんて、素晴らしいことだとは思いませんか?
そんなふうに食事の場を見直してみて下さい。

 

 

親のネグレクトから、乳児院、児童養護施設で育って来た女性。
施設を退所してからひとり暮らしを始めたが、いつも寂しくて心許(もと)なくてしょうがない。
友だちと面白おかしく騒いでも、祭りの後は一層寂しくなり、
体目当ての男はすぐに寄って来たが、性欲を満たせばいなくなり、余計に寂しさが募る。

そしてようやくできた真面目な彼氏。
同棲を始め、誠実に愛してくれる。
それでも、不意に寂しくて寂しくてしょうがなくなったとき、彼にせがむ。

「抱きしめて。抱きしめて。抱きしめて。」

しかしいくら強く抱きしめてもらっても、それを感じるのは皮膚の表面まで。
彼女の皮膚の中の寂しさと心許なさは少しも変わらない。

「遠い。遠い。遠いの。」

彼としては、力いっぱい抱きしめるが、これ以上どうしていいのかわからない。

そんなことを繰り返していたある日、二人は近所の神社に初詣に出かけた。
小さな神社で人出は少なく、本殿で自分の寂しさ、心許なさについて一所懸命に祈る。

「あ、沁みる。」

ふと本殿から境内に降り、冷えた空気の中で陽射しを見上げる。

「ああ、沁みる。」

沁みたのは陽射しではない。
自分を自分させてくれる力、自分の存在を支え、生かしてくれている働きを、彼女はふと感じたのである。
これがないと、皮膚より中には沁み込まないのだよ。

彼には、彼女を礼拝(らいはい)することを教えた。
そして、彼女の生命(いのち)に手を合わせ頭を下げる気持ちで彼女を抱きしめることを教えた。
また、彼女には、鏡に映った自分を礼拝することを教えた。
自分の生命(いのち)に手を合わせて頭を下げることを教えた。

そんなことをしても、一回や二回では何も変わらないけれど、三日が三週間、三カ月が三年、一所懸命に続けてみると、沁みてくるんですよ、これが。

もう遠くないよ。
あなたの中に沁みていく。

 


 

今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』「葉隠(5)」『葉隠(6)』『葉隠(7)』『葉隠(8)』に続いて、今日は『葉隠(9)』(下・聞書第八・四)。

ある武士が、かねてからの賭場通いや遊郭通いが上に露見し、切腹を申し付けられた。
その切腹の際、介錯(かいしゃく)をしてくれる武士に向かって、

「『存分腹を切り、篤(とく)と仕舞(しま)ひ候(そうろう)て、首を討てと申す時切るべし。若(も)し聲(こえ)をかけざる内に切りたらば、うぬし七代迄祟(たた)り殺すべし。』と、睨(にら)み附け候。介錯人『心安かれ、存分に任すべし。』と云(い)ふ。扨(さて)、腹を木綿(もめん)にて巻き立て、十文字に切り、前に腸出で候時、色少し青くなり候が、暫(しばら)く眼をふさぎ居り候て、小鏡を取り出し、面色(かおいろ)を見、硯紙(すずりがみ)を乞ひ候時、脇より『最早(もはや)よきにてはなきか。』と申し候へば、眼をくわつと見開き、『いやいや、まだ仕舞へず。』と云ひて
  腰ぬけと いうた伯父(おんじ)め くそくらへ 死んだる跡で 思ひ知るべし
と書きて、『これを伯父に見せよ。』と、家来に渡し、『さあ、よいぞ。』と云ひて首を打たせ候由(よし)なり。」

(「十分に腹を斬り、しっかり斬り終わって、『首を討て。』と言った時に斬れ。もし自分が声をかける前に斬ったならば、おまえの(子孫の)七代後まで祟り殺してやるぞ。」と介錯人を睨みつけた。介錯人は「安心せよ。存分におやんなさい。」と言う。さて、腹を木綿の布で巻き上げて、十文字に切腹し、前に腸が出たとき、顔色が少し青くなったが、しばらく眼を閉じ、小さな鏡を取り出して、自分の顔色を見、硯紙を求めたとき、脇にいた者が『もう(介錯してもらっても)良いのではないか。』と言ったところ、眼をクワッと見開いて、「いやいや、まだ終わっていない。」と言って
  腰抜けと 言った伯父(おじ)め くそくらえ 死んだ後で 思い知るが良い
と書いて、『これを伯父に見せよ。』と、家来に渡し、『さあ、良いぞ。』と言って首を討たせたという話である。」

 

元々は自分の悪業のせいので、切腹になるのは仕方ありませんが、伯父から「腰抜け」と言われたことだけは許せず、こんな腹の斬り方をし、小鏡まで用意して容色の乱れを確かめ、恨みの辞世の句まで残して死ぬとは、なんという武士の矜持(きょうじ)でありましょうか。
執着と言ってしまえば執着以外のなにものでもないのですが、「腰抜け」の汚名を雪(そそ)ぐためならば、ここまでやるのが武士の生きざま、死にざまなのでありました。

 

 

自分が年齢を重ねるにつれ、見え方が変わって来るものに、自分も含めた年輩の人たちの姿がある。

若いうちは、未来の可能性について、無限の希望があった。
まさに『論語』でいうところの
「後生(こうせい)畏(おそ)るべし。焉(いずく)んぞ来者(らいしゃ)の今に如(し)かざるを知らんや。」(巻第五 子罕第九
(若い人を畏れるべきだ。これからの人が今の自分に及ばないなどとどうしてわかろうか
であり、人間への成長の期待は溢れるばかりであった。

しかし、自分が年を取って来てから、改めて年輩者たちを見ると、
「おいおい、そんなに残された時間はないぞ。
という気がひしひしとして来る。
(中には、もう今生は諦めて来世にかけると輪廻転生を信じるならば、それもいいけれど、死んでみたら何もなかったりして(またはミミズに生まれ変わっても困る))
孔子は上掲の文章に続いて

「四十五十にして聞こゆること無くんば、斯(こ)れ亦(ま)た畏(おそ)るるに足らざるのみ。
(四十歳、五十歳になっても、人間的成長が聞こえて来ないようでは、こりゃあもう畏れるに足らないな。)
と手厳しい。

年を取ってみてわかるのは、人生はそんなに長くない、ということである。
それが実感を持ってわかってくる。
だからこそ、生かされている間に一所懸命に成長した方がいいんじゃないかな。
自分が何のために生れて来たのか。
本当の自分を生きるとはどういうことなのか。
何をやって生きて死ぬのか。
それがわからずして死ぬのだけは、御免(ごめん)蒙(こうむ)りたい(と私は思う)。

そう思うと、蓮如の言葉もひしひしと感じられて来る。
「仏法には、明日と申す事、あるまじく候(そうろう)。仏法の事は、いそげ、いそげ。」(『蓮如上人御一代記聞書』)
(仏(ほとけ)の教えには明日ということはありません。仏の教えの真実がわかりたい人は急ぎなさい、急ぎなさい。)

ある晩、じっと鏡を観る。
映ったあなたの顔が
「もういい年だぞ、おまえ。」
と言って来る。

残された時間は長くない。
そして死ぬまで成長だ。
なけなしの自力をはたいて、そして他力を頼みながら、一所懸命に成長して行きましょうね。

 

 

「子どもを産んだら誰でも自動的に親になるものですから、親であることは当然のことであり、それについて考えたりはしないものです。…
親になることの意味を知らずに親になっている人がほとんどでしょう。…
親であることの大きな責任、子どもという生命を育てることの深い意味、しかも自分のものではなく授けられた一個の生命を育てるのだという自覚、そういうものが親にないと困ると思うのです。
育児や教育の経験はたしかに試行錯誤をふむものではありますが、ただ単に経験というのではなく、そこに一つの自覚に伴う使命感があるだろうと思います。そういうものがいまの親御さんには欠けています。親となることがごく自然で、当り前のことのように考えられています。その自然発生的な中にもおのずから知恵があることは確かですが、その知恵が自覚されたものにならないと本物にはなってきません。
私たちが生命を与えられ、こうして生かされているということは、もちろん自分自身にとっても大きな責任を感じることですが、子どもを授かって親になるということは、一人の人間にとって、この上ない大きな責任を引受けることです。
子どもを与えられることにより、夫妻は親として、人間としてほんとうに成長し、一人前になっていくのです。たまたま縁によって、一個の独自な生命を与えられ、自らの手でこれを育てさせてもらうという感謝の気持があれば、育児、教育も、よろこんでできると思います。そうして夫妻ともども子どもと共に、自らも成長することができるのです。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

未熟な人間が授かるには、子どもというのは、生命(いのち)というのは、余りに尊過ぎるのです。
それでも授かったからには育てなければなりません
そうなると、他に選択肢はありません。が成長するしかないのです。
こんな未熟な親でゴメンね、一所懸命に成長して育てるからかんべんしてね。
というのが基本スタンスのはずです。
自分たちが今、何を授かったのか。
そしてそれをどうしなければならないのか。
その自覚と覚悟を持つことが自ずと要請されます。
しかし、子育ては重くて苦しいことばかりではありません。
生命(いのち)の成長の場に関われるという最高の喜びが与えられます。
だからやっぱり子どもを授かるというのは、とても有り難いことなのです。
どうかどうか尊い生命(いのち)の授かったんだ、ということを親御さんたちは忘れないで下さいね。

 

2013(平成25)年12月27日(金)付け『正しい地口(じぐち)の使い方』において
(1)「そうは烏賊(いか)のき○たま」
について取り上げた。
続いて、2019(令和元)年7月9日(火)付け『正しい地口(じぐち)の使い方Ⅱ』(何故かうまくリンクが張れません。同ページ内で探して下さい)において
(2)「下衆(げす)の考えと猫のきん○まは後から出て来る」
について取り上げた。
そして今回、「きんた○三部作」のトリとして
(3)「いいことは三つない。○んのたまは三つない」
を取り上げようと思う。
ちなみに(2)は六代目三遊亭圓生、(3)は五代目古今亭志ん生の落語で知ったものであり、そういう意味では、(1)(2)(3)すべてが江戸っ子の表現と言える。

では、今回の「いいことは三つない。き〇のたまは三つない」について。

昔から「三度目の正直」という。
一回目や二回目がうまくいかなくても、三回目で初めてうまくいくことがあるから、めげないで頑張ろう、という意味合いである(他説もあり)。
ポジティブな意味と言える。

また反対に、「二度あることは三度ある」という。
一回目、二回目がうまくいかないと、三回目もうまくいかないことがあるから、用心した方がいい、という意味である(他説もあり)。
ネガティブな意味と言える。

それらに比べて、「いいことは三つない。きんの〇まは三つない」というのは、どちらかというとネガティブな意味で、三回続けてはいいことはないから、二回で満足しておけ、三回目もあると思うな、調子に乗るな、という意味合いがこもっている
しかし、ここで問題になるのは、そんなに「きんのた○」はいいことなのか?「三つ」あるのはいいことなのか?という問題である。
確かに、「〇んのたま」(精巣)は、子宝を授かる素となる精子を産生し、男性ホルモン(テストステロン)も分泌しているため重要な器官である。
万が一のときのために、一つでなく二つあった方がいいと言うのはわかるが、三つも要るだろうか。
その意味からすると、上掲の諺は
「いいこと三つは欲張りだ。き○のたまも二つでいい」
と改訂した方がいいのではなかろうかと私は思っている。

こんなに「きん○ま」ネタばかり書いて、万が一「社会的に尊敬されるべき精神科医ともあろう者が、このような品性下劣なことを三度も書くのはいかがなものか。」というような感想を持たれた方がいらしたら、
てめぇも何、三度も読んでやがんだっ!
きんのた○も二つでいい、と言ったばかりだろうがっ!
四度めはねぇぞ!もう
読みに来るな!
…江戸っ子はこのように使用致します、はい。

 

 

お問合せはこちら

八雲総合研究所(東京都世田谷区)は
医療・福祉系国家資格者と一般市民を対象とした人間的成長のための精神療法の専門機関です。