八雲総合研究所

主宰者の所感日誌    塀の上の猫
~ 八雲総合研究所の主宰者はこんな人 が伝われば幸いです ~

所感日誌『塀の上の猫』

今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』「葉隠(5)」『葉隠(6)』『葉隠(7)』『葉隠(8)』『葉隠(9)』続いて、今日は『葉隠(10)』(下・聞書第十・一〇)。

江戸幕府二代将軍・徳川秀忠のとき、大久保相模守(さがみのかみ)は讒言(ざんげん)により無実の罪を着せられ、井伊(いい)兵部(ひょうぶ)大輔(たいふ)の許(もと)にお預けの身となっていた。気の毒に思った兵部は、無実の罪であることを訴え出るよう何度も勧めるが、相模守は頑(かたく)なに拒み、以下のように本心を述べた。

「今天下漸(ようや)く治まり、日本國より将軍の仕置作法伺ひ申す時分に、役人に讒人(ざんにん)これあり、大久保相模守を讒言いたし候(そうろう)と沙汰これある時は、将軍の御悪名(あくめい)となり、諸大名心を置き申す事に候。然らば我等無實(むじつ)の申譯(もうしわけ)を仕らず、配所にて相果て候がこの時節の奉公と覺悟を極め申し候。たとひ帰参申し候とも、これ程の奉公は迚(とて)もあるまじくと存じ候へば、すこしも苦に罷(まか)りならず、出世の望(のぞみ)すこしもこれなく候。ただ爰(ここ)元にて朽ち果て申し候が一廉(ひとかど)の御用に立ち申す事に候間、御執りなし聢(しか)と御無用。」
(今(二代将軍の時代になって)天下がようやく治まり、日本国において将軍による司法体制も整って来たときに、役人の中に他人を陥(おとしい)れるようなことを言う人間がいて、大久保相模守を陥れたという事件が起これば、将軍の悪評となり、諸大名も信頼しないようになることでしょう。ならば私も無実の申し開きなどせず、預けられた場所で死ぬのがこの時代の奉公と覚悟を決めました。たとえ(無実が認められ)帰参がかなったとしても、これほどの奉公はできないと思いますので、少しも苦にならず、出世の希望など少しもありません。ただここで朽ち果てるのが立派にお役に立つこととですので、おとりなしははっきりと御無用に願います。)

それを聞いて感じ入った兵部がさらになんとかしようとするのに対し、相模守は

「拙者心底を残らず申し砕(くだ)き候をも聞分けこれなく候はば、爰元にて干死(ひじに)致すべく候。
(私は心の奥底に思っていることを残らずお話ししましたのにお聞き入れにならないのでしたら、ここで飢え死に致します)

と述べ、流石に兵部も、相模守のここまでの覚悟を聴き、涙を流して受け入れたという。

 

「主君」の知らないところで、その「主君」のために、無実の罪さえ引き受け、ただ黙って死んでいく(この話も、もし兵部が相模守に言葉をかけなければ、相模守は無実の濡れ衣をまとったまま何も言わずに死んで行ったことでしょう)。
それをこの上ない美学と思うのが、『葉隠』の武士道なのでありました。
現代において、封建時代のその滅私奉公ぶりを笑うのは簡単ですが、その「主君」というところに、あなたの愛する人の名前を入れれば、少しはその想いが想像できるかもしれませんね。

 

 

「乳幼児を育てる場合は、子どもを生命そのものとして考えたいと思います。…とにかく生命そのものを親がしみじみと感じながら育てることです。泣くこと、笑うこと、おしっこをすること、排便すること、みんな生命のあらわれに他なりません。ひとつひとつの子どもの行動を生命そのものとして受けとめ、成長を喜んでいくことが大切です。
私はいわゆる幼児教育、早期教育は好ましくないと思います。余りに早く人工的に手を加えることは感心しません。むしろそんなことよりも、砂あそびや泥あそびをさせるとか、布きれ、板きれなどを持たせて遊ばせる、そういう現実の中での現実との接触、とりわけ自然との接触、そういうことを充分にさせることが重要です。
次に…子どもの発達過程をとうして、親としては子どもの生命が健全に育つように、環境を整えることが大切なのは、いうまでもありません。
特に食事の時は、できるだけ和気あいあいと過ごしてほしいと思います。とにかく家族全員が楽しく食事をすることが大切です。…
例えば父親は…必ず妻の料理について、努力に対して、誉め言葉というか、アプリシエーション(賞賛)を与えてほしいと思います。
これはなんでもないことのようですが、それによって知らず知らず無意識に、お母さんがお父さんの愛情を感じる、同時にそのありさまをそばで見ていて、両親の愛情を喜ぶ子どもがいる。両親が喜ぶのと同時に、子どももうれしく感じる。そこに理屈ではない、家族の間の自然な愛情が生まれてくるのです。…
子どもの成長する時は食べたいものです。その自然な食欲というものを妨げることになると、とかく人間を神経質にさせるものです。…
やはり、食欲があるということは、その人が健康である証拠です。その健康な食欲を満たそうとするとき同時に、精神的に心理的に非常に楽しいという時間が、毎日必ずあるのは、どんなに人間の気持をすこやかにするかしれません。」(近藤章久『感じる力を育てる』より)

 

早くから子どもを生命(いのち)として観る、生命(いのち)として感じる習慣は、とても重要です。
それは子どもの乳幼児期においてもちろん重要なのですが、子どもを生命(いのち)として観る、生命(いのち)として感じる習慣を、子どもが学童、思春期と大きくなって行っても、持ち続けるための親にとっての大切な練習になるわけです。
これはその後の親子関係にとって、とても重要です。
そして、食べること。
とにかく食事は、楽しく、美味しく、そしてできれば体に良いことが重要です。
そしてその食卓を囲む家族の場が、愛情を感じる場になること。
愛情を感じる場が毎日毎日あるなんて、素晴らしいことだとは思いませんか?
そんなふうに食事の場を見直してみて下さい。

 

 

親のネグレクトから、乳児院、児童養護施設で育って来た女性。
施設を退所してからひとり暮らしを始めたが、いつも寂しくて心許(もと)なくてしょうがない。
友だちと面白おかしく騒いでも、祭りの後は一層寂しくなり、
体目当ての男はすぐに寄って来たが、性欲を満たせばいなくなり、余計に寂しさが募る。

そしてようやくできた真面目な彼氏。
同棲を始め、誠実に愛してくれる。
それでも、不意に寂しくて寂しくてしょうがなくなったとき、彼にせがむ。

「抱きしめて。抱きしめて。抱きしめて。」

しかしいくら強く抱きしめてもらっても、それを感じるのは皮膚の表面まで。
彼女の皮膚の中の寂しさと心許なさは少しも変わらない。

「遠い。遠い。遠いの。」

彼としては、力いっぱい抱きしめるが、これ以上どうしていいのかわからない。

そんなことを繰り返していたある日、二人は近所の神社に初詣に出かけた。
小さな神社で人出は少なく、本殿で自分の寂しさ、心許なさについて一所懸命に祈る。

「あ、沁みる。」

ふと本殿から境内に降り、冷えた空気の中で陽射しを見上げる。

「ああ、沁みる。」

沁みたのは陽射しではない。
自分を自分させてくれる力、自分の存在を支え、生かしてくれている働きを、彼女はふと感じたのである。
これがないと、皮膚より中には沁み込まないのだよ。

彼には、彼女を礼拝(らいはい)することを教えた。
そして、彼女の生命(いのち)に手を合わせ頭を下げる気持ちで彼女を抱きしめることを教えた。
また、彼女には、鏡に映った自分を礼拝することを教えた。
自分の生命(いのち)に手を合わせて頭を下げることを教えた。

そんなことをしても、一回や二回では何も変わらないけれど、三日が三週間、三カ月が三年、一所懸命に続けてみると、沁みてくるんですよ、これが。

もう遠くないよ。
あなたの中に沁みていく。

 


 

お気づきの方はお気づきと思うが、拙欄『塀の上の猫』の2019(令和元)年5月1日(水)分~昨日2026(令和8)年1月18日(日)分の見直しを行い、200日分以上の削除と数日分の小改訂を行った。

もし「あれをもう一度読みたかった。」と思われるものが含まれていたら、ご容赦願いたい。
見直し→削除は今までも随時行って来たが、しばらく手をつけられなかったので、今回まとめて行った。
中には、また内容を練って、同じテーマで再掲するものもあるかもしれない。
それは『塀の上の猫について』に「自分として完成度に納得しない場合は、何度も消しては同じテーマで書き直すことがある。」と記した通りである。

拙欄を書くこと自体が、私自身のワークになっている面がある。
これから突然の削除や改訂があったとしても、どうぞご理解願いたい。

 

以上、お知らせまで。

 

 

今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』「葉隠(5)」『葉隠(6)』『葉隠(7)』『葉隠(8)』に続いて、今日は『葉隠(9)』(下・聞書第八・四)。

ある武士が、かねてからの賭場通いや遊郭通いが上に露見し、切腹を申し付けられた。
その切腹の際、介錯(かいしゃく)をしてくれる武士に向かって、

「『存分腹を切り、篤(とく)と仕舞(しま)ひ候(そうろう)て、首を討てと申す時切るべし。若(も)し聲(こえ)をかけざる内に切りたらば、うぬし七代迄祟(たた)り殺すべし。』と、睨(にら)み附け候。介錯人『心安かれ、存分に任すべし。』と云(い)ふ。扨(さて)、腹を木綿(もめん)にて巻き立て、十文字に切り、前に腸出で候時、色少し青くなり候が、暫(しばら)く眼をふさぎ居り候て、小鏡を取り出し、面色(かおいろ)を見、硯紙(すずりがみ)を乞ひ候時、脇より『最早(もはや)よきにてはなきか。』と申し候へば、眼をくわつと見開き、『いやいや、まだ仕舞へず。』と云ひて
  腰ぬけと いうた伯父(おんじ)め くそくらへ 死んだる跡で 思ひ知るべし
と書きて、『これを伯父に見せよ。』と、家来に渡し、『さあ、よいぞ。』と云ひて首を打たせ候由(よし)なり。」

(「十分に腹を斬り、しっかり斬り終わって、『首を討て。』と言った時に斬れ。もし自分が声をかける前に斬ったならば、おまえの(子孫の)七代後まで祟り殺してやるぞ。」と介錯人を睨みつけた。介錯人は「安心せよ。存分におやんなさい。」と言う。さて、腹を木綿の布で巻き上げて、十文字に切腹し、前に腸が出たとき、顔色が少し青くなったが、しばらく眼を閉じ、小さな鏡を取り出して、自分の顔色を見、硯紙を求めたとき、脇にいた者が『もう(介錯してもらっても)良いのではないか。』と言ったところ、眼をクワッと見開いて、「いやいや、まだ終わっていない。」と言って
  腰抜けと 言った伯父(おじ)め くそくらえ 死んだ後で 思い知るが良い
と書いて、『これを伯父に見せよ。』と、家来に渡し、『さあ、良いぞ。』と言って首を討たせたという話である。」

 

元々は自分の悪業のせいので、切腹になるのは仕方ありませんが、伯父から「腰抜け」と言われたことだけは許せず、こんな腹の斬り方をし、小鏡まで用意して容色の乱れを確かめ、恨みの辞世の句まで残して死ぬとは、なんという武士の矜持(きょうじ)でありましょうか。
執着と言ってしまえば執着以外のなにものでもないのですが、「腰抜け」の汚名を雪(そそ)ぐためならば、ここまでやるのが武士の生きざま、死にざまなのでありました。

 

 

自分が年齢を重ねるにつれ、見え方が変わって来るものに、自分も含めた年輩の人たちの姿がある。

若いうちは、未来の可能性について、無限の希望があった。
まさに『論語』でいうところの
「後生(こうせい)畏(おそ)るべし。焉(いずく)んぞ来者(らいしゃ)の今に如(し)かざるを知らんや。」(巻第五 子罕第九
(若い人を畏れるべきだ。これからの人が今の自分に及ばないなどとどうしてわかろうか
であり、人間への成長の期待は溢れるばかりであった。

しかし、自分が年を取って来てから、改めて年輩者たちを見ると、
「おいおい、そんなに残された時間はないぞ。
という気がひしひしとして来る。
(中には、もう今生は諦めて来世にかけると輪廻転生を信じるならば、それもいいけれど、死んでみたら何もなかったりして(またはミミズに生まれ変わっても困る))
孔子は上掲の文章に続いて

「四十五十にして聞こゆること無くんば、斯(こ)れ亦(ま)た畏(おそ)るるに足らざるのみ。
(四十歳、五十歳になっても、人間的成長が聞こえて来ないようでは、こりゃあもう畏れるに足らないな。)
と手厳しい。

年を取ってみてわかるのは、人生はそんなに長くない、ということである。
それが実感を持ってわかってくる。
だからこそ、生かされている間に一所懸命に成長した方がいいんじゃないかな。
自分が何のために生れて来たのか。
本当の自分を生きるとはどういうことなのか。
何をやって生きて死ぬのか。
それがわからずして死ぬのだけは、御免(ごめん)蒙(こうむ)りたい(と私は思う)。

そう思うと、蓮如の言葉もひしひしと感じられて来る。
「仏法には、明日と申す事、あるまじく候(そうろう)。仏法の事は、いそげ、いそげ。」(『蓮如上人御一代記聞書』)
(仏(ほとけ)の教えには明日ということはありません。仏の教えの真実がわかりたい人は急ぎなさい、急ぎなさい。)

ある晩、じっと鏡を観る。
映った顔が
「もういい年だぞ、おまえ。」
と言って来る。

残された時間は長くない。
そして死ぬまで成長だ。
なけなしの自力をはたいて、そして他力を頼みながら、一所懸命に成長して行きましょうね。

 

 

「子どもを産んだら誰でも自動的に親になるものですから、親であることは当然のことであり、それについて考えたりはしないものです。…
親になることの意味を知らずに親になっている人がほとんどでしょう。…
親であることの大きな責任、子どもという生命を育てることの深い意味、しかも自分のものではなく授けられた一個の生命を育てるのだという自覚、そういうものが親にないと困ると思うのです。
育児や教育の経験はたしかに試行錯誤をふむものではありますが、ただ単に経験というのではなく、そこに一つの自覚に伴う使命感があるだろうと思います。そういうものがいまの親御さんには欠けています。親となることがごく自然で、当り前のことのように考えられています。その自然発生的な中にもおのずから知恵があることは確かですが、その知恵が自覚されたものにならないと本物にはなってきません。
私たちが生命を与えられ、こうして生かされているということは、もちろん自分自身にとっても大きな責任を感じることですが、子どもを授かって親になるということは、一人の人間にとって、この上ない大きな責任を引受けることです。
子どもを与えられることにより、夫妻は親として、人間としてほんとうに成長し、一人前になっていくのです。たまたま縁によって、一個の独自な生命を与えられ、自らの手でこれを育てさせてもらうという感謝の気持があれば、育児、教育も、よろこんでできると思います。そうして夫妻ともども子どもと共に、自らも成長することができるのです。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

未熟な人間が授かるには、子どもというのは、生命(いのち)というのは、余りに尊過ぎるのです。
それでも授かったからには育てなければなりません
そうなると、他に選択肢はありません。が成長するしかないのです。
こんな未熟な親でゴメンね、一所懸命に成長して育てるからかんべんしてね。
というのが基本スタンスのはずです。
自分たちが今、何を授かったのか。
そしてそれをどうしなければならないのか。
その自覚と覚悟を持つことが自ずと要請されます。
しかし、子育ては重くて苦しいことばかりではありません。
生命(いのち)の成長の場に関われるという最高の喜びが与えられます。
だからやっぱり子どもを授かるというのは、とても有り難いことなのです。
どうかどうか尊い生命(いのち)の授かったんだ、ということを親御さんたちは忘れないで下さいね。

 

2013(平成25)年12月27日(金)付け『正しい地口(じぐち)の使い方』において
(1)「そうは烏賊(いか)のき○たま」
について取り上げた。
続いて、2019(令和元)年7月9日(火)付け『正しい地口(じぐち)の使い方Ⅱ』(何故かうまくリンクが張れません。同ページ内で探して下さい)において
(2)「下衆(げす)の考えと猫のきん○まは後から出て来る」
について取り上げた。
そして今回、「きんた○三部作」のトリとして
(3)「いいことは三つない。○んのたまは三つない」
を取り上げようと思う。
ちなみに(2)は六代目三遊亭圓生、(3)は五代目古今亭志ん生の落語で知ったものであり、そういう意味では、(1)(2)(3)すべてが江戸っ子の表現と言える。

では、今回の「いいことは三つない。き〇のたまは三つない」について。

昔から「三度目の正直」という。
一回目や二回目がうまくいかなくても、三回目で初めてうまくいくことがあるから、めげないで頑張ろう、という意味合いである(他説もあり)。
ポジティブな意味と言える。

また反対に、「二度あることは三度ある」という。
一回目、二回目がうまくいかないと、三回目もうまくいかないことがあるから、用心した方がいい、という意味である(他説もあり)。
ネガティブな意味と言える。

それらに比べて、「いいことは三つない。きんの〇まは三つない」というのは、どちらかというとネガティブな意味で、三回続けてはいいことはないから、二回で満足しておけ、三回目もあると思うな、調子に乗るな、という意味合いがこもっている
しかし、ここで問題になるのは、そんなに「きんのた○」はいいことなのか?「三つ」あるのはいいことなのか?という問題である。
確かに、「〇んのたま」(精巣)は、子宝を授かる素となる精子を産生し、男性ホルモン(テストステロン)も分泌しているため重要な器官である。
万が一のときのために、一つでなく二つあった方がいいと言うのはわかるが、三つも要るだろうか。
その意味からすると、上掲の諺は
「いいこと三つは欲張りだ。き○のたまも二つでいい」
と改訂した方がいいのではなかろうかと思う。

こんなに「きん○ま」ネタばかり書いて、万が一「社会的に尊敬されるべき精神科医ともあろう者が、このような品性下劣なことを三度も書くのはいかがなものか。」というような感想を持たれた方がいらしたら、
てめぇも何、三度も読んでやがんだっ!
きんのた○も二つでいい、と言ったばかりだろうがっ!
四度めはねぇぞ!もう
読みに来るな!
…江戸っ子はこのように使用致します、はい。

 

 

近藤章久先生による「ホーナイ派の精神分析」の勉強も、1回目2回目3回目4回目5回目6回目7回目8回目9回目10回目11回目12回目13回目14回目15回目16回目17回目に続いて18回目となった。

今回も、以下に八雲勉強会で参加者と一緒に読み合わせた部分を挙げるので、関心のある方は共に学んでいただきたいと思う。
ホーナイ派の精神分析を入門的、かつ、系統的に学んでみる良いチャンスになる。
(以下、原文の表記に多少古いものも含まれるが敢えてそのままに掲載した。また斜字は松田による加筆修正である)
※内容も「治療」について取り上げながら、いよいよ最終コーナーを回ってきた。折角読むからには、それが狭い「治療」の話に留まらない、人間の「成長」に関わる話として読んで行っていただきたい。

 

A.Horney(ホーナイ)学派の精神分析

5.治療

b.神経症的諸傾向の観察と理解(5)

さてこのように神経症的性格の様々の因子が、そのもたらす影響や結果と共に、それぞれ露呈されて行くと同時に、それを防衛せんとする逆の力が働き、抵抗として現われるのであるが、それが次第に分析者と患者の協力により克服されて行くことを通じて、分析は進捗(しんちょく)して行くのである。
分析が進捗するにつれて、患者は少しずつ、自分が今迄自分の本当の感情とか願望とか信念について、殆(ほとん)ど何も知らないことに気付いて来る。また、一体自分は何者であろうかと言うことを問う瞬間も現われて来る。
分析者はこういう疑問が患者に湧いて来た時、それをもっと明確に意識し、考えることを促すことが重要である。何故なら、これは神経症的な拘束がゆるんで、患者の「真の自己」が呼吸し始めたことを意味するからである。もとより、患者が最初に治療に訪れること自体の中にも、患者の夢の中にも、又自由連想の中にも、分析者は患者の「真の自己」の表現を見ることが出来るのである。
もちろんそれらを分析状況で取り扱うことも出来るが、患者にとっては少なくとも分析の初期にあっては、これを実感を以って認識することは通常困難なのである。従って前記の様な徴候が現れた時こそ、患者がそれを自分で感じ始めた時であるので、それに対して患者の注意を強く喚起し、実感を促すのに適当な時期といえるのである。
この様な事が度び重なるに連れ、一方に於ける抵抗の解明と相俟(あいま)って、患者は自分の過去から現在の自分の状態を、素直に展望し理解する心理的時点に到達する。患者は号泣し、笑い、悲しみ或はしみじみと反省する等、表現の違いはあれ、理解に伴った感情の反応を示すのである。
これは単なる知的洞察でないだけに、大きな転回点を意味する。ここで患者は始めて、神経症的理想追求 ー「仮幻の自己」の実現 ー の為に、またその要求する shoulds や claims やその pride の為に、如何に彼が自分の感情や願望や真の誇りを抑圧し、犠牲にしたか ー 彼の「真の自己」から如何に疎外されていたかを感動を以て体験するのである

 

そもそもの原点に立ち戻れば、後天的に身に付けざるを得なかった「仮幻の自己」を引っぺがし、本来の「真の自己」を取り戻して生きることこそが、我々の大目標である。
拘束されていた「患者の『真の自己』が呼吸し始めた」という表現は、なんと近藤先生らしい、実感のこもった表現なのだろう。
日々の面談において、あるいは、ワークショップの場面において、クライアントが「
号泣し、笑い、悲しみ或はしみじみと反省する」=「感動を以て体験する」瞬間に立ち会えることは無上の喜びであり、その体験と共にその人が変わる、「真の自己」を取り戻す光景は神々(こうごう)しくさえある。
私が、宝くじが百回当たっても、この仕事をし続けたいと思うのは、それがミッションであるからであり、この体験があるからである。
(自分自身も含めた)人間の成長に関わるということは、人類全員に与えられた尊いミッションであると私は確信ひている。

 

 

今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』「葉隠(5)」『葉隠(6)』『葉隠(7)』に続いて、今日は『葉隠(8)』(中・聞書第六・一八)。

「出家は慈悲を表にして内には飽くまで勇氣を貯(たくわ)へざれば、佛道を成就する事成らざるものなり。武士は勇氣を表にして、内心には腹の破るゝ程大慈悲を持たざれば、家業立たざるものなり。…出家は数珠(じゅず)一連(いちれん)にて鑓(やり)・長刀(なぎなた)の中へ駈け入る事、柔和・慈悲心ばかりにて何として或るべきや。大勇氣なくして駈け入らるべからず。その證據(しょうこ)には、大法事の時、焼香する和尚などが、ふるはるゝなり。勇氣なき故なり。よみがへる死人を蹴倒し、地獄の衆生を引き上ぐる事、皆勇氣の業(わざ)なり。」
(出家した者は、慈悲を表に出すが、内にはどこまでも勇気を貯えておかなければ、仏の道を成就することはできないものである。武士は勇気を表に出して、内にはお腹が破れるほどの慈悲を持たなければ、お家の仕事が成り立たないものである。…出家した者は、数珠ひとつで槍や長刀の中に駆け込むこと、柔和で慈悲の心があるだけでは、どうしてできようか。大きな勇気がなくては駆け込むことはできない。その証拠に、大きな法事があったとき、焼香する和尚が震えている。勇気がないからである。甦(よみがえ)った死人を蹴り倒したり、地獄にいる衆生を引き上げたりするのは、すべて勇気のなすところである)

 

鍋島家・菩提寺の住持であった湛念和尚の言葉です。
槍や長刀の中に駆け込む、蘇った死人を蹴り倒す、地獄に沈んでいる衆生を引き上げる、いやいや、生半可な武士も引くくらいの迫力です。
敢えて付け加えるならば、その「大勇氣」の「大」を我力の強さとしてしまっては、
人間が頑張って踏ん張ってひねり出す自力の勇気になってしまいますので、そうではなく、人間を通して働く他力の勇気であることを確認しておきたいと思います。

「大」勇気はあなたのものではない。あなたを通して授かるものなのです。
それは「大」勇氣だけでなく「大」慈悲も同じなのでありました。


 

後輩が精神科クリニックを開業するのだという。
奥さんが受付や事務を担当し、二人でやっていくのだそうだ。

臨床現場で大いに貢献して行ってもらいたいとエールを送ったのだが、周囲の精神科医療関係者の中に、以下のような懸念を漏らす人たちがいるのが気になった。
それは
「朝から晩までずっと夫婦二人一緒にいるっていうことでしょ。そりゃあ、きついよ。」
「夫婦は別々で働いた方がいいよ。」
などというものであった。

そう言う人たちは、間違いなく、その人自身がパートナーと一緒にいられない人たちであった。
おいおい、自分たちの夫婦関係を一般化しちゃあいかんよ。
「自分たち夫婦には無理だ。」
と言うのならいいが、
「一般に夫婦というものは一日中一緒には働けないものだ。」
というのは間違っている。

あなたたちもラブラブの頃は、ずっと一緒にいたかったのではないか?

定年退職後の夫の様子を現わすのに「濡れ落ち葉症候群」というのがあるそうな。
退職後、自らの力で新たな仕事、趣味、人間関係などを広げられずに家にいる夫は、かつては「粗大ゴミ」と言われたが、最近は「濡れ落ち葉」と呼ばれているという。
妻の買い物や外出にまで「わしも付いて行く。」と言い、しつこく付きまとう様子を、地面に張り付いてなかなか取れない濡れた落ち葉になぞらえたものである。
なんだか寂しい心持ちになってきた。
そういう「一緒に」なら、確かに要らんな。
「濡れ落ち葉」夫には新たな社会性というものを学ばせなければならない。

そうではなくて、
感情/情緒的には、いくつになっても、夫婦仲良く、互いのことを大切に思い合い、
霊的には、互いの存在を、生命(いのち)をリスペクトし、礼拝(らいはい)し合うような関係。
それを目指そうよ。

そうすれば、いくらでも一緒にいられます。
しかもあったかくて、うれしい気持ちで。




 

「私は、ひとの言葉をきく場合も自分の表現をする場合にも、実感というものをいちばん大切に考えます。実感しか価値がない。極端に言うと、実感に基づかない言葉はみな空語だと思います。一つの文章の中にも、他に大したものがなくても、一つか二つの実感のある言葉があったら私にはピーンと感じられます。それはありがたいことです。それが文章のいちばんの命ではないかと思います。
実感というものを感じれば、それはその人にとって疑いのないことなのです。疑いがないということは信じるということです。疑わないということが、信じるということです。そうなると自然に自分を信じ、他人を信じ、そして自分の生命を信じ、他人の生命を信じるようになります。自分の生命を信じている時に、自分自身が非常に健康に感じられます。このような時、たとえ誘惑があっても自然に打ち克つ力も出てきます。何かショックがあっても、自分の人生に絶望しない。自暴自棄にならない。悲観的にならないで済むと思います。ですから実感というものを何よりも大切にしたいと思います。実感は嘘を言いません。嘘の実感というものはあり得ないのです。
自分が自分自身に対して『ああ、俺はこういう欲望があるな、これもあるな』と、在りのままを知っていく、体験していくことが大切です。こういう実感、体験を重ねていくと、不思議なことに自分が愚かであることを知りながら、それでいて何となく落ち着いてきます。落ち着いて、しかも真剣なのです。大げさな身振りとかジェスチャーをしなくてもよくなります。自分に何か充実感が出てきます。どんな場面に臨んでも、サバサバして、不思議に自由なのです。人は自分を隠したり押さえつけたりすると、何かうしろめたい感じがするものですが、それがなくなってくるのです。他の人から『お前ずいぶん馬鹿だなあ』と言われても、『ああ、そうだよ』と平気で言えるようになってしまいます。…
人間関係でも…自分の心のありのままを認めて正直に語る時に、互いの共感が生まれます。お互いに相手の心の事実 ー 真実は認めざるを得ないでしょう。
このように考えると、何か人為的に子どもをよくしよう、立派に育てようというよりも、母親自身が自分自身を知っていて、自分の感じ方、願い、弱さ、愚かさ、強さを含めて自分の生き方などを自覚し、認識するということが、まず必要ではないでしょうか。…
現在の教育は…余りにも言葉や観念で人を導こうとする傾向がつよすぎます。しかし観念や言葉の力は実感の力には及びません。
子どもたちは、親の姿や日常の行動を、何気なく、しかも大切なところは全部見ています。親が気づかないうちに感じ取っているのです。親が家庭において、社会の中で、いかに生き生きと生きているかという、その具体的な事実が何よりも子どもの教育になるのです。子どもはその親の姿を、心に受けとめながら成長していきます。
そういう意味からも、子どもの実感を育てる、実感を共感し確認してやるという、親のほんとうの知恵にみたされた愛情がのぞましいと思います。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

観念的な、知識偏重の教育と同じように、現代では、疑似的な体験、バーチャルな体験も、実感からの阻害をもたらしているように思います。
時には本を閉じ、ゲームをやめ、スマホを置き、タブレットを伏せて、実際に体を動かして、人と本音で出逢い、この世界を、(自分自身も他人も含めた)人間というものを直接体験したいものです。
そこから明確な実感が生まれて来ます。
そうして、親自身がまず豊かな実感を重ねて行き、それに基づいて、自分自身をよく知るということ。
それから、子どもの実感に共感し、認めてあげることによって、子どもの感じる力を育むことができるようになるのだと思います。
これは先生と生徒/学生、上司と部下、先輩と後輩、対人援助職者と利用者、セラピストとクライアントにもすべてあてはまる真実ではないでしょうか。
このかけがえのない生を豊かなものにしていくために、すべての人に、さまざまな実感、深い実感、存在の根底に響くような実感を味わって行っていただきたいと願っています。

 

 

あんさんは運がよろしいですか?」

かつて松下幸之助は、松下電器に入社を希望する人の面接で、こう訊いたという。
そしてこの質問は、その後、松下政経塾の入塾試験でも繰り返されたそうだ。

それによって、その人が肯定的な考え方の持ち主か、いわゆるプラス思考の持ち主かを判別したという解説が多いのだが、真意は故人に訊いてみないとわからない。

そもそもこの質問には根本的な問題がある。
何をもって「運が良い」「運が悪い」と言っているのかという問題である。
通常は、世俗的な成功(金とか名誉とか地位とか権力とか)、あるいは、主観的満足(我の満足)=思い通りになることをもって、「運が良い」といっていることがほとんどである。
しかし、そんな俗欲満足をもって「運が良い」というのでは、いかにも浅い。
また、どんな苦境でも、思い通りにいかないときでも、こう考えればプラスに考えられるというのであれば、これは我々の方で言う「合理化」「正当化」であって、そんなちょろまかしではいかにも浅い。

本当の意味で「運が良い」とは、何もかもおまかせして、なるようになったときに「運が良い」というのである。
世俗的な成功とか、主観的満足(我の満足)=思い通りになることではないと私は思っている。
「運」とは「運ぶ」とよむ。
大いなるものが運んでくるのであるから、我々はその流れに乗るしかないのである。
いかに世俗的な意味で「運が悪く」とも、思い通りにならなくても、おまかせして受け取るしかない。
それが「運が良い」ということの本質なのである。
おわかりか?

ではもし私が
「あなたは運が良いですか?」
と訊かれたらどう答えるか。
「めっちゃめちゃ運が良いに決まっています。おまかせして生きていますから。」
と即答するだろう。
こんな私の人生でも、世俗的に思い通りにならないことはたくさんあった。
これからもたくさんあるだろう。
凡夫な私は、こんなことを書きながらも、思い通りにならないことが起こると、悪態をついて、天を呪うかもしれない。
それでも私は間違いなく「運が良い」。
凡夫に揺れた後、間違いなく、大いなる流れにすべてをおまかせして、生きて死ねるからである。

 

 

今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』「葉隠(5)」『葉隠(6)』に続いて、今日は『葉隠(7)』(中・聞書第五・四七)。

ある武士が天下を取ってやろうと思い立ち、さまざまに奮闘してみたが、天下を取ったところでつまらぬ苦労に明け暮れるだけだということをさとり、出家して詠んだ歌。

「我他彼此(がたひし)と 思ふ心の とけぬれば 自己智(じこち)もなくて 無性(むしょう)なりけり
(オレだアイツだ、アレだコレだ、とこだわっていた心がなくなってみれば、(賢(さか)しらだった))自分の智慧などというものもなくなって、ただ、アレもコレもない、おまかせの世界であった)

 

我他彼此(がたひし)」=我(自分)と他(他人)を区別すること、彼(アレ)と此(コレ)を区別することを指し、これが現代語の「ガタピシ」の語源というのは面白いですね。
人間において自他の区別を超える、物質存在においてもアレとコレとの区別を超える、そして一如の世界を体験することは仏教の要諦のひとつです。
そうなってみれば、もちろん「私の」智慧なんていうものはなくて、誰がどう何がどうというもののない、一如を一如あらしめている働きだけの世界が広がっていたということを思い知らされるのです。

 

 

あけましておめでとうございます

今年の元旦の言葉は

「明浄正直(めいじょうせいちょく)」

を挙げたいと思います。

「明(あか)き浄(きよ)き正しき直(なお)き心」は、古くから神道で理想とされたこころの有り様であり、それは特別な努力を経て獲得されるものではなく、最初から我々に与えられたこころの有り様なのでありました。

後から付いた余計なものを取り去って、戻りたいなぁ。

自ずと我々にそう思わせるものが、この世界に働いているのであります。

 

令和八年 元旦

 

 

 

「要するに、それだけ人間というものはふんぎりが悪いのです。親自身がそういう自覚を持っていれば…我が子がそういうことをやっている時にわかるわけです。ですから人間の心理には、大人も子どももないということが言えます。つまり大人がちょっと自分でふり返って自分のことを考えれば、子どもの心理も言うこともすぐわかるわけです。大人と子ども、善人も悪人も、人間の心理としてはみな共通なのです。
私はもとより自分が、特にすぐれた人間でないことを知っています。私なりの精一杯の知恵で考えてゆきたいと思っています。愚かな者もまた生きていけますし、また生かされていくのです。愚かな者も賢い者と同様に生かされていくものだ、ということを私は感じます。それだからこそ、ありがたい。善人だけが生かされるのだったら、とてもたまったものではありません。悪人もまた生かされるところがすばらしいと思います。
人間は苦悩や欲望を持った存在、煩悩を持ちながら生きている存在ですが、それこそそういう人間が、やはり自分の中にかかえている煩悩によって教えられるのです。煩悩を経験することによって『ああ、これはつらいなあ』と苦悩を知るわけです。苦悩を知ってはじめて助けを求めるわけです。助けを求めて、助けとられる歓びを知り、そこではじめて素直になるわけです。ほんとうに愚者にかえるのです。愚かさそのものに素直になる。それまでは愚者のくせに多少は賢いつもりで、あちこちとごちゃごちゃやっているのです。…やはり己を知るということは、自分が感じるということしかないわけです。素直になってはじめて自分の愚かなることを悟り、その結果、愚かなままに救われて、ひとつの自由な境地を得られるのです。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

近藤先生は私の前でも「私はもとより自分が、特にすぐれた人間でないことを知っています。」と同趣旨のことを何度もおっしゃっていました。
それが形だけの謙遜ではなく、本気の言葉であることが毎回伝わって来ました。
その徹底した凡夫の自覚。
そしてその上での「
愚かな者もまた生きていけますし、また生かされていくのです。愚かな者も賢い者と同様に生かされていくものだ、ということを私は感じます。」という言葉は、本当に私の生命(いのち)に響きました。
こんなクズでも生きていける、生かされていけるのだと。
もう手を合わせて生かされて行くしかないと思いました。
素直になってはじめて自分の愚かなることを悟り、その結果、愚かなままに救われて、ひとつの自由な境地を得られるのです。」

 

そんな気持ちで来年もまた共に生かされて行きましょうね。

 

 

今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』「葉隠(5)」に続いて、今日は『葉隠(6)』(中・聞書第五・四七)。

ある姫さまが外出時に見かけた他家の家臣たちに比べ、当家の家臣たちはいかにも見劣りすると、殿さまに訴えた。
それに対する殿さまの答え。
「他方の供の者は見掛(みかけ)よき男を選(えら)み、寸尺(すんしゃく)に合はせ、見場(みば)一篇に取り集めたる抱者(かかえもの)にて候(そうろう)。それ故何事と云(い)ふ時は、主(あるじ)をも見捨て迯(に)ぐる者共なり。我等が家中は譜代(ふだい)相伝の者共ばかり故、
見掛の善悪も構はず、在り合はせ候者を供に連れ候故、見物所はこれなく候へども、自然の時は一歩も引かず、主の為に命を捨つる者ばかりにて候。此方(こなた)の家は不男(ぶおとこ)が名物にて候。」
(他家の供の者たちは見かけの良い男たちを選び、背格好に合わせて、外見だけで集めたお抱え者たちである。だから、いざというときには主君さえも見捨てて逃げるヤツらだ。我々の家臣は代々仕えて来た者たちばかりである。見かけの良い悪いに関係なく、そこにいた者たちを供に連れて行ったので、見栄えのするところはなくても、万一のときには一歩も引かず、主君のために命を捨てる者ばかりである。当家は醜男(ぶおとこ)が名物である。

 

余計な解説は不要でしょう。
武士の外見でなく内面の矜持(きょうじ)を表わした逸話だと思います。

「此方(こなた)の家は不男(ぶおとこ)が名物にて候
当家は醜男(ぶおとこ)が名物である

とは、いかにもいかにもかっこいいセリフです。

 

 

今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』に続いて、今日は『葉隠(5)』(上・聞書第二・一一一)。

「何某(なにがし)は御家中(ごかちゅう)一番のたはけなるが、たはけに自慢して『我はたはけなるが故(ゆえ)身上恙(つつが)なし。』と申したるとなり。奉公の志と云ふは別の事なし。當介(とうかい)を思ひ、自慢を捨て、我が非を知り、何とすればよきものかと探促(たんそく)して、一生成就せず、探促し死に極るなり。非を知って探促するが、則ち取りも直さず道なり
(誰々は家臣の中で一番のアンポンタンであるが、アンポンタンであることを自慢して「自分はアンポンタンであるから身の回りに問題なし。」と言っているという。主君に仕える心構えというのは特別なことではない。主君を大切に思い、思い上がる心を捨て、自分のダメさ加減を知り、どうすればよいかと追い求めて、一生答えに辿り着くことなく、追い求め続けて死んでいくことに極まるのである。自分のダメさ加減を知ってそれでも追い求め続けるのが、取りも直さず、武士の道というものである。)

 

「たはけ」を「アンポンタン」と訳してみましたが、「ポンコツ」でも「愚か者」でも「凡夫」でもよいでしょう。
そういう自分の愚かさを自覚した上で=情けなさの自覚を持った上で、たとえ死ぬまで成長し切れなかったとしても、成長しようとし続けて行くこと=成長への意欲を持ち続けて行くこと、が武士(もののふ)の道であると言っています。
なんだかいつも私が申し上げていることと同じことを言って下さっているようで非常に面白く読みました。
唯一の違いは、これが『葉隠』の場合は、「當介」=忠=主君に仕える武士の道であるということであり、私の場合は、私を私させてくれる生命(いのち)の働きに応えて行く人間の道であるということでしょう。

 

「父親だって昔は子どもだったのです。母親も娘の頃がありました、その頃の気持を思い起こしてみましょう。大人は若い者に対して自分を抜きにして、つい評価したり、判断したりしがちなものです。ためしに子どもを批判する評価の基準を、そのまま自分たちに向けてごらんなさい。それに耐えられますか。そんな無理なことを子どもに言ってもできるわけはありません。…
八雲学園の高校生がある校則違反をしました。あのくらいの年頃の高校生は、自分でしていることがどんなことか、ちゃんとわかっているのです。悪いとわかるけれどやめられない、という気持なのです。こういう気持は大人にもあります。するとその子が一度くらい過ちを犯しても、とがめだてするようなことは私にはできません。互いにそのような気持があるという共感の世界に立ち、しかしやっぱりやってはいけないことはやらないことだとわかり合えば、子どもも納得します。
教育ということを考える場合、教えるということは、こういうことをすればこういうことになるということを教える、つまり知識や情報を与えるということです。しかし育てるということ、教育の育の方は共感の世界でなければ育ちません。どこかに、『先生は、わかってくれる』というところがないといけません。…
少なくともひとたび信頼感を持ったら、どんなに叱っても、こちらの気持を理解してくれます。信頼や共感がないところにきつく叱っては、ただ怖いだけです。『あの先生はわかってくれる。わかった上で言ってくれてるんだ』ということが伝わらなくては、どんな言葉も役に立ちません。…
とにかく、親でも子でも、みんな同じ人間であるという気持、そして人間というものは自分も含めて完全でないということ、完全でないという悲しみを互いに感じるところから出発せざるを得ないのです。…
普通、人は大てい自分を棚上げして言っています。相手に共感する、あるいは相手を認めるということは、その人にいいところがあるから共感したり評価するというようなことではありません。そのような善悪の評価では決してありません。一般に世の中では善いことをすすめ、悪いことを罰するとよくなるという錯覚があります。人間は、他人に注意されたり教えられたりして、そう簡単に変わるものではありません。自分でいろいろ体験して、つまりいろいろな試行錯誤があって、あの人が言ったのはほんとうだと感じた時、初めて自分から変わるのです。それをしっかり感じないと、また誤りを犯してしまいます。何回か失敗して『あ、やっぱりそうですね。わかりました』とほんとうに気づいて変わるものです。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

まずは「教育」の「教」と「育」の違い。
「教」は、知識や情報を与えるということ。
それに対し、「育」は、いわば、あなたもわたしも共に凡夫(ポンコツでアンポンタン)であるという「共感」のベースの上に、相手の成長を育んで行くということ。
次に、人間の変化・成長について、「
人間は、他人に注意されたり教えられたりして、そう簡単に変わるものではありません。自分でいろいろ体験して、つまりいろいろな試行錯誤があって、あの人が言ったのはほんとうだと感じた時、初めて自分から変わるのです。
頭でわかっても人間は変わりません。体でわかって、体験的にわかって初めて人間は変わるのです。
従って、それまでいろいろな試行錯誤をするのを待つ、見守るということも必要になってきます。
今回もまた近藤先生は、我々がわかっているようで実はわかっていなかったことを、明確に、かつ、わかりやすく、説いて下さっています。
この姿勢こそが、まさに私たち読者に対する(文章を通してさえ伝わって来る)「共感」の上に立った、私たちの成長を育む「愛」の実例なのでありました。

 

 

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