今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』「葉隠(5)」『葉隠(6)』『葉隠(7)』『葉隠(8)』に続いて、今日は『葉隠(9)』(下・聞書第八・四)。
ある武士が、かねてからの賭場通いや遊郭通いが上に露見し、切腹を申し付けられた。
その切腹の際、介錯(かいしゃく)をしてくれる武士に向かって、
「『存分腹を切り、篤(とく)と仕舞(しま)ひ候(そうろう)て、首を討てと申す時切るべし。若(も)し聲(こえ)をかけざる内に切りたらば、うぬし七代迄祟(たた)り殺すべし。』と、睨(にら)み附け候。介錯人『心安かれ、存分に任すべし。』と云(い)ふ。扨(さて)、腹を木綿(もめん)にて巻き立て、十文字に切り、前に腸出で候時、色少し青くなり候が、暫(しばら)く眼をふさぎ居り候て、小鏡を取り出し、面色(かおいろ)を見、硯紙(すずりがみ)を乞ひ候時、脇より『最早(もはや)よきにてはなきか。』と申し候へば、眼をくわつと見開き、『いやいや、まだ仕舞へず。』と云ひて
腰ぬけと いうた伯父(おんじ)め くそくらへ 死んだる跡で 思ひ知るべし
と書きて、『これを伯父に見せよ。』と、家来に渡し、『さあ、よいぞ。』と云ひて首を打たせ候由(よし)なり。」
(「十分に腹を斬り、しっかり斬り終わって、『首を討て。』と言った時に斬れ。もし自分が声をかける前に斬ったならば、おまえの(子孫の)七代後まで祟り殺してやるぞ。」と介錯人を睨みつけた。介錯人は「安心せよ。存分におやんなさい。」と言う。さて、腹を木綿の布で巻き上げて、十文字に切腹し、前に腸が出たとき、顔色が少し青くなったが、しばらく眼を閉じ、小さな鏡を取り出して、自分の顔色を見、硯紙を求めたとき、脇にいた者が『もう(介錯してもらっても)良いのではないか。』と言ったところ、眼をクワッと見開いて、「いやいや、まだ終わっていない。」と言って
腰抜けと 言った伯父(おじ)め くそくらえ 死んだ後で 思い知るが良い
と書いて、『これを伯父に見せよ。』と、家来に渡し、『さあ、良いぞ。』と言って首を討たせたという話である。」
元々は自分の悪業のせいなので、切腹になるのは仕方ありませんが、伯父から「腰抜け」と言われたことだけは許せず、こんな腹の斬り方をし、小鏡まで用意して容色の乱れを確かめ、恨みの辞世の句まで残して死ぬとは、なんという武士の矜持(きょうじ)でありましょうか。
執着と言ってしまえば執着以外のなにものでもないのですが、「腰抜け」の汚名を雪(そそ)ぐためならば、ここまでやるのが武士の生きざま、死にざまなのでありました。