今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』「葉隠(5)」『葉隠(6)』に続いて、今日は『葉隠(7)』(中・聞書第五・四七)。
ある武士が天下を取ってやろうと思い立ち、さまざまに奮闘してみたが、天下を取ったところでつまらぬ苦労に明け暮れるだけだということをさとり、出家して詠んだ歌。
「我他彼此(がたひし)と 思ふ心の とけぬれば 自己智(じこち)もなくて 無性(むしょう)なりけり」
(オレだアイツだ、アレだコレだ、とこだわっていた心がなくなってみれば、(賢(さか)しらだった))自分の智慧などというものもなくなって、ただ、アレもコレもない、おまかせの世界であった)
「我他彼此(がたひし)」=我(自分)と他(他人)を区別すること、彼(アレ)と此(コレ)を区別することを指し、これが現代語の「ガタピシ」の語源というのは面白いですね。
人間において自他の区別を超える、物質存在においてもアレとコレとの区別を超える、そして一如の世界を体験することは仏教の要諦のひとつです。
そうなってみれば、もちろん「私の」智慧なんていうものはなくて、誰がどう何がどうというもののない、一如を一如あらしめている働きだけの世界が広がっていたということを思い知らされるのです。