今までの『葉隠(1)』『葉隠(2)』『葉隠(3)』『葉隠(4)』「葉隠(5)」に続いて、今日は『葉隠(6)』(中・聞書第五・四七)。

ある姫さまが外出時に見かけた他家の家臣たちに比べ、当家の家臣たちはいかにも見劣りすると、殿さまに訴えた。
それに対する殿さまの答え。
「他方の供の者は見掛(みかけ)よき男を選(えら)み、寸尺(すんしゃく)に合はせ、見場(みば)一篇に取り集めたる抱者(かかえもの)にて候(そうろう)。それ故何事と云(い)ふ時は、主(あるじ)をも見捨て迯(に)ぐる者共なり。我等が家中は譜代(ふだい)相伝の者共ばかり故、
見掛の善悪も構はず、在り合はせ候者を供に連れ候故、見物所はこれなく候へども、自然の時は一歩も引かず、主の為に命を捨つる者ばかりにて候。此方(こなた)の家は不男(ぶおとこ)が名物にて候。」
(他家の供の者たちは見かけの良い男たちを選び、背格好に合わせて、外見だけで集めたお抱え者たちである。だから、いざというときには主君さえも見捨てて逃げるヤツらだ。我々の家臣は代々仕えて来た者たちばかりである。見かけの良い悪いに関係なく、そこにいた者たちを供に連れて行ったので、見栄えのするところはなくても、万一のときには一歩も引かず、主君のために命を捨てる者ばかりである。当家は醜男(ぶおとこ)が名物である。

 

余計な解説は不要でしょう。
武士の外見でなく内面の矜持(きょうじ)を表わした逸話だと思います。

「此方(こなた)の家は不男(ぶおとこ)が名物にて候
当家は醜男(ぶおとこ)が名物である

とは、いかにもいかにもかっこいいセリフです。

 

 

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