これまでの『五輪書(1)』『五輪書(2)』『五輪書(3)』に続いて、『五輪書(4)』をお届けする。

「一 敵を打つに、一拍子(ひとつひょうし)の打(うち)の事
敵を打つ拍子に、一拍子といひて、敵我あたるほどのくらいを得て、敵のわきまへぬうちを心に得て、我身(わがみ)もうごかさず、心も付けず、いかにもはやく、直(すぐ)に打つ拍子也(なり)。敵の太刀、ひかん、はづさん、うたんと思ふ心のなきうちを打つ拍子、是(これ)一拍子也。此(この)拍子能(よ)くならひ得て、間(ま)の拍子をはやく打つ事鍛錬すべし。」

(一 敵を打つときに、ひとつ拍子で打つということ
敵を打つ際の拍子(タイミング、勢い)として、「ひとつ拍子」といって、敵と自分の間合いが刀が届くほどになったとき、敵がまだ(置かれた状況が)わかっていないことを感じ取り、(意図的に
)自分の体を動かすのではなく、気をつけるのでもなく、素早くすぐに打つ拍子がある。敵が、引こう、外そう、打とうと思う心が動く前に打つ拍子、それが「ひとつ拍子」である。この拍子をよく習得して、そのときの拍子を感じて早く打つことを鍛錬しなさい。)

 

難しいことを言っているようで、面談に来られている方にとっては、実はお馴染みの話である。
即ち、誰かに何かを(特に悪意のことを)言われたとき、されたとき、瞬時に自分の感情を抑圧してしまい、何も言えず、後になってむかむかしてくる人のなんと多いことか。
そして、たとえ何かを言えたにしても、身構えて、考えてから、反撃していたのでは遅過ぎるのである。
そうではなくて、「ひとつ拍子」に、思わず、知らず、考えずに、相手に対してズバッと言葉や行動が出るときがある。
この「ひとつ」というところが肝要で、「来た」「返した」では「ふたつ拍子」となる。
そうではなくて、「来る」と「返す」がひとつの拍子でパパン!と行くのである。
それが「ひとつ拍子」。
この「ひとつ拍子」は、剣がなくとも、我々の日々の生活の中で、職場の中で、実践できる、体験できることなのである。


 

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