「縄文人と炉」の話。
縄文式住居には、原則として、床に炉が作られていた。
特に竪穴式住居では、炉の痕跡が後世に残りやすかったという。
それも今の囲炉裏と比べて、縄文の炉は小さいものであった。
また、炭化物の分析から、炉で燃やされていたものは圧倒的にクリが多かったらしい。
しかし、クリは火が着きにくく、着いたとしても火勢が弱いという特徴があり、逆に言えば、火持ちは良いことになる。
そうなると、ただでさえ小さな炉は、灯り取りには暗く、暖房には弱く、煮炊き用としとは火力が足りない(当時の食事用の煮炊きは屋外で行っていたらしい)。
そうすると、当然、疑問が湧いて来る。
この炉は一体何のために作ったのだろうか?
そう。
他の用途のためではない。
火を燃やし続けること自体が目的だったのである。
即ち、炎を見つめ続けるためだけにわざわざ住居の床に炉を作ったのだ。
炎を観ることによって、炎を炎させ続けているものを感じる。
刻々と燃えて尽きて、燃えて尽きて、燃えて尽きて、炎を炎させ続けるもの。
それはまたあなたをあなたさせ、この世界をこの世界させているものを感じることに他ならない。
それは「生命(いのち)」を感じることだと言っても良いだろう。
縄文人たちは炉の火に「聖性」を見い出していた、というある考古学者の見解に私は大賛成である。
私はそれを「霊性」と言いたい。
毎日の世俗的、現実的暮らしだけでは、縄文人はやっていられず、暮らしの中に「霊性」を、「生命(いのち)」を感じる場面を求めたのだ。
そうでなければ、生きてはいられぬ。
しかし、弥生時代になると、縄文の炉は消える。
実用のためだけの炉となる。
嗚呼。
それでも絶望する必要はない。
今も You Tube を見ると、延々と焚き火の炎を映し続けるだけの動画がある。
BS/CS放送でも、焚き火を眺めながら続ける対談番組などがあった。
いやいや、焚き火をずっと見つめていたいためにキャンプに行く人もいる。
「聖性」「霊性」「生命(いのち)」を感じたい。
我々の中に紛れもなく縄文人の伝統が息づいていた。
以上は今日の八雲勉強会で取り上げたお話である。
書いていて自分でも、実に面白いな、縄文人は、と思う。
これからも毎月、勉強会で披お話した縄文文化に関する話題をここで取り上げて行こうと思っている。
次回の八雲勉強会は5月10日(日)になる。どうぞお楽しみに。