この年度末に、ふと思い出した言葉。
「身否すと雖(いえど)も而(しか)も道は亨(とお)る」(朱子『近思録』)
「否す」とは、塞(ふさ)がること、不遇な目に遭うこと。
たとえ、この身がどんな不幸に遭おうとも、道の働きは常に通っているから心配するな、ということ。
「道」については何度も書いて来た。
「道」とは「何かが通るもの」。
何が通るのか。
あなたをあなたさせ、万人を万人させ、万物を万物させる働きが通るのである。
年度末のこの時期、場合によっては予想もしなかった展開に思い悩む人がいるかもしれない。
しかし、思い通りになるかならないかで悩み苦しむ必要はない。
あなたの思い通りになるかならないかは問題ではない。
大いなる働きが、あなたをあなたさせようとしていること、あなたが今回の人生で果たすべき意味と役割を果たさせようとしていることが絶対的な真実であり、そのことをあなたがちゃんと感じ取って、その働きにまかせて自分を生きようとしているか否かが大問題なのである。
あなたが知っていても知らなくても、道は常に亨っている。