あんさんは運がよろしいですか?」

かつて松下幸之助は、松下電器に入社を希望する人の面接で、こう訊いたという。
そしてこの質問は、その後、松下政経塾の入塾試験でも繰り返されたそうだ。

それによって、その人が肯定的な考え方の持ち主か、いわゆるプラス思考の持ち主かを判別したという解説が多いのだが、真意は故人に訊いてみないとわからない。

そもそもこの質問には根本的な問題がある。
何をもって「運が良い」「運が悪い」と言っているのかという問題である。
通常は、世俗的な成功(金とか名誉とか地位とか権力とか)、あるいは、主観的満足(我の満足)=思い通りになることをもって、「運が良い」といっていることがほとんどである。
しかし、そんな俗欲満足をもって「運が良い」というのでは、いかにも浅い。
また、どんな苦境でも、思い通りにいかないときでも、こう考えればプラスに考えられるというのであれば、これは我々の方で言う「合理化」「正当化」であって、そんなちょろまかしではいかにも浅い。

本当の意味で「運が良い」とは、何もかもおまかせして、なるようになったときに「運が良い」というのである。
世俗的な成功とか、主観的満足(我の満足)=思い通りになることではないと私は思っている。
「運」とは「運ぶ」とよむ。
大いなるものが運んでくるのであるから、我々はその流れに乗るしかないのである。
いかに世俗的な意味で「運が悪く」とも、思い通りにならなくても、おまかせして受け取るしかない。
それが「運が良い」ということの本質なのである。
おわかりか?

ではもし私が
「あなたは運が良いですか?」
と訊かれたらどう答えるか。
「めっちゃめちゃ運が良いに決まっています。おまかせして生きていますから。」
と即答するだろう。
こんな私の人生でも、世俗的に思い通りにならないことはたくさんあった。
これからもたくさんあるだろう。
凡夫な私は、こんなことを書きながらも、思い通りにならないことが起こると、悪態をついて、天を呪うかもしれない。
それでも私は間違いなく「運が良い」。
凡夫に揺れた後、間違いなく、大いなる流れにすべてをおまかせして、生きて死ねるからである。

 

 

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