問題はいつも、自分が思っているよりも深いところにある。
問題はいつも、自分が思っているよりも重い。
問題はいつも、あなたが解決したいと思っているよりも、実は解決したくないと思っており、さらに実は解決したいと思っている(表現がややこしいがこれが事実である)。
よって、大体こんなものだろうと思って本格的なサイコセラピーを受けると、思ってもいなかった深いところをえぐられることになる。
従って、本格的なサイコセラピーを受けるときは、全く想像を絶するものが出て来たとしても向き合うしかない、という覚悟が要る。
私が近藤先生の門を叩いたときは、気づかないところも含めて自分は問題だらけに決まっているから、もうどうにでもしてちょうだい、という思いであった。
そう。
その大前提として、講演で一度しかお逢いしたことはなかったが、近藤先生への信頼があった。
大手術あるいは長い長い手術になるかもしれないが、この先生は救おうとしてくれるだろう。
何故だか知らないが、そう直観していた、そう確信していた。
優し~く、柔らか~く、傾聴して、当たり障りのないことや、いかにもクライアントが言ってほしそうなことを言うカウンセリングやサイコセラピーの方が、主観的には遥かに安心かもしれない。
でも、問題は本質的に何も解決されない。
時間だけが去り、年を取り、本格的な成長はない。
そんなことを受けるのも、するのも、私のミッションじゃないんです。
はい、