たまにエアポケットのようにヒマになる時間がある。
ヒマだと困る。
と言っても、ガツガツ稼ぎたいわけではない。
もしそうであれば、精神療法家はやっていない。そもそも医者もやってない。
与えられた能力を駆使して、この娑婆の中で最低努力で最大収入を得られるような道をガツガツと進んだであろう。
そんなことのために仕事はしていない。というか、生きていない。
また、ワーカホリック(仕事中毒)なわけでもない。
何か生産的なことをしていないと、あるいは、他者貢献的なことをしていないと、自己無価値観に陥る人たちをワーカホリックと呼ぶ(その背景として、親に寄り添われずに育ち、そのままの自分では存在価値があると思えず、生産的になって、あるいは、他者貢献して初めて存在が許されると思っている人が多い)。
そんなことのために仕事はしていない。というか、生きていない。
そうではなくて、ミッションのために仕事をしている、生きているのである。
それは人間の成長に関わるというミッションである。
よって、面談予約が空くと困る。
面談でなくても、人間の成長に関わるなら、研修、講義、ワークショップなどでもいいのだが、それもないと、なんだか胸のうちがスカスカしてくる。
やるべきデスクワークも山のようにあるので、いくらでもやることはあるのだが、それはあくまで“副務”であって“主務”ではない。
難しいのは、人間の成長に関わるなら何でも良いのかというと、そうもいかない。
そこに「縁」が絡む。
「縁」というのは「果たすべきミッションか否か」ということである。
よって、たまにヒマなとき、スカスカしながら、デスクワークをしながら、祈るしかない。
御心(みこころ)ならば、果たすべきミッションをお与え下さい、と。