厚生労働省の施策に「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築について」(略称:にも包括)というものがある(概要を知りたい方はリンク参照)。
この施策名を初めて見たとき、「精神障害『にもかい! ついでかい!」とガックリ来たのを覚えている(説明文では「精神障害の有無や程度にかかわらず」と言い訳しているが)。

共生社会を目指すことに何の異論もないが、この娑婆は(昨日触れたように)能力主義、効率主義、功利主義などが蔓延(はびこ)っている。
自分は「できる」と思い上がり、おまえは「できない」と見下す連中がウヨウヨいる。
そんな価値観に基づいて生きている地域住民の中で、どうやって障害者と共生して行けば良いのか。

かつて私はアプノーマライゼイションについて述べた。
世に言われるノーマライゼイションに対して、みんながノーマルなんぞと思い上がらず、みんなアプノーマルと認め合った方が良いんじゃないか、という提言である。

その発想を仏教的に言うならば、いつも申し上げている、「凡夫の自覚」ということになる。
厩戸皇子(聖徳太子)のおっしゃる通り、世の中にいるのは「凡夫」のみ。
「できる」などと思い上がらない。
「てきない」などと見下さない。
所詮、ドングリの背比べ。
ノーベリストも認知症になれるし、金メダリストも寝たきりになれる。
そもそもが大したことないし、ちょっとできるかのように思い上がってみても、みんな、すぐにできなくなれるのである。
そんな五十歩百歩のポンコツ同士が、この世界の中で、支え合って、助け合って、生きて行けば良いじゃないの、というわけである。

ポンコツだらけの住民を抱えられる力を持つのが、本当の意味で、健全な地域であり、そのありようはまさに“ポンコツランド”であろう。

地域を支える諸制度、諸施設、諸機関などの整備は、これからも大いに有り難いが、
形の前に気持ち、住民同士がポンコツ同士という自覚を本音で持ち、思い上がらず見下さず、一緒に暮らせる地域に、私は住みたいと思う。

 

 

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