先日「囁き通り魔(基礎編)」ついて書いた。
今日は応用編。

どこらへんが応用編かというと、囁き方がさらに巧妙かつ狡猾なのである。
すれ違いざまに囁くというようなわかりやすいやり方ではなく、
会話の中にスッと仕込んで来る。
特に終わり際あたりにさりげなく入れて来るところは、昨日・今日始めたのではない年季を感じさせる。
しかし囁かれた方は確実に、巧妙なやり方で刺された、あるいは、狡猾なやり方で巻き込まれたことに気づく(気づくのが即座か、後になってからかは、こちらの感情抑圧の程度によって差がある)。

[例1]ある人は、ごく普通の会話の中に、時々見下したような目つきと、フンという鼻息をからめて来る。これが(ずっとではなく)「時々」のためこちらは反応しにくく、「目つき」と「鼻息」という言質を取れない表現のため、確実にこちらをバカにしている心証はあっても、客観性をもって追及しにくい。
これは非言語的な“攻撃性”の例。

[例2]私の後輩が外来で経験した例。外来で電子カルテのキーボードを打ちながら診察をしていると、面談と全く関係ないところで、「先生はブラインドタッチじゃないんですね。」と言って来る。表面的な会話は「そうだよ。」で終わるだけだが、裏の会話では「ブラインドタッチもできないのか、おまえは。」「うるせー。」のやりとりがある。これもまた確実にこちらを攻撃している心証はあっても、それを客観的に証明しにくい。
これは(表の会話に現れてない)裏の会話による“攻撃性”の例。

[例3]
ある女性は(圧倒的に女性に多い)、自分の神経症的問題を解決しようと真剣に通院している最中であるにもかかわらず、ふと話がホストに入れあげている友人のことになった後、帰り際になって「先生がホストだったら行くんだけどなぁ。」というような言葉をボソッと放り込んで来る。実は、自分の神経症的問題を解決したいというのは通って来るためのフリであって、本当はベッタベタに依存したくて来ているのである。
(治療場面ではよくある話だ。八雲なら即面談お断りである。そういう自分への「情けなさの自覚」がないからね)
これはベッタベタ依存の“巻き込み”の例。

その他、いくらでも例を挙げることができ、「囁き通り魔(応用編)」の体系がまとめられそうであるが、そんな気持ちの悪い分析をやりたいとは思わない。

書いていて思うのは、やはり「囁き通り魔」は、基礎編であろうと、応用編であろうと、その質(たち)の悪さと有害性から「要治療レベル」だということだ。
しかし、当人たちの多くは自覚がないので受診しない。

となると、こちらで精神的に武装して防衛する他ないのである。

敏感に観抜いて、そして、悪業はバッサリ斬り捨てましょう。
愛のある話はそれからだ。

 

 

 

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