本当は怒っているのに、怒っていないようなフリをする人がいる。
いわゆる本音と表出が一致していない人である。
生まれつきそんな子どもはいないので、生育史のどこかでこの面倒臭い生き方を身に付けたのであろう。
しかし、残念ながら、怒っていることは周囲にバレている。
バレてないと思っているのは当人だけである。
眼に出ている、顔に出ている、オーラに出ている。
しかし周囲は気づきながらも、何も言わないものである。
こういう人でも、もし人間的に成長することができたならば、怒っているときにちゃんと「私は今怒っています。」と言えるようになる。
これは正直である。
本音と表出が一致している。
但し、これが過ぎて、思い通りにならないことがある度にいちいち怒りを出すようになる人がいる。
こうなって来ると、ただの垂れ流しである。
正直ではあるが、わがままなのである。
これはこれで面倒臭い。
これがさらに人間的に成長して来ると、怒りはちゃんと出るんだけど、キレがよくなって来る。
長続きしないで、サラサラと流れて行く。
幼児の機嫌がすぐ変わるようなものである。
こうなれば、面倒臭さは随分改善される。
凡夫が目指すのは、こんなところがいい。
そして、ここらあたりまで成長して来ると、抑圧もやりくりも使っていないのに、以前ほど怒らなくなる、腹が立たなくなる、ということも起きて来る。
偽善的に怒らないようにするのではない、腹を立てないように気をつけるのでもない、自ずから、自然に、怒ることが減る、腹が立たなくなるのである。
但し、怒ることがなくなりはしませんよ、凡夫ですから。
凡夫が現実的に目指せる人間的成長は、ここらあたりなのかもしれない。
しかし、ここまで来るだけでも、相当に大したものだと思う。