昨日お話した勉強会に参加されている方々だけでなく、ある期間以上、面談を続けておられる方々を見ていると、「情けなさの自覚」と「成長への意欲」を持っておられる限り、その before-afterで確実な変化・成長を続けておられることが感じられる。
開業当初は、その変化・成長は、年月が経てば、「人間的成長のための精神療法」など受けなくても、誰でも起こることなのだろうか、と思ったこともあった。
しかし、実際に世の中の、特にある年齢以上の方々を見ていると、残念ながら、子どもの頃からの神経症的問題が全く解決されていないどころか、却ってこじらせて悪化している場合も少なくない。
ご本人に「情けなさの自覚」と「成長への意欲」がない以上、残念ながら、いかんともし難いが、少なくとも片方で、そういう方々と接しながら、もう片方で、面談を続けて来られた方々と接していると、歴然とした違いが感じられる。
そして、その変化・成長した姿に接する度に、よかったなぁ、と心の底から嬉しくなる。
大袈裟な表現でなく、その人の一生が変わったのであるから、こんな深い喜びはない。
ここにサイコセラピストとしての醍醐味がある。
流石に私もバカではないので、それが自分の手柄だとは思っていない。
その人を通して働く、その人を本当のその人させようとする力と、
私を通して働く、その人を本当のその人させようとする力と、
この世界を通して働く、その人を本当のその人させようとする力が相俟って、起こって来る奇跡としか言いようがない。
それにしても、人間が目の前で本来の自分を取り戻し、本来の自分を実現して行く場面に立ち会えるという感動はたまらないですよ。
それは情緒的感動を超えて、霊的感動と言ってよいものだと思う。
しかし、私に与えられた時間は永遠ではないし、お逢いできる方々の数も無限ではない。
むしろそれは、人類全体の数からすれば、微々たるものであろう。
それでも、一人の人生が変わるということは、すごいことなんですよ、ホントに。
それ故に、今回の人生において許される限り、縁あるあなたの変化・成長の瞬間に立ち会いたいと、あなたの人生が変わる瞬間に立ち会いたいと、心の底から願っている次第である。