ある発達障害の中学生の男の子がいた。
相手の気持ちが読めない、空気が読めない、暗黙の了解がわからないなどの特性を持つ彼は、クラスメートとのコミュニケーションがうまくいかず、いつもクラスの中で浮いた存在となっていた。
彼としても、ただ無策にその状況に甘んじていたわけではなく、その状況を打開すべく彼が始めた作戦は、いろいろな“情報”という“貢ぎ物”をクラスメートに提供することで、その関心を得ることであった。
“情報”と言っても、その中味は、ゴシップネタや噂ネタ、三面記事ネタという、いわゆるゲスネタである。
そのモデルとしては、見栄っ張りでいながら、実は裏でゲスネタ好きの母親の影響があった。
みんな、ゲスネタが好きに違いない。
「〇組の△△くんと□□さん、付き合ってたけどもう別れたみたいよ。」
「××くんのお父さん、実はズラなんだって。」
「◎◎さんのお母さんて、再婚でフィリピンの人らしいよ。」
どうでもいい“情報”提供が続く。
そんな話をすると笑いながら聞いてくれるクラスメートの顔を見て、彼は自分の作戦が成功していると思っていた。
しかし事実は真逆で、クラスメートは彼のいないところで、
「あの、おしゃべり、誰か黙らせろ。」
「ホントにバカだな、あいつ。」
「ニヤニヤしながらくっだらないことを話すあいつの顔を見てると反吐が出る。」
などと言って嘲笑の的になっていた。
そしてそういったクラスメートの声に気づいた担任教師が彼を読んで話をした。
「君の話は全く受けてないよ。」
「それどころか、君は、君のいないところで、散々バカにされ、嘲笑の的になってるよ。」
「ゲスネタは貢ぎ物にはならないんだよ。」
最初、驚いた顔をしていたが、担任の先生による行き届いた説明で、ようやく起こっていることを理解することができた。
じゃあ、これからどうしたら良いのか、途方に暮れる彼に、先生はアドバイスを続けた。
「まずゲスネタは収集するのも話すのも一切やめた方がいい。知ればしゃべりたくなるから、最初から何も知らないのが一番だ。」
「ゲスネタの代わりに、クラスメートの誰かのいいところを見つけて、褒める話をするといい。」
「但し、面と向かって言うのはTPOを間違えると却って逆効果になるから、本人のいないところで、別のクラスメートたちに話すのがいい。」
「その頻度は、週に一回までね。たくさん言うとこれまた嘘っぽくなるから。」
「本当にいいと思ったことだけ言うんだよ。」
などなど、具体的かつ懇切丁寧なアドバイスが続く。
そして特筆すべきは、やっぱり彼が素直だったことである。
彼は一所懸命にそれを実践した。
中には、彼にゲスネタを言わせようと、わざと話を振って来るクラスメートもいたが、彼は一切それに乗らなかった。
そして半年。
クラスの中での彼の立場は変化していた。
確かに特性のせいで、うまくいかないことも相変わらずあったが、まわりが話していても一切ゲスネタを口にせず、クラスメートのいいところを陰で言う彼の姿勢は、それなりの信頼を得ていた。
いい先生との出逢いを得たことももちろん大きいが、
時に「人間としての素直さは特性を上回る」ことを強調しておきたいと思う。
やっぱり人格は人間の一番の宝である。