仕舞っていたハイカットのスニーカーを出してみたら、ソールに穴が開いていた。
修復できそうにない大きさなので廃棄することにした。
これだけ何年も(五年以上?)履いて、履き潰したのだから、寿命だと思った。
冬物のセーターを出してみたら、経年劣化の上、ほつれだらけ、穴だらけになっていた。
繕いもして来たが、これはもう着れないと思い、廃棄することにした。
これだけ何年(十年?下手をすると二十年?)も着て、着倒したのだから、寿命だと思った。
このように使い尽くし、使い倒して、ようやくそれぞれの mission conpleted という気がして来る。
『中庸』の中に「能(よ)く物の性を尽くす」という言葉がある。
その物をちゃんと使い尽くす、使い切ることが、その物の性を尽くすことになる。
そう言えば、昔、どこかの博物館で、粗末に扱われて捨てられた物が妖怪になるという『付喪神(つくもがみ)絵巻』を観たことがある。
やはり物の性を尽くしともらわないと、物も恨めしいことになるらしい。
…などと思って、『中庸』を見返してみると
「能く物の性を尽くす」
の前に、人の性を尽くすことが書いてある。
「能く人の性を尽くせば、能く物の性を尽くす」
失礼しました。
我ら人間も、折角、授かった生命(いのち)。
その本分をちゃんと使い尽くしましょう。