あるフロイト派の精神分析家が言っていた話。
面倒臭い患者がいたとする。
できれば、こんなヤツは診たくない。
そんなときどうするかというと、わざとそのクライアントが怒るようなことを言うのだという。
そうすれば、こちらに愛想をつかして来なくなる。
それで厄介払いができてめでたしめでたしなのだと。
最初にこの話を聞いたときは、我が耳を疑った。
そもそも面倒臭いことをやるのが精神科臨床であり、その苦労が臨床家を育てるのである。
また、百歩譲って、どうしてもクライアントと合わない場合もあるかもしれない。
そうだとしたら、それを真正面からクライアントに言うことが、せめてもの誠実な姿勢であろう。
わざと怒らせて来ないようにするというやり方は、余りにも小汚い、ちょろまかしである。

一方で、そういうセラピストがいる。

昔日、近藤先生のところに、それこそ思い切り面倒臭い患者が通っていた。
たまたま私も面識のある人間である。
ひねくれて、意地が悪く、屁理屈をこねては抗弁し、虚栄心の強い、思い上がった人物であった。
それまでもいろいろなセラピストのところを転々とし、うまくいかないのはみなセラピストのせいにして来た。
そんなクライアントに対し、先生は非常に丁寧に面談を続けられていた。
クライアントの抱える問題は溢れ返り、ツッコミどころは満載であったが、そのクライアントが実は、心が傷だらけで非常に傷つきやすく無理に虚勢を張って生きて来たのを観抜いていた師は、その傷口に不用意に触れぬよう、丁寧に丁寧に扱った。
無造作に傷口に指を入れれば、彼はすぐに怒り出し、すぐに来なくなってしまうだろう。
師は、このクライアントが自分のところでないと良くならないだろう、ということを観抜き、悪態をつかれようが、無礼な態度を取られようが、通い続けられるようにと、辛抱強く付き合っておられたのである。
そこには確かに、面倒臭い愚かなクライアントへの愛があった。

他方で、そういうセラピストもいる。

臨床にいけるこの二極のセラピストを知ったことは、有り難い勉強となった。
そんなセラピストたちがいるということを知っておいていただきたいと思う。

 

 

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