人間をやっていれば、心身の調子が悪くなるときもある。
そういう弱ったときは、忌み嫌われがちであるが、必ずしもそうとも言えない。
そういう弱ったときでないと、わからないことがある。
弱ったときには、まず自力の弱さ、自力の当てにならなさがよくわかる。
まだ余裕があるときには、意志と気合いでなんとかなるくらいに思っているが、本当に弱って来ると、そんなものは何の役にも立たないことがわかる。
遂にはグッダグダのデレデレになる。
しかし、そういうときこそ他力を感じるまたとないチャンスになる。
自力が枯渇しているからこそ、自分の力ではない、自分を通して働く力、他力を感じやすくなっているのだ。
海中で疲れ果て、もがいて泳ぐことができなくなったとき、プカプカと浮いたまま、初めて海流に乗っているのに気が付くことに似ている。
しかも、生きている限り、我々は呼吸をしている。
随意にも呼吸でき、不随意にも呼吸しているという、呼吸の不思議を感じる。
そんな中で、まだ僅かに残る自力を吐いて吐いて吐いて、あなたをあなたさせる他力が入って入って入って来るのを感じる。
こういうのも弱っているときの方が遥かに感じやすい。
他力を感じるというのは、実は非常に深い体験である。
自力が弱ったチャンスを活かさない手はない。
あなたも今度、弱ったときには是非お試し下さい。
そう思うと、人間、自力ガンガンで、調子に乗ってばかりでない方がいいのかもしれない。
弱ったときには弱ったときにしか体験できない成長の楽しみがある。