精神科医になって間もない頃、ある学会主催のワークショップに参加した。
いろいろな医療保健福祉職の人たちが参加していたが、私が精神科医だとわかると、ある中年女性が休憩時間に話しかけて来た。
「うつ病って薬で治るんですかね?」
それを聞いて私は堪えた。
「ちゃんと主治医と相談して治療しましょうね。」

そこで、うつ病の一般的治療について、薬物療法、精神療法、環境調整などに分けて説明することもできたが、彼女の質問の本意は、それではなかった。
そう。
彼女自身が、うつ病で通院治療中だったのである。
それならば、
「私は今、うつ病で通院治療中で、抗うつ薬を飲んでいるんですけど、うつ病って薬で治るんですかね?」」
と訊けば良いところを、彼女そう言わなかった。
はっきり言うと、彼女はそういうパーソナリティの持ち主であり、それが彼女の抑うつ状態を遷延させている要因でもあった
のではないかと推察される。
私はその“臭い”を嗅ぎ付けたので、その“変化球”の質問に引っかからず、“直球”に変換して返したのである。

ある新社会人が会社の先輩に尋ねた。
「先輩って仕事していて辛いことありませんか?」
そろそろ皆さんもおわかりだろう。

彼は先輩のことが訊きたかったのではない。
「今、自分が仕事していて辛いんです、」
と言いたかったのである。
本当は自分の話を聴いてほしかったのだ。
そして慰めてほしかったのである。
ならば、そう言うべきである。
「先輩、今、仕事していてめっちゃしんどいんですけど、慰めて下さい。」
でも、そうは言わない。
そして本人もそのことに気づいていない。

質問の形の背後に真意あり。

面倒臭いが、そんな神経症的コミュニケーションが巷に溢れていることを知っておいた方が良いと思う。


 

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