「ちょっと理屈めいたことを申しますが、西洋では次第にフロイト的な無意識からユングによってもっと広い無意識へ、もっと深い無意識へと進んでいっております。私は日本人が、それよりももっと深い無無意識へ行き得るということを言いたいのです。…
精神分析は、そのはじめにおいて、無意識の存在を発見し、無意識を意識化することによって、自我が無意識をコントロールすることができると信じました。ですから、治療とは自我の確立であり、自我の強化が目的で、このことは西洋における個人主義の文化に適応した考えであります。個の確立強化と言いかえても良いでしょう。自我は現実原則に従うことを機能としていますから、自我が確立され、強化されることは、現実原則に従って行動する力が強くなることを意味します。したがって、このことは競争を前提とする近代資本主義に中で生きるために、誠に有用なことに違いありません。そのために、無意識の中に抑圧されていて、自我の働きを妨げている色々な要素が、それを持続しようとする抵抗を排して分析され、明確に意識化され、取り除かれねばなりません。そうすることによって、暗い無意識の世界は明るい意識の領域に加えられ、無意識の湖は究極的には意識によって干拓されていくことが当然であると考えられていました。…このようなフロイトの考えにもとづいて、精神分析は発展してきたのでありました。
色々な葛藤やコンプレックスが無意識の中に埋まっているのが露呈され、それらを認識し、洞察する試みに治療のエネルギーと時間が使用されました。しかしこうした態度の中には、何か無意識が自我の発展を妨げ、それを脅かすものを蔵しているものとして、気味の悪い暗い感じにさせられるものであるということが暗黙のうちに感じられていたように思います。しかしそのうちに、ユングやネオ・フロイディアン達が無意識の中にある人間の健康な面、成長する力を発見し、そうした要素の認識や洞察の重要性を力説するようになりました。今までと違って現実原則を中心とする自我のみで個を考えるだけでなく、無意識を含んだものを私たちの心の常態と考えるようになりました。たとえば、ユングは自我をその一部とする無意識の統一をセルフ Self と呼びました。ホーナイもまた、常に人間の中にある健康な成長する力の存在を「真の自己」(Real Self)と呼び、人間の倫理とはそれによって成長し生きることだと言いました。
さらに無意識の世界には個人の無意識ばかりでなく集合的無意識 Collective Unconscious があり、私たちの自己 Self はそれに支えられていると言うことをユングが言いました。つまり現在の時点に立って展望しますと、西欧人の考える無意識の世界は、はじめフロイトの考えたエスとかをさらに深くこえて、「集合的無意識」の世界に拡大されてきました。また、それにつれて、自我の現実界に対する自我としての機能を保ちながらそれを一部とし、一方において集合的無意識の世界とつながる「自己」(Self)に包括されることになりました。…
実はユングの集合的無意識の中には、ユングの言う影や元型など色々なものを含んでいます。その世界はたしかにフロイトの考えた無意識の世界より深い無意識の世界でありますが、私たちの先人はその種類の無意識を越えて、さらに深く、さらに純粋無雑の世界を、仮説でなく自らの心身をもって体解(たいげ)しているのです。

そこで初めて、自我や自分が集合的無意識を越えて宇宙的無意識というべきものとの合一を体験し、すべての宇宙的存在と根元を一にして、一切のものが一に帰し、そして一のものが一切に満ち溢れて、それぞれの面目を発揮するということを、疑い無い事実として身証しているのです。
その意味で、私たちは西欧の人たちよりも、非常に深く、根元的な宇宙的無意識についての永い伝統と文化とを持っていると思います。ただこうした伝統と文化が、フロイトやユングのように注目を浴びていないのも事実です。
しかし、今や西欧の達した深さの精神の理解を得た私たちは、私たち自身の文化の中に潜む精神の深い理解と体験を省みて、その価値を検討してみてよい時期に来ているではないかと私は思います。」
(近藤章久講演『文化と精神療法』より)

 

なまじっか精神分析に関心を持つと、フロイトの勉強から始める方が多いようです。しかしそこには個人の「無意識」しかありません。
少し関心を広げると、ユングの勉強をし、そこで人間共通の「集合的無意識」を学ぶかもしれません。
しかしどちらも「勉強」なのです。 
そして「勉強」には「鵜呑み」の危険が付きまといます。
少なくともこの日本の文化の中で、日本の風土の中で育った者であれば、何も「勉強」しなくたって感じている「宇宙的無意識」の感覚、体験があるはずです。
それを近藤先生は、私たちは「体解」し「身証」している、と言われました。
そしてその中に、万物、万人を成長させて止まない力、それぞれの面目を発揮させる力が働いていることも感じて来たはずです。
その感覚、体験からすべてが始まります。
理屈は近藤先生が今、明快に語ってくれました。
さぁ、万物から、万人から感じましょう、体験しましょう。
今っ!

 

 

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