カウンセリングには…いろんな形がありますので、これを一括してですね、どうしたら良いという、ひとつの方法はないわけです。ただ、ひとつの態度はあります。どういう態度かといいますと、ここに悩んでいる一人の人がいる、人間がいる、という認識ですね。その人特有の、独自の…固有な悩みといい、困難といい、特殊な事情というのは、それはその人から直接伺わなくてはわかりません。わかりませんが、この人は、どんな人であれ、そこに悩みを持って苦しんでおられる人間が、わざわざ時間を割いて、カウンセラーである自分の前にいる、ということ、これをね、私はまず第一に、重要なことであると思うんです。…その人に対して、どうか、この人は苦しんでいるけれども、悩みを持っているけれども、真剣に、とにかくやはり、たとえどんな形であろうとも、心の奥深いところでは、真剣にあなたのところに来て、何かを得たいと思っていると、こういうことをね、認識していただきたい。その何かを得たいというところが、実は問題の重要なところなんです。(近藤章久講演『カウンセリングを始める人への若干のアドバイス』より)
このクライアントの中にある「何かを得たい」という、悩みを突破して成長して行きたいという力、
いや、万人を通して働いている、その人の本来の自分を実現させようとする力、
これを感じるところからカウンセリングは始まるのです。
これを感じない、カウンセリング、サイコセラピー、対人援助などあるわけがありません。
さらに、近藤先生が言っておられる「心の奥深いところでは」というところも非常に重要で、「治療」場面でよくあることですが、
クライアントが、一見、やる気がなさそうであったり、愚痴と弱音ばかり吐いていたり、それどころかカウンセラーに喰ってかかったりして来ることもあります。
しかし、そんな上(うわ)っ面(つら)の言動の皮を引っ剥がしたところ、「心の奥深いところ」では、成長を求めて止まない力が脈々と働いているのです。
それを感じること。
それがカウンセリングの基本中の基本、本質中の本質ということができると思います。