データベースを整理していたら、18年前に勉強会で取り上げた女流俳人・三橋鷹女(みつはし・たかじょ)(1899-1972)の俳句が出て来た。
単に「自由」「奔放」「前衛的」では片づけられない“勢い”のある句風の人である。
生きてるね、鷹女さん、という感じ。
このまま死蔵してしまうのも惜しいので、以下に抜粋して挙げる。
(他にいわゆる「代表作」もあるが、ある意図を持って抜粋した)
俳句もまた考えるものではない、感じるものである。
鷹女の感性を、センサーを開いて、今のあなたで味わうべし。
夏痩(や)せて 嫌ひなものは 嫌ひなり
初嵐して 人の機嫌は とれませぬ
チューリップ 驕慢(きょうまん)無礼なり 帰る
おもふこと みなましぐらに 二月来ぬ
藤咲いて 人にはさみしき うなじがある
白萩(しらはぎ)より 雨の紅萩(べにはぎ) さみしいよ
堕(お)ちてゆく 炎(も)ゆる夕日を 股挟(またばさ)み
老いながら 椿となつて 踊りけり
白露(しらつゆ)や 死んでゆく日も 帯締めて
ある抑圧の強い女性が、鷹女の句を読んで、ただの言いたい放題ではないか、と言った。
違います。
周囲が恐くて本心を言えないあなたが、自分のヘタレを正当化するために、自分がヘタレなのではなく鷹女の方が言いたい放題であるとこじつけているのです。