かつて外来で診ていた若い女性。
しばらく受診が遠ざかってるな、と思ったら、ある日、不意にやって来た。
診察室に入って来た彼女の顔を見て、何か雰囲気変わったな、と思ったが、女性はちょっとしたメイクや髪形で雰囲気が変わることがよくあるので、さして気には留めていなかった。
しかし実際は、整形手術を受けて来たのだという。
眼と鼻と唇。
確かに綺麗に整っている(元々も美人なのだが)。
そして今一番の心配は、年を取ることだという。
今、二十代半ばだが、三十になるのが恐ろしい、年を取って醜くなるのが怖い、なんで皆平気で生きてられるのかわからない、三十歳を過ぎたら死のうかと思ってる。
私の眼を見ながら真顔で言うのである。

あのね、あなたは親に寄り添われずに育ったでしょ(実際にはひどい虐待を受けて育っていた)。
子どもは親に寄り添われないと、寄り添ってもらえないのは自分に価値がないからだと思うの。
そのままの自分に存在価値がなければ、整形手術でも受けて綺麗になって、せめて外面に存在価値を作るしかないじゃない。
でもそのやり方だと年を取って、美しさを失ったらおわりだよね。
運よく愛されて育つことのできた人は、自分の内面に、自分の存在に価値があると思えるの。
だから年を取って若い頃の美しさを失っても平気で生きて行ける。
あなたも自分の内面に、自分の存在に価値があると感じられるようになったら、年を取っても大丈夫だよ、と話した。

私は、例によって、何も考えずに話したのだが、驚くべきことに、その言葉が彼女の中にスッと入っって行った。
一瞬黙って俯(うつむ)いた彼女は、私の眼を見てこう言った。
「生きて行ける気がします。」
そして(そんなことをしたことのない彼女は)私に向かって合掌したのだ。
私に合掌をしてもらえるようなことは何もできないが、私を通して働いたものが彼女を救ってくれたのである。

そして水商売で働こうとしていた彼女に、
どこで働いても良いけど、私としては、あなたがあなたであることを大切に思ってくれる人たちの中で生きて行ってほしいと思う、と伝えた。

私は彼女を説得したわけじゃないんだよね。
理性的な説明だけで人は変わらないもの。
その証拠に、上記と同じセリフを言えば誰もが変わるわけじゃない。
そうでない何かが響いた、何かが届いたのである。
人が本当に変わるのはそんなときじゃないかと思う。

 

 

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