最近、「人間の成長段階」には「四段階」あるんじゃないか、ということをつらつらと思っている。
と言っても、「成長段階」の切り口はさまざまあるので、以下はひとつの観方と思って読んでいただければと思う。

四段階の第一、
まず一番弱い人間というのは「服従」するしかない。
その背景に「恐怖」がある。
小さくて弱い子どもは、大きくて強い親に従うしかない。
いじめっ子にも、おっかない先生にも従うしかない。
権力を振るう上司、経営者にも従うしかないのである。
そうやってなんとかかんとか生き延びる。

四段階の第二、
これがもう少し強くなって来ると、「服従」するのがイヤで「逃避」するようになる。
「逃避」は不服従であり、「怒り」の芽でもある。
できるだけイヤなヤツに会わないようにする。
家出する。
不登校になる。
ひきこもる。
出社拒否する。休職、退職、転職する。
「逃避」する方が「服従」するよりはマシである。

四段階の第三、
そしてもう少し強くなって来ると、「反撃」に出るようになる。
そこには明らかな「怒り」がある。
口答えする。
押し返す。

必要とあらば、手が出る、足が出る(暴力は勧めないが)。
言わば、いつでも刀が抜ける、という状態になる。
「反撃」できる方が「逃避」するよりも強い。
その上さらに経済的、精神的に自立できるようになれば、完全自由は近い。

「服従」→「逃避」→「反撃」、通常はここまでで十分であり、外圧をブッ飛ばして自分を生きるこができるようになる。
しかし、これで終わりではない。
それから先もある。

四段階の第四、
それは敵対すべき相手を「愛する」あるいは「育てる」ことである。
これは並大抵のことではない。
そもそも人間業(わざ)では無理だと思う。
そういうミッションを与えられなければ無理だと思う。
人間を超えた働きがないと無理だと思う。
「汝らの仇(あた)を愛し、汝らを責むる者のために祈れ。」(『新約聖書』)とは、やはり神業なのだ。
だからそれに続いて「これ天にいます汝らの父の子とならん為なり」となる。
「父の子」でないと無理なのだ。

それでも、「愛」という四段階目もあるのだな、ということを頭の隅に覚えておいていただきたい、と思う。
 


 

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