先日、経営の本を読んでいたら、「(人間的)成長」とか「自己実現」という言葉がたくさん出て来た。
へぇ、経営の分野でも、そういう言葉を使うんだ、と思ったが、何をもって「(人間的)成長」というのか、「自己実現」が何を意味するのかについて読み込んで行くと、残念ながら、その中味は、非常に曖昧なもので、一般で言うところの世俗的成功を意味するあたりに留まったいた。
それでは人生を生きる方向性として、なんとも心許ない。

経営どころではない、心理学の分野でも、アブラハム・マズローの「自己実現」やカール・ロジャースの「自己実現」がよく取り上げられるが、大抵はただ“権威者”の意見として重用(ちょうよう)されているだけで、引用している人自身もその意味が本当にわかっているとは言い難く、それもそのはず、率直に申し上げて、マズローやロジャース自身が「自己実現」を本当にわかっているか、あるいは、「自己実現」を実践できているかとなると、極めて怪しいと私は思っている。
それでは人生を生きる方向性として、なんとも心許ない。

そもそも「自己」とは何か、「実現」とは何か、「成長」とは何かについて、観念的思索や議論ではなく、自分自身において「体験」がなくてはならないと私は思っている。
理屈はいいから、実際に「生きてみろよ」「見せてみろよ」ということである。
これは、私自身もこう書きながら、こりゃあ、自分に返って来る厳しい道だなぁ、と思う。
それでもやっぱりそこを目指さないと、(知識と技術による表面的なサイコセラピーやカウンセリングはできるかもしれないが)本物のサイコセラピーもカウンセリングもできないのよ。

もちろん真の意味での「(人間的)成長」や「自己実現」は、エンドレスの道程であり、「もう成長しました」「実現できました」などと簡単に言えるわけがない。
よって、せめてクライアントの半歩でも一歩でも前を進むことが、サイコセラピストやカウンセラーに最低限求められる「(人間的)成長」と「自己実現」なのだと私は思っている。

 

 

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