人生において「潮目が変わる」転機がある。
例えば、私にとっては
大学に入学したとき
結婚を決意したとき
近藤章久の面談を受けるようになったとき
開業したとき
など
そのときなりの自分の考えもあるにはあったが、そんなものを遥かに超えて、どうしようもなくそうなるようになっていた(それ以外はあり得なかった)感がある。
それも当初は、後から振り返ってみて、そうだったんだな、と感じる程度であったが、体験を重ねるにつれ、
ひとつには、間違いなくこっちの潮目に変わって来たな、と確信的に感じるようになり、
もうひとつには、感じる時期も、後からでなく、潮目が変わりつつある時にライブで感じられるようになって来た。
たまたま海流になぞらえて「潮目」と言っているが、風になぞらえて「風向き」として感じるときもある。
というのも、実際に背中に「風圧」を感じるのである、こっちに進め、と。
もちろん背中に風速計を付けてみても、そんな「風」は吹いていないんだけれども、精神的な「風圧」を本当に、リアルに背中に感じるのだからしょうがない。
しかしながら、「潮目が変わる」に比べて「風向きが変わる」と言うと、なんだか自分が風見鶏になったような気がして実際の体感と異なるため、敢えて「潮目が変わる」という表現を用いているに過ぎない。
そして今回、何を申し上げたいかと言うと、その「潮目が変わる」転機が今まさに来ているということである。
今年になってから、特にこの春から、如実にその「風圧」を感じる。
ここまではっきりと感じるのは、我が人生上でも珍しいことである。
その具体的内容は、八雲総合研究所を含めた私の活動全体の動きとして、これから来春にかけて、徐々にお知らせして行きたいと思う。
いずれにしてもそれは、私が自分の未来を“計算”して“私利私欲”で行うことではないため、たとえどんな苦労をする羽目になろうと、世俗的に大成功を収めることになろうと(←これはないと思う)、それがミッションであれば、随う以外に私に選択肢はないのである。