「私は、患者さん方とお話しする時に、できるだけいままで得た知識や頭だけによる判断を避け、私の内から湧いてくる心の声にたよります。私自身の内部感覚で、相手の人を感じようとします。そうして私自身の内部感覚が感じたことを患者さんに伝えるのです。
頭で、こう言おうか、ああ言おうかと考えるのではありません。患者さんの言葉を、じーっと、体の内の感覚で受けとめて、感じたことを話し、相手の問に応じるのです。…
私の経験から言いますと、患者さんの訴えや問いを聞く場合に、どう答えようかと頭で考えず、自分の中の素直な内部感覚の促しのままに答えますと、相手の方に、素直に通じることが多いようです。これはどうも、内部感覚から出た私の言葉が、相手の方の頭でなく、その方の内部感覚にふれるからだと感じます。…
ところで…内部感覚によって決める時に特徴的なことは、そこに何にも疑いがないことです。みんな、それで安心して決めています。
普通、頭の判断で決める場合には大てい、そこに何か不安が残ったり、無理があったりするものです。それというのも、損得の計算があったりするからです。その点、内部感覚は生命と直結していますから、純粋で矛盾がなく、自然で統一しています。ですから、それにしたがって決めると安心して確信が持てますので、悔いが残りません。その結果日常生活ものびのびと安心して、しかも生き生きと生きられるのです。…
さて、みなさんの子どもの中には生命があり、その生命には…少なく見積もっても私たち人類の発生以来の長い経験に基づく知恵が宿っているのです。さらにもっと深く考えて、生物以前の無生物の発生にまでさかのぼれば、宇宙的なものともつながりがあるのです。
その生命を感じるのが内部感覚ですから、子どもの生命をほんとうに育てるには、この内部感覚を尊重してあげることが必要で、その子をたくましく、生き生きと育てる上で大切なことになります。そのためには…親御さん自身が自分で、自分の内部感覚を感じられる人でなくてはならないのです。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)
最後のところは「子ども」→「患者さん」「利用者さん」、「親御さん」→「対人援助職」と置き換えることができるでしょう。
まず対人援助職者が自部自身の内部感覚を感じられるようになるということ。
それは、宇宙的な生命(いのち)があなたにどう生きよと言っているかを感じられるようになる、ということです。
そうして初めて、目の前にいる相手においても、宇宙的な生命(いのち)がその人にどう生きよと言っているかを感じられるようになるわけです。
そして内部感覚に沿って生きるとき、生かされるときと言った方がいいでしょうか、間違いなく、何の疑いも迷いもなく、さくらがさくらするように、すみれがすみれするように、生き生きと、のびのびと生きられるはずなのです。
それを親子共に、そして対人援助職者と患者さん/利用者さんが共に体験して行くとき、そこに、なんとも言えない、この世界に共に生かされている妙味といいますか、醍醐味があると私は確信しています。
ねぇ、折角この世に生まれて来たからには、そんな堪(こた)えられない体験をしながら生きて行きましょうよ。
さて、次回はいよいよ『感じる力を育てる』も最終回を迎えます。