「私が…診療の模様を申し上げたのは、実は、その経験の中でのことが、親と子の関係を含めた対人関係の上に何かの御参考になるのではないかと思うからです。
この中で、第一に考えていただきたいことは、患者さんが言われること、いわば愚痴ですが、それを医師が共感を持ってじっと聞いてあげることです。実は、患者さん自身、自分が愚痴を言っていることはどこかでわかっているのです。我がままと言えば我がままかもしれません。しかし我がままだけれど聞いて下さいという気持も無理からぬことです。それを言ってしまうと、何となく胸が晴れて、気が軽くなるのです。…
途中で、批判したり、我がままだと怒鳴ったりしないことです。聞く方は、はじめはつらいかもしれませんが、最後まで聞いてあげれば、まず相手の気持が軽くなりサッパリします。
そうなりますと、聞いてくれた人に対して、たとえありがとうを言わなくとも、感謝の気持と信頼感を持つものです。それがまた互いの親密の度を増します。…
次に、御参考にしていただきたいのは、私が患者さんの混乱した気持を聞いた上で、その気持の整理に手を貸し、仕分けを手伝ったことです。これも、普通の人間関係で、少し努力すればできないことではありません。…
整理ができるにつれて、気持が落ち着いてきます。それだけでも、本人は助かるのです。その上、静かな気持になると、自分が何を願い、何を望み、何を問題にしているかがはっきりして、場合によると自分で納得できる結論を出すことも少なくありません。これだけでも本人に対する大変な助力です。
第三に御参考願いたいのは、医師の素直な態度です。素直というのは、相手に対して、先入見や偏見や、自分の私感情を押しつけない態度です。相手の言うことをそのままに、疑わず、盲信もせずに聞く態度です。こうした態度の利点は、相手の人が、不安や恐怖に陥らないことです。したがってその気持を、安心して素直に出せるものです。…
私のお願いしたいのは、お子さんと話される前に、親御さん御自身が、自分の心を静かに見つめていただきたいということです。…
すると、いままで気づかなかった自分のお子さんに対する気持、誤解、過度な期待とか要求、さらに自分の親としての正直な、ほんとうの気持などが、あらためてはっきりと認識されることと思います。…
そんなことでと言われますが、こうして自分自身を認識したあとで、お子さんの言われることをよく聞いてみて下さい。いままでと違って、お子さんの話が素直に、静かに聞けるばかりか、お子さん自身が、安心して心を打ち開いてくれるのを体験されるでしょう。
そして、親御さん自身が、自分の心の中を認識すればするほど、お子さんとの間に深い理解と信頼感が育っていくことになるばかりでなく、お子さんの中にある、成長を求めている生命の素直で真剣な叫びが、はっきりと聞こえてくるはずです。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)
何度も申し下げて来たことですが、傾聴ぐらい誤解されていることはないと思っています。
傾聴は、ただ一所懸命に長々と相手の表面的な話を聴いていればよいというような形式の話ではありません。
愛をもって聴く、相手の存在に対する畏敬の念をもって聴く、そうでなければ傾聴ではありません。
そしてそれは相手に対してだけではありません。
自部自身に対してもまた傾聴する必要があるのです。
どちらも最初に出て来るのは泥水の話かもしれません。
しかし、段々と水が澄んで行き、やがて清水が出て来ます。
それが生命(いのち)の声です。
成長を求めて止まない、本来の自分の実現を求めて止まない、生命(いのち)の声です。
自分自身の生命(いのち)の声が聴こえないのに、相手の生命(いのち)の声が聴こえるわけはないですよね。
生命(いのち)の声を共に聴く。
それが傾聴の本質です。