「ところで、この無意識についての考え方について、東洋と西洋では大きな差があります。
フロイトは、こう考えました。われわれは、無意識に支配されたら、とんでもないことになる。『イド(無意識の貯蔵庫)あるところに自我あらしめよ』、意識の世界を次第に拡充して、無意識の世界を少なくしていこう。そうすれば私たちの心や行動は無意識に支配されないで、私たちの意識でコントロールできると考えたのでした。
このように無意識を、私たちを呑みこみ圧倒する邪悪なものと考える見方は、彼に続く学者たちによってだいぶ修正されてきていますが、もともと西洋人にとっては、無意識は人間の世界を支配する闇の王者というか、悪魔であるという考え方が強かったのです。しかし幸いなことに、東洋的な考え方には、仏教思想にしても日本人の昔からの考え方の中にも、無意識を恐れる気持は少ないようです。
西欧の無意識論も、フロイト以降さらに省察と研究を重ね、少しずつ変化してきました。表面的にみせている偽りの自己を打ち破って、無意識にある真実の自己(リアル・セルフ)に気づき、本来の生命である生き生きとした真実の自己を実現させていこうという、私がアメリカで直接に師事した、カレン・ホーナイ先生等の考え方も出てきました。ホーナイは、『人間の真の倫理は真実の自己の発見とその成長にある』と述べ、そこに人間の生命の尊厳性と生きがいがあると主張しました。
ここで、以上いろいろ述べましたことがらをまとめてみますと、鈴木先生の言われる宇宙的無意識は、阿頼耶識やそれに含まれる集合的無意識として私たちの中に現われるわけです。そして、それが私たちの生命と感じられるもののもととなっているわけですが、ふつう私たちはそれに気づかず、無意識でいます。それというのも、私たちの五感は外界に関連してのみ働き、その感覚に基づいて、私たちの大脳皮質が自我という意識を作っているものですから、私たちの意識は通常、内側に向かわないのです。そして、そのような小さな自我をほんとうの自分と思いこんで、それを中心にして、自我本位の生活をしているものです。その結果、物欲や功利や愛欲の対象に執らわれて自分の心身を苦しめ、不安や絶望感や病気に悩むことが多いのです。
しかし私たちが、たとえ気づかず、意識しない時でも、宇宙的無意識は阿頼耶識や集合的無意識を通じて、私たちの中でいつも力強く働き、私たちに呼びかけているのです。その呼びかけこそ、私たちの生命の呼びかけであり、ほんとうの自分に生きよとの促しであります。
そして、この深い無意識の生命の呼びかけを感得するのが、私の言う内部感覚であり、それを自覚するのが、本来の大脳皮質の働きであると思います。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

当初、精神分析と言えば、フロイトしか知りませんでしたので、私も最初はフロイトの著作を読んでいました。
それが、彼の無意識観やタナトスなどについて知るようになると、急速にフロイトへの関心を失って行きました。
余りにも彼の人間観が悲観的過ぎたでのです。
当時、生意気盛りの私は、「大前提となる人間観が間違っているヤツの理論を勉強してもしょうがないや。」と思い、完全に投げ出してしまいました。
それが後になって、近藤先生を通してホーナイの精神分析を知り、まさに「ホーナイは、『人間の真の倫理は真実の自己の発見とその成長にある』と述べ、そこに人間の生命の尊厳性と生きがいがあると主張しました」となれば、これなら学んでみたい、と思い、ホーナイ全集を通読し、『ホーナイの最終講義』を近藤先生と共に翻訳するに至ります。
しかし、私の精神世界への道程は、ホーナイからではなく、近藤章久から始まりましたので、精神分析の無意識よりもさらに深い宇宙的無意識の世界の方に最初から関心がありました。
関心があったというより、しっくり来たのです。
皆さんはいかがでしょうか?
宇宙的無意識は知的に理解するものではありません。
万物の存在、万人の成長をもたらす宇宙的無意識は、感得するものです、体験するものです。
有無を言わさず、「ああ、あるに決まってる。」と思えるものです。
上掲文を読んだとき、一人でもそう感じた方がいらしたら、とてもとても幸せに思います。

 

 

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