「親が、ほんとうの意味で人間というものを理解し、人間の生命とその可能性をどう成長させ発展させることができるかとか、子どもというものはどういう存在なのかがわかった上で、方針を決めているのなら結構なのです。しかし、親の誤った価値観に基づいていたなら、生命に対して大変な危害を加えることになります。…
当然のこととして基本的に親は、子どもを幸せにしたいと思っています。それならば、果たしてどういうことが人間として幸せなことか、親自身でもわかっていなければならないと思います。…
私の見方によれば、いまの社会の構造は小賢(こざか)しい、頭だけの人間を作ろうとしているようです。昔の常識で言えば、肚(はら)とか魂のしっかりきまった人間を作ろうとしない。要するに、自分の生命力というものを正しく発展する人間を作ろうとしていないと思います。私たちの頭脳・大脳は自分の生命力を正しく使うためにあるものです。ところがこの頭脳というものの意味を知らないと、自分の功利的な目的のために誤って、生命力を害する方向に使っていくわけです。生命というものを正しく生かすための知恵を持つのが、本来の頭脳の働きなのです。これが私の考えです。…
直接的感覚または内部感覚というのは、人間の生命力から出てくるものです。人間そのものの内部に潜んでいる生命についての感覚です。それは誰にも内在しているもので、否定したりなくすことはできません。そして、それぞれが自然に持っている生命の力を妨げた時の最初の反応として起きるのが病気です。その生命力を絶対的に妨げたら、訪れるものは死です。死は生命の反対です。ですから直接的な内部感覚というものを、私が強調するのは、それが生命そのものの発露だからです。これがないと、生きるという感覚がなくなります。…
生命は毎日毎日の生活で何かを感じています。生きがいにしても難しい理屈ではなく、生きている甲斐があるという感じ、生きている充実感、ああ自分は生きている、そうした感じなのです。この感じがなくては生きているということがわからないのです。
生きていることは、感じることです。感じがなくなってしまったら、人間は死んだと同然です。実際死んだ時、人は感じることができないのです。…
感じることの積み重ねが人間として生きていくことに、大きな意味を与えてくれるのです。“ほんとうに生きているのだ”ということを感じられる。その感動の深さが、その人の人生の豊かさにつながるものですから、この感じる力を実感する能力を、大切な能力として、子どもの中に育てていきましょう。
全ての生きとし生けるものはそれぞれ、独自の生を受け、それぞれのものがそれぞれの形で生かされています。
自分のもとにあらわれた生命の姿である子どもに、親の所有物として親の方針を押しつけるのではなく、その生命の発露である実感を尊重し、いろいろなものに触れて感じる力を発展させ、それによって子どもの生命力を強く発揮させ、ほんとうの人間としてのたくましい成長へと導いていくことを心掛けたいものです。」(近藤章久『感じる力を育てる』柏樹社より)

 

ああ、今まぎれもなく自分がここに生きている、生かされている、と感じなくて、一体何の人生なのでしょうか。
わたしをわたしさせ、あなたをあなたさせ、世界を世界させている働きのことを生命(いのち)というのです。
その感覚、その感動、その体験がなければ、とても生きているとは言えません。
金が何になるのか。
物が何になるのか。
名誉が何になるのか。
権力が何になるのか。
感じましょう、生命(いのち)の躍動を
感じましょう、生命(いのち)の発露を。
感じましょう、生命(いのち)の歓喜(よろこび)を。
そのために我々は生まれて来たのですから。

 

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